【完結】仮面ライダーハルガ   作:じゅんけん

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劇場版ハルガ エターナル・ウォー シーン4:ビギンズナイト

 

 

──青海空翔の死去から数ヶ月後──

 

 森丘いおりの凍結が融け始めていた。

 

 それ自体は大きな問題ではなかった。森丘いおりは、意識はともかく、身体は健康な状態にあった。また、仮に彼女を再び凍結させることが必要だとしても、その方法がないこともなかった。

 

 問題だったのは、彼女の体の中に別の生命の兆しが見られたことだった。

 

 その生命は、驚異的な速度で成長を遂げていた。そうでなければ、彼女の父親はもっと早くにその存在に気付くことができたはずだ。父親である森丘敬は娘の身体の状態を毎日、いや毎時確認していた。もちろん戦線に立っている時と休眠時以外だが。

 

 進化を遂げた彼女の身体の持つ特性と、凍結と、治癒剤が相まって、生命体の成長を促進させたのだろう、と彼は考えた。

 

 このまま放っておくわけにはいかなかった。彼女の身体は、新たな生命を誕生させるにはまだ若すぎる。彼女の身体は来たるべき出来事に耐えることができず、最悪の場合死に至ってしまうだろう。

 

 森丘いおりを救うには、彼女の体内に宿りこれから生まれようとするその生命を殺す。それが、最も安全で確実な方法だ、と森丘敬は結論づけた。

 

 

 人間は時として合理的な選択をとることができない。いかに筋道立った論理と真実があったとしても、それに抗おうとするのが人間の、感情というものの性なのだ。この場合も例外ではなかった。

 

 

 森丘いおりを救うための手術が行われようとしていた。寝台に乗せられた彼女の周りを、四、五人の白衣の男たちが取り囲んでいた。

 

 彼らは手術の進行に必要な機器の点検を素早く済ませ、無駄のない動きでそれぞれの役割をこなしていた。そのとき、外部モニターを見ていた一人が、少女の脳波の変化に気付いた。

 

 森丘いおりが意識を取り戻したのだ。

 

 目を開けた彼女の瞳は、部屋の天井をかすかに見つめた。

 

 手術室の様子をガラス越しに見守っていた森丘敬は、娘の元へすぐさまとんでいった。ドアが勢いよく開き、森丘敬が部屋に入る。彼は娘のもとに近づく。少女はそれに気づき、顔を父親の方に向けた。

 

「お父さん……」と森丘いおりは弱弱しく声をあげた。

「いおり」

「死んじゃうの……?」

「いいや、大丈夫だよ。すぐに良くなる」

「この子は、死んじゃうの?」

 

 少女は自分の身に起こっていることを分かっていたのだ。父親はしばしの間言葉を失っていた。

 

 そのとき、コツコツと足音がした。開きっぱなしの入口に、一人の少年が姿を現した。そこに立っていたのは、亡き青海空翔の息子、超翔であった。

 

「僕に任せてください」と彼は言った。「僕の能力を使えば、いおりさんも、その子も、死なせずに済みます」

「まさか、君もオペレーションを受けたのか」

 

 青海超翔は頷く。

 

「今の僕は、父さんと同じ力が使えます」

「気持ちは嬉しいが、その力を使いすぎると君の寿命が縮むことになる。君の父親も──」

「分かってます」と、青海超翔は相手の言葉を遮るように、強い意志のこもった口調で言った。「それでもいいんです。僕にやらせてください」

 

 かくして、森丘いおりとその子を救うための大掛かりな手術が行われた。青海超翔の有する凍結能力は体の局所を凍らせることができ、出血を防いだり器官の損傷を防ぐ上で大いに役立った。

 

 森丘いおりの体外に無事に取り出された胎児は、凍結した状態でしばらくの間治癒剤を投与された。治癒能力も、青海超翔が有する力によるものだった。森丘いおりの子はやがて一般的な産まれたての新生児と同じ状態になった。健康な女児の誕生であった。

 

 母親である森丘いおりも無事だった。彼女は娘に露夜という名を与えた。

 

