今回は少し長めです。
カイラとイヴナは雷のハルガとの戦いに勝利し、相手を退却させた。これはその直後の出来事である。
カイラは、自律型自動車リオンの内部に仕組んでいた特殊なナノロボットをイヴナの体内に潜り込ませることで、彼女の神経麻痺を治したと話した。
「どうしてもっと早く使わなかった……父さんも、死なずに済んだかもしれないのに」
イヴナはそう言いながら、ウッドの死に場所に視線を移した。
「あれが有効なのは、さくらと、君だけだ」とカイラは答えた。
「どういう意味? なぜ私ら二人にしか効かない」
イヴナが疑問を投げかけると、カイラはこのように答えた。
「さくらの身体の全部が機械じゃないことは知っているね。まあ、だからこそ生体兵器と名付けたわけだが。さくらの脳の中枢部位は、森丘いおり──君の母親のものなんだ」
カイラの言ったことに、イヴナは驚きを隠せなかった。
「どうして母さんの……何のために」
「私が生み出した次世代型クアッシャーのシステムを扱うためには、初期型旧世代の神経機能が必要だった。それに──」
カイラはそこで言葉を止め、遠くを見やった。それからひとつため息をつくと、再び口を開いた。
「理由ならいくらでも思いつくさ。私も彼も、もう一度いおりに会おうとしていたのかもしれない。彼女を生き返らせようと。そして何より、君を守ってくれる存在を望んでいた。母親代わりとまでは言わないがね。私は自分勝手な大人さ……ところで、さっきは一体どうやって電撃を吸収したんだ?」
カイラは相手にそれ以上何も尋ねてほしくなかったのか、口を休めずに違う話題を持ち出した。イヴナはカイラの方をちらりと見ると、こう答えた。
「キキスがあんたの左腕の指を奪ったろ。キキスがそれを拠点に持ち帰った後、中に入ってたデータを全部コピーした。その中に、エネルギー逆流に関する仕組みを見つけた。だけどそれだけじゃまだ不完全だった。だから、次にあんたが迫撃砲を触ったときに、あんたの左腕野中のデータが複製・転送されるようにした」
「いやはや、まさか私の行動まで読んでいたとはね」
「そうじゃない。たまたまうまくいっただけ。でも、どうしてあんなことをした」
あんなこと、というのは、雷のハルガと戦おうとしていたイヴナをカイラが止め、そのまま戦場の外へと送り飛ばしたことだ。
「ウッド──青海超翔と約束したからだ。何があろうと、必ず君のことは守り抜くと」
カイラはまっすぐな瞳で彼女を見つめていた。イヴナは彼の顔をしばし凝視した後、地面に残っている、朽ち果てた布切れの方を見やった。
「今、私の体内にナノロボットが入ってるんだよな」
カイラはそうだと答えた。するとイヴナはこう言った。
「あの女のところへ行く。サンクがまた襲ってくるかもしれない」
彼女はその場を立ち去ろうとした。カイラは慌てて彼女を呼び止めると、このように語り出した。
「ナノロボットには寿命があるんだ。一度神経異常を治癒するプロセスを開始すれば、その後は体内の腐敗物と同化する。そうでなくとも、外気に触れてしばらくすれば機能停止する。リオンくんに搭載していたナノロボットは全てばら撒いてしまったし、あれを使ってさくらを助けることはもうできない」
「それでも。私にはその責任が……いや、覚悟がある」
イヴナの心の中にはもう迷いはなかった。
「分かった。それなら頼みがある」
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荒野。
白金の鎧の女戦士と、紫の装甲の戦士が対峙していた。
