【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「うぉっしゃーっ!!」
両の拳を握りしめた俺の雄叫び。
「やったぁーっ!」
マッハドリルさんの渾身の万歳。
「わーん! ナズナーっ!」
ゴージャスパークさんの滂沱の涙。
「……っ!」
そして水澤はその目に涙を溜めながら、懸命に口を押さえて何らかの感情の爆発を抑制しようとしていた……。
☆
レース場に響き渡る大歓声が、まるで物理的な力を持ったように会場全体を震わせる。世紀の日本ダービー、その終幕はかつて見たことの無い程の大接戦だった。
掲示板に確定した順位は、1着がスズシロナズナ、2着イーグルダイブ、3着ブラックリリィ、4着スメラギレインボー、5着トッカンクイーンであった。
その着差は1着の後にアタマ-ハナ-ハナ-アタマとなり、1着から5着の間が1m強しか離れていなかった事を意味する。
ここまで2400mという長距離を走り切って1着から5着の最終的な差が約1m、時間差にして0.1〜0.2秒。どれだけ実力が伯仲していたかという証左であろう。
掲示板を逃した6着のパッションオレンジもそこから更に半馬身… 1m程の遅れでしか無かった。恐らく東京レース場に集った10万余りの人間は残らず「今年のベストレース確定だろコレ」と思った事だろう。それくらい圧巻な内容のレースだった。
古来、皐月賞は『最も速いウマ娘が勝つ』、菊花賞は『最も強いウマ娘が勝つ』と言われる。そしてこの日本ダービーは『最も運のあるウマ娘が勝つ』だ。
15番人気で突出したスピードもテクニックも無い。しかも
実は俺はスズシロナズナに勝機は全く無いと考えていた。俺の本命はブラックリリィだったし、その対抗として挙げられるのはクリスタルセイバーだと思っていたからだ。
スズシロナズナはホープフルステークスで2着、弥生賞で3着、そして失格になった皐月賞でも最終直線で一時先頭に躍り出ており、そこから逸走さえしなければ優勝していたかも知れない。運悪く勝ちに恵まれなかっただけで、確かな実力はあるウマ娘だったのだろう。
そのスズシロナズナの散々溜め込んだ『悪運』がここ日本ダービーで解放されたのならば、青葉賞のジンクスやそれに伴う不人気も全て吹き飛ばす力があったのかも知れない。
正直、水澤や上京組の話が無ければ俺は自分の家のテレビで中継だけ見て「かぁーっ、惜しかったなブラックリリィ!」とか言っていたに違いない。
だが水澤らウマ娘達の付き添いとはいえ、レース場の生の空気に触れてここに居る10万の観衆と感動を共有している、この昂る熱い気持ちをどう表現すればいいのか見当もつかない。とにかく来て良かった!
マッハドリルさんとゴージャスパークさんは、2人で泣きながら抱き合って飛び上がり、喜びを表している。
そんな2人を見ている俺の横で何者かが俺の袖を引いた。涙を流し、鼻をしゃくりあげている水澤だ……。
「先輩… ナズナが… やりました…」
水澤の事情を考えるに、この言葉にはきっと多くの気持ちが籠められているのだろう。
旧友への称賛、最後まで息をもつかせぬレース展開への感動、そしてもはや手の届かない存在にまで昇り詰めた、かつてのライバル……。
色んな感情が水澤の中で渦巻いていて、それが適切に表現出来ない己の未熟さと相まって、水澤自身も泣くに泣けない、笑うに笑えない状況になっているに違いない。
こんな時は余計なことは言わない方がいい。過去の経験から要らん一言で水澤の怒りを買い、八つ当たりの矛先が俺に向かう可能性もあるのだ。
俺は恐る恐る、ただ一言「ああ、そうだな…」とだけ返答したのだった……。
☆
勝利を確信したスズシロナズナが大きく右腕で天を突く。それに呼応して会場中の全員が彼女を拍手と歓声で迎える。
レースに敗れたウマ娘達が、こぞってスズシロナズナの元へ歩み寄り、何か言葉を掛けている。それはここ観客席からでは到底聞き取れないが、その声は勝利の祝福か? あるいは敗戦からの怨嗟か、次戦への挑戦状か…?
通常負けたウマ娘は早々に退場するのが常なのだが、今回は出走者全員が示し合わせた訳でも無かろうに、その場で観客席に手を振ったりお辞儀をしたりしている。それらの一挙手一投足にまた新たに歓声と拍手が沸き起こる。こんなのは初めて見る光景だ……。
やがて会場のスタッフが入ってきて、ターフのウマ娘達を下がらせる。次のレースであるGⅡ『目黒記念』の準備をしなければならないからだろう。
スズシロナズナがスタッフに手を引かれてウイナーズサークルに招かれる。勝利の喜びに満ち溢れた彼女は、そのインタビューの場で何度も何度も観客席に向けて御礼の言葉を述べていた。
☆
「あーもう、今でも夢みたい…」
「うちもそんな感じ… エイっ!」
「
「イヤー、抓って痛かったら夢じゃなかったんだなぁ、って…」
「ならヨシが自分で抓りなよ! なんであたしを抓ると?!」
「だって自分で抓ったら痛かろーよ…」
「あたしも今
「ごめんて。それより後でナズナの控室に皆で遊びに行かん? 3人で行ったらあの娘絶対驚くよ〜」
ひとしきり思いを放出して気持ちが落ち着いたのか、マッハドリルさんとゴージャスパークさんの漫才が始まった。いつの間にか水澤も泣き止んで2人の会話を微笑ましく見ている様だった。
「さて、目的のレースは終わったけどどうするのかな? 最後の目黒記念も見ていくのかな…?」
単純にスケジュール確認の為に聞いてみただけなんだけど、その場の3人のウマ娘は全員が鼻息荒く声を揃えて「「「もちろん!」」」と答えてきた。
「「「その後にナズナのウイニングライブがあるけんね!!」」」
互いに目を合わせた彼女達は、一字一句違わずに次の目的を宣言し、顔を見合わせたまま大笑いをした。え? 何? この子達精神感応か何かで繋がってるの? アドリブでこの長台詞を合わせてくるのって凄すぎない…?
☆
目黒記念はメルヘンランドという『逃げ』ウマ娘が、絶妙に後続のコースを塞ぐステップを披露して圧勝した。彼女は
本日予定されていた全てのレースが終わり、通常なら観客達はぞろぞろと帰途につくのだが、GⅠレースのある日だけは誰一人帰ろうとはしない。
何故ならば、先程水澤達が言っていた様に、GⅠレースのライブはコース脇の小ステージで『
今日のレースである日本ダービーで使われる曲は『
特設ステージにウマ娘達が現れる。センターはもちろんスズシロナズナ、向かって左にイーグルダイブ、右はブラックリリィだ。
ステージ上のスズシロナズナは、とても水澤と同じ16歳の女の子とは思えない鬼気迫る表情で『
確かに曲目自体が激しい調子の歌ではあるのだが、年相応にもう少し『勝利の喜び』みたいなオーラが漏れていても不思議じゃないのだろうけど、スズシロナズナの歌にはそういう『明るさ』が欠片も無かったのは少し気になった所だな……。
そして曲が終わり、マイクスタンドを高々と掲げ持ったスズシロナズナを始めとするウマ娘達を照らす照明が一斉に落とされる。
再び起こる爆音の様な拍手と歓声、そこで俺達は消された照明からの残像をハッキリと見てしまった。
マイクスタンドを掲げたスズシロナズナがそのまま真後ろに受け身も取らずに倒れる姿を……。