 森丘露夜は、母親譲りの黄金に輝く瞳を持っていた。その肌は絹のように滑らかで、その声はそれを聞いた誰もが心に光を灯されるほどであった。

 

 森丘露夜の祖父である森丘敬は、突然の孫との出会いにただならぬ感動を憶えた。そのときだけは、彼は自分の娘に起こった悲劇を忘れることができた。

 

 ところがその幸せな時間は長くは続かなかった。

 

 敵襲がきたのだ。

 

 彼らがいる拠点の場所を突き止めた人間兵が、隊列を組んで総攻撃を仕掛けてきた。

 

 森丘敬はいおりと露夜、それから青海超翔を連れて拠点から脱した。マスカークロスの姿に変身した彼は、驚異的な切断技で軍隊を一掃した。

 

 しかし彼にもやはり切れぬものがあった。

 

 砲弾だ。

 

 マスカークロスの攻撃有効範囲から遠く離れた丘から、大砲が発射された。

 

 まともに太刀打ちできないことを瞬時に判断したマスカークロスは、子どもたちを抱えて弾道からできるだけ遠ざかった。しかし完全に避けきれず、爆炎に見舞われる。

 

 態勢を崩された彼らに、次の砲弾が迫っていた。

 

 そのとき、青海超翔が瞬時に立ち上がった。それから他の三人を抱えて、その地点から飛ぶように退避した。

 

 青海超翔は高速移動能力に覚醒していた。

 

「この場は俺に任せてください」

 

 それまでの彼とは異なる口調で、青海超翔は言った。

 

 戦闘態勢に入った青海超翔──彼は自分専用のバトルスーツを持っていなかった──は、素早い動きで砲弾の雨を掻い潜った。

 

 彼の高速移動能力をもってすれば、どんな攻撃も恐れるに足らぬ、とその場にいる者たちは信じていた。だが事はそううまく運ばないことが、直後に分かった。

 

 最初にそれに気づいたのはマスカークロス──森丘敬だった。彼は、青海超翔の高速移動の恩恵を受けながら、自分たちを狙っていた砲弾が遠ざかっていくのを見ていた。すると、あろうことか砲弾は進路を変え、今の自分たちがいる場所に向かってきていた。

 

 追尾弾だ、と彼は瞬時に理解した。

 

 しかも、それだけではなかった。追尾弾の速度は、青海超翔の移動速度を上回っていた。すなわち、進行方向が一致している状況下で、砲弾に追いつかれるのは時間の問題だった。それも、一語を発するために消費する時間より短いほどだった。

 

 砲弾が彼らに衝突する刹那、マスカークロスは進んでいる方向と逆向きに飛び出した。それから大きな鎌を振り上げ、自分と同じくらいの大きさの砲弾に突っ込んでいった。

 

 森丘敬 は娘たちを守るために自らを犠牲にしたのだ。

 

 青海超翔と森丘いおりもそのことに気づいた。

 

 しかし、彼らに立ち止まっている暇はなかった。追尾砲弾はさらに迫り来ていた。

 

 青海超翔はジグザグな軌道を描きながら、戦場を切り抜けた。

 

 

 三人が行き着いたのは、森の奥にある古風な小屋であった。

 

 そこは、森丘敬が青海空翔と出会う前に研究を行っていた場所だった。娘である森丘いおりも、そこで時間を過ごしたことがあった。

 

「ここなら安全です」

 

 と青海超翔は言った。それから悲しい目をして、こんなことを話した。

 

「僕は行かなければなりません。でも、きっとここへ戻ってきます。それまで待っていてください。約束です」

 

 青海超翔は森丘いおりの手をぎゅっと握った。ごわごわとした、大人の男の手であった。

 

「ごめんなさい、私を助けたばかりに、あなたの身体はもう子供でなくなってしまったわ」

「いいんですよ、気にしなくて。むしろ、嬉しいんです」

「どうして?」と森丘いおりは尋ねた。

「いおりさんに相応しい男に、一歩近づけたかなって、それだけです」

 