白金の鎧を纏う女の正体は、さくら。またの名を、”Quasher of Hulga”──ハルガを鎮圧する者として与えられた名前だ。そしてその名の通り、彼女の力は雷のハルガに匹敵するほどのものであった。したがって、彼女が目の前の相手と一騎打ちで決着をつけようとしたならば、お互いに相応の攻撃を相手に食らわせられるはずだった。
しかし、そうはならなかった。
最初にさくらの敗因を生んだのは、”偽物”のフェルルが現れたことによる錯乱であった。常人離れした認識能力を持つ彼女でも、それが自分の知っているメカとは別物であることに気づくまでにいくらかの時間を要した。
そのわずかな隙をついて、雷のハルガはさくらに稲妻の一撃を与えた。さくらは咄嗟に戦闘の姿勢に入ったが、そのときに受けた一撃は重く、戦闘開始時点で一手分の不利益を被ることとなった。
その後始まった戦いは、まるで脚を失った獅子を追い込む鬣犬のようであった。白金の鎧が電撃によるダメージを防いではいたものの、すでに負っていた傷のせいでさくらは本来の力を発揮することができなかった。
戦いの末に、さくらは白金の戦士に変身するためのベルトを雷のハルガに破壊された。
雷のハルガが相手に止めの一撃を下そうとしていたそのとき、彼女の仲間がその場にたどり着いた。風のハルガだ。
嵐とともに到来した風のハルガは、両腕を動かして大気の流れを生み出し、雷のハルガの身体を動かした。そうして相手が防御態勢を崩したところを狙って、風のエネルギーを纏った渾身の殴打を叩き込んだ。
風のハルガの攻撃は確かに相手にダメージを負わせたはずだった。だが次の瞬間、風のハルガの身体はその場から弾き返された。それから絶え間なく降り注ぐ稲妻が風のハルガを襲った。
風のハルガですら、雷のハルガに歯が立たなかった。
「同じハルガだというのに……異次元の強さだ……」
ロウ──風のハルガである青年が呟くと、目の前の紫の戦士はこう応じた。
「当然だ。私はお前や炎のハルガとは違う。私のベルトには、生命力を増幅させる力が宿っている。かつてベロアグアの者どもを救ったのも、その力によるものだ。私がわざわざこんなことを話すのは他でもない。この力でお前の恋人を救ってやることができるからだ」
「何?」
「ここで私に敵対することをやめるというなら、お前の恋人を救ってやろう」
雷のハルガは相手の出方をうかがった。沈黙が破られるまでそう長くはかからなかった。
「俺がここへ来たのは、あいつとの約束を果たすためだ」とロウが言った。「さくらを守る。それがあいつの願いなんだ」
「キルアを見殺しにするつもりか」
「俺は貴様のことなど信用しない。そして、二度と仲間を裏切るようなことはしない。決してな」
ロウはまっすぐな視線で相手を見据えていた。
「それがお前の答えか」
そう言うや否や、雷のハルガは相手に一瞬の隙も与えずして凄まじい電撃の雨を浴びせた。
雷のハルガは風のハルガにゆっくりと近づいていった。
そこへ、眩い光とともに、炎のハルガが姿を現した。シャングリラからこの世界に帰ってきたのだ。
「次から次へと……しつこい人間め」
雷のハルガは呟いた。
炎のハルガ──ルイは困惑した様子で、ただその場に立ちとどまっていた。彼は自らの意志でこの世界に戻ってきたわけではなかったのだ。シャングリラという空間が崩壊を迎えるとともに、彼の存在が押し出される形で元の世界に送り飛ばされたのだった。
「たしかにあの空間はお前のエネルギーを元にしていると言ったが」と雷のハルガが語り始めた。「あくまでも資源として利用しているだけだ。お前の存在もまた、あの空間にとっては外部からの異物でしかない。とはいえ、お前がここに戻ってくるとは……空間崩壊とともに消え失せるものだと思っていたが」
