プロローグ
――――脳の奥に、絶望するような、戦いの情景を見る――――。
その世界は、確実に死に近付いていた。
いずれ訪れる厄災。人間ではどうしようもない暗黒が空を覆い、立ち向かったものは屍山血河となり大地を潤すことだろう。強者も死に絶え、弱者も生きる事を許さない。この世界の行く末は、そんな未来と定まっていた。
何もせず、座して待っていても未来を変える事はできない。
何者かが災厄に立ち向かい、人々の道導となり、闇を照らす光とならなければならなかった。
絶望は必ず訪れる。
約束の刻は着実に迫ってくる。
故に、何者かが立ち上がらなければならない。
――――この世界は、英雄を欲していた。
だが誰もが、英雄となる資格を有していない。
ただ強くても、ただ優しくても、ただ知識があっても、ただ才能があっても、英雄とはなりえない。
覚悟が必要だ。
誰をも救いたいという覚悟。
敵を倒す力がなくても、それでも、と。天を睨み続ける者がこの世界には必要であり、それが英雄と言える。
その資質を多く持っていたのが、二柱の眷族達。
ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアであった。
誰もが勝利を確信した。古より君臨していた勢力が手を組んでいるのだから敗北はないと。
しかし結果は真逆。
二つの勢力は壊滅し、討伐対象でもあった黒き終末は生きている。
オラリオの抑止力となっていた二つの勢力の壊滅。
これより続くは暗黒時代。己の欲望のまま力を振るい始める獣が必ず現れる。
神々は失敗した――――それは認めよう。
世界は混沌となる――――それも認めよう。
誰かが行動を起こさなければならない――――その通りである。
覚悟が必要だ。
死者の山を作ろうが、冥界に魂が溢れさせようが、次代の踏み台となるための覚悟。
例えこの身が邪神と蔑まれ――――この世の全ての悪となろうとも、時の針を進めなくてはならない。
猶予はない。
選択肢はこれしかない。
手段など模索する時間もない。
「――――?」
声が聞こえた。
男を呼ぶ、子供の声。
その名は男の名前であった。
「起こしたか?」
膝枕で寝かしつけていたのを忘れるほど、男は熟考していた。
これからのことを、これからの未来を、これからの世界を。自分は一柱として、どう振舞えばいいか考えていた。
子供は首を横に振る。
「別に起きてたから」
「だったら声をかけろよ」
「難しい事を考えているみたいだったから」
子供に気を使わせた事実に、男は苦笑を浮かべる。
天邪鬼な自分が拾った子供。
出生も名前も、何がしたいのかも定まっていない。天邪鬼な自分がどうして拾ったかのかすらわからない。
見た瞬間に惹かれて、運命を感じた。子供の癖に、何も知らない純粋無垢な存在の癖に。何者よりも黒く墨よりも黒いナニカが、心の奥で胎動していた。
男が拾ったのは正義感からくるものじゃない。
ただこの子供が何を為すのか、興味があったからと言う気まぐれに過ぎない。
「……なぁ、アルマ」
「なに?」
身勝手な
「お前にとって世界って何だ?」
質問に特別な意図などない。
これから男は世界を絶望の淵に叩き落さなければならない。こうして自身が育ててきた子供と会話する事も、出来なくないかもしれない。
だから聞いておきたかった。
心に闇色のナニカを宿す者が、世界をどうみているのか。
少しだけ考える――――素振りすら見せずに、子供は直ぐに答える。
「俺の物だ」
「――――は?」
流石に面を食らったのか、男は眼を丸くして子供を見ている。
あまりの言葉に絶句している育ての男を、子供は見上げながら。
「時々、俺は思うんだ。ひょっとしたらさ、この世界は俺が見ている夢なのかもしれないって」
「それは随分と、ぶっ飛んだ思考に至ったな」
「だってそうじゃないか? 俺がもし死んだら、誰がお前やアルフィア達を証明できる? 俺が見ている世界は、俺にしか見えてないし、俺が死んだらお前達の存在を証明する事ができない。そもそも俺は、自分が死ぬって事が想像が出来ない」
「なんて自信家に育っちゃったんだ。俺は悲しいよ」
「褒めてくれてるのか?」
「褒めてはいないかな」
そうか、と面白くなさそうに拗ねる子供を見て、男は苦笑を浮かべて。
「それで何でそこから、世界は俺の物、なんてトンデモ理論に至ったんだ?」
「何でって、俺の見ている世界は俺にしか解らない。っていうことはだ、俺を中心に世界は回っているってことだろ? 俺が“出来る”と信じたらそれは絶対に出来るし、そうなると世界は俺の物ってことにならないか?」
自分の見ている世界が中心なのだから、世界は自身を中心に回っており、その中心人物である自分の物、と子供は言う。
何て子供らしい。
身勝手でありながら、まだ世界という途方もない巨大な物を知らない言葉である。
だが本気で言っているのだろう。男を見る眼が物語っている。黒い髪、そして墨よりも黒い双眸。それが真っ直ぐに、男を見る。その眼には絶対的な自信がある。
なんて勝手な言い分なのだろう、と男は思うも直ぐに認識を改めた。
何せ、自分と常に一緒に居たのだ。このような勝手な性格にもなる、と自嘲気味に笑みを零して。
「なぁ、アルマ――――」
「――――
>>男
育ての親。気まぐれに拾う
元引きこもり。
>>子供
黒髪黒眼。
世界は俺の物系男子。