【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
タカチャン先輩から星埜が急病のために、劇のトレーナー役を俺に演じて欲しい旨のLANEが届いた。
…いや普通に無理だろ。
そりゃ脚本を書くのに色々アドバイスしたし、星埜の書いた脚本に要所要所で補足をして、完成度を高めていったのは俺だ。それは間違いない。
なんなら台詞のほとんどは暗記しているし、頭から終わりまで暗唱すら出来る自信がある。
だがそれと演技は話が別だ。1対1で議論や討論をするのは得意だと思うが、実は俺は大人数を前に話そうとすると、緊張から
舞台の上で観客を前に演技をするなど、考えただけで目眩がしてくる。
よしんば舞台に立てても、吃音のせいで俺のセリフを聞き取るのはまず不可能だろう。
そして出来ればこの事実は高校生活の中ではずっと隠しておきたかった。
みっともない姿を水澤に見られる事にも我慢ならないが、それを水澤に茶化されたりしたら、恥ずかしくて生きていけない。
いや… 水澤はそんな人の短所を
水澤に恥ずかしい所を見せたくない、という気持ちは、単に男子や先輩としての矜持だけではなく、「好きな女の前で無様を晒したくない」気持ちが強いのだろう。そのくらいは自分でも肯定できる気持ちだ。
かと言って俺以外の代役がすぐに見つかるか? と言ったらかなり疑問が残る。
既に夏休みとなり、学校内で適当に暇そうな奴を勧誘する訳にもいかないし、水澤を含む他の演劇部員はそれぞれに既に役が振り分けられている。そのいずれもがストーリーの構成上必要なキャラクター達だ。
外部の助けも内部の融通も効かないとなると、一番現実的なのは『俺』がトレーナー役で舞台に立つ事だが、前述の理由でそれは何としても回避したい。
久我先生とかいう演劇部の顧問の教師を巻き込む手もあるが、その人は美術部の顧問が本筋であり、演劇部に顔を出した事すら無い。少なくとも俺は一度も合った事がないので、俺はその人が男か女か? という情報すら持っていない。
それでも「顧問教師にでも頼めば?」と言ってみたのだが、タカチャン先輩からは秒で「真っ先に聞いたけど、久我先生は夏休みで家族旅行中ですって! ホント鷹山くんしか頼れないのよ、お願い…」と返って来た。
マジで四面楚歌で逃げ場が無いな… 俺だって部員カサ増し作戦の一環とは言え、一応は演劇部に名を連ねている訳で、合宿してまで皆で頑張って協力しながら作り上げた劇を愛していない訳が無い。
ひとえに俺の個人的な事情がネックになっているだけで、公演が失敗して欲しいなんて夢にも思っていないのだ。
仲間としてタカチャン先輩ら演劇部を助けてやりたい気持ちもある。かと言って俺が舞台に出ても無駄に恥をかくだけなのは確実なので、なんとか上手く断りたいのだが、その為の適当な言い訳も思いつかない。詰みだ……。
タカチャン先輩にLANEの返事をしようと、何通りもの言い訳を考えては自分でダメ出しをする。まともに使えそうな言い訳が全く出てこない。
携帯を見つめて溜め息をついた所で急に電話の着信音が鳴った。水澤からだ……。
「もしもし、鷹山先輩…? 水澤ですけど…」
この時間、水澤は演劇部の練習で他の皆と一緒にいるはずだ。となると俺を劇に引っ張り出そうとタカチャン先輩辺りに説得を頼まれたのだろう。
「あぁうん、何かな…? 始めに断っておくけど劇には出ないぞ…?」
「…………」
やはり俺への説得目的の電話だったらしい。作為的な通話ではあるが、ここで水澤の声が聞けて素直に『嬉しく』思ってしまう自分がいる。思っていたより重症だなこりゃ……。
ウマ娘は携帯での通話の際はほぼ100%スピーカーモードにするから、通話者の声以外にも周りの音を拾いやすい。その為、相手が無言でも周りの音が聞こえてくる場合がある。
水澤の沈黙の奥で、何やら衣擦れの音や内容までは聞き取れないが若い女… 恐らくタカチャン先輩の指示が水澤に送られているのは電話の向こうからでも察せられた。
「あ、それもなんですけど… 先輩、ナズナのウマッター見ましたか?」
ナズナ… 水澤の旧友であるスズシロナズナの事だな。約1ヶ月前の『日本ダービー』で優勝した後に舞台で倒れ、今はその治療の為にアメリカに滞在しているはずだ。俺も僅かながらも治療費のカンパをさせてもらった。
10日ほど前に渡米したというニュースは見たが、確かそれ以降の情報は無く、続報を待っていた状態だった。
いやまぁ合宿のアレコレで心境の移り変わりに自分でも理解が追いついておらず、スズシロナズナどころではなかった、という方が近いかも知れない。
「あ、いや見てないけど… 何か進展が有ったのか?」
水澤もきっと『それ』を俺に教えたくて電話してきたのだろうから、素直に答える。向こうの電話口に微かに「あはっ」という声が聞こえたのは、水澤の喜びの声なのかな?
「はい! あの娘の手術が無事成功して、また走れる様になったんですって!」
水澤の声は、それが自分の事でもあるかの様に明るい。『元』とは言え友人のスズシロナズナ、その昏倒を目の前で見た時の水澤を含むウマ娘3人は、比喩抜きで顔面蒼白であった。
その後、手術のために渡米して、その結果が出た。それも良い方に出たという事らしい。まずは目出度い。
水澤に「ちょっと確認するから」と通話モードのままウマッターを起動させる。
なるほど、挨拶程度の短い文章だが、確かに「手術が成功しました」と書かれている。
「おぉ、本当だ。これで心配事が一つ減って、劇に集中出来るな…」
実際事故直後の水澤の様子は、かなりナーバスになっていたのが思い出される。
まぁ常識的に考えてレース復帰は早くても2〜3ヶ月後だろうが、スズシロナズナの無事は水澤の心に大きな励ましとなったはずだ。
「えぇ、ナズナの件はひと安心ではあるんですけど、別件で劇が出来るかどうかレベルの心配事が新たに増えましてねぇ… むしろ『そっち』がメインの用件なのですが…」
しまった、やぶ蛇だったか…?
次に言われる言葉が分かりきっていたが、俺の頭は断る言い訳を考える為にフル稼働していた……。