ルイは、相手の話をまともに聞いてはいなかった。彼の息は荒々しくなっていた。
「お前か……ミクたちをあんなところに閉じ込めたのは……」
ルイがシャングリラで見たのは、彼の家族を閉じ込めていた謎の小さな部屋だった。雷のハルガは彼を嘲笑うように答えた。
「戦争の基本手順だろう。最初に人質を確保する。そして、人質がその役目を果たしている間に、敵陣を崩壊させる」
その言葉とともに、雷のハルガはその雷鳴の矛先をさくらの方に向けた。
最初に反応したのは風のハルガだ。彼は旋風を発生させて素早くさくらの元へ駆け込み、彼女を抱きかかえるようにして電撃の射線から逃れた。
二人が攻撃を回避したのを確認した炎のハルガは、反撃とばかりに雷のハルガをめがけて炎の打擲を見舞った。
その一撃を受けた雷のハルガは、吹き飛ばされるように退いた。しかしその仮面の下からは笑い声が聞こえた。
嫌な予感がした炎のハルガ──ルイは、後ろを振り向いた。すると彼の視線の先には、信じがたい光景が映った。
さくらの身体が、光を放つ塵と化していたのだ。
「さくら!」
ルイは彼女のもとへ駆け寄った。
彼女は確かに、先の攻撃を回避したはずだった。ルイは目の前で起きている出来事が理解できなかった。
「ごめんね……」
涙と汗に濡れる炎の戦士の前で、彼女はそう言い残した。
そして、さくらの姿は消え失せた。
「当然の結末だな」と雷のハルガが声をあげた。「未来から来た者が過去に干渉すれば、万物の流れは異なる方向へ進み、未来の形は変わる。それまで高い可能性を持っていた世界線でも、実現確率が限りなくゼロに等しくなる。そこにいるはずの生けるものはすべて消え去り、当然、彼らによって生み出されたもの、また彼らの干渉によって生じた物事もすべて存在しなかったことになる。どれだけ抗おうとも、運命は万物を正しい結末に導く。その女が消えることも、運命によって決められていただけのことだ」
炎のハルガは、闇に呑まれた。その肉体もろとも精神が、暗黒に覆いつくされた。
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《だめ! そっちに行っちゃ》
ルイの脳裏に、女の声が響いた。それは間違いなくさくらの声だったが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
(さくら……? 君なのか?)
《私はここにいるわ。だから、私たちのところへ帰ってきて、ルイ。闇の力に負けないで》
次の瞬間、ルイの意識の中を眩い閃光が覆いつくした。
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ルイの目の前には雷のハルガが立っていた。相手はルイの方を見て、驚愕している様子であった。
「なんだ、これは……」と雷のハルガは言った。
そのとき、辺り一面には白い輝きが満ちており、大地を明るく照らしていた。
「貴様のその姿はなんだ」
雷のハルガは重ねて言った。ルイは自分の身体を見た。
彼の両腕と両足は真紅の色に染まっていた。全身を覆う装甲は白く光り輝いていた。その身体を駆け巡る赤いラインは、湧き上がるエネルギーを身体の各部位に伝えていた。
白き炎のハルガは、赤い炎を纏っていた。
ルイは身体の奥底から力が漲る感覚をおぼえた。
この白き炎のハルガこそ、カイラが想定していた究極の状態であった。パルマナカルマから逆流するエネルギーが炎のハルガの全身へと広がり、そのエネルギーが尽きるまで精神と肉体を”燃え立たせる”形態であった。
(この力なら……!)
