とある日の午後。
何でも屋を営むアルマ・エーベルバッハが住まうあばら家にて、絶叫が響き渡った。
叫びというより、不満が爆発したような。
怒鳴り声といよりも、悲痛なる現実に憤るような。
兎にも角にも、状況に満足が出来ない少女の声が響き渡る。
「全っ然!! 駄目ですっ!!!」
その声の主は
むきーっと地団太を踏みかねないほどの声と態度で、小さな身体いっぱい使って自身の感情を表現する少女を見て、アルマの後ろで控えるアルフィアは何事か考えて、
「何事だ?」
「何事だ、じゃありませんよっ!!」
「えっ? あっ、う、うむ。すまん?」
あまりのキレっぷり。
思わず反射的に謝ったのはいいものの、どうして自分が謝らないとならないんだ、と首を傾げるアルフィアを余所に、椅子に腰掛けてテーブルに足を乗せたアルマは興味津々と言った調子でリリルカに問う。
「なんだ、なんだ? 随分と元気だな。何か良い事でもあったのか?」
「元気にでもなりますよっ!! 社長聞いてくださいっ!」
「おぉ、何でも聞くぞ。……いいや、待て」
アルマは少しだけ考える。
あごに手を当てて、テーブルから足を下ろし、いかにも思案するポーズを決めて、脳内でありとあらゆる計算を行い思考を超絶回転させていく。
リリルカが元気な理由。
それは良いことがあったからに違いない。
しかしそれは何か。
賭博で大勝ちした――――違う。何よりも連れて行こうとした瞬間アルフィアに止められたから。
歓楽街に連れて行こうとした―ー――違う。これもアルフィアに止められた。
豊饒の女主人にて食事を取った――――それは別に良い事でもない。
ならば何が少女の身に起きたのか。
少女の年齢、性別、性格、ありとあらゆる可能性を考慮し、思考速度を速めていく。
そして、ハッ、と顔を上げた。
なるほど、と。我、天啓を得たり、といったしたり顔でしみじみとした口調で。
「そういうことか」
「社長?」
「いいや、オレが悪かった。デリカシーってやつが足りなかったようだ」
ばっ、と立ち上がり背後に立っているアルフィアに命じてアルマは続けて言う。
「出掛ける準備だ! 朝廷で聞いた事があるぞ。女の身にこういうことが起きたときは、お赤飯を食うのが文化なんだろう?」
「社長、何を言ってるんですか?」
「良い事あったんだろ? オマエくらいの歳の女で良い事があったて言うと、そういうことなんだろ?
「良い事があったなんて一言も言ってません。それよりも何故にお赤飯? お祝い?」
「落ち着けクズ」
ぴしゃり、と冷たく言い放つアルフィアはアルマに向かって言う。
「私の見立てでは、リリルカは
「なんと」
そういうとアルマは着席する。
それから、ふむ、と少しだけ考えて。
「それじゃ何でオマエはあんな元気だったの?」
「それを言おうとしてたんですけどねっ!!」
リリルカは再び、むきー、っと身体いっぱいに不満を露にしていく。
無理もない。何でも言えと言っておいて中途半端に遮られ、自身のわからない理由でお祝いだとはしゃがれ、違うと解ると理不尽に問いを投げられる。
そんな無茶苦茶なことをされた従業員は怒ってもいいだろう。
使われる立場といっても、戦わないとならない状況がある。それが今であると、リリルカは決意を胸に。
「社長は商売する気あるんですか!?」
「む?」
何を言うかと思えば、とアルマは首傾げて。
「勿論、あるに決まってるだろう」
「それじゃ聞きますが!」
ばん、と両手をテーブルに叩きつける。
リリルカの小さな手から繰り出される衝撃といえど、アルマが自作したテーブルを揺らすには充分だったようで、グラグラと頼りなく振動していた。
アルマは涼しい顔で受け止めているが、アルフィアは只事ではないと改めて認識をする。
アルフィアから見たリリルカ・アーデという少女は歳相応とは言えないほど大人びている。このように感情を爆発させる事などあまりなく、大人であるアルフィアにすら気を使う程度には回りも見えている。
この男がまた何かやったのか、と疑念をアルマに向けて、アルフィアは静観する事を決めて二人のやり取りを見守る事にした。
「先日の依頼内容を社長の口から言ってください! まさか忘れてませんよね?」
「久しぶりだったしな、覚えてるぞ。確かばーさんの話し相手になるヤツだったよな?」
「そうです! 正確には
「アレほど無駄話はなかったよなー。同じ事何度も話してくるの。それがどうした?」
「報酬はおいくらでしたか?」
「それは1ヴァリスだが」
「1! ヴァリス! 一日中話し相手になって! たったの1ヴァリスですよっ! 誰が報酬内容決めたんですか?」
「オレだが」
