【完結】ようこそ、 比較人類研究部へ!! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「な、なんだよ…? 急に変な事聞いて…」
水澤は何かの企みがあるのだろう。楽しそうにニヤニヤしながら俺を見つめている。
「『可愛い』って言ってくれたら答えます」
このメスウマ… 敢えて言いづらい事を言わせて俺を
「か、可愛い… よ?」
腹を決めて答える。日本男児はこういう直接褒めるやりとりは苦手なんだよ勘弁してくれ。
水澤は俺の言い方が気に入らなかったらしく、不満気に唇を尖らせている。
「疑問形って何か傷つく… まぁ良いや。山で叫んだのはですねぇ、きっと劇の影響ですねぇ…」
劇とは言うまでもなく夏休みに公演した『千の翼』の事だ。水澤は演劇初心者の筈だが、なかなか堂の入った芝居を見せてくれた。
あの短いアドリブで、サウザンドウイングの強い意志と根性を示して見せた熱演は、客席を大いに沸かせたものだった。
あれから3ヶ月程度しか経っていないのだが、何だか凄く懐かしく感じるな……。
「あの時は機材トラブルで話が止まっちゃって、泣きそうなくらい不安で訳わかんなくて… その時に先輩が言ってくれた『ウイング、行け!』が、まるで
まぁ俺的にそこまで言うほど明確な意思は無かったけど、水澤本人がめちゃくちゃ頑張っている場面だったから、普通に観客目線で「行け」って言葉が出ちゃったんだよね。
「う〜ん、あの時は俺も必死だったから、どんな気持ちで言ったか覚えてないんだよね」
実はあの時に隣りにいた
まぁこれは黙っておこう。
「『ウイングだ』って叫んだ時にとても強い力が体の奥から湧いてくるのを感じたんです。『心の支え』って言うんですかね…? 岩場の時もそれで超パワーを使えました」
何だかスピリチュアル系の話になってきたか? まぁウマ娘には《
それこそブラックリリィやスズシロナズナが最終直線で見せる追い上げは《
「……」
などと思索にふけって無言になっていると、水澤もそういう俺を理解しているのか、俺の返事を待たずに言葉を続けていた。
「そこで改めて感じたんですよ。『自分はウマ娘で、その運命から逃れる事は出来ないんだ』って…」
「…えっ?」
今の水澤の目にはしっかりと意思の光が宿っている。合宿の時の様な熱に浮かされた顔ではない。つまり『自分の考えを本気で述べている』のだ。
初めて会った頃は「ウマ娘を滅ぼしたい」とまで言い切るほどウマ娘を嫌悪していた水澤が、『アビスビースト』としての自分を受け止め、新たな道を選ぼうとしているのか…?
もしかしてこれは決定的な瞬間なのでは無いだろうか? 今俺たちがしている会話は、恐らく水澤本人の決心を語る事で、自ら退路を断つ作戦ではないかとすら思える。
「んで、ここからが本番なんですけど、話続けて大丈夫です? もう飽きてないです?」
飽きるどころか興味津々だぞ。大げさに言えば歴史の転換点に立ち会っているみたいなもんだからな。
「いや大丈夫…」
俺の言葉を確認して、水澤も続きを話すべく新たに口を開く。
「でも… 今から『アビスビースト』として走り出しても、ナズナはおろかミヨやヨシにすら届かないだろうし、その前に私の
お、おぅ。確かにいくら水澤に素質があっても、4年近いブランクがあっては、俺の様な素人目にも大成は不可能だと容易に想像がつく。
ウマ娘のピークは『本格化』と呼ばれる体の完成から3〜5年が限度と言われている。もちろんそれは個人差があって、7年8年と長く走り続けたウマ娘も数多く存在する。
水澤がそういった「大器晩成型」である可能性は否めないが、現段階からレースを走れるまでに仕上げるのに、専門のトレーナーが付いても最低1年は必要だろう。そしてその『1年』は致命的と言えるほどに長い。
「……」
また思索にハマって黙ってしまった俺を気にする事なく、水澤の発言は続いていた。
「でも私がウマ娘として… 『ウマ娘だからこそ出来る事で、彼女達の世界と繋がっていたい』と言う気持ちが湧いて来たんです…」
ウマ娘だからこそ出来る事…? ウマチューブやウマトックと言ったSNSを使った宣伝とか… は別にウマ娘である必要は無い。俺でもやろうと思えば出来る事だ。
では何だ…? ちょっと想像がつかないな。ウマ娘マニアとしてこの謎掛けに答えられないのは少し悔しいぞ?
