【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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秘密兵器と快感

「何スカそれ? サングラス…?」

 

 タカチャン先輩が取り出したサングラスと思しき眼鏡には、一見何の仕掛けも無いように見受けられる。

 

「着けてみて」

 

 タカチャン先輩はシンプルにそれだけ言って眼鏡を渡して来た。

 

 装着してはみたものの。その眼鏡にはレンズの部分が思いっきり黒いプラスチックで蓋をされており前が見えない。

 

 …いや違う。レンズの部分の中心に非常に小さい穴がいくつか空いており、視界はかなり遮られる物の前方を見る事は可能だった。

 

「視力改善や集中力向上の為のピンホールメガネよ。これなら舞台でも水澤ちゃんだけを見ていれば緊張しないし、観客席からはサングラスにしか見えないわ」

 

 自慢げにフンスと鼻息を荒げるタカチャン先輩。そんな単純な話でも無いと思うんだけどな……。

 

「まぁ物は試しなので〜、一度トレーナーのシーンを()ってみますかね〜」

 

 ミノタウロスの指揮のもと俺と水澤、更に『(ゆい)』役の橘が台本を手に車座に並ぶ。

 なるほど確かにメガネのおかげか視界には水澤しか映っていない。橘の後ろにいるタカチャン先輩やミノタウロスに至っては気配すら感じられない。意外と良い作戦かも知れないな……。

 

「じゃあ学園を飛び出したウイングが、探しに来たトレーナーと遭遇する所から。中盤の熱いシーンだから本気で演ってね。はいスタート!」

 

 こちらの心の準備も整わないうちに畳み掛けてくるタカチャン先輩、慌てて立ち上がる俺たち3人。

 まだ少しオロオロしている俺を尻目に、隣の水澤はもう『出来上がっている』感じで、『水澤イチ』ではなく『サウザンドウイング』として表情を作っている。

 

 合宿等を通じて何度も実感しているが、これが練習歴1ヶ月かそこらの素人女優の見せる(かお)なのであろうか?

 水澤には特に芝居の才能があるのか、ウマ娘そのものがこういった土壇場に強いメンタルの持ち主なのかは、一度改めて検証の機会を作りたいものだ。

 

 ☆

 

「何で追いかけてきたんですか?! もう私なんて放っておいてくださいよ! もうレースなんて無理なのに… 退学するしか無いのに…」

 

 水澤の迫真の演技に気圧される。いや、押されてちゃダメなんだよな。今ここにいる俺は『鷹山 留吉』じゃなくて『志藤(しどう)トレーナー』だ。

 

 秘密兵器のメガネのおかげで視界には水澤しかいない。後から会話に乱入してくる唯を演じる橘がすぐ横にいるはずだが、全く気にならない。

 この作戦、かなり有効か…?

 

 おっと、ボーッとしていられない。え〜っと次の志藤のセリフは、っと……。

 

「無理なんかじゃない。ウイング(きみ)が諦めても俺は絶対諦めない! まだタイムリミットまでには時間がある。それまでに出来る事をしよう! 一緒に! 何でも! 俺はサウザンドウイングが勝つ所を見たいんだよ… 夢を諦めないでくれよ…」

 

 とりあえず俺の長セリフはここまで。後は膝で手を支えて泣く芝居だ。

 このシーンの舞台設定は天下の往来だ。男だけに、大人だけに泣くに泣けない難しいシーンだが、セリフを言ううちに俺にも志藤の心が入り込んできて、セリフを言い終わるくらいのタイミングで自然と涙が止まらなくなっていた。

 

 今俺は演技でも何でも無く、架空のウマ娘であるサウザンドウイングの為を思って号泣している。大量の涙を流している。

 

 以前なら「本番ならともかく、練習で入れあげて泣くなんてみっともない」。そんな風に考えていたけど、それは大きな誤りであったと思い知らされる。

 練習の時点で役の魂を自分に降ろせなければ、本番が上手くいく訳が無いんだよな。俺が浅はかだったわ。

 

「ウイング…」

 

「唯ちゃん…」

 

 続けてウイングの友人である唯が会話に入ってくる。俺は下を向いたままなので、彼女らがどんな表情(かお)をしているのか全く分からない。

 

「私もトレーナーさんに賛成。ウイングには夢を諦めないで欲しい… 私もウイングの勝つ所が見たいよ…」

 

「唯ちゃん… でも私は…」

 

 水澤のセリフが鼻声になる。水澤も泣いているのかな…?

 

「あたしも協力する! あたしで出来る事は何でもするよ。だから… だからこの『3人』で一緒に頑張ろう! 悪あがきでも何でもしようよ…!」

 

「唯ちゃん…」

 

「まだチャンスが残っているなら、諦めずにしがみつこう! …トレーナーさん、ウイングはまた走れるんですよね? 復活の策があるんですよね…?」

 

 ここで俺は顔を上げて橘と目を合わせる。そこでしっかりと、腹の底から「あぁ!」と声を出した。

 

 ☆

 

「はいカットぉ! いーじゃんいーじゃん最高じゃん鷹山くん! ね、ミノ子?」

 

「そぉですねぇ〜、星埜くんより上手だと思いますよ〜。なんか『熱さ』とか『生命力』みたいのに溢れてて〜」

 

「そうね! 鷹山くんも星埜くんもグイグイ来る系の男の子じゃないから、シナリオの志藤トレーナーの熱さと言うか『むさ苦しさ』が表現出来ないと思ってたけど、これは拾い物だわねぇ… ねぇ鷹山くん、本気で芝居やってみない?」

 

「無理です!!」

 

 お誘いは嬉しいが、俺にはやるべき事がまだあるのだ。俺はあくまで『比人研』の会長であり演劇部は数合わせの為の存在でしか無い。そこは絶対に履き違えてはならない所だ。

 

 でも、今のシーンだけでも『志藤』と言う別の人間を演じた事によるカタルシスはそれなりに大きかった。

 いやぶっちゃけ「気持ちよかった」。それこそ今まで感じた事の無い快感であったのは否定しない。

 

 まぁ、本格的に演劇を学ぶ事はないが、たまになら引き受けても良いかもな…?

 

 ☆

 

 俺の代役で枠も決まり態勢が固まった。それから数日、諸々最終確認や俺のアテレコ録りを経て、いよいよ本番である舞台の開演日がやって来たのであった……。

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