【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
翌日の朝刊には今年の日本ダービーがレース史に残る名勝負であった事と、ライブの最後にスズシロナズナが演出ではなく実際に倒れた事が書かれてあった。
彼女は現在面会謝絶状態で、新聞の取材でもとりあえず『生きてはいる』という事しか分かっていないらしい。
新聞の見解としては『過去の事故の後遺症が原因ではないか?』と書かれていた。もしそうならば皐月賞での不可解な逸走も説明はつく。
昼飯時に何か続報は無いかと、ウマッターをつらつらと覗いていたのだが、どうやらスズシロナズナの所属するチーム《ポラリス》が本日15時頃に記者会見を行うらしい、という書き込みを発見した。
とにかくその記者会見とやらで新しい情報が出てくれないと、俺も心配で飯も喉を通らない。昨日までスズシロナズナとの接点がほとんど無かった俺ですらこうなのだから、バリバリ関係者の水澤や上京組とかはどうなっているのだろう?
まぁどんなに心配していても、あまり食欲とは紐付かないと、昨日の水澤自身が証明してくれた訳ではあるけどな……。
☆
「昨日のあらましはイッチーから聞きました。朝のニュースでは何も言ってなかったですねぇ…」
久々に部室に顔を出した三崎 菜乃香が水澤と話をしていた。三崎自身はウマ娘のレースにはさほど興味は無いはずだが、
昨日のスズシロナズナの事故は、民放テレビ局ではほぼ無視、URA直営の『ウマ娘チャンネル』ですらダービーの盛り上がりは散々トピックで取り上げられた物の、ライブでの事故に関しては最終的にはコメンテーターの「心配ですね」の一言で終わっていた。
ライブ直後に倒れたシーンが放送され、その映像の中で後ろ向きに倒れたスズシロナズナに、驚きながらも即座に駆け寄り心配そうに声をかけるブラックリリィと、突然の出来事に体が硬直して動けなくなっていたイーグルダイブの反応がやけにリアルだったな……。
これはスズシロナズナが軽い貧血や脳震盪で倒れた可能性も含めて、まだ何かを言える段階では無かったのに加えて、ウマ娘の怪我や病気は日常茶飯事で、余程の人気者で無い限りニュースとしての価値が低く見られるからだ。
何にしても続報待ちだ。今俺達が何だかんだ言っても結論は出ないし、悪い方へ悪い方へと思考が進んで気分が陰るだけで良い事が無い。
…とかなんとか言っているうちにチーム《ポラリス》の会見が始まったらしい。俺のスマホを机に立て掛けて、俺、水澤、三崎の3人で中継の画面を覗き込んでいる。
10人程の記者の待つ会見席に2人の人物が現れた。1人は
もう1人は20代半ばと思しき芦毛のウマ娘。腰まである長い髪を後ろで一本に縛っている。顔つきは幻想的なまでに美しく、まるで宗教画から飛び出して来た様な雰囲気だ。『美』がステータスな誘導ウマ娘でもここまでの美人はなかなか居ない。
オッサンの方は知らないが、ウマ娘の方は良く知っている。彼女の名は『プラチナアイリス』だ。
現役時代から美貌も知能も飛び抜けており、GⅠでの勝利こそ逃したものの、複数の重賞を制した紛れもない実力者だった。
練習中の怪我が元で引退し、その後大学に進んだ事までは把握しているが、何故ここに…?
「多分あの人がミヨ達の言ってたナズナのトレーナーさんなんだね… ホント綺麗な人…」
水澤の独り言で得心する。なるほどプラチナアイリスは引退後トレーナーになっていたのか……。
競走ウマ娘が引退して、後進への指導の道を目指すパターンは決して少なくない。己の身を以て習得した技術や育成論をより洗練、強化させ後の世代に伝えたいと思うのは自然の摂理だろう。
ただウマ娘トレーナーの試験そのものが普通に超難関である事もあって、中央でトレーナーとして登録されているウマ娘は決して多くはない。
更に担当したウマ娘が結果を出せるかどうかも、相当相性や運に左右される。俺の記憶では過去『ダービートレーナー』になったウマ娘はいないはずだ。
☆
「それでは只今より当チーム所属、スズシロナズナのレース後の事故についての記者会見を行います。まずは
司会進行役と思われるメガネを掛けた優男風の男性の声で会見は始まった。「当チーム」って事はこの人も『チーム《ポラリス》』の人なんだろう。
矛田トレーナーの話はざっくり言って、『スズシロナズナは、以前のレースで転倒した際に負った負傷の後遺症で意識を失い、命に別条は無いものの未だに昏睡状態が続いている』という事だった。
その上で『今回のレースは本人の強い意向、並びに彼女の両親の承認の元で決行された』のだとも。
「たとえ本人が望んでも、その安全を第一に考慮するのがトレーナー、っていうか大人の仕事なんじゃないのか? これで更に怪我が悪化したら…」
誰に聞かせるでもなく自然と口から出た俺の独り言ではあったが、それに水澤が反応してきた。
「でもナズナは小さい頃からずっと『夢はダービー』って言ってたんです。あの娘ならきっと『死んでも良いから走らせろ』って言ったんじゃないかな…?」
俺はスズシロナズナの性格まではよく知らないが、水澤が言うならそういう娘なのだろう。だが……。
「夢を選んでその後の一生を棒に振るのは、私にはちょっと理解できないかも… 怪我ならちゃんと治してから再挑戦したって良かったんじゃ…?」
珍しく三崎と意見が合った。夢は夢としてまず健康を確保してから挑むべきなのだ。最悪再起不能になってしまっては悔やむに悔やみ切れない。
「普通ならナノちゃんの言う通りだけどさ、ダービーは… クラッシックは『一生で一度しかチャンスの無い』レースだもん。天皇賞やグランプリと違って『また来年』の無い話だから、そこに命を懸けているウマ娘も多いんだよ…」
そう、水澤の言う事も筋が通っている。ウマ娘としてクラッシックやティアラのGⅠレースに挑戦し、勝利する事は至上の誉れに間違いないのだ。ファンとしては『体を労って欲しい』と思う反面、『命を懸けて夢を掴んだ』スズシロナズナの勇姿がとても眩しく思える。
会見の方も矛田トレーナーの説明が終わると同時に、記者の何人かが手を挙げ質疑応答が始まった。
スズシロナズナの容態に関しては、マスコミとしても『命に別条無し』と『未だ意識不明』という一番知りたい情報は聞けた為に、今回の責任問題や今後のケアの方法等が主な議題に上がっていた。
中でもスズシロナズナの担当トレーナーであるプラチナアイリスに対する糾弾は目に余るほどだった。
そりゃ出走に関する責任はトレーナーに帰する訳だけど、担当ウマ娘やチームとして、更にはスズシロナズナの親の承諾まで得ていて「ここまでするか?」と思える程に厳しく追求されていた。
その言葉の一つ一つに反論する事無く、ひたすら頭を下げていたプラチナアイリスの心象を思うに、俺もやるせない気持ちになってしまっていた……。
責任問題に関しては、今後URAと協議して改めて報告する事となり、競走ウマ娘の管理体制全体を問う様な問題に広がりつつあった。
「とにかくナズナが目を覚ましてくれないと、何も動けないですよね…?」
水澤の言葉が深く静かに俺の心に沁み込んで来た……。