【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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笑顔と衝撃

 水澤と2人並んで歩く帰り道。荷物の大半を水澤に持たせている状況は、男子の矜持としてあまり褒められた物ではないのだが、ヒトとウマ娘とでは基本的な筋力が違うので、あまり珍しい光景ではない。俺もパラメーターを知性に大きく振っているので、筋力値は低いのだ。

 

「なぁ水澤、変な意味に受け取らないで欲しいんだけど、もう少しウマ娘の『発情期』という物を詳しく教えてはもらえないか?」

 

 俺自身『ウマ娘オタク』である事は自覚しているし、書物で調べられる事は大抵調べ尽くした。それでもウマ娘は長年の研究を経ても『ウマソウル』を始め解明されていない事が多すぎ。

 

 今回の『発情期』もまさにそれで、「『発情期』という物があり、その時期は男性を強く求めるが、多くのウマ娘は国から支給される抑制剤によって、人工的に抑えている」という程度の記述しかないのだ。

 

 ヒトの女性の月経にしても出血量や症状は個人差が大きく、簡単には括れない話であろう事から、ウマ娘の発情期も「大きく括るには雑すぎて、個別に語っていたらキリがない」状態なのだ、とは思われる。

 

 だからせめて『水澤個人のパターン』でもデータが入手出来れば、水澤を基準に他のウマ娘の生態の幅を記録できるのではないか? 後学の役に立つのではないか? と考えたのだ。

 

 もちろん相手が()()水澤なので、99%「変な意味に受け取る」であろうから、今以上に話が広がる事は期待薄だ。退屈な帰り道で雑談のネタになれば御の字だと思っていた。

 

「ん〜、そう言われても毎年こうやって薬を飲んでいたので、私自身も発情期が何なのかあんまりよく分かってないんですよ…」

 

 お、珍しくセクハラ扱いしないで話に乗ってきたぞ。どういう風の吹き回しだ…? とにかく些細な事でも情報を仕入れるチャンスだ、逃す手はない。

 

「大体今の状況が本当に『発情期の症状』なのかどうかも分かりませんからねぇ… でも何か微熱が続いているみたいな感覚で、頭がボーッとしてちょっとテンション上がっちゃってるみたいな所があります。でも嫌な気分じゃないです…」

 

 なるほどなぁ。ただ妙に上気(のぼ)せた様な口調は、本当に熱があるのではないか? と少し気になる所ではある……。

 

「水澤、お前ひょっとしてマジに熱あるとかじゃないよな? 風邪のひき始めで微熱からテンション上がるのは、割とあるあるだぞ…?」

 

 水澤は少しの間「う〜ん…」と首をひねり自らの額に手を当てる。

 

「頭痛がするとか熱があるとかじゃ無いと思いますけどねぇ… 触ってみます?」

 

 そう言って額を俺の方に差し出してきた。これも普段の水澤ならしない仕草だよなぁ… 素直すぎて逆に怖くなってきた……。

 

「熱っ! いやお前マジで熱あんだろコレ… 体感だけど38度軽く超えてるぞ…?」

 

 今手元に体温計が無いから正確な体温は知るべくも無いが、少なくとも平温36度の俺が触って、即座に『熱い』と思える程の高温を、水澤の体は発していた。

 荷物持たせて歩かせている場合じゃない、すぐにでも涼しい場所に座らせて、水分や……。

 

「あはははっ、やだなぁ先輩。ウマ娘の平均体温は38度前後ですよぉ? ヒトより少し高いんです。マニアのくせにそんな事も知らないんですかぁ?」

 

 うぐっ、そう言えばそんなデータもあったな。しかし人が心配してやってるのに煽ってくるのは腹立つなぁ。チクショウ、やっぱり水澤だわ。

 

「でも心配してくれたんですよねぇ、鷹山先輩って誤解されやすいけど『そういう所』あるんですよね…」

 

 水澤の言う『そういう所』がどういう所かよく分からないが、俺の事を誤解しているのはもっぱら水澤(おまえ)だからな?

 

「ふぅ… なんだか変にモヤモヤした部分と、変にスッキリした部分があって自分でもよく分からない感覚です… ねぇ先輩、走りませんか?!」

 

 は? 急に何を言い出すのこの娘は? 何かモヤモヤした物を抱いているから走って発散させたい、という気持ちは分からないでも無いが、俺はウマ娘じゃない。急に「走りませんか?」と言われても対応出来るわけが……。

 

「って、おいぃぃぃぃっ!!」

 

 俺の返答を待たず、水澤は有無を言わせないまま、急に俺の手を取って走り出した。

 

 ☆

 

「はぁはぁ… ゼェゼェ…」

 

「あっははははっ! 何かすっごく楽しいーっ!」

 

 水澤に手を引かれて走らされた距離は5〜600mくらいだと思う。それでも心身ともに何の備えも無い男が、ウマ娘に引き摺られる様に走る様は傍目に見てさぞかし滑稽だったろう。結局水澤に「もう止めてくれ」と泣き付いて停止して貰った次第だ。

 

 水澤は大荷物にも関わらず、俺を引っ張って激走する余裕があったのに、俺は疲労困憊で息も絶え絶えだ。

 これはアレか? 往路で水澤におぶって貰った時に、疲れ果てた水澤のフォローよりも、喜びで興奮していた俺に対する意趣返しなのか…?

 

「やっぱり走るのって楽しいですよねぇ…」

 

 息をつくためにしゃがみこんだ俺の横で水澤がおもむろに口を開く。

 

 全てのウマ娘にとって『走り』は本能だ。現役を退いたとて、その本能が消える訳では無い。しかも水澤はまだ16歳、ブラックリリィやスズシロナズナといった、トゥインクルシリーズでレースをしているウマ娘達の中心世代と同じ年頃なのだ。

 

 その『走りたい』という欲求が一番旺盛な時に、存分に走れる環境に無いのは、やはり苦しいものなのではないのか…?

 

 ダービーを観に行った日、水澤は「レースを辞めるんじゃなかった」と俺に漏らした。それは紛れもなく『まだ競って走りたい』という水澤の気持ちの(あらわ)れだったのだろう。

 

「水澤… お前また走りに復帰するつもりは無いのか…? その、例えば地方のトレセン学園とかでレースをしたいとか、無いのか…?」

 

 本来ならこんな立ち入った事を聞くような事はしないはずだが、水澤の変な陽気に()てられたのか、俺も少し変な気持ちになっていた。

 水澤みたいな立場のウマ娘に対して、個人的感情に土足で踏み込む、デリカシーに欠けた行為である事は大いに自覚している。

 

 それでも… それでも俺は謎の使命感に衝き動かされる様に水澤に問いかけていた。

 

 一方それまで笑顔だった水澤の顔が凍りついた様に動きを止める。そして驚いた表情で俺を見返してきた。

 

「なんで… なんで『今』そんな事を聞いてくるんですか…? 『今』そんな事を聞かれたら、私… 私…」

 

 そのまま水澤は俺に背を向けて、1人で帰り道を駆け出して行った。

 

 取り残された俺は呆然と水澤を見送る事しか出来ない。どのみち走って追いつける相手じゃない。

 

「…やっぱり、しくじったかなぁ…?」

 

 追いつけないまでも目的地は同じだ。俺は水澤を追うべく、痛む脚に気合を入れ直し立ち上がった。

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