 返事を聞いた森丘いおりは若干頬を赤らめ、それから下を向いた。そうしてそのままの体勢でこう言った。

 

「お願いがあるの。もし私に何かあったら、あなたにこの子を守ってほしい」

 

 この子というのは彼女が抱く娘、森丘露夜であった。

 

「分かりました。でも僕からもお願いがあります。必ず生き延びてください」

 

 二人は互いに約束を交わすと、それ以上向き合っていては涙がこぼれ落ちて止まらなくなるだろうと悟り、互いに背を向けて反対方向に歩き出した。

 

 

 森丘いおりは青海超翔と別れてから、太陽の昇降を見て日数を数えていた。

 

 彼女がちょうど十本目の線を引こうとしていたところ、何やら明るく輝く点が彼女の視界に映った。それは黄金の輝きであった。

 

 それはあっという間に彼女の目の前に飛んできた。

 

 輝きを放っていたものの正体は、複雑な意匠の施された黄金の腕輪であった。どうして腕輪であることが分かったのかと言うと、それからすぐに、その腕輪がひとりでに森丘いおりの左手首に装着したからだ。

 

 腕輪と接触した途端、彼女の脳裏に次々と雪崩のように流れこんでくるものがあった。最初のうち、彼女はあまりに混乱していてそれが何であるか分からなかった。しかし次第に、それはこの世に起こった出来事の記憶であるということが分かった。

 

 森丘いおりが青海超翔と別れてから三日後、ベロアグアの拠点「七都」のうちの二つが完全に壊滅させられた。

 

 それからさらに三日後、森丘いおりの兄である森丘あきらが戦場に斃れた。

 

 腕輪が彼女に伝えたのはそこまでだった。

 

 青海超翔の生死に関する記憶は、腕輪の中にはなかった。

 

 森丘いおりは彼が生きていることをただ祈っているばかりだった。

 

 

──開戦から数年後──

 

 青海超翔は生きていた。

 

 彼は戦争のさなかに知り合った友人と行動をともにしていた。

 

 彼が森丘いおりと別れてからの数年間、何度も彼女に会いに行くことを考えたし、実際に試みようともした。しかし、拠点の周囲を人間兵の軍基地に包囲されている状況下で無事に彼女のもとにたどり着ける自信がなかった。何より、そんなことをすれば彼女の身にも危険が迫るだろうと考えていた。

 

 そんな中、青海超翔のもとに一本の伝達が入った。

 

 それは人間兵の通信を傍受したものだったが、その内容は彼を恐怖の色に染め上げることとなった。

 

 森丘いおりと森丘露夜が暮らす小屋の場所が、人間兵にばれたのだ。

 

 

 青海超翔は出せる限りの力を振り絞り、光にも負けぬほどの速さで例の小屋に向かった。

 

 木造の小屋は半壊状態だった。二人の姿はなかった。

 

 周囲を見渡すと、撤退している兵士を一人発見した。

 

 青海超翔はその兵士に飛びかかり、凄まじい手さばきでその両脚にしたたかな打撃を与えた。それからそのまま兵士を地面に押し倒し、両腕を縛り上げた。

 

「いおりさんをどこへ連れて行った」

「何の……ことだ……」

「小屋にいた女だ!」と青海超翔は大声をあげた。「どこへやった! 答えろ!」

「基地に連れて行った……」

「どこの基地だ!」

 

 兵士はそれには答えなかった。青海超翔は兵士の首元に片手を押しつけた。兵士は苦しそうなうめき声をあげたが、断固として情報を洩らそうとはしなかった。

 

 青海超翔はその兵士の顔面やら胸元やらにしたたかな殴打を浴びせた。そうして怒りの波が谷に差し掛かると、その場を後にした。

 

 彼は人間兵の基地に乗り込んだ。

 

 人間の軍事基地はいくつも存在していた。だからどこの基地に二人が連れ去られたのかは分からなかった。青海超翔は可能性のある場所を手当たり次第に襲撃した。

 

