【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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失望と激励

「え…?」

 

 北野会長の毅然とした受け答えに、二つ返事で同志への勧誘を快諾してくれると期待していた水澤はショックを隠せずにいた。

 

「『メジロのウマ娘である』という事は確かに『(ほま)れ』ではありますが、同時に『呪縛』でもあります。否応なしにレースの世界に投げ込まれ、最難関の名門トレセン学園に入学する事が最低ライン。そして勝ち上がった先で期待されるのは『春の盾』… 貴女もウマ娘ならこの重圧はご理解頂けるのではなくて?」

 

「あ… う…」

 

 北野会長の静かながらも怒涛の攻撃に、水澤は言葉を返す事すら出来なかった。

 

 確かに中央のトレセン学園に入学するだけでも、競走ウマ娘世界ではエリート中のエリートだ。

 トレセン学園には前述の通り『町一番に速い娘ばかりを集めて』毎年1000人にものぼるウマ娘が入学する。これは多い様に聞こえるが、日本の市町村の総数が1700強の現代、仮に市町村で一番速くても4割は入学時点で切り捨てられる計算になる。看板に偽りアリだ。

 

 当然ながら入学して終わりではない。その後は学業やハードなトレーニングに加えて、歌やダンスのレッスンも必修だ。

 デビューしてもそのエリートばかりの出走する新戦や未勝利戦等で『とにかく1勝』しない事には、次のステップに進めない。進めないどころか、デビュー後の9月までに1勝も出来なかった娘は実質退学となってしまう(一般の中高校生として学園に残る事も出来るが、ほぼ100%が居た堪れずに自主退学する)。そしてその数も年間500人近くに及ぶのだ。

 

 更に屈腱炎や繋靱帯炎等ウマ娘特有の関節の病気や、トレーニングやレース中の怪我によって長期休養や引退に追い込まれるウマ娘も年間100〜200人居る。

 つまり入学したエリート1000人は、数年のうちにその数を3割まで減らす事になる。それがトレセン学園の実態だ。

 

 その3割に残る高い実力で、或いは運で1勝出来ても、次はその『勝ってきた』ウマ娘同士でレースを行う事になる。そこで更に勝ち上がらないと『重賞』と呼ばれるランクの高いレースには出られないし、トップランクのGⅠに分類される各種レースなぞ夢のまた夢。そしていつ襲い来るかも分からない怪我や病気のケアをしながらの生活となるのだ。

 

 会長の言った『春の盾』。これは最長距離GⅠでかつ、最も難易度の高いレースである『春の天皇賞』の優勝トロフィーの事だ。

 つまりメジロ家のウマ娘である事は、『同年代で日本一になれ』と期待されているのに等しい。

 

 そしてそれらを成し遂げた先達が何人も居るから、メジロ家の宿願『春の天皇賞制覇』は決して夢物語ではない。それが故に後輩メジロウマ娘の受けるプレッシャーは並々ならぬ物があったはずだ。

 

(わたくし)はヒトとしてもあまり運動が得意ではありません。なのできっとウマ娘として生を受けても、皆様には失望を繰り返し与える事しか出来なかったでしょう。そう考えると『私がヒトであった失望』の方が遥かに軽くて済むという物です…」

 

 水澤自身も会長の気持ちを理解したのか、反論を諦めた様で口を噤んで会長の話を聞いている。耳と尻尾を垂らしてしゅんとしている様は、いつも水澤に振り回されている身からすると少し気分が良い。

 

「メジロのウマ娘の苦悩を近くで見ていた私にはとても良く分かります。同年代のメジロ家(しんせき)の娘達も、やはり今ひとつ良い成果を出せていません。だからでしょうね、メジロの『おば様』達はみなさん、ヒトである私をとても可愛がってくれました…」

 

 もう完全に会長の独演会だ。俺も水澤も、ついでに鼻息荒く登場したものの後は空気みたいになっている三崎も会長の話に聞き入ってしまっている。そんな動きの止まった俺達を無視するように北野会長は話を続ける。

