もともと計画していた続編『MASKED HEXAS』の冒頭シーンを公開します。
一部メモのまま文章にしていないところがあります。
【特別篇】安息なき世界
一の壱
何かが来る。並び立つ刃先──鮫だ。
凍てつく戦慄が脳内を駆け巡る。次の瞬間、俺は背を向けて走ろうとした。
走れない。どうしてだ。足が地につかない。空を舞うような感覚。下を向くと、そこに地面はなかった。視野のどこにも、大地の影が見当たらない。背筋が凍りつき、はっと息を飲み込む。
その途端、身体に異常をきたしたのが分かった。
吐き出すようにむせ返る。胸が締め付けられるほど痛い。一体何を飲み込んだのか。息苦しいのとは微妙に違う。苦痛はたしかにあるが、呼吸はできるのだ。酸素はきちんと自分の体内に取り込まれているらしい。その証拠に意識ははっきりしている。
三度目の咳返しをしたそのとき、おかしな感覚を味わった。それはまるで、今初めて呼吸をしているかのような錯覚。妙だ。
確かめるために四度目は吐き出さず、息を止めようかと思った。けれどもどうやって止めるのか分からなかった。自分の身体が、自分の身体でない。脳の制御が効かない。だけど気づいたら肺は息を吸い込むのをやめていた。
ここは天国なのだ、と思った。それしか理由が思いつかなかった。
ある種の納得感を味わうと、身体は余裕を取り戻す。やがてはっきりとした五感が蘇ってきた。視界はすべて青がかっている。身体の皮膚には冷たい何かがまとわりつく。頭の後ろからは濁った音が耳に入り込む。
後ろを振り向いた。さっき数百メートルは離れていたはずの海洋生物が、大きく顎を開いてこちらに突進していた。白い牙に囲まれた暗闇に吸い込まれる。それとほぼ同時に、脳内を血流が慌ただしく流れ、一瞬のうちにして悟った。俺が今いるのは天国なんかじゃない。水の中、それも人が住むべき場所からは遠く離れた、海にいるのだ。
一の弐
「先日の事故で、研究棟内にいた同胞たちは、すべて消え去ったようです」
鎌状の突起が一対、顎の側面に生え、言葉が発せられると共に上下に動く。深い臙脂色の単調に染まった奇怪な覆面。その中央付近には淡緑色の球形の瞳が埋まっており、外界へ静かな視線を向ける。
「そうか」
「あまり驚かないのですね」
「──あの女は」
「死んだでしょう。もっとも、遺体は見つかりませんでしたが」
「だろうな」
「──実験は。”D”はどこにいる」
「判りません。全てが完了する前でしたので。ですが……」
「お前も私と同じ考え、か」
「ええ。ただの直感ではありません。水門の格子に損傷が見られました。それも、鋭い何かが噛み付いたようなもの」
「いかがなさいましょう」
「探し出す。捕獲ではなく生存確認のため」
「生存確認が済めば野放しにすると? よろしいのですか」
「行動は計画あってこそ。順序を抜かすと、必ず後悔するよ」
「──分かりました。調査班を準備いたします」
「徹底的に捜索を。彼は恐らく、水中。君の目撃したものが正しければ、天竜川、あるいは、太平洋」
★退出するタガメ
★ふたりの会話の様子をこっそり伺っている女(今作のヒロイン、チョウorタガメと何かしらの関係あり。それをチョウは知っている)
「それで、君は何を知りたいのかな」
★チョウはふいに女の隠れている方を振り返って言う。
★女は逃げる。
「一度巣に入ってしまったら、二度と出られないよ」
一の参
★海中の景色
俺はどうも鮫の胃袋の中ではなく、さっきと同じ水中にいるらしかった。奴はどこにいったのだろう。不思議に思って辺りを見回す。水は黒く染まっていた。光がない、というのでは説明しきれないくすんだ色。視線を下に向けると、足の先には赤い肉が散らばっていた。その肉片らはよどんだ水と一緒に、ゆっくりと海の奥底に引き込まれるように沈んでいった。
一体誰があんな真似を。海のハンター、あの恐ろしい凶器を何本も連ねた捕食器を持つ生物を、肉片になるまで切り刻んだのは一体何者か。そんなことができる上位生物の影は見当たらない。もうどこかへ行ってしまったのだろうか。でも、鮫に食われかけていた俺を救ってくれたことは間違いない。
もうほとんど暗闇に溶けこんで見えなくなった鮫の残骸を見つめながら、思考を巡らせた。次第に、数分前に起こった出来事の記憶が蘇っていった。
鮫の喉に吸い込まれる瞬間、脚に耐え難い痛みが走る。食われた。さっきまで己の肉体の一部だったものが、俺の身体への従属を打ち切って離れていくのが、感じ取れた。今度こそ本当に天国に行くのか。俺は目を瞑ろうとした。
そのとき、眩い何かが視界の右側から飛び込んできた。凄まじい勢い。銀色に光るその何かは俺の視界を斜めに通過して、鮫の口内を上に突き上げた。その途端、赤黒い液体が噴出し、俺の視界を黒く染めた。
その後のことは覚えていなかった。ぷつりと、黒い視界は途切れて、深い青色に囲まれた。
銀色の正体。生ける物の肉体を分け隔てなく引きちぎる刃を持つ鮫のはずだが、それをも超える生物は一体何なのか。鮫にとっては悪魔だろうが、少なくとも、危うく海洋生物の生命維持の栄養分にされるところだった俺にとって、紛れもない救世主、英雄だった。
ふと思い返して足元を見たが、二本の腕に加えて二本の脚が、しっかりと俺の身体に繋がっているのは見間違いようがなかった。記憶の中で味わっていた痛みも、既に消えていた。
一の肆
★アジト内を逃げる女。警備隊が四方八方から現れる。(警備隊は全員、怪人)
★女は川に飛び込む(※女は海女さんの娘。並みの人間よりは水中に長くとどまることができるが、せいぜい数分が限界)
★海中深くまで潜る女。しかし追っ手は振り切れない。
一の伍
★「俺」の前に現れる、息苦しそうな女の顔。
★追っ手が被っているマスクのシンボルが目に入る。その途端、胸騒ぎ、俺の身体は勝手に動いていた。
★「俺」は女の跡を追っているやつらの前に突入。
★銀の腕。
★銀の腕は追っ手のうちのふたりを撃破(したつもり。改造手術受けた奴らなのでそんなすぐ死なぬ)
そうしてふたつの銀の腕が自分の両肩から繋がっているのを目にした。俺の腕だ。
俺の身体は未知への恐怖と溢れんばかりの高揚感とに同時に襲われた。全身の血液がどうどうと荒々しい音を轟かせる。絶頂に達した俺は、そのとき、自分を海の刃から救った者の正体を悟った。
英雄は俺だ。
すっかり熱くなった男はもう自分が何者なのかも殆ど憶えず、目先の五つだか六つだかの黒い影が人間のものなのか或いは似て非なる動物のものなのかも確かめることなくその節々を抉り、斬り裂いた。
この時両腕を血の色に染めていなければ或いは、元通りの平常に戻れたのかもしれない。
だがその酔った精神の続いているうちに後ろにいる女までをも手にかけてしまわなかったのが、せめてもの救いと云えよう。