【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「倒れた…?」
「倒れたよな…?」
「演出か…?」
「ナズナちゃん大丈夫なの…?」
他の観客の不安そうな呟きがちらほらと聞こえてくる。会場はそのままライトが落ちて、何の説明も無いままに退場を促すアナウンスと光看板による誘導が行われている。
「ナズナどうしたっちゃろ…?」
「『やり切ったー!』みたいな雰囲気はあったばってん、後頭部打っとる様にも見えたね…」
「ナズナ…」
上京組+水澤のウマ娘勢も心配そうな様子だ。この事態がただの疲労とかドッキリなら良いのだが、もし本当にスズシロナズナが怪我とか病気とかだとしたら夢見が悪いにも程がある。
それこそドッキリとしてこちらのウマ娘達がスズシロナズナに会いに行く、なんて軽口も出ていたが、とてもそんな雰囲気にはなれずに俺達は言葉少なに東京レース場を後にした……。
☆
「イッちゃん、鷹山さん、今日は最後まで付き合ってくれてありがとうございました。ウチらは明日のデゼニランドの準備があるけん、もうホテルに帰ります。イッちゃん、もし機会があったら佐賀で走るウチらも見に来て…」
レース場を出た所で、ゴージャスパークさんが俺と水澤に向けて感謝を伝えてきた。いえいえこちらこそ、お二人のおかげで指定席で日本ダービーを生観戦などという貴重な体験をさせていただきました。
スズシロナズナの件は心配だけど、何にも知らされてない以上、動ける事は無い。明日のニュース待ちかな?
「あ、うん… 行きたいね…」
水澤はまだ倒れたスズシロナズナの事が頭から離れないらしく、心ここにあらずといった返事をしている。こいつも大丈夫かな…?
「え? もう解散すると? 明日の準備なんて大して無かろうに…」
マッハドリルさんが抗議の声を上げようとした所で、間髪入れずにゴージャスパークさんにプロレス技のヘッドロックを仕掛けられていた。
ゴージャスパークさんが小さく「バカ! イッちゃん達に気ぃ遣いなって」と言っているように聞こえたのだが、何の話だろう?
「あ! アハハハ… んじゃあたし達はホテルに退散するけん、あとはごゆっくり〜」
何らかの事態を察したらしいマッハドリルさんも、気まずそうに薄ら笑いで俺達に対して手を振り、上京組とはここでお開きとなった。水澤はともかく、俺と彼女達とはもう2度と会うことは無いだろうな……。
☆
現在の時間は19時ちょい前。あまり帰りが遅くなると、うちはともかく水澤の家族が心配するだろうから、俺達もここで解散するかな?
「じゃあ俺達もここで別れよ…」
そこまで切り出した瞬間に水澤の腹が『グゥ~』と大きな音を立てた。顔を真赤にして慌てて腹を隠す水澤だが、隠してどうにかなる物でも無い。
「…ここで何か食っていくか? ファーストフードで良けりゃ奢るぞ…?」
もうそう言うしか無かったよね……。
☆
駅近くのファーストフード店で水澤と2人で食事をしている。慣れない状況が少し奇妙な感じだ。
ここは少々ロマンチックな雰囲気があってもおかしくない場面なのだが、水澤の奴が無遠慮にもセットを3人前注文してくれたおかげで、俺は微妙にイラついていた。いや「奢るぞ」とは言ったよ? 言ったけどさ、限度って物があると思うんだよね。ウマ娘の食欲舐めてたわ……。
「ナズナ… 大丈夫でしょうか…?」
最初のハンバーガーを秒で食い尽くし、2個目のハンバーガーに手を掛けた水澤が、不意に思い出した様にスズシロナズナの話題を出してきた。
心配なのは俺も同じだけど、それならそれでもう少し心配して『食べ物が喉を通らない』的な話にならない物なのだろうか?
「あ〜、怪我とか何にも無ければ良いけどな… やっぱり心配か?」
とりあえず話を合わせた。俺の質問に水澤は口をモグモグさせながらジト目で睨んでくる。
「当たり前じゃないですか! たとえ嫌われていたとしたって知らない仲じゃないんですから…」
そう言えば以前、水澤は『スズシロナズナに嫌われている』旨の発言をしていた。お前、一体何をやらかしたんだよ…?
