【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
水澤の変化なのか俺の変化なのかは判然としないが、合宿初日から心を乱されてしまった。幸いその気配を察した人物は他にいなさそうだったので、困った事態にならずに済んだ。
こんな時はアレだな。思考を変えよう。別の事を考えて、一旦水澤を頭から外そう。
…そう、今日はクラッシック級ウマ娘の
注目は最近何かと話題のドキュウセンカンと、昨年の『全日本ジュニア優駿』(GⅠ)を勝ってジュニアダートチャンピオンとなったスピンストームとの2度目の直接対決だ。
逃げるドキュウを追うストームが差し切って、ユニコーンステークスの雪辱を果たせるかどうかが注目ポイントだ。
…と言っても会場である大井レース場の開始時間は遅い。マッハドリルら水澤の友人が上京した時にも話したが、本日分の大井のレースはまだ始まったばかりで、メインレースの『ジャパンダートダービー』の出走時間は20:10となっている。今からだと6時間以上間があるな……。
そろそろ第1レースが始まるので今から宿のテレビに齧りついても良いのだが、一応グルーブ活動で来ているのだがら、規律を乱すような真似はしたくない。俺だってそれくらいの空気は読める。
昼食を兼ねた歓迎会も意外と盛り上がっているみたいだった。『思案モード』に入ってリアクションを取らなくなった俺を早々に見切って、女子軍団は星埜をいじっているようだ。
どうやら『星埜の好みの女性のタイプ』を聞き出そうとしている。女も自分の立場が上だと認識すると、普通にセクハラしてくるよな。敢えてツッコまんけど。
しかし総勢7人を歓待するにしてはとにかく料理が多い。テーブルに埋め尽くされた唐揚げやポテトフライといったパーティー御用達の物や刺身盛り合わせや梅干しといった物まであり、カオス感ハンパない。
何よりダンボール箱に山盛り積まれている生のニンジンはどうするのだろう?
一応洗ってはあるようだが… と思い見ていたら、タカチャン先輩が無造作に生ニンジンを1本手に取ってバリボリと
ウマ娘が何故かニンジン好きなのは有名だが、ここまでナチュラルにワイルドな光景が見られるのは新鮮だな。これだけでレポートのネタになるし、来て良かったと思えたな。
結局皆で食べたいだけ食べて満腹になってしまい、午後に予定されていた演劇の通し稽古は、なし崩し的に『お昼寝』の時間に変更されてしまった……。
☆
時間は午後7時過ぎ、部屋で長過ぎる『昼寝』をした後、何をするでもなくロビーへと足を向ける。示し合わせた訳でも無いのだが、全員がロビーへと集まって初日からグダグダになってしまった合宿の行く末を案じていた。
「中途半端な時間に寝ちゃったから、もう今日は開き直って夜通し遊ぶつもりでハジケましょう〜っ!」
良いのかそれで? まぁ部長のタカチャン先輩が言うのなら後輩の俺達は口を出しませんけど……。
あ、いや、一言だけ言わないと駄目だな。無言で挙手をする。
「すみません先輩、これからGⅠレースの中継があるので、テレビ視聴を優先させてもらっても良いですか?」
「え? 今日GⅠやるの? 平日なのに?」
タカチャン先輩始め他のメンバーも驚きの顔をしている。所詮地方レースの認知度はそんなものなのだろう。
だからと言う訳でも無いが、俺みたいなウマ娘オタクがちゃんと告知して正しいレース知識を布教していくしか無いんだよな……。
まぁ言うて俺も地方の事はあまり詳しくない。先日のダービー以降、ちょっと勉強しただけだ。それでも今日のレースは中央でも大きな結果を出しているウマ娘が多数参戦しているのだから、間違っても無視は出来ない。
広間のテレビを点け、レース中継をしている『ウマ娘チャンネル』に合わせる。
「うわ! 凄いねこの娘…」
パドックでのドキュウセンカンの迫力に、タカチャン先輩を始めその場の全員が息を呑む。やはりドキュウのインパクトは絶大と言えるだろう。
男性ボディビルダーを彷彿とさせる体格のドキュウだが、首から上はファッションモデルもかくやという涼やかな美人顔をしている。このギャップがたまらない。
一方のスピンストームは対照的に小柄で大人しそうな、どこかのお嬢様を思わせる様な落ち着いた立ち居振る舞いをしている。それこそレース中にドキュウにちょっと擦られでもしたらコースの外に吹き飛ばされそうな
だがこれでも昨年のGⅠ王者なのだ。ウマ娘は本当に外見では判断出来ない。しかも今回はリターンマッチであり、スピンストームがチャレンジャーである。あっさり潰される展開にはならないと断言できる。
☆
「なんかこうやってテレビでレース見るのも久し振り…」
タカチャン先輩がしみじみと呟く。あれ? そう言えば先輩やミノタウロスは『走りを断念したウマ娘』だから、こんな風に活き活きとレースを走るウマ娘を見せられるのは辛いのかも知れないな… 今更だが、こりゃ無神経だったかな…?
「あ、変な意味じゃ無いから気にしないでね? あたしは早い時期に見切りつけられたし、後悔もしてないから」
「わたしも〜、いっつもビリッケツだったから『無理だよね〜』って自分でも分かってたし」
…まぁ真偽の程は分からないが、本人達がそう言うならこれ以上気を遣うのも却って失礼だろう。気を取り直してレースを楽しませていただく。
☆
レースが始まった。ナイター照明に照らされて、いつも通り『逃げ』るドキュウセンカンを15人のウマ娘が追う形になる。
後半になって接戦になるかと思いきや、ドキュウは『大逃げ』態勢で終始先頭を駆け抜け、第4コーナーの時点で2番手と12馬身差。大井の長い直線でも後続はドキュウを捉える事は叶わず、ドキュウは全く危なげなく優勝してしまった。
対抗馬のスピンストームも最終直線で追い上げはしたもののまるで届かず、最終的にドキュウセンカンに4馬身離されての2着となった。
GⅠレースでここまでキレイな『逃げ切り』もそうそう無い。スピンストームも不調だったとは思えないので、これは単純にドキュウセンカンが前レースから更なる進化を遂げたと考えた方が良さそうだ。
スズシロナズナのダービーも凄かったが、今回の『砂のダービー』もとても見応えがあった。
スズシロナズナの怪我はドキュウセンカンとの接触が原因だったそうなので、共に『ダービーウマ娘』となった2人のウマ娘の因縁浅からぬ再対決を是非見てみたいと思った。スズシロナズナの回復次第だが、これは絶対に見たい!
そしてそう思ったのは俺だけでは無かった。なんとドキュウセンカン本人が優勝インタビューで「芝と
これはつまりスズシロナズナに向かって「早く回復しろ。そしてまた走ろう」と言っている、今回の勝利はスズシロナズナへ向けた
ドキュウセンカンからスズシロナズナへの挑戦状に、それを聞いた大井の観客も大いに(シャレではない)盛り上がる。
果たしてスズシロナズナはアメリカでこの中継を見ているだろうか? 早く怪我を治してまた元気な姿を見せて欲しい。この激アツな挑戦状に応えて欲しい。
「ナズナ…」
水澤の短い言葉、彼女も状況を理解しただろう。今、スズシロナズナの回帰を祈って、俺達の心は一つになった……。