ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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 もう10話投稿しているのに、まだダンジョン行ってないとか本当?


第8話 とりあえず身包み置いてけ

 

 【ソーマ・ファミリア】の眷族達のほとんどがLv.1で構成されている。

 Lv.2の冒険者など片手で数える程度でしかいない、言ってしまえば弱小ファミリアといっても過言ではない。

 

 それもそのはず。

 彼らに向上心と言うモノはなく、上を目指さぬのだから、ダンジョンに潜ろうとも死地を迎えることはない。

 自分の命が最優先。死線を潜る事もなく、生き残るためならば何でもする。例えそれが、同じファミリアに所属している眷族であろうとも、彼らは喜んで囮に差し出す事だろう。

 

 それが今までのリリルカ・アーデの役割。

 彼らよりも弱く、サポーターとしての役割すら満足にこなせない足手まといである小人族(パルゥム)の少女を連れてダンジョンに潜っていたのがそれが理由だった。

 いざと言うときの肉壁。前線に立つのはいつだって冒険者なのだから、それくらいの役に立て、とリリルカはダンジョンへと駆りだされていた。

 

 元より、少女に拒否権はない。

 無茶な冒険をして死んだ両親の借金の返済、自分の食い扶持を稼ぐために、小さな身体に鞭をうち潜りたくもないダンジョンへと足を運ばなければならない。

 

 少女に同情をする者など、ファミリアにはいない。

 むしろ弱いことが罪だ、と言わんばかりに冷遇し、上手く行かなかったときは罵倒し、ときには暴力まで振るわれる。

 その姿を見て咎めるものもいない。手を叩き喜び、ストレスの発散も兼ねて加わる者も存在し、見て見ぬ振りをするリリルカと同じ弱い者もいた。

 

 

 彼らに仲間意識などなかった。

 横の繋がりも、縦の繋がりも、【ソーマ・ファミリア】には存在しない。

 ただ彼らを繋いでいるのは“酒”。主神ソーマより賜る“酒”のみが彼らを共通としているモノであった。

 

 それがどういうわけか。どういう因果か。どういう運命なのか。

 【ソーマ・ファミリア】が集った烏合の衆。上級冒険者からしてみたら取るに足らない下級冒険者、総勢20名が団結して外敵を排除しようと敵意を向けている。

 

 もしかしたら、初めてかもしれない、とリリルカは思う。

 ダンジョンにて他のファミリアと共闘し連携して、モンスターを倒すことはある。だが【ソーマ・ファミリア】の眷族はそんな状況になることなどありえなかった。敵わないと知るや否や、脇目もくれずに逃走を選ぶ。他者との共闘などありえず、冒険などもっとありえない。

 自分の命が第一に行動をしている彼らが、命をかけるなどありえない。

 

 

 故に、保身に塗れた連中にとって、この状況は必然といえる。

 20人と対峙しているのは1人の黒髪黒眼の男。彼らがこうして、一人に敵意を向けているのは、勝利を確信しているからである。

 

 仕方ない。

 何せリリルカを守るように立っている黒髪黒眼の男は一般人。

 “大抗争”にて【暴喰】と【静寂】を打ち破ったと噂はあるものの、それを実際に見ていた者は彼らの中にはいない。【猛者(おうじゃ)】を打ち倒したというのも、本当かどうか怪しいもの。

 加えて、神の恩恵(ファルナ)すらも授かっていない冒険者でもない男だ。モンスターと戦うために心身を強化されている自分達とは違う、なんら恩恵もない一般人が自分達冒険者に敵うわけがないという打算もあり、【ソーマ・ファミリア】の連中は黒髪黒眼の一般時と対峙していた。

 

 彼らは、眼の前の一般人で鬱憤を晴らす事しか考えていなかった。

 精々楽しめ、と男とは言った。ならばその通りにしてやろうと、と。泣いて喚き、身包みを全部剝いて、有り金を全て奪う。その程度の考えしか、彼らは考えていなかった。

 

 

 リリルカも同じであった。

 このままではこの人が痛めつけられる、と。

 得体の知れない男であるが、どうやっても冒険者には敵わないと思っていた。

 

 

 

 だからこそ、だろう。

 今のリリルカは、自身の置かれた現状が信じられなかった――――。

 

 ちょっと揺れるが舌を噛むなよ、と黒髪黒眼の男は言うと、リリルカを軽々と左腕で小脇に抱える。

 そのまま逃げるのだろうか、と少女は思うが大きく裏切られる。なんと一般人の男は、リリルカという荷物を小脇に抱えたまま、逃げるでもなく黒髪黒眼の男は冒険者と対峙していた。

 

 リリルカは理解が出来ないと眼を丸くし、その姿を見た冒険者達は野卑な笑みを浮かべ、馬鹿が、と得物を持ち、余裕の表情を浮かべて黒髪黒眼の男に数人が近付いてくる。

 

 眼を覆いたくなる惨劇。

 その未来が待ち受けることを予想し、反射的にリリルカは眼を閉じる。

 だが――――。

 

 

「眼を開けろ」

 

 

 見上げる。

 件の、黒髪黒眼の男は笑って事もなく告げる。

 

 

「言ったろ。オレの世界の一端を見せてやるって。だから眼を開けろ。絶対に楽しいから――――」

 

 

 同時に、冒険者が片手に持った直剣を振り上げて、黒髪黒眼の男の脳天目掛けて振り下ろす。

 危ない、とリリルカが声を上げるよりも早くに、男は動いていた。

 

 剣が振り下ろされる――――紙一重で避ける。

 斧が追撃に薙いで来る――――それも皮一枚で避ける。

 ナイフが飛んでくる――――器用に指先で摘み受け止め捨てて。

 弓から放たれた矢が飛来する――――篦の辺りを片手で掴み折る。

 

 上体を逸らし、半歩引いて、腰を折り、首だけ動かし。

 皮一枚、紙一重。スリリングを楽しむかのように、わざと当たる直前で避けているかのように、余裕な態度で応戦する。

 

 それが5人、6人、7人と増えようと物の数じゃないと言わんばかりに。

 リリルカが()()()()()()()()()()()の速度に落としながら、彼は回避行動だけを取っていた。

 防ぐだけで精一杯、というわけではない。表情を見ても、必死さなど感じさせないくらい余裕綽々。あまつさえ――――。

 

 

「ははっ」

 

 

 ご機嫌に笑みを零す始末。

 これから鼻歌でも歌ってしまおうか、というくらいご機嫌な調子であった。とても20人規模の敵意を向けられている人間の振る舞いとは思えない。

 

 勿論、この攻防でリリルカが傷つく事はなかった。

 男に攻撃が通じないと判断した冒険者は、敢えて小脇に抱えられたリリルカを狙い、黒髪黒眼の男の動揺を誘おうとする者もいた。

 だがそんな搦め手すら通じないと言わんばかりに、黒髪黒眼の男の動きと判断力は常識を逸脱していた。

 

 自身に迫り来る凶刃をかわしながら、リリルカに迫る凶器にも対応する。

 少女を傷つけないように避けて、気分を悪くさせないように丁重に扱い、揺らすことなく細心の注意を払う。

 

 リリルカだけではない。

 自分が避けたら冒険者に当たるような攻撃すらも、男は刃ではない部分を殴り弾き、自分もリリルカも襲い掛かる冒険者すらも守るようにして立ち回っていた。

 

 全て支配しているのは自分だと誇示しているかのように。

 世界の中心は自分を基点に廻っていると言わんばかりに、何もかもを受け止め、何もかもを避けて、何もかもを守りながら、彼は暴徒と化した冒険者と相対していた。

 

 生かすも殺すも、全ては自分次第。

 黒髪黒眼の男は行動によって語る。

 

 

 目の前で繰り広げられている攻防――――というのも疑わしい状況を前にして、成り行きを見守っていた事の発端であるカヌゥ・ベルウェイは全身から冷や汗を滲ませていた。

 こんな筈ではなかった。イキって正義の味方面をした一般人を蹂躙して、見せしめにし、不相応に歯向かってきた奴隷に教育する。その程度で終わる筈だった。

 

 

 ――何だ、アレは……。

 ――たかが一般人の癖に。

 ――どうして冒険者(おれたち)が手も足も出ねぇ……!?

 

 

 理解が出来ない恐怖。

 カヌゥは一歩、後ろへと下がってしまう。

 このまま逃走しようか、と思った矢先。

 

 

「――――」

 

「あっ……」

 

 

 黒髪黒眼の男が攻撃を避けながらカヌゥを見た。

 

 視線は語る。

 逃げる事など許さない、と。

 カヌゥの考える事など手に取るように解っている、と言わんばかりに黒髪黒眼の怪物はカヌゥへと視線を向けていた。

 

 もう手段など選んでいるときではない。

 それは周囲の冒険者も思っていた事なのか、遠巻きに見ていた冒険者8人が詠唱を始める。

 

 接近戦で話にならないのなら遠距離。

 それも広範囲を攻撃する魔法であれば倒しきれるだろうと。

 例えその結果、同じファミリアである者達を巻き込んだ攻撃だとしても、目の前の黒髪黒眼の怪物を討伐する事が第一優先だと言わんばかりに、詠唱を始めて、それは躊躇もなく放たれた。

 

 接近戦を挑んでいた7人は、自分達を餌とし、もろとも殺そうとしていると気付くも遅い。

 手を止めて、振り返り、魔法によって生み出された雷を前に立ち尽くしてしまった。

 

 

「――――いいや、それはダメだろ」

 

 

 黒髪黒眼の怪物はそう呟き、7人の前に立つ姿はまるで守るよう。そのまま迫り来る雷の魔法を見据えて、空拳である右手の指を曲げて鳴らし、爪で引き裂くようにして薙ぐ。

 

 瞬間、バチッ、と雷は消えるが、怪物の手からは鮮血が飛び散った。

 決して軽傷ではない。右手は切り傷があり、血管が切れているのか、血液が流れ落ちる。それでも、リリルカに返り血はついていない。それが当然であると言わんばかりに確認することなく、黒髪黒眼の怪物は呆れた口調で、魔法を放った8人に向かって。

 

 

「それはダメだろ。仲間を犠牲にしても、そんなものでオレは死なないぞ」

 

 

 そのまま振り返り続ける。

 

 

「オマエ達もさ、オレと戦ってるつもりなら足を止めるな。もっと頑張れ。常に動き回れよ」

 

 

 化物。

 誰かがそう呟いた。

 近接戦闘を仕掛けていた連中は各々持っていた得物を下げ、詠唱を唱え放った者達もそれ以上紡がれる事はない。

 

 喜劇は終幕した。

 黒髪黒眼の怪物――――アルマ・エーベルバッハはそう判断すると、大きく地面を蹴り【ソーマ・ファミリア】の連中から距離を開ける。

 

 格付けは終わった。

 連中は折れて、アルマは超然と君臨する。

 これ以上の力の行使は無駄であり、それこそ弱いもの虐めになってしまうと、小脇に抱えていたリリルカをそっと下ろした。

 

 それにしても、とアルマは改めて連中の顔を見て。

 

 

「見てみろよ」

 

 

 目線をリリルカに合わせるように腰を落として、血が滴っている右手で先程まで対峙していた連中を指差して。

 

 

「酷い顔だ」

 

「……っ」

 

 

 見てみると、確かに。

 呼吸を荒げて呼吸をしている者もいれば、青い顔をしながらアルマを見る者も居る。脂汗が滲み出ており、とてもではないが平静を保っている人間などいなかった。

 それは先程まで、リリルカに横柄な態度を取っていたカヌゥも同じ。蛇に睨まれたカエルのように、彼は震えて一歩も動けない様子。

 

 呼吸一つ乱さず、衣服に汗一つ滲ませていない、アルマとは対照的な姿。

 

 それがあまりにも滑稽に見えて――――。

 

 

「――――ふふっ」

 

 

 リリルカは小さく笑みを零してしまった。

 数分前まで、自分に暴力を振るっていた男とは思えない姿。弱い者が強い者に食われるのは当然、と豪語していた人物とは思えない。しかも、カヌゥよりも強い化物は無闇に力を振るったわけではない。ただ攻撃が当たらないように立ち回っただけ。たったそれだけで、冒険者が一般人に解らされてしまっていた。

 

 心が晴れ、胸がすく思いであった。

 アレだけ怖かった冒険者が、リリルカの眼には、小さなモノに見える。

 

 

「おっ、いいぞ。やっと嗤ったな」

 

 

 視線をリリルカに合わせたまま満面の笑みで、ご機嫌な調子でアルマは続ける。

 

 

「これがオレの世界だ。自分が中心になって世界を廻すって意味が理解できたか?」

 

「はい。でも……」

 

 

 確かにこのような事が出来れば楽しいのだろう。

 我を通すための力があり、それだけの力があれば、男からして見たら物事は酷く簡単に見えるに違いない。それこそ世界がツマラナイものであるのかもしれない。

 

 だが生憎、リリルカはその心境には至れない。

 彼のように出鱈目な膂力があるわけでもないし、優れた判断力を有しているわけでもない。能力など平均的な子供よりも劣る。

 絶対に楽しい、と彼は言った。嘘偽りはなかった。きっと彼は手加減していたに違いない。加減して、リリルカに理解が及ぶ範囲で、楽しいと思える程度の速度に落とし、今までの攻撃に対して応対していたに違いない。

 今まで虐げてきたカヌゥの滑稽な姿も見た。確かに楽しかった。だがそれは――――。

 

 

「やっぱり、リリは貴方みたいに、リリから見た世界を自分のモノって言い切れません。世界を廻すとかもっと無理です。リリは貴方みたいになれません」

 

「ん、当たり前だろ。オマエはオレにはなれないよ。オレより弱いんだから」

 

 

 当たり前のことを当たり前のように告げて、アルマは続ける。

 

 

「というか、オレみたいになる必要なんてないだろう。オマエはオマエなりに、世界を廻せばいい」

 

「リリ、なりにですか?」

 

 

 男は、そうだ、と力強く頷いて。

 

 

「オレはオマエみたいに要領良く下準備なんて出来ないしな。ナイフで殺しきれないための毒とか、本当に良く思いついたな?」

 

「……リリは力がないので、道具に頼ろうと思ったんです」

 

「うん、それでいいと思うぞ」

 

 

 そういうと、アルマは立ち上がる。

 陰鬱な墓地とは思えないくらい清清しく、快活な調子で続けて。

 

 

「オマエはオマエのやり方で世界をモノにすればいい。言いたい事もわかる。ムカつくことばかりだし、こんな世界滅んじまった方がいいと思うときもある」

 

 

 リリルカの全ての憤りを肯定した上で、アルマは続ける。

 

 

「でも楽しかったろ? 実際、嗤えただろアイツら?」

 

「それは、はい。面白かったです」

 

 

 嘘ではない。

 笑ったのはいつ振りだったか思い出せないほど、久しぶりであったことをリリルカは思い出す。いいや、もしかしたら物心がついたときから、自分は笑えていたなかったのかもしれない。だって笑ったら、周りにいる連中は面白くないのか、暴力を振るってくるから。

 だから笑わなかった。笑えなかった。一生笑えないと思った。

 

 でも彼は、目の前の怪物のような一般人は。いとも簡単に、リリルカに笑い方を教えてみせた。

 

 

「だったら、嗤え。大いに嗤えよ、リリルカ・アーデ。つまらないモノばかりだからこそ、この世を面白くしてやれ。諦めて絶望するにはまだ早いぞ?」

 

「――――――――――」

 

 

 居丈高に、ウッハハハハ! と笑みを零す男を、リリルカは見上げる。

 

 痛くて辛くて苦しくて、痛いことばかり。

 楽しい事など一つもなかった。 ここが終着点だと思った。カヌゥに一矢報いて、ここで自分の人生は終わると少女は思っていた。

 だが事もなさげに。いとも簡単に。怪物のような一般人は、それは違うと、否定する。これからだ、と。むしろこれからが本当に楽しい事であると。これからもっともっともっと――――楽しい事がリリルカを待っていると。怪物のような一般人は言う。

 

 否定したかった。

 これ以上生きていても、辛い事しか待っていないと、リリルカは断じたかった。

 

 でも出来なかった。

 根拠もない自信を持つ、規格外なるアルマという男が、否定する事を許さなかった。

 

 

「よーし、いいぞ。わかった、証明してみせよう」

 

「――っ、何をするんですか?」

 

「決まってる。またオマエを嗤わせてやるのさ」

 

 

 そういうと、アルマは放置していた連中を、血だらけの右手で指差して。

 

 

「オマエ達、ソーマってやつのところに案内しろ――――」

                「――――あと、身包み全部置いてけ。パンツも脱げよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、状況はわかった」

 

 

 豊饒の女主人にて、そう呟いたのはメイド服を着た女性――――アルフィアであった。

 

 彼女がこうして豊饒の女主人に顔を出すのは珍しくもない。

 アルマと一緒に訪れて、食事を共するのは良くあることでもある。もちろん、会計は別。良く食べるアルマの面倒を見るわけがなく、彼女は彼女で会計を済ましている。

 

 アルフィアがここに訪れたのは食事をする為じゃない。

 もっと別の理由。それは昨夜、眼にした真相を確かめに来たわけだが。

 

 

「クズがゴミになってないようで何よりだ」

 

「本人から聞いた方が速かったろうに……」

 

 

 呆れた口調で呟いたのはミア・グランドだ。

 

 アルフィアが目にしたのは、年端もいかない少女を連れ回していた――――ように見えたアルマの姿。いかがわしいことをしていたものなら、全力を以て命を摘み取らせようとしていたのだが、アルマ達が最後に入ったのが豊饒の女主人。それから暫くすると、少女は飛び出して、アルマも後から出て“バベル”へと向かうのを見て、現在に至る。

 

 彼女がここに居るのは、昨夜何が起きたのか、ミアに聞く為だ。

 

 事のあらましも把握した。

 朝早くからアルマの姿が見えないということは、単身で向かったのだろう、とアルフィアは推理する。

 

 

「しかし、【ソーマ・ファミリア】か。良い話しを聞かないねぇ」

 

「木端な連中ばかりと聞いた事があるな」

 

 

 アルフィアも冒険者だった者だが、【ソーマ・ファミリア】の情報は詳しくは知らなかった。彼女からして見たら、取るに足らない者達ばかり。それこそ先程言ったように、木端程度としか認識していない。

 

 尊大な物言いであるが、ミアは否定はしない。

 苦笑を浮かべて、咎める事もなく口を開いた。

 

 

「まぁ、アルマなら大丈夫だろう。どうせ何とかするだろうさ」

 

「……それはどうかな」

 

「ん?」

 

 

 楽観的な態度でいるミアと違い、アルフィアは対照的な物言いであった。

 訝しむ表情で、ミアは問いを投げる。

 

 

「それはどういう意味だい?」

 

「アイツは阿呆だ」

 

「知ってるよ」

 

「そして馬鹿だ」

 

「うん、それも知ってる」

 

「…………」

 

「悪かったって、目を閉じながら睨むんじゃないよ。もう茶々入れないからさ」

 

 

 悪いと思ってるなら最初からするな、とアルフィアは言うと続ける。

 

 

「忌々しいが、アイツは強い。認めたくないが、生半可な冒険者が徒党を組もうと、アイツは一蹴することだろう」

 

「アンタとザルドでも勝てなかったんだろ?」

 

「一度は倒したさ。だが直ぐに生き返ってきた」

 

 

 ミアの耳に聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、敢えて無視することにする。

 ここで話しを折ったものなら、アルフィアは機嫌が悪くなり、へそを曲げられると思ったからだ。

 