「それです! 一日中ですよ一日中! 1ヴァリスじゃ割に合わないでしょう!」
「いや、相手はばーさんだぞ? 流石に気が引けるんだが?」
「いいんですよ。リリが調べた限りでは、あのおばあさん蓄えてます」
「誠に?」
「はい。しかも悪どい商売をして稼いだ物です。間違いありません。ギルドの裏も取れてます」
「間違えたな。もっとボれば良かったか」
「そうです。もっと高額を吹っかけてやれば良かったんですよ」
「鬼かお前達」
そこで漸く静観していたアルフィアが口を挟む。
悪どい商売をして儲かったヴァリスを蓄えているとはいえ、相手は老婆である。しかも同じことを何度も話すといった耄碌しているであろう高年齢。そんな相手になんてことを言うのか、と柄にもなくアルフィアは思ってしまった。それくらい、今の二人は悪かった。
しかしそんな終わった事よりも、アルマはリリルカに感心するように、一度頷いて。
「でも良く調べたな。オマエ、実は頭が良いのでは?」
「いいえ、そんなこと、ありませんよ?」
過去の境遇から褒められ慣れてないのか、顔を赤くさせてチラチラっと視線を泳がせてアルマを見る。落ち着かないといった様子だ。指をモジモジと合わせて、出来る事ならもっと言ってほしいと態度で訴えているのが何度もいじらしい。
アルマは満面の笑みで、そんなリリルカの頭を撫でる。
良くやったと、優しくも力強く、リリルカの調査への労いと、自身が出来る精一杯の報酬として、リリルカの頭を撫でていた。
少女は甘んじてそれを受け入れる。
眼を細めて、生まれて初めての体験に酔いしれ、えへへと笑みを零す。
そこで――――。
「おい」
一声。
リリルカはびくっ、と身体を震わせて、声のした方へと見上げる先はアルフィア。
彼女の表情は読めない。
目を閉じて、声は冷静な物。
もしかしたら、余計な真似をするなと叱られるかもしれない、とリリルカは思うが。
「アルフィア、ヤバいぞ。コイツもしかしたら秀才かもしれない」
「たわけ。秀才なものか」
アルフィアはそのまま続ける。
冷静な声で、感情が読み取れない雰囲気を纏ったまま。大真面目な態度と口調で。
「――――天才だ」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げるリリルカを余所に、アルフィアとアルマは勝手に話を進める。
「貴様と違い、この子は天才だ。要領が良く、眼の付け所が違う。ふむ、天才だろうな」
「べた褒めだな。オマエって子供好きだっけ?」
「別に好きではない。私は事実を口にしただけに過ぎん」
「そうか?」
「そうだ」
腑に落ちない、といった調子で首を傾げるアルマに対して、アルフィアは超然と立ち何事もなかったように応対してみせる。
アルフィアの本心はどうであれ、リリルカは内心ホッとしていた。
怒られると思ったのだが、褒められるとは思わなかった。
――アルフィアさんって、リリが思っているよりも良い人なのかもしれません。
――それに何だかんだ言っても、社長の後ろから離れません。
――優しい人、なのかも……?
「いいえ、誤魔化されませんよ!?」
撫でられている状況から脱するために、後ろへと飛び退いた。
どこか名残惜しさも感じるが、リリルカはグッと堪える。それよりも解決しなければならない議題がある故に。
もっと撫でてほしかったという欲求を胸にしまいこみ、深く息を吐いてリリルカは己の考えを口にしていた。
「商売とは、覚えてもらう事が大事です」
依頼が来る来ない以前に、それが問題であった。
アルマが営む何でも屋。それも文字通りの意味であり、それ以上でもそれ以下でもない。
オラリオ内では知名度が低い。
それにはアルマという規格外な噂から、アルフィアという物騒な存在を抱えていることも原因の一つであるが、もっと致命的な理由がる。
リリルカはアルマを指差して問いを投げる。
「社長、ここのお名前を聞いてもいいですか?」
「ん? “何でも屋さん”だが?」
「それです!!」
「お?」
何がだ、といまいち要領の得ないアルマに対して、リリルカは持論を口にする。
「やはり名前を付けるべきです」
「別に必要ないだろう」
なぁ、とアルフィアに話しを振るが、彼女の反応はアルマの求めていたモノではなかった。
首を横に振る。つまりはアルマの言葉を否定し、リリルカの言い分を肯定するモノ。
対するリリルカは、ありがとうとざいます、とアルフィアに感謝を述べて。
「名前は大事ですよ社長」
「そういうもんか?」
「そういうものです。では聞きますが、社長は名前も知らない人間を信用できますか?」
「いいや、出来ないな」
迷うことなく、アルマは断言する。