 いくら超人的な力を備えた彼といえど、たった一人で敵の陣地に攻め込むのは、無謀であった。しかしそんなことなどいちいち考えられなかった。彼の怒りの波は再び頂点に達していた。

 

 

 青海超翔はついに目的の場所にたどり着いた。

 

 彼はすでに相当な損傷を負っていたが、怒りで頭がのぼせ上っていた彼はほとんど痛みを感じていなかった。

 

 森丘いおりは改造進化させられていた。QUASHERという名の兵器に。

 

 いおりの子、森丘露夜は身体中に弾痕を残し、致死量の重傷を負っていた。

 

 青海超翔は自身の半世紀ほどの細胞寿命と引き換えに、二人を凍結させた。

 

 それから間もなくして、青海超翔は意識を失った。

 

 

 彼が次に目を覚ましたとき、彼のそばには友人である晒間天の姿があった。

 

「まったく、無茶にもほどがあるぞ」と、青海超翔が目を覚ましたことに気づいた晒間天が言った。「私が駆けつけていなければ、君は生きていなかっただろうね。そうなれば、君が身を投げ出して守ろうとしたこの二人の命も、失われていたことだろう。」

「二人は」と青海超翔が尋ねると、相手は落ち着きをもった口調でこう答えた──

「二人とも無事だ。君が二人を凍結させた後、深都の精鋭たちが現場にたどり着いて、二人を我々の拠点に運んだよ。今は鈴都の施設内にいる」

 

 青海超翔はほっと胸をなでおろした。

 

 そのとき、彼は自分がいくつかのチューブに繋がれていて、輸血と酸素補充をされているらしいと気づいた。

 

「ここは……」

「政府軍の研究施設さ」と晒間天が答えた。「我々の拠点まで君を引っ張っていく時間はなかったからね」

 

 

 それからしばらくした後、青海超翔と晒間天は二人して施設を出た。

 

 施設の周辺には、顔面やら肩やらが血まみれになっている屍が何十人と転がっていた。

 

 

──十数年後──

 

 人間とベロアグアの戦争は終わっていなかった。

 

 ベロアグアは戦争を終わらせるべく、過去へ行くことを計画した。”時空軸降下計画”。選ばれた七人の戦士たちは、過去に時空移動した。

 

 計画の立案者である男は、鼻歌を歌っていた。彼は、晒間天というかつての名前を捨て、カイラと名乗っていた。

 

「またあいつの歌か」

 

 彼の旧友にして戦友である男が言った。この男もまた、元々の名前──青海超翔──を捨て、ウッドという新たな呼び名を使っていた。

 

「いや、ちょっと歌ってみたくなっただけさ」と、カイラは淡々として答えた。

「それにしてはよく聞く気がするがな」

「感傷に浸っているだけのわたしだよ。もう本物を聞くことはできないからね」

 

 ウッドは地の底まで染み入るような深い息をついた。

 

「例の話はどうなっている」とウッドが尋ねた。

「何も問題はないよ」とカイラは答えた。「ただ、はっきりさせておきたいことがある。私はあなたを傷つける真似はしたくない。百パーセント成功する保証はどこにもないからね。もしも失敗したときにあなたが……」

「今更そんなことで迷ってはいない」と、ウッドは相手の言葉を遮るように言った。「私はあの子の母親と約束したのだ。あの子を必ず守ると。そのためならあいつも……」

 

 そうか、とカイラは返事をした。

 

“HULGA抹殺を目的とする次世代型QUASHERの開発”。それが計画の名だった。

 

「それと、今のうちに確かめておきたいんだが。これが完成したとき、このことをイヴナには伝えるか。母親の亡骸は生体兵器に使われたということを」

「この計画をお前に頼んだのは私だ。引き起こされる全ての顛末は俺が背負う」

 

 やれやれ、とカイラは心の中で呟いた。

 

「それでも父親にはなれない、か……」

 

 





 最後までお読みいただきありがとうございます。

 次回『掌編 EPISODE 34-γとn分の1 永劫回帰と炎の円舞曲』に御期待下さい。
 
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