そのときのルイの心は闇から解放され、希望の光の中にあった。
白き炎のハルガは、真正面へと駆け出す。それに反応した雷のハルガは、太い線の稲妻を迫り来る相手の方へ乱射した。
白き炎のハルガは、その電撃を防ぐことも回避することもせず、そのままの勢いで相手に向かって突進していた。この白く輝く装甲の戦士には、電気攻撃は通用しなかった。真の超人と化したその肉体はいかなる攻撃をも耐えしのぐほどの屈強さを誇っていた。
炎の戦士から拳が突き出される。その拳は燃え盛る炎を纏い、雷の戦士の胸部に激突した。次の瞬間、雷の戦士は攻撃を受けた衝撃で突き飛ばされるとともに、その全身に炎が燃え広がった。
雷のハルガの全身にまとわりついた炎は、その視界を完全に覆いつくすほどであった。真紅の炎は雷のハルガの装甲と、身体の内部にダメージを与えていた。
雷のハルガが態勢を立て直す暇もなく、白きハルガから次の攻撃が振り下ろされた。先ほどよりも高速で叩き込まれた炎の打擲は、紫の装甲を打ち砕いた。
言うまでもなく、白き炎のハルガが雷のハルガを圧倒していた。
しかし突然、白きハルガの動きがぴたりと止まった。本人すらもそれに驚いていた。
ルイは、自分の身体を改めて見た。すると、全身の装甲が元の赤色に戻っていることが分かった。
ベルトの側部に装着していたパルマナカルマは燃え尽きて塵と化した。内部に蓄積していたエネルギーを完全に消費してしまったのだ。
ルイは全身から力が抜けていくのを感じた。それとともに、戦慄をおぼえていた。
彼は前を向いた。その先には、炎を振り払った雷のハルガの姿があった。雷のハルガは、その装甲が破損していながらも、まるで内部には損傷を負っていない具合で立ち上がっていた。
そのとき、風のハルガが炎のハルガのそばに歩み寄って肩を並べ、前方の紫色の戦士を見据えた。
「お前も、不死の呪いにかかっているのか」と、風のハルガ──ロウは対面する相手に尋ねた。
「ああそうさ」と雷のハルガ──サンクは答えた。「お前が呪いをかけられるよりも、ずっと前からな」
「だったらお前も、呪いによって大切な誰かを失ったはずだ」とロウが言った。「それなのに、どうして人間を傷つけようとする」
「その人間が、私の仲間の命を奪ったんだ!」とサンクは大声を張り上げた。「人間が生み出した宇宙のガラクタが、我々の宇宙船に激突したのさ。それも、これから平和な未来を築こうとしていた矢先にな」
「まさかお前……違う星から来たっていうのか?」
ルイがそう尋ねた。しかし雷のハルガはそれには答えず、言葉を続けた。
「呪いなんてのはきっかけでしかない。私の大切なものを奪い取ったのは人間だ! 人間が持つおぞましい科学とやらのせいで、私の仲間は死んだんだ!」
「俺もお前と同じ痛みを味わった」とロウが言った。「だから、それがどれほど苦しいかはわかる。でも、それでも前を向き続けなければならない」
「俺の苦しみがわかる? 前を向かなければならない?」そう言う雷のハルガの声は震えていたが、次に発せられた言葉は怒号に近い叫び声であった。「分かるはずがない! できるはずがない!」
「呪いにかかっている俺たちが決着をつけるには、分かり合うしかないんだ!」とロウは相手に負けじと大声を張り上げた。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!」
雷のハルガは聞く耳を持たなかった。ハルガ同士の戦いが、再び始まろうとしていた。
そのとき、彼らの頭上から、真っ白な光が降り注いだ。やがて光が弱まっていくと同時に、その光は黄金に輝いていることが分かった。
光の束は地上に光の輪をつくっていた。そこには、一人の女の姿があった。
そこに立っていたのはさくらだった。
彼女が立っているのを目にしたルイは、自分が夢を見ているのかと疑った。しかしそれは現実だった。ルイがあの時に──闇に呑まれていたあの瞬間に聞いたさくらの声は、彼の妄想ではなかったのだ!
「さくら……無事だったのか!」
「ルイ……」
ルイは彼女の方へ駆け寄った。そして目の前にいるのが本物のさくらであることが改めて分かった彼は、ほっと胸をなでおろすとともに涙を流した。
「イヴナが私にこれを贈ってくれたの」
そう言ってさくらは自分の右腕を前に差し出した。そこには黄金の腕輪があった。
「イヴナが……?」
ルイは聞き返した。さくらは小さく頷くと、視線をルイから逸らして、少し遠くを見やるような仕草をした。ルイが彼女の視線の先を追うと、そこには確かに、イヴナの姿があった。
「この腕輪は、世界の記憶を宿す特別なもの。この腕輪の力を使って、本来消えるはずの私という存在を、この世界に記憶させておくことができる」
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それは、ルイ、さくら、カイラの三人がベロアグア拠点に乗り込んだ後の出来事であった。
ロウの恋人であるキルアは、暴走したキキスの一撃によって身体を貫通され、死に至った。だがそのとき、彼女は黄金の腕輪ことメメントリングを所持していた。
キルアは、意識が完全に消え去る直前、その精神をメメントリングと融合させていた。
彼女自身の存在を、記憶という形で世界に繋ぎとめることに成功していたのだ。
彼女の最終目標は、さくらという女を死なせないことだった。彼女の死こそが、闇のハルガを生み出す引き金であるからだ。彼女は腕輪に残された幾度もの失敗の記憶から、そのことを知っていた。
しかし、どんな工夫を凝らしても、さくらの死を免れることは困難だった。
そこで彼女は、さくらの存在をメメントリングの中に留めておくことを思いついた。彼女を記憶として腕輪の中に宿せば、彼女の存在が消えることはないだろうと考えたのだ。しかし、キルアにはそのやり方が分からなかった。
そうこうしているうちに、彼女自身の死が突然やってきた。彼女は歴史を繰り返す中で何度も自分が死んでいることを知っていたが、毎回その原因や場面は違っていた。
自分の死がやってきたとき、キルアは、さくらの存在を腕輪に記憶させるための方法を見つけられるチャンスかもしれないと思い立った。そこで彼女は咄嗟にメメントリングに思念を送り込み、自分自身の存在を腕輪の中に宿すことに成功したのだった。
残された課題は、どうやってメメントリングをさくらの元へ送るかだった。さくらが腕輪を身に着けているか、あるいは少なくとも彼女の近くに腕輪があれば、キルアが自分にしたのと同じようにしてさくらの存在を腕輪に宿すことができるはずだった。
キルアがメメントリングと融合した後、メメントリングは誰に拾われることもなかった。それは、キルアが周囲の人物の記憶を操作して、腕輪そのものがまるで見えないかのように仕立て上げたからだった。したがって、メメントリングはそんときもなお、キルアの死に場所に転がっていたのだ。
加えて、彼女は自分の意志で動くことが出来なかった。腕輪の中で生きている彼女はただの精神──いわば魂だけの存在であり、実体を伴わないからだ。
だが希望はあった。キルアは一人の男のことを考えていた。その男が本来の記憶を思い出し、メメントリングを手にしてくれる望みがあった。その男ならば、腕輪を手にしたとき、これから為されるべきことの全てを理解するはずだ、とキルアは考えていた。
その男はカイラであった。彼は他の人物たち同様に、キルアによって記憶を操作されていた。しかし、彼は特殊な性質を持ち合わせているため、メメントリングの力の干渉が途切れると自発的に本来の記憶を取り戻すことができるのだった。
そして、キルアの期待通り、カイラは元の記憶を取り戻した。それからメメントリングを持っていたはずのキルアが消滅した場所に行った彼は、そこに取り残されていた黄金の腕輪を見つけた。
(あとの事は頼んだぞ、カイラ)
「キルア……君なのか」
突然男の声が聞こえて、キルアは驚嘆した。
(私の声が聞こえるのか……?)