 

「特にパーマーおば様には厚く懇意にして頂いて、期待に応えられず意気消沈する私を励まして頂きました。『愛璃は愛璃の人生を生きていいんだよ、メジロの名前なんて気にするな!』と何度も…」

 

 『メジロパーマー』、メジロマックイーンやトウカイテイオーと同時期にトゥインクルシリーズを走った『大逃げ』で有名なウマ娘だ。

 メジロ家としては傍流の家系の出身で戦績は38戦9勝。デビューから3年間での獲得重賞は札幌記念 (GⅢ)のみ。しかし4年目の春秋グランプリ(宝塚記念&有記念)で、いきなりダブル優勝を果たした遅咲きの傑物である。

 

 『20XX年度ウマ娘年鑑』によれば、「格式高いメジロ家の雰囲気から『大逃げ』し、メジロ家の外部で自由気ままに生きた傾奇者(かぶきもの)」という記述がある。

 確かに有記念を勝った時のインタビューの席で「い、いぇ〜い! お祖母サマ見てるぅ〜!?」とぶち撒けたそうなので、それなりの度胸はあると思われる。

 

 同時にクセの強いメジロの面々の緩衝役として、面倒見良く色々と気遣いをしていたという話もよく聞こえてくる。

 

 きっとメジロパーマーというウマ娘は『人一倍真面目』で『優しすぎる』人物だったのだろう。

 そんな不器用な人だからこそ北野会長の悲しみや悔しさの『想い』を受け取って、優しく返してくれたのでは無かろうか? メジロパーマーって良い人だな。ちょっとファンになったぞ。

 

「斯様に私はウマ娘と共に生きてきました。彼女らに感謝こそあれ、恨みなどあろうはずもありません。もし将来私がウマ娘を授かる事でもあれば、メジロ家の再興は『彼女』にお願いするのも良いかも知れませんね…」

 

 水澤の表情は完全に敗北者の目をしていた。『ウマ娘殲滅』を掲げる水澤に真っ向正面から『ウマ娘の素晴らしさ』を()って説き伏せてしまった北野会長。いっその事このまま水澤の性格そのものを矯正してくれないかな…?

 

「ご期待に添えるお話しに出来なくて申し訳ありません… でもアビスビーストさん、貴女は確か中央トレセン学園への入試を行っていますよね…?」

 

 会長が恐る恐る水澤に問い掛ける。へぇ、意外と水澤も結構凄い奴だったのかな…?

 

「地方のトレセン学園ならまだしも、中央となると通常は学校長や地域の公認クラブコーチの推薦が無ければ入試資格すら与えられません。貴女も以前は走っていて、しかも速かったのでは無いですか…?」

 

 水澤の顔は病気を心配するほどに真っ青になっており、微かにだが体が震えてさえいる。

 

「貴方がどの様な経緯でウマ娘を嫌う事になってしまったのか私には分かりかねます。ですが『楽しかった時期』もあったのではありませんか? その時の事を少し思い出されてみては如何でしょうか…?」

 

 水澤は幽鬼の様にフラリと立ち上がり、「すみません、気分が優れないので失礼します…」と1人で部屋から出て行った。

 

「ちょっとイッチー! 危ないよ、待って!」

 

 すかさず三崎が後を追って退室する。とりあえず水澤は三崎に任せておけば大丈夫かな…?

 

 部屋には俺と北野会長の2人が残された。ここまで会長の話に圧倒されていた為に、いざここで気の利いた言葉が思い浮かばない。しどろもどろで挙動不審な少年Aの出来上がりだ。

 

「…ごめんなさい。差し出がましい事を言ってしまったみたいですね。彼女のフォローをお任せしてもよろしいでしょうか?」

 

 北野会長の縋る様な眼差しに、俺は挙動不審のまま「は、ハイ!」と返す事しか出来なかった……。

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