【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
~水澤視点
他人に言われるまでもない。私も昔は… ううん、今だって走る事は好きだ。これはウマ娘である以上変えられない運命、逃れられない
「走って競って、誰よりも一番にゴールする」
私の名前は『イチ』、親から貰った大事な名前。『一番』のイチ、『一着』のイチだ。私はこのイチという名前が大好きだ。親や友達から『イチ』と呼ばれると、その度に「絶対に一番になってやる」と自分を鼓舞できる気がするから。勇気を貰えるから。
でも大好きが故に違和感が強くなる。『イチ』という名前を好きになればなるほど、魂の声が囁いてくるのだ。
「お前の名前は『水澤イチ』なんかじゃなくて『アビスビースト』だろう?」と……。
☆
私の故郷は九州の福岡県、福岡市北部の
小さい頃はウマネームの意味なんか知らないから、抵抗なく『アビスビースト』と自称していたし、嫌悪感なんかも全然抱いて無かった。だから『イチ』でも『アビスビースト』でも、呼ばれれば無邪気に返事していたものだ。
小学生の間は地元のレースクラブで仲間達と走っていた。実力が近くて特に仲が良かった4人組。《マッハドリル》こと
いつもこの4人で勝ったり負けたり… いや違うな。一番はいつも《あいつ》だった。皆で10回走れば8回は《あいつ》が勝った。それくらい速くて強かった。
残りの2回を3人で取り合っているみたいな感じ… それでもその3人の中での勝率は私が一番高かった、と思う… あんまり覚えてないや……。
仲間4人では『仲良しの証』的な意味で、お互いを
ある時、「何でウマ娘には変な名前が多いのだろう?」という話題で盛り上がっていた。そこで私は自分のウマネームの意味を知ったのだ。
状況は確か… 皆と一緒に《あいつ》の兄が一緒に居た。
そこで《あいつ》が「みんなの名前ってカッコいいよね。私なんかさ…」とネガってきたのが始まりだった。《あいつ》の名前はウマ娘としてとても珍しい… って、まぁ《あいつ》の事は良いや。そこで学年の高い辰雄さんが他の3人の名前の意味についても教えてくれたのだ。
「あー、
「へぇ〜、
元気なミヨとのんびり屋のヨシのリアクションはそんな感じだった。
「
辰雄さんのこの言葉だけなら私も『ふ〜ん、そうなんだ』くらいにしか思わなかっただろう。
「そしたらイチは『地獄の野獣』!ってアナウンスされながら走る訳やね。バリ強そうやん!」
続く《あいつ》の言葉にハッとした。この言葉そのものに悪意が無いのは分かっている。《あいつ》は性格はキツイが意地の悪い奴ではない。恐らく本気で『強そうな名前』だと思ってる。
「『最後の直線、先頭はアビスビースト、これは速い!』」
「『アビスビースト、強いとしか言えない走り、次のレースが今から楽しみです!』」
ミヨとヨシも乗っかって私を囃し立て、一同大爆笑となる。私は恥ずかしさから苦笑いしつつ「やめてよ〜」と言うしか出来なかった。
私自身、確かに『強そうな名前でカッコいい』とは思った。だが同時に『強そうな名前で呼ばれる女の子って何なん?』とも思ってしまったのだ。
そうなるとヒトネームの『イチ』も他人との競争を前提にした名前だと分かってくる。
ウマ娘に生まれて走り続ける以上、『強さ』がステータスになるのは理解できる。でも将来的にいつまでも走り続けられる物でも無い。
いつか走りを辞めた時に、周りから『奈落の野獣』と呼ばれる事に恐怖感を抱いてしまった、自分の名前に疑問を持ってしまった。
結局こんな私にしか分からないしょうもない事件が棘になり、私は走るのが怖くなった。
翌月には中央トレセン学園の入学試験を控えていたのに、私の心は立ち上がる事もなく気の抜けた試験を繰り返し、4人の中で最下位の成績で試験に落ちた。
クラブのコーチからは「イチなら本気で走ればきっと合格できるぞ」と言われていたのに、全然本気になれなかった。
仲間たちには体調不良を心配されたし、《あいつ》からは「真面目にやってる?」とまで言われた。
みんな、裏切る様な真似をしてゴメンね。私には『アビスビースト』という名前を一生背負う覚悟が持てなかったんだ……。
最終的に試験に受かったのは《あいつ》だけ。ミヨとヨシはまだ走りたいらしく、佐賀にある地方トレセン学園へ入学してトレーニングの日々を送っているそうだ。
皆とはそれっきり疎遠になって、私だけが『走りの世界』から脱落し、普通の中学校へと進学した。中学は小学校からの友達や、ウマ娘クラブで一緒だったエンジョイ勢の娘が繰り上がり、それなりに充実した日々を送ったと思う……。
☆
そして今、《あいつ》は中央のクラッシック級でブラックリリィやスメラギレインボーなんていう世代トップレベルのウマ娘と肩を並べてGⅠを走っている。
これはとんでもない事だ。100倍を越える倍率を勝ち抜いて入学したトレセン学園で、更に走り抜いて勝ち抜いて、GⅠを走れる程の結果を出すなんて、そこまで凄い奴だとは思わなかった。
逆に考えれば《あいつ》に勝てないまでも『全く歯が立たなかった』訳では無いレベルだった私が、本気で入試に取り組んでいたら「中央トレセン学園に入れたかも。重賞の1つくらい勝って田舎に凱旋出来たかも」と思わないでもない。
仮定の話の下らない妄想だ。でも『それ』に挑むこと無く『女としての評判』を言い訳に逃げ出した私の気持ちは一生燻ったままだろう。
この苛立つ気持ちを持て余して拗らせた結果、『ウマ娘なんか最初から居なければ良かったんだ!』と発想し、たまたま見つけた比較人類研究部の扉を叩いた、という次第だ。
☆
私の人生は《あいつ》の軽口から分岐点を越えて仲間達との袂を分かった。それを恨む気持ちは無いし自分の選択に後悔は無いが、心に嘘をついている自覚はある。このモヤモヤが消える事は決して無いだろう。
《あいつ》の次走は日本ダービーらしい。文字通りクラッシック級で日本一を決めるレース。《あいつ》がどんどん凄い選手になっていくのは同郷として誇らしいけど、同時にその隣に自分が居ない現実がとても口惜しくて仕方ない。
フンだ! 何が「バリ強そう」だよ。お前なんか… お前なんか『