 アルフィアは続けて言う。

 

 

「アイツは強い。だからこそ油断する。自分ならばどんな事をされても対応できるという過剰な自信が、致命的な弱点となる」

 

 

 きっとそれが、アルマ・エーベルバッハが自らに課した縛りと言うものなのだろう。

 少しでも自分が楽しめるように。蹂躙するだけじゃつまらないから、対等な勝負を演じたいが故に、意図的かそれとも無意識か。アルマは自分の力をセーブする悪癖がある。

 

 忌々しい、とアルフィアは舌打ちをすると。

 

 

「アイツがもし負けるとしたら、強い者ではない。自分よりも遥かに弱い者だ。玉砕覚悟の特攻に足元を掬われる可能性が高い」

 

「ってことは何かい。【ソーマ・ファミリア】の連中に負ける可能性があると?」

 

 

 然り、とアルフィアは頷く。

 ミアはその姿を見て、ため息を吐いて。

 

 

「なるほど、つまりアンタは心配していると」

 

「してない」

 

「少しは素直になったらどうだい?」

 

 

 要するに彼女は気に入らないのだ。

 自分を置いていき、一人で片をつけようとしているアルマが気に入らないのだ。

 

 一言あってもいいだろうに、と彼女は思うが口が裂けても言えない。むしろ少しは怪我でもしてくればいいのに、とさえ思う。

 

 と、ここで厨房から。

 

 

「ミャーそういうの知ってるニャ! ツンデレっていうのニャ」

 

「――――――――」

 

「ニャ――――――!?」

 

 

 無言で、何も言わずに、口を閉じ、目を閉じ。

 アルフィアは厨房を睨みつける。そこから悲鳴が聞こえるが知った事ではない。歴戦の元冒険者は、か弱い従業員にすら容赦がないのだ。

 

 

「余計な事を言ったうちの子も悪いけどね。アンタも殺気出すんじゃないよ大人気ない」

 

「…………」

 

 

 謝罪はない。

 わかりやすく拗ねるアルフィアにミアは笑みを零して。

 

 

「まぁ、直ぐに帰ってくるさ。そのときに文句の一つでも言ってやりな」

 

「ふん」

 

 

 へそを曲げてしまったアルフィアを見て、どうやって機嫌を直してもらおうか考えるミアの耳に楽しげな声が聞こえた。

 それは外から。男と少女の会話である。

 

 

「うっははははは! 大量大量! さすが冒険者。身包みを売っただけでも、金になるとは思わなかったな」

「はい。でもいいんですか? リリが全部貰っても……?」

「良いに決まってるだろう、子供の癖に遠慮するな。アイツらに虐められてたしなオマエ。オレはソーマから酒貰ったし。話せばわかるヤツだった」

「でも大丈夫なんですか? 【ソーマ・ファミリア】の名声、地に落ちましたよ?」

「全裸でオラリオ徘徊させたからな。アレは変態だな」

「やったの貴方ですけどね」

「でもスカっとしたろ?」

「はいっ!!」

「うおっ、ここに来て良い笑顔。オマエ実は腹黒い?」

「そんなわけないですよ。ししししっ」

「嗤い方汚っ」

 

 

 そうして、豊饒の女主人に入ってくる。

 楽しげな会話をしながら入ってくる男と少女。黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハはアルフィアの姿を見ると。

 

 

「なんだ、アルフィア。ここに居たのか」

 

「……なんだ?」

 

 

 不機嫌な彼女なんて知った事ではないと言わんばかりに、ご機嫌な笑みを浮かべてアルマは言う。

 

 

「従業員が増えたぞ、リリルカ・アーデだ。仲良くやれよ」

 

「――――――――は?」

 

 

 

 

 

 

 





 ▼従業員が増えた
 ▼ソーマと親しくなった
 ▼酒を貰った
 ▼アルフィアの苦労が増えた
 ▼ふれいや「従業員。その手があったのね」
 ▼オッタル「ダメです」



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