周りの人間――――ではないが、むしろ神であるが胡散臭い男神が約一名いる。昔から知っていることもあって、辛うじて信用しているが、もし仮に彼の名前すら知らないものなら間違いなく信用していなかった筈だ。
出し抜かれても自分ならどうにか出来るが、とぼんやりと考えながら、アルマの返答に満足した様子のリリルカは続けて言う。
「商売は信用されてやっと成り立つ商い。それは人も同じなのです。名前もない存在を信用なんて出来ますか?」
「確かに」
そういう意味ではリリルカの言うとおり、名前は重要である事をアルマは認める。
依頼されて、それを達成し、信用されて、また頼まれる。
商売とはその連続だ。ともなれば名前とは重要である。名前すら知らない存在に頼むわけがなく、何よりも怪しさ抜群というもの。
恐らく、リリルカはオラリオに点在する市場を観察し、勉強していたに違いない。
どうすれば“何でも屋さん”を繁盛させる事ができるか、幼い身でありながら、学んでいたに違いない。過去の依頼と帳簿を見て、今一番必要な事を考えた末のモノが名前を付けることだったのだろう。
「やはり天才じゃないか? 撫でてやろうか?」
「いいえ、それは後でたくさん。いっぱいナデナデしてください」
それよりも、と言葉を区切り。
「今は皆で名前を考えましょう」
それから数十分後。
うんうん、と頭を捻る三人の姿。
このまま一日が過ぎる――――訳もなく。
「はい」
「はい」
アルマとアルフィアは手を上げた。
どうやら思いついたようである。
リリルカはどこか満足気だ。
自分の提案した事を真面目に考えている二人が嬉しいのだろう。
少女は上機嫌な調子で、片手の掌を向けて、発言を促す。
「はい。それでは社長からお願いします」
「“何でも屋ライオン・ゴリラ・クジラ”」
「――――」
絶句。
冗談――――という訳ではないようだ。
何よりもアルマにふざけた調子はない。むしろ大真面目に、採用されると信じて疑ってない視線をリリルカに向けている。
こうなると頼みの綱はアルフィアだ。
彼女であればまともな名前を出してくれると一抹の望みをかけて。
「アルフィアさんは……」
「“何でも屋死屍累々”」
「気は確かですか!?」
深く深く、それはもうリリルカの幼い少女が吐き出すとは思えないため息を吐いた。
この二人の感性はどうなっているのだろう、と思っているとリリルカが思っていると、二人は口を開く。
「貴様、何だその名前はふざけてるのか?」
「いいや、強そうでいいだろう。それよりもオマエこそなんだそれ? 物騒だろ。どこで育ってきたんだよ?」
「【ヘラ・ファミリア】だが?」
「……やっべ、納得したオレがいるぞ。そうだったな。オマエはアイツの眷族だった」
「どっちもどっちです」
困った。
この二人、思ったよりもセンスがない、とリリルカは天を仰いだ。
しかしそれで少女に手を差し伸ばすほど、世界は甘くない。第一、そんなものリリルカが一番良く知っている。
ならばどうするか。
簡単である。自分の手で打開するしかない。自分なりのやり方で、世界を廻していくしかないことを、少女はアルマから学んでいる。
視線を二人に戻して、リリルカは口を開く。
「名前って、シンプルの方がいいとリリは思います……」
「っていうと、“何でも屋ライオン”?」
「そうじゃないです」
「……“何でも屋骸”」
「アルフィアさんは物騒な発想から離れてください」
呆れ気味に言うと、アルマは不満そうな口調で。
「それじゃリリルカは何かあるのか?」
「……フフフ、良くぞ聞いてくれました」
実はその言葉を待っていた。
二人のセンスが思ったよりも壊滅的で残念なモノであったから圧倒されていたが、リリルカはその言葉を待っていた。
満を持して。
リリルカは小さな身体をいっぱいに使い、両手を広げて自信満々に告げる。
「“何でも屋エーベルバッハ”! どうですか、これにしましょう社長!」
ふふん、と胸を張るリリルカであった。
エーベルバッハ。
つまりはアルマ・エーベルバッハの名。
リリルカの頭にはそれしか選択肢がなかった。自分を救った恩人。その名をオラリオ中に広げる。いつしかオラリオに住まう民も、果ては極東に住まう住民も、彼を頼り偉大な人物としてあがめる事だろう。
その願いも込めて、リリルカは何でも屋の名前をエーベルバッハにしたかった。一見ダメ人間だが、いざとなれば頼りになる。そんな彼を皆に知ってもらうために。
そんな願いとは裏腹に。
どういうわけか、二人の反応は薄い。むしろ少しだけ考えて、アルマは口を開ける。
「長くないか?」
「えー……?」
自分の名前なのに、まさかそこで難色を示されるとは予想していなかったリリルