【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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不安とハッシュタグ

 悲痛な記者会見が終わった翌日も、そのまた翌日もスズシロナズナ回復のニュースは一向に流れてこなかった。

 逆にスズシロナズナ本人のニュースが流れない代わりに、彼女のチームや担当トレーナーであるプラチナアイリスへ向けたマスコミからの攻撃は日毎に増していった様に見えた。

 

 曰く、『自分達の名誉の為に大切な預かりもので国の宝であるスズシロナズナを使い潰した』とか『弟子の怪我を無視してレースを強行した鬼トレーナー』とか……。

 

 個人的には「そこまで言わなくても良いんじゃね?」とは思うのだが、そこで「まだ未成年(こども)であるウマ娘達の安全が侵されては意味が無い」と言われると、「そりゃごもっともで」としか返せない。

 

 確かに水澤が時々言っている様に、「生身の女の子を防具も無しに危険な競争競技に駆り立てる社会にも責任がある」というのも正しい見方だ。

 だからと言って「ウマ娘を滅ぼせ」は論理が飛躍しすぎではあるが、今回の事故から以前ほどには水澤の事を莫迦に出来なくなっている自分を認識している。

 

 ウマ娘の話題となると、どうしてもスズシロナズナの話題になってしまう為か、俺も水澤も積極的に話を切り出せずにいた。

 そこで三崎が委員会活動で多忙な事と併せて、気まずい比人研よりはマシ、と演劇部で夏に行う劇のシナリオ作りの会議に混じっていたりする訳だ。

 

 会議のメンバーはタカチャン先輩、ミノタウロス、星埜、水澤、そして俺だ。水澤にやたら絡んでいたギャルの橘は陸上部の練習で忙しいらしい。

 

 さて、夏休みに公開予定の演劇部の劇なのだが、『故障して走れなくなったウマ娘をヒト娘の陸上選手が勇気づける』という内容だとは聞いていた。

 そしてその『故障して走れない』の下りが、今回のスズシロナズナの件でタイムリー過ぎて、観客の印象を悪くするのではないか? という懸念が星埜から上げられたそうなのだ。

 

 俺としては別に、劇はスズシロナズナをモチーフにした物でも何でも無く、脚の故障はウマ娘のネタとしては切っても切れない関係にあるので、変に意識せずにそのまま()れば良いと思うのだが、そう簡単な話でも無いらしい。

 

 何より主役の水澤自身が『故障=スズシロナズナ』みたいな感覚になっていて、『友人の怪我を茶化しているのではないか?』との疑心暗鬼に駆られている状態なのだ。

 ただでさえ情緒不安定な水澤の精神状態が落ち着いてくれない事には、まともな劇に仕立てる事すら覚束ないだろう。

 

 かと言ってほとんど出来上がっている脚本を、今からゼロより組み上げるのも、なかなか難儀な話である。

 

「まぁまだ日程的な余裕はあるから、もうちょっと様子を見て、水澤ちゃんのメンタル次第で細かく調整していこう。最悪ストーリーも改変するしか無いね…」

 

「大道具や小道具は〜、学園モノのお話なら汎用的に使える物を優先して用意しておくね〜」

 

 結局、俺は意見らしい意見も言えないまま、監督のタカチャン先輩の先送り宣言と、裏方のミノタウロスの『学園モノ以外作るなよ』の圧力で会議は一旦の幕を見た。

 

「すみません、なんか急に怖くなっちゃって…」

 

 水澤の顔がまだ少し血の気が引いている。眠れていないのか目の下に隈も混じっている。

 

「大丈夫、水澤ちゃんは何にも悪くないんだから。それにスズシロナズナもきっと大丈夫だよ…」

 

 タカチャン先輩が水澤を慰めるが、前半はともかく後半は何の根拠も無い単なる気休めだ。それに対して水澤の「ハイ…」という言葉もまるで気が入っていなかった。

 

 ☆

 

 その翌日にもスズシロナズナに関するニュースは流れてこなかった。『目を覚ました』という話すら聞かないのは、このまま彼女が永遠に昏睡状態となってしまうのでは無いか? などと縁起の悪い事すら考えてしまう。

 

 そんな中で部室で何をするでもなくウマッターをダラダラ見ていると、偶然目に入ってきたフレーズがあった。

 

『#負けるなスズシロナズナ』

 

 そんなハッシュタグの元に、府中のトレセン学園に近い頭観音(ウマ娘を守護する菩薩を祀るお堂。日本各地にある)に多くの人がスズシロナズナの回復を祈願しに訪れている。という多数の投稿があったのだ。

 

 府中まで来れない地方住みの人も、近くに頭観音があればそこで、それも無ければ代替として近くの神社で願掛けをしているという事だった。

 

 ☆

 

 今年のクラッシック級は層が厚い。ダービーまで無敗だったブラックリリィを筆頭に、ここまでティアラ2冠を獲得しているオオエドカルチャー、GⅠ覇者のクリスタルセイバーやパッションオレンジ、更にオカメハチモク……。

 

 その他スメラギレインボー、トッカンクイーン、ドキュウセンカンといった高レベルの実力者がひしめき合っているという、世が世なら全員が3冠を狙える『奇跡の世代』と言って過言ではないだろう。

 

 ツキバミが全ての話題を攫っていった昨年度のクラッシック級とは対称的ですらある。

 

 その中でスズシロナズナは、そこから一段落ちる『2線級のウマ娘』だと認識されていた。新聞やレース誌での評価はもちろん、俺の中でもそんな感じだった。

 

 だがしかし、日本ダービーという一生に一度の大勝負で、1着から5着までが半身差という大激戦を見事に制したスズシロナズナ。しかもおよそ40年間に渡る、呪いとさえ思える青葉賞のジンクスを打ち破っての勝利。

 

 それだけでも十二分に『時の人』足り得るのだが、彼女の場合は重い怪我を押しての出走、そして優勝。最後に熱唱の後に力尽きたように昏倒という、絵に描いた様な『ヒーロー』であり、言葉は悪いが『殉教者 』となった。

 

 ダービーの熱戦が元でスズシロナズナのファンになった者も多数いるだろうし、恥ずかしながら俺もその1人だ。水澤や上京組の旧友とか一切関係なしに、純粋に彼女の走りに『魅せられた』。

 

 今観音参りをしている人達も『怪我の回復』を願うのはもちろんだが、『熱いレースを見せてくれた』事への感謝も多分に含まれているのだと思われる。

 

「なぁ水澤、お前コレどう思う?」

 

 三崎と2人で並んで、スマホを眺めてつまらなさそうにしていた水澤に『#負けるなスズシロナズナ』と銘打った数々の投稿を見せてみた。

 水澤は最初は不思議そうにページをめくっていたが、やがて目に涙をためてさめざめと泣き始めた。突然の水澤の涙に驚いた三崎も「何事か?」と覗き込んでくる。

 

「こんなに、こんなにたくさんの人がナズナを… 凄いねナズナ、良かったね… 早く元気にならないとダメじゃん…」

 

 俺に向けた言葉ではない。恐らくは未だ目を覚まさない『旧友』へ向けた、水澤なりの精一杯の激励の言葉だった……。




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「【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー」https://syosetu.org/novel/273386/
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