【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
18 涙と裏切り
「え? あれ…?」
てっきり「何しやがんだコノヤローっ!」と激昂してくる物と思っていたから泣き顔は完全に想定外だった。
「先輩、ホント最低ですね! この件は生徒会に報告しますからね!」
泣き出した水澤を見て三崎がブチ切れている。
「待て! 誤解だ! ちょっと懲らしめてやろうと思っただけで泣かすつもりは…」
「なに言ってんですか!? 『弱点』を的確に突いたらこれだけ苦しむに決まってるでしょう? 女の子に暴力振るって泣かせておいて、謝る事も出来ないんですか?!」
三崎の怒涛の攻撃に俺は満足に反論する事すら許されず、ただたじろいでいるしか出来なかった。
横では水澤が無垢な幼子の様に、しゃがんで両耳を押さえたまま下を向いて鼻をすすっている。
「あー、なんだ、その… 悪かったよ水澤… ここまで
ウマ娘は成人男性を軽く凌駕する筋力を持ってはいるが、その内面は普通の女子である。そんな事は誰かに言われるまでもなく十二分に分かっていたはずなのに、俺は出来心とは言え水澤を傷つけてしまった……。
まぁ、考えてみれば今まで暴力を振るわれる側であった俺がちょっと反撃に出ただけで、水澤が一気に被害者ポジションを得るのは何かが間違っている気がしなくもない。
ただそれでも、『悪い事は悪い』として反省はするべきだろう、うん。
水澤が顔を上げ、涙で潤ませた瞳で俺を見つめる。その光には怒りは無く、迷子の幼子の様な心細さが前面に出ていた。
その高校生離れした美しさに、俺は正直ドキリとした。今まで水澤の事は『話の噛み合わない狂人』として、牛や山羊に向かって話しているのと同じ様な気持ちで接していた。
それなのに目の前の水澤はとても可憐で、整った顔つきから流れた涙の跡でさえ、その美しさを引き立たせる
「先輩…」
水澤がゆっくりと立ち上がり、濡れた瞳を真っ直ぐに俺に向ける。水澤の考えと行動が読めずに固まっていた俺は、そのまま水澤に両肩を捕まえられてしまった。
俺の肩を掴んだまま顔を近づけてくる水澤。何だ? 何をする気なんだ? ドラマとかでよく見るシーンだと、男女が逆だがこのまま顔が近づいてキスする様なパターンが多いのだけれども…?
互いの顔の距離が10cm程に近づき、水澤が目を閉じた。水澤の考えが分からない以上、俺も動きようが無い。お、俺も目を閉じた方が良いのかな…?
思考が定まらないまま両肩を拘束されている俺は、身動きすら取れずに水澤の顔を凝視するしか出来ない。
確かに水澤は美人でスタイルも良いが頭が痛い残念なテロリストだ… テロリストだが、可愛いのは事実であって変えられるものでは無い。
なんなんだ? キスなのか? 全然そんな流れじゃなかったし、俺と水澤はそんな関係では全然無かったけど、女心の機微は俺には分からない。ど、どうしたら良いんだろう…?
やがて緊張を鎮める為か、水澤は大きく息を吸い込む。水澤の頭の上の大きな耳がペタリと伏せた。次の瞬間には『何か』が来るのだろう。体を拘束されている俺には、恐らくそれを回避する術は残されてはいない。
「わぁぁぁぁっ!!!!」
口を開けた水澤の口から飛び出したのは、成人女性平均の2倍近くある肺活量を背景に、見えるかと思える程の大音量を伴った悲鳴、いや咆哮だった。
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※?!?!」
水澤の叫びを真正面から両耳で受け止めた俺は、しばらく聴覚が機能を停止して無音の世界に包まれる。そして俺の脳細胞は音波攻撃の振動で撹拌され、視覚すらも一時的に職務を放棄した。
目と耳を同時に喪失した俺は、壊れた操り人形の様にその場でへたり込んでしまった。
一瞬後に視覚は回復したが、聴覚は未だに頭の中でキンキン反響しておりしばらく役に立ちそうにない。
俺の前には、俺同様に急な音波兵器による攻撃を受けたものの両手で耳を保護する事の出来た三崎と、自分で出した大声でダメージを受けて頭の耳を押さえ込んで苦しんでいる水澤が居た。やっぱり莫迦なんだな、
あぁ、うん… ようやく理解した。水澤の一連の謎の行動は俺に対する仕返しの為だったんだな。うんうん、俺は分かっていたぞ。俺たちの間で色っぽいイベントなんか起きる訳がないのだ。
「…ふう、段々耳が治ってきたぞ。全く驚かせるな莫迦者」
「元々は先輩が先に仕掛けてきたんでしょう?! なんで同志である私を攻撃するんですか?!」
俺の苦言に食らいついてくる水澤。本気で怒っている。あと俺はお前の計画の同志じゃ無いからな?
「待て、待て水澤。落ち着いて話を聞け。ウマ娘を攻撃する手段の話なのだから、ウマ娘である水澤自身が実際に受けて効果を確かめなくてどうするというのだ? それに前もって何をするのか相手にバレていたら正確なデータが取れないだろう? しかもお前のリアクションから判断して大変効果的である事が立証できた。感謝するぞ!」
「先輩、ホント最低ですね…」
三崎が横からツッコんでくる。良いんだよ! どうせ細かく説明してもお前らは理解も共感もしないのは分かりきっているのだから、例え嫌われても俺は俺の道を進む。そう決めたのだ。
…あ、嫌っても良いけど部は辞めないでね。
「でも私、先輩に裏切られたと思って凄く悲しかったんですからね! …大きい音はもうダメです! 別の弱点を探して下さい…」
拗ねたような潤んだ目で俺を見つめる水澤。ヤバい、まだ先程のドキドキの錯覚が蘇ってきた。ダメだダメだ、俺と水澤の関係は『研究者と被検体』以上のものになるべきではないのだから……。
「そうか、とりあえず『聴覚の優れたウマ娘に大音量攻撃は有効』という結果が得られただけでも『善し』とするべきだろう」
話をまとめはしたか、何が良いのかはまるで分からない。俺はウマ娘を害する気持ちは全く無いんだから。
「耳で思い出したが、
俺が話している最中でも水澤の耳は、食べ物を探すウサギやリスの様にクルクルと周りを探っている別の生き物の様だった。
本日5/30、ナイスネイチャ号の死亡の発表がありました。享年35歳、人間で言うなら100歳の大往生です。悲しい事ですが、今は「お疲れ様でした!」と送り出して上げたいと思います。