「まぁ明日になれば何か続報があると思うから、それまでの辛抱だ。今俺達がバタバタしたって何の解決にもならないよ」
「それはそうですけど…」
2つ目のMサイズポテトを摘みながら不満気に洩らす水澤。お行儀が悪いので食うか喋るかどちらかにして下さい。
「…でも凄かったよなぁ、日本ダービー。あんなに白熱したレースは初めて見たかもな」
スズシロナズナの容態の話は、本当に俺達だけでは何の結論も出ない。逸らすが吉だ。
「ハイ、同期のトップを集めたレースで、知り合いが優勝出来た事が純粋に嬉しいです。こんな事なら…」
「こんな事なら?」
「…っ、何でもないです! やっぱり私はウマ娘が嫌いです!」
何やら興味深い事を言い出すのかと思ったら、急に意味不明にキレてきた。そういう所だぞ?
「…でも逆にスッキリしました。もう
ふむふむ、続けて。
「私とナズナとは旧友です。でも『旧友』としてキラキラ輝くあの子を見るのは、とても辛いんです。何にもしてない自分が酷く小さく思えて…」
「水澤…」
水澤も以前は走っていて、しかも速かったらしい。水澤が『アビスビースト』という名前で無かったら、或いは変なウマネームを気にしない性格だったら、今日のダービーのターフに水澤がいて結果を出していた可能性もある。
「だから私は今から『ナズナの旧友』を辞めます。これからは『ただのいちファン』としてあの娘と向き合おうと思います…」
水澤の中では『悟り』に近い何かがあったようだ。それが良い事なのか悪い事なのかは、一般人の俺には正直分からない。それでも今の水澤の顔は、まるで憑き物が落ちたかの様に澄み切って見えた。
☆
食事が終わって帰り道、水澤の最寄り駅まではエスコートしてやった。正直暴漢に襲われても、俺よりもウマ娘の水澤の方が戦闘力が高いのだが、それはともかく。
「…先輩、前に生徒会長さんと話をした事があったじゃないですか?」
電車を降りて駅の改札の手前、おもむろに水澤が真面目な顔で話しかけてきた。
「あぁ、北野会長な。メジロ家の」
「あの時に会長から言われた言葉が、今日までずっと引っ掛かっていたんです。『走っていて楽しかった時期もあったのではないか?』という言葉に…」
あぁ、あったなそんな事。その言葉を聞いて水澤は顔を真っ青にして、無言のまま部屋から出ていってしまった。
「あの言葉に『違う、私はウマ娘が嫌いなんだ』『ウマ娘全体の未来の為にウマ娘なんていない方が良いんだ』っていう思いがぶつかって、それで頭が真っ白になって何にも考えられなくなっちゃったんですよ…」
ふむふむ。だが何故今そんな話を…?
「でも『それ』って、要は私が本気でウマ娘を嫌っていないからこそ起きる現象なんですよね。私にも確かに走っていて楽しかった時期が… ううん、今でも走ってると楽しいって思える部分が残ってるんですもん!」
ほぉほぉ、そういう内面の吐露は歓迎だぞ。
「だから今、頭の中が色んな事で凄いグチャグチャしてるんですよ。ナズナの事も含めて… だから私が変な事を言ってるな、と思っても忘れて下さい…」
水澤は総じて変な事を言っているからあまり気にしていないが、わざわざ釘を差してきたって事は、逆に覚えておいた方が良さそうだな……。
「あ、ここまでで良いですよ。こんな時間に男子といるって知ったら親も驚くので」
改札口でケラケラ笑う水澤、どの道俺もここまでしか送るつもりは無かったから丁度いい。
ただ少し気になったのは水澤の家庭の事だ。水澤の母親もウマ娘なのだろうか? 仮にヒトだとしても『天啓』の時の事とか、機会があったら水澤家の事も聞いてみたい物だな。
改札の直前で振り向き俺の顔を見つめる水澤。その顔が急に赤くなる。
「ね、先輩… さっきの『こんな事なら…』の続き、聞きたいですか?」
あぁ、さっきいきなりキレたやつね。ぶっちゃけ今となってはどうでもいいんだけど、このタイミングで言うって事は、水澤的には重要な事なのかも知れないな。聞いてやるか。
「あぁ、まぁね」
水澤は少しはにかんだ表情を見せて、意を決した様に息を吸い込んだ。
「こんな事なら『レースを辞めるんじゃなかった』です!」
そう言って後ろも見ずに逃げるように、改札口を通り抜けて駆け出して行った。