「先輩… 私、『誘導ウマ娘』を目指してみようと思うんです」
『誘導ウマ娘』… レースの際にパドックから本馬場へと選手達を先導するウマ娘。レース中の事故や怪我といった事態にいち早く駆け付け、初期治療を行うレスキューの役割も持つ。
その手があったか… 確かに誘導ウマ娘ならレース事業に関われるし、走りのピークは関係ないし、既に幾らかのレスキュー技術を習得している水澤なら、レース中のアクシデント類にも迅速に対応出来るだろう。
「なるほど、誘導ウマ娘か… 良いなそれ…」
俺の賛同を得られて嬉しそうに微笑む水澤。誘導ウマ娘は容姿端麗が求められるが、水澤なら、誘導ウマ娘とか雑誌モデルくらいなら要求水準を軽くクリアしていると思うぞ。
「ほら誘導ウマ娘って特に美人さんじゃないと務まらない仕事じゃないですか? なので『ウマ娘マニア』の鷹山先輩の目から見て、私にそれが務まるかどうか? を判定してもらいたくて『可愛いですか?』って聞いたんですよ」
そういう事か… 一般に誘導ウマ娘は『芦毛か白毛の美人ウマ娘』が就く事が多い。
ただ毛色で言うなら鹿毛や栗毛の誘導ウマ娘が居ない訳でも無いし、河原毛の水澤なら逆に個性になるだろう。
水澤の面相については今しがた思った様に、俺基準なら何の問題も無い。
「で、どうです? 私に誘導ウマ娘が務まると思いますか?」
期待を込めて詰め寄ってくる水澤。自信はあるみたいだが、それを俺に追認して欲しいオーラを強く感じる。
「凄く良いと思う。水澤なら立派に果たせると思うぞ」
その言葉に水澤の笑顔が更にパァッと広がりを見せた。
「あ〜、良かったぁ。先輩デリカシー無いから平気で『無理だ』とか言いそうでドキドキでしたよ」
「おい心外だな。それにお前にデリカシー云々言われたくな…」
俺の言葉が終わる前に水澤が俺の腕にしがみつき、俺の二の腕に水澤の胸の感触が伝わってくる。突然のスキンシップに面食らって意識と理性が飛びそうになる。
水澤はそんな男心を無視する様に、俺の腕に抱きついたままポツリポツリと語りだした。
「…なんだか長いこと迷走していた気がするけど、ようやく新しい夢が見えました。ナズナと先輩のおかげですね。本当にありがとうございます…」
その体勢のまま顔を上げてニッコリ。距離が近い。心臓のドキドキが治まらない。もう、そんな顔で見られたら……。
「み、水澤っ!」
もう限界だ。美少女と同じ部屋で密着していて何も行動せずに何が男子か?!
俺は立ち上がり反転して水澤と相対する。水澤の両肩を掴み、互いの眼と眼をしっかりと合わせる。
ここまでやって俺の気持ちが分からないほど水澤も朴念仁じゃない。彼女の顔もあっという間に紅潮して林檎の様だ。
もし水澤が『イヤ』であるならば、俺なんて即座に振り切って、なんなら一発ぶん殴る余裕はあるだろう。そうでないなら……。
「み、水澤… お、俺だって男なんだぞ…?」
その一言で俺の気持ちは伝わっているはずだ。元々俺だって不純異性交遊は『無し』の方向で考えていたが、ここまで盛り上がってしまっては予定変更もやむ無しだろう。
「先輩… 『イチ』って呼んで下さい…」
だが水澤は驚いた様子も無く、冷静に俺の目を直視しながら願い事を伝えてきた。
「お、おう… イ、イチ…」
勢いで迫ってすんなり受け流されているみたいで面白くないが、言われた通りにする。何気に名前で呼ぶのって初めてだよな……。
「ふふっ… 男の人に名前で呼ばれるって変な感じですね… でも何だか嬉しいです…」
俺に肩を掴まれたまま、水澤… いやイチは淡々と感想を伝えてくる。そして彼女の傍らに見張り役として置いたスズシロナズナ人形を手に取り、「ごめんねナズナ、ちょっと向こう向いてて…」と180度回転させて再配置した。
「先輩の気持ちは分かってます。でもまだ怖いので、今日はキスだけで許して下さい… その先はいつか私の覚悟が決まるまで待っててくれますか…?」
そう言ってイチは目を
返答代わりに俺はイチの肩を掴む手に力を入れ、顔を近づけた。
そして俺達は、とてもぎこちない形で初の口づけを交わしたのだった……。