「ああ、まさか君の意識と直接接触できるとは、驚いたな」
(驚いているのは私の方だ)
どうやらカイラは現実世界に実体を置きながら、精神だけをメメントリングに通わせることができているようだった。
(私は今、意識だけの、魂のような状態でこの腕輪の中にとどまっている。記憶という形で腕輪の中に宿っているの)
「そんなことが可能だったのか」とカイラは返した。
(何度も力を使っているうちに、記憶の操作がほぼ自由に行えるようになった。でも、まだ簡単ではない。私が自分の記憶をここにとどめるときも、苦戦したわ)
「私たちの記憶に障害が生じていたのは、その副作用のようなものか」
(そうみたいね……)
彼女はメメントリングの中に魂を宿した後も、腕輪の力によって世界の記憶を見ることができていた。
(この腕輪を、さくらに託して欲しいの。あの子を救うために)
「分かった」とカイラは答えた。
「しかし、さくらを守るために、君が自分自身を犠牲にする必要はあったのか?」
(望んで死んだわけではなかった)とキルアは答えた。(だが、もう良いんだ。私は疲れた。私がまだ私であるうちに、ここに留まっておくことにするわ)
それから、カイラは腕輪をさくらに届けようとした。フェルルを使うことも考えたが、絶対にさくらに渡せる保証ができなかった。
結局、カイラはイヴナに腕輪を託した。そして、さくらに腕輪を渡してほしいと伝えたのだ。
その後、カイラは息を引き取った。
イヴナは大急ぎでさくらのいる場所に向かったが、そこにたどり着いた時、すでにさくらの肉体は消滅し始めていた。
イヴナはメメントリングをさくらの元へ投げ飛ばした。
さくらの意識が途絶える寸前、メメントリングの内部から働きかけたキルアによって、さくらの存在は消滅を免れた。キルア同様、魂のみの状態として腕輪の中に生き続けていた。
かくして、さくらの死という出来事を回避することに成功したのだった。
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「ばかな……」とサンクは狼狽えた様子で呟いた。「まさかこんなことが……ありえない」
「できるわ」雷のハルガに強い眼差しを向けて、さくらは答えた。「これが人間の、いいえ、未来を信じる者の力よ」
さくらは芯のある、決して折れぬ強い声でそう言った。だがそのとき、彼女の身体は歪み始めていた。
「やっぱりまだ完全じゃないみたい……」
「さくら?」
ルイは怯えた声で彼女の名前を呼んだ。彼は、彼女が再びこの世から消えてしまうのではないかということを恐れていたのだ。その思いを感じ取ったさくらは、こう言った。
「大丈夫。今はまだだけど……いつかきっと──」
さくらの姿はみるみる薄まっていった。
「ルイ、さっきはごめんねしか言えなかったけど……ありがとね」
そしてさくらの姿は消えた。
だが、今度のルイは闇に呑まれることはなかった。彼女が再び戻ってくることを信じていたから。
「信じる者の力だと……」とサンクはそのとき震える声で言った。「力があるというのなら、その力で不死の俺を倒して証明してみろ!」
次の瞬間、雷のハルガの両手の先から稲妻が放たれた。それは炎と風のハルガの間を通り抜けたかと思うと、二つに分岐し、跳ね返るようにして二人の身体に衝突した。途端に、二人のハルガたちは身動きのとれない状態になり、電撃に持ち上げられるようにして宙に浮かび上がった。
その電撃はただの攻撃ではなかった。それは炎のハルガと風のハルガの腰に装着されているベルトに纏わりつき、その膨大なエネルギーを吸い取っていた。
そのとき、何者かが電撃の通り道の間を搔っ切った。イヴナだ。彼女が雷のハルガの前に立ちはだかると、二人のハルガを拘束していた電撃が止んだ。
「あいつは切断技に弱い。これを使え」
そう言いながら、イヴナは二人のハルガにそれぞれ刀を投げ渡した。
ルイとロウは、一瞬言葉を失っていた。目の前にいる女が、自分たちの知っている姿とはほど遠かったからだ。
「あいつらの魂はここにちゃんとある」
そう言って、イヴナは左腕を少し上に掲げてみせた。そこには金色の腕輪がしてあった。
「あいつらって……まさか、キルアもそこにいるのか」
ロウがそう問いかけると、イヴナは頷いた。
二人のハルガはこの女のことを信じる決心をすると、各々の構えをとって刀の柄を握りしめた。
