【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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参拝と呟き

「なぁ水澤、今日はもう部活切り上げて、府中は無理だけど… 葛西辺りの頭観音に参拝しようかな? とか思ってるんだけど、お前はどうする?」

 

「あ… 行きます!」

 

 ほとんど間髪入れずに答えが返ってきた。この流れで俺が何をしに行くのか理解していない訳が無いから、水澤も同様の気持ちになった物と推測できる。

 

 水澤がもしまだ本当に「ウマ娘を滅ぼしたい」なんて考えているなら絶対について来ないはずだから、個人的な交友関係の因果も含めて、水澤の中で『何か』変化が起きていると思っていいだろう。

 

 今ひとつ状況を理解できていない三崎が1人キョトンと呆けていたが、こいつも連れて行くか……。

 

 ☆

 

 どうやら『#負けるなスズシロナズナ』のタグに動かされて来たのは、俺達だけでは無かったらしい。境内に20枚ほど吊るされている絵の半数程は、スズシロナズナの回復を祈念する書き込みがあった。

 

「ふーん、朝のニュース番組とかでやってた記者会見の元ネタは『コレ』なのねぇ。そのスズシロ何とかさんがイッチーの友達だってのは前に聞いてたけど、まさか事故った本人だとは思ってなかったよ…」

 

 この三崎の感想こそが世間一般の感想に近いと思われる。レースに興味のない人間の認識なんてこんなもんだ。

 

「うん、ナノちゃんはそれで良いよ。この件から一歩離れた場所にいて、どん底まで落ち込みそうな私を、日常に引き戻してくれる立場で居てほしい…」

 

 水澤の言葉に『???』とよく分かっていない虚ろな笑顔で返す三崎。

 恐らく誰かが、ウマ娘やレースとは無縁な場所から水澤を引きずり出してやらないと、水澤の気持ちがネガティブスパイラルから抜け出せなくなる、といった意味なのだろう。それは俺も少し分かるわ。

 

 ☆

 

頭観音』とはウマ娘を守護する観音様だと言う話は既述だが、その由来は諸説あり確定されてはいない。

 

 古代のインドだか中国だかで、(くに)を襲った飢饉から人々を守るために、数人のウマ娘が立ち上がった。

 

 ウマ娘特有のパワーで水路を切り拓き、川から水を引く治水工事を行ったものの、元々の食糧不足からくる飢餓や抵抗力の低下による病気、頻発する事故等で彼女達は徐々に数を減らし、工事の完了と同時に最後の1人も力尽きてしまった。

 

 その後ウマ娘による治水工事で安定した農作物に恵まれる様になった邑では、功労者のウマ娘達を菩薩として祀り、現代にまで引き継がれる様になった、というのが最も有名な頭観音の由来だと言われている。

 

 全国各地に頭観音があるという事は、各地域で似たような逸話があるのではなかろうか?

 

 俺達は境内の売店で絵を購入し、隣に併設されている記入台でマジックペンを借りる。

 俺はシンプルに「スズシロナズナ、回復祈願」とだけ書いた。水澤と三崎は2人で1枚を使って、水澤がスズシロナズナを模したデフォルメ調の似顔絵を描き、その横に三崎が「スズシロナズナさん元気になって下さい」と記入していた。水澤って絵も描けるのかよ、意外と多芸だよな。

 

「ナズナ… また走ってるアンタを見せてよ。せっかく『アンタのファン』になってあげるって折り合いつけたんだからさ、絶対また元気な姿を見せて…」

 

 絵を前に手を合わせる水澤の声はまだ少し震えていた……。

 

  ☆

 

 事態が動いたのはそれから更に2日後、比人研だけでなく演劇部まで雰囲気を暗くしてしまった事に罪悪感を抱きつつも、今日の放課後はどうしようかなぁ? とボンヤリ考えていた昼休み。

 

「鷹山くんいる?!」

 

 とミノタウロスが怒鳴り込んで来たのだ。ウマ娘パワーの直撃を受けて、教室の引き戸が可哀想なくらい(いびつ)な悲鳴を上げる。

 油断していた所にいきなり大声とともに来訪されて「すわ、殴り込み(カチコミ)か?」と身構えたのだが、そうでは無かったらしい。

 

「コレ見て! スズシロナズナの意識が戻ったって!」

 

 ミノタウロスの差し出してきたスマホには、SNSのウマッターの画面が開かれていた。

 そこにはスズシロナズナ本人の物らしきアカウントから「スズシロナズナ、なんとか生きてます」という書き込みがあったのだ。

 

 ダービーウマ娘であるスズシロナズナ昏倒の事件は、後日のワイドショー等でも取り上げられて、更にはトレーナーのプラチナアイリス氏へのバッシング報道のおかげで、更に知名度が上がっていた。

 

 つまりクラスのほとんどの人間が大なり小なりスズシロナズナには興味があって、その経過を気にしていたのだ。

 その結果、俺とミノタウロスはクラス半数から囲まれてしまう。残りの半数は自分のスマホを取り出してウマッターを確認している。

 

「おお、良かったじゃん!」

「心配してたんだよな」

「復帰できるのかな?」

「でも『生きてる』ってだけで走れなくなってる可能性も…」

「不吉な事を言わないで!」

 

 クラス中が侃侃諤諤(かんかんがくがく)となり収集がつかなくなってきた。

 だがそれも自然と落ち着いてくる。情報量が少なすぎて議論にならないからだ。そこでクラス皆の視線が自然と1人に集まっていく。

 

 それは学校一のウマ娘博士たる俺… ではなく我が2-A唯一のウマ娘である『ハンブルグヒーロー』さんだ。もちろん彼女はウマ娘というだけで、スズシロナズナとは何の接点も無いのだが、ここで『ウマ娘のコメントが欲しい』となるのが大衆心理というものなのだろうか?

 

 ちなみに俺のすぐ横にウマ娘のミノタウロスが居るんだが、そっちは無視か。まぁいいや。

 

 何の脈絡もなくいきなり注目されて戸惑うハンブルグヒーローさん、無理もないな。

 ちなみに彼女は陸上部のエースだが、トレセン学園受験はしていないらしい。それについて詳しい話はした事が無いが、機会があれば(水澤とか(たちばな)を使って)詳しい話を聞いてみたいものである。

 

「え…? あの、うん… 無事で良かったね…」

 

 当たり障りのない全くもって面白みのないコメントではあったが、彼女なりに懸命に考えて気を遣っての、冷や汗をかきながらの発言である。その努力は認めてあげたい。

 現に一時騒然となったクラス中も彼女のコメントで落ち着きを取り戻し、『いつもの昼食風景』に戻っていった。

 

 まぁこれは『とりあえず騒いでみたけど、俺らそこまでスズシロナズナに興味無いし、生きてたならメデタシメデタシだよね』という気持ちの表れなのだろう。

 

 うちのクラスにはスズシロナズナの関係者はいない。強いて言うなら『関係者(おさななじみ)関係者(せんぱい)』という俺が一番近い場所にいるだろう。

 

 だからクラスの連中にとってスズシロナズナの件は、ただの『芸能人』や『スポーツ選手』の『軽い事故』に変わりない。一度騒いで消費したら、もう興味の無い対象に変わってしまうのだ。

 

 冷たい様だが人間そこまで関係の深くない物に入れ込んだりはしない。高校生のいち教室の出来事でも、それが『人の世』の縮図と言えるだろう。

 

 なので、

 

「先輩! ウマッターでナズナが!!」

 

 と殴り込んできた水澤へのクラスの視線は冷たかった……。

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