【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
スズシロナズナの件は一般人である俺達にもう出来る事はない。手術するのならば成功してまたターフに帰って来てくれる事を祈る(たとえそれが半年後、1年後であっても、だ)し、手術をしない事が決定すれば募金は組戻しする事を富崎氏は約束しているので、まぁ安心だろう。
という訳で翌日、今日はGⅠの「安田記念」が行われる。さすがに水澤には「今日はGⅠだから邪魔するなよ?」と釘を差しておいたが、あいつの事だから何かあればお構い無しに言ってくるよな。まぁ心の準備だけはしておいてやるか……。
東京レース場で行われる
有力選手は一番人気が先だってのヴィクトリアマイルの覇者ヤマノテレディだ。ちなみに彼女は8月にフランスで行われる国際GⅠレース、ジャック・ル・マロワ賞への参加を表明している。是非頑張って欲しい。2番人気が昨年の青葉賞の覇者ブラッドハーレー。
そしてクラッシック級から世代対決へと殴り込んで来たのが、先月のNHKマイルカップを勝ってクラッシック級のマイル王者に輝いたオカメハチモク。
スズシロナズナのチームメイトでルームメイト、そして同じ時期にGⅠを獲ったライバルでもあるらしい。
彼女は素晴らしい末脚の持ち主で、それが百戦錬磨のシニア級相手にどこまで通用するのかとても興味深い。
☆
さて、パドックでのウマ娘を見ていたのだが、オカメハチモクの番になって妙な違和感を覚えた。化粧素人で男子の俺が見ても『うん?』と思える程に濃い化粧をしていたのだ。
トレセン学園に於いて、レースを走る際に外見に関するルールは予想以上に少ない。一応GⅡ以下のレースでは体操着の着用は義務付けられているそうだが、それさえ守れば首から上、つまり髪型や化粧に関する制限はほとんど無いそうだ。
頭頂部のウマ耳にアクセサリーやリボンを付ける事はほぼ100%のウマ娘がやっている。これは水澤やミノタウロスといった市井のウマ娘も同様だ。しかも決まって片耳にだけ付けるのが通例らしい。しかし何で片耳だけなんだろう…? 今度聞いてみよう。
他にも髪の毛や尻尾の毛を染色しているパターンも多い。化粧も然りで、どこぞのヘヴィメタバンドの様な全面ペイント顔はさすがに居ないが、アイシャドウやチークを弄っている娘は普通にいる。
これはウマ娘と言えども年頃の娘さんなのもあるし、走った後にはアイドルみたいなライブもあるし、全レースともテレビで中継されるので、「見苦しい顔はお見せできない」的な理由なのだと思う。
まぁ言うまでもなくレースをするウマ娘は『走る』事が本分なので、『他人の走りを妨害する物』でない限り、髪が長かろうが染めていようが、勝負服のデザインが奇抜だろうが、外見に関するルールは緩いという事なのだろう。
話が逸れた。パドックでのオカメハチモクだが、どうにも動きにキレが無い上に、レース直前だと言うのに目が死んでいる。
舞台上では必死に取り繕っている様に見受けられたが、テレビ画面越しの俺に分かる事が会場の観客に分からないはずもない。
その証拠にオカメハチモクはパドックの前と後とで人気を大きく落とし、最終的に12番人気となっていた。
前走のNHKマイルカップ、前々走のアーリントンカップのパドックでは無邪気な笑顔を見せていたので、今回は明らかに何かがおかしい。
あくまで予想だがオカメハチモクは体調不良を隠して出走している。不自然に濃い化粧は、その顔色を隠すためのカモフラージュだろう。
これは後に知った事なのだが、この時のオカメハチモクはスズシロナズナが倒れた件でショックを受け、ほぼ1週間まともに食事や睡眠が摂れず、トレーニングにも支障をきたしていたらしい。
素人考えでは『そんなんレース走れる環境じゃないんだから棄権しろ。それでまた2週連続で倒れられたらウマ娘レース事業そのものが危うくなる』とも思うのだが、オカメハチモクの心情を慮ると『勝って入院中のスズシロナズナを元気づけたい』という物も譲れなかったのだろう。
『良い』『悪い』では括れない想いの力… ダービーでのライブ「winning the soul」でも歌われていた、『何を犠牲にしても叶えたい強さの覚悟』とは、ただ単に歌の歌詞というだけではなくて、レースに臨むウマ娘達の心を凝縮した歌なのだと痛感する。
医者から「次に走ったらもう二度と走れなくなる」と宣告されながらもダービーを走ったスズシロナズナの心意気が、今になっていちファンでしかない俺の心に痛いほどに響いてくる。
オカメハチモクの想いの強さは外からでも十分に理解できる。ルームメイトとして、チームメイトとして、そして大親友として共に過ごしてきたスズシロナズナ、更に同じチームメイトであるスターコロボックルも青葉賞の直後に屈腱炎を発症してダービーを棄権している。
そんな失意の仲間たちを元気づける為に、自らの体調不良を押してオカメハチモクが走っているのだとしたら、その心の気高さは俺には表現できない。
だがまぁしかし、現実は非情だった。オカメハチモクは苦手な早いレース展開に置き去りにされ、得意の末脚も活かせぬまま7着に沈んだ。
友人を励起する為のレースではあったのだろうが、無事に完走できただけ御の字な結果だったと思う。
この時の優勝者は2番人気だったブラッドハーレー。彼女は優勝インタビューで「今年のダービーウマ娘は遂に青葉賞から誕生しました。同じ青葉賞出身の仲間が奮発したのだから、と気合が入りました。今その子は怪我で入院しているそうなので、元気になったら是非勝負したいですね!」と語っていた。
これは言うまでもなくスズシロナズナの事だ。ここにもスズシロナズナの快気を願う人がいる。
やはりウマ娘は俺達一般の観客だけではなくて、ウマ娘同士でも刺激しあい心を震わせながら生きているのだと改めて思った。
水澤の言う様に『それ』が彼女達の重荷になっている面も確かに否めない。だがそれでも俺はこの様な『魂の研鑽』を美しいと思うし、無くなって欲しくない。
水澤だってダービーの時に感動して涙を流していたんだ。分かってないはずがない。
俺達がウマ娘に求める『希望と勇気』と引き換えに、彼女達が『消費』される様な事は決してあってはならない。その擦り合わせが上手い事出来たら、より多くの人間が幸せになれると思う。
そんな事を考えさせられた日曜の午後だった……。