炎のハルガが先に攻撃を仕掛けた。彼は刀を脇腹のあたりに据えながら、相手をめがけて突き進んだ。
敵の突進をみとめた雷のハルガは、電撃を放ってその動きを妨害しようとした。しかし、すかさずイヴナが割って入り、雷のハルガの攻撃を邪魔した。
その隙を狙って、炎のハルガは一気に敵の懐へと飛び込み、身をかがめながら刀を振りぬいた。一閃の斬撃は、雷のハルガの腕部装甲を切り裂いた。
その次の刹那、雷のハルガの背後には巨大な風の渦が発生していた。その中心にいるのは風のハルガだ。蒼い装甲の戦士は両手で構えた刀を身体の前に突き出した状態で、渦巻く大気の流れとともに超高速で回転していた。そしてそのまま、嵐をともなった切断技が雷のハルガに襲いかかった。
雷のハルガは嵐に身体をとられ、その渦の中心へと吸い寄せられていった。その先に待ち構えていた風のハルガの斬撃が、雷のハルガの装甲に深い谷をつくり、さらに打ち砕いた。
そこへさらなる攻撃が差し迫っていた。炎のハルガは嵐の中に自ら飛び込み、両脚を前に突き出した態勢で宙を駆け巡りながらその勢いを増していた。凄まじい炎と風のエネルギーを込めた渾身の一撃が、雷のハルガの装甲もろともその力の源であるベルトを叩き割った。
嵐が止んだ。ハルガの力を失ったサンクは、ただ重力に流されて真っ逆さまに落下を始めた。
轟々と鳴り響く風。肌を撫でるように流れていく空気。それらを感じながら、サンクは目を瞑り、自然に身を任せて
自分の行き着く先を想像していた。
突然、彼の腕が上方向に持ち上げられ、それまで感じていた大気の流れが止まった。サンクが目を開けると、彼の左腕を風のハルガが掴んでいた。
それから間もなくして、彼らは地面に降り立った。少し離れた地点に一足先に着地していた炎のハルガが二人に気づき、彼らの元へ駆け寄った。
「なぜ私を殺さなかった? 私はあのまま死ぬつもりだったというのに……」
銀色の長髪を風になびかせている若者──サンクは、そう呟いた。
「俺たちは、お前を死なせるために戦ったんじゃない」とロウが言った。「未来を生きるために戦ったんだ」
「未来に希望などない」とサンクは言い返した。「悲惨な運命が待ち構えているだけだ」
「運命は変えられる」とルイが言った。「俺はそう信じてる」
ロウもその言葉に頷いた。
「選択次第で、未来はどうにでもなる。お前の仲間の運命も、きっと変えられるはずだ」
「……つくづく傲慢でしつこい人間だな、お前たちは」
皮肉めいた口調でサンクはそう言ったが、その表情は明るいものだった。
「サンク、約束してくれ」とルイが口を開いた。「もう人間を殲滅させるなんてことはやめると」
「分かった」とサンクは答えた。「もうしないさ」
その返答を聞いて、ルイとロウの二人は安堵した。
「ところでルイ、」とロウが口を開いた。「シャングリラにいた人たちはどうなったんだ? 救出できたのか?」
「分からない」とルイが答えた。「シャングリラとこの世界を繋ぐ扉はくぐったはずだけど……」
「まだだ」と、そのときサンクが口を開いた。「彼らはまだこの世界に戻ってきてはいない」
ルイが説明を求めると、サンクはこのように話した。
「こちらの世界からシャングリラへと送られた存在は、再びこちら側に戻る際、二つの世界の狭間である異空間に閉じ込められる。ルイ、君や君の恋人がそうならなかったのは、君らと彼らではシャングリラへの入り方が違ったからだが……。二つの世界の狭間は、二つの世界の存在があってこそ成り立っている空間だ。シャングリラが完全に崩壊した今、世界の狭間が消えるのも時間の問題だ。そこにいる彼らを救うには、空間の崩壊よりも先にこの星へ連れ戻すしかない」
「一体どうやって」とロウが口を挟んだ。
「方法はある」とサンクが答えた。「彼らが住んでいた街に繋がる、地下通路だ」
巨大な穴の底から通ずる地下通路は、ルイたちも見たことがあった。
「あの通路は、人々をシャングリラに送り飛ばすために使った装置と繋がっている。そこへ行けば、世界の狭間に閉じ込められている人々を、こちらの世界に呼び戻すことができるはずだ」
最後までお読みいただきありがとうございます。感想などお待ちしております。
次回は最終回です。
『FINAL EPISODE 未来の選択』に御期待下さい。