【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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岩壁と叫び

「岩だな…」

 

「岩ですね…」

 

 なんとも間抜けな会話だが、それ以上の会話をする事すら億劫になる程に俺達は疲弊していたし、絶望もしていた。

 

 とりあえず前途が塞がれた事で、水澤を休ませる為に俺は水澤から降りて、近くの倒木に腰を掛けた。

 

「ここまで頑張って降りてきて、行き止まりとはツイてない… また坂道を登って戻るのも現実的じゃないし、こりゃ万策尽きたかぁ…?」

 

 冗談めかして言ってみたものの、あまりにも洒落にならなさすぎて自分でも笑えない。本当に『詰み』の可能性が頭をよぎる。せめて水澤だけでも人里に帰してやらないと寝覚めが悪い。明日以降の『寝覚め』があるかどうかも分からないが……。

 

 水澤は俺達の行方を遮っている岩壁にもたれ掛かってうなだれている。まぁここまで自分も怪我しているのに、足を痛めた俺を背負って歩いてきたのだから、絶望具合は俺よりも深いかも知れない。水澤のメンタルまでやられたら俺1人じゃどうにも出来ないぞ…?

 

「先輩… かすかですが、この岩の向こうから金属の軋む音が聞こえる気がします。あと多分、ヒトの話し声も…」

 

 水澤は絶望してなど居なかった。むしろこの状況から抜け出すべく、俺には無い高度な聴力で情報を収集していたのだ。思った以上にタフな奴だな……。

 

「金属の軋む音ってのは多分ケーブルカーの作動音じゃないかな? ならばこの先に行ければ… ってそもそもそれが無理なんだよなぁ… ここから叫んだら聞こえないかなぁ?」

 

「向こう側に耳の良いウマ娘が居てくれればともかく、ヒトの声じゃ多分届かないし、岩が邪魔で見つけてもらえないかと…」

 

 むむむ… 本当に困ったな。水澤の言う通り、今いる場所からでは有効な対策がほとんど打てないじゃないか……。

 

「前は行き止まり、後ろは滑りやすい危険な傾斜、怪我人2人で水も食料もほとんど無い… さて、ここからどうするか…?」

 

 少しでも生き残る確率を増やすべく、脳内の知能をフル動員して俺達の… 最悪水澤だけでも助かる方法を探してみたものの、一向に良いアイデアは浮かんでこない。何か… 何か使えるアイデアは無いものかな…?

 

「乗り越えましょう!」

 

 水澤の高めの声が岩場に響く。いやぁ、そうは言うけどさぁ……。

  

「『乗り越える』ったってお前も怪我して力が入らないんだろ? ここで無理して怪我を悪化させたら意味無いぞ?」

 

 俺の言葉を受けた水澤だが、彼女はゆっくりと首を振って返してきた。

  

「逆ですよ先輩。ここで無理しないでいつ無理するんですか…? それにここまで降りてきて、引き返す方が無理ですよ。いくらウマ娘でもそこまでの体力はもう無いです…」

 

 水澤も水澤で懸命に考えてくれていて、その結果が先ほどの言葉なのだろう。

 水澤の覚悟に水を差したくは無いが、それでも無理はさせたくないしさせられない… そうだ!

 

「じゃあ、お前も怪我してるんだから、安全の為にここに俺を置いていけ。お前1人なら岩場を登るパワーも維持できるだろ?」

 

 さすがに遭難開始地点よりは、今いる場所の方が水澤も救助隊を案内しやすいだろう。多分だが。

 

 だが水澤は俺をキッと睨んできた。明らかに不満そうな顔をしている。

  

「登った岩の先が断崖だったり戻れない地形だったら、先輩本当に1人になっちゃうでしょ? 置いては行けませんよ!」

 

水澤はそう言いながら、再度俺に背を向けてしゃがみ込む。「乗れ」という事だろう。

 

「私だってウマ娘です。このくらい楽勝なんです。先輩を助けられるのは私だけなんだから…」

 

 水澤の声は次第に小さくなり、「楽勝なんです」から先はよく聞き取れなかったが、水澤の決意が深い事は背中越しにも強く伝わってくる。

 

 多分ここで駄々を捏ねても、最終的に水澤の腕力で俺は拘束されて俺は輸送されてしまうだろう。

 そしてそんな事で水澤の体力を無駄に消耗させたら助かる物も助からなくなる。という訳で秒で勘弁して水澤の背中に乗せてもらう。

 

「では行きますよ。しっかり掴まってて下さいね…」

 

 水澤は俺を背負ったまま、岩壁の出っ張りに左手を掛ける。次は右手を上げる番だが……。

 

「痛いっ…」

 

 水澤は右手を肩まで上げた所で、痛みを堪えられずに腕を下げてしまった。そのまま左手からも力が抜け、体ごと地面に落下してしまう。

 

 水澤の体幹能力のおかげか転倒こそは回避した物の、俺達の脱出劇は振り出しに戻ってしまったようだった。

 

「おい水澤、やっぱり無理を…」

 

「負けません! 今度こそちゃんとやります。こんな怪我で弱音は吐けません。ナズナだって… ナズナだって死の淵から生還して、またレースを目指してるんです…」

 

 かつてスズシロナズナのライバルだったという自尊心からか、或いは『奇跡の生還』を成し遂げたスズシロナズナへの憧憬からかは分からないが、今の水澤の意識は俺ではなくスズシロナズナに向けられている。

 

 それとこれとは違う話だろう? とは思うのだが、ここで余計な茶々を入れて水澤の集中を邪魔したくない。

 

 水澤はもう一度岩場に指を掛ける。今度は右手も上がって次の手掛かりに取り付けた。

 

「くっ…」

 

 だが水澤は再び苦しそうな声を上げる。もう一回左手を上げられれば岩の頂上に手が届く。だがその為には今半分の体を支えている左手を一度離して、右手だけで2人分の全体重を支えつつ左手を上に伸ばさなくてはならない。

 

 普段の水澤なら片手で2人分の体重を支えるなど造作も無い事だっただろうが、ここまでの疲労に加えて右腕の負傷が致命的に俺達の運命の前に立ち塞がっている様だ。

 

「お、おい水澤、もう…」

 

 これ以上苦しそうな水澤を見ていられない。きっと俺さえ離れれば水澤は自力で上まで登って行ける。助けを呼んでくる事が出来る。

 そう思うのだが、それ以上の発声を許さない(オーラ)が水澤から漏れ出している。「何も言うな」「全て自分に任せろ」という気概に押されて口をつぐんでしまった。

 

「負けない… 運命にも、ナズナにも… ナズナが奇跡を起こせるなら私だって…」

 

 水澤は熱に浮かされた様にブツブツと独り言を呟いている。それは自己暗示の様であり、信じる神への祈祷の様でもあった。

  

「これくらいの… これくらいの怪我で諦めてたまるかぁっ! 私はっ、ウマ娘だ! ウマ娘のっ! 『アビスビースト』なんだぁっ!!」

 

 水澤は叫びと同時に左手を岩の上辺に掛ける事に成功する。そのまま一気に体を持ち上げ、俺達は岩場を乗り越える事に成功した。

 

 水澤は岩の上に座り込み、俺を降ろしてゼェゼェと息を荒くしていたが、やがて俺の方に顔を向け、いかにも『やり切った』感満載の満面の笑顔を咲かせて見せた。

 

「水澤… お前…」

 

 先ほどの水澤の最後の台詞。今までの水澤だったら絶対に言わなかったであろう台詞……。

 聞き間違いではありえない。水澤は今まで忌み嫌っていた自分のウマネームである『アビスビースト』の名を使って己を奮い立たせた。

 

 そこに至る水澤の心境は推し量る事すら叶わないが、俺はその言葉にこの上ないほどに魂が震わされた。きっと俺は今の出来事を一生忘れる事が出来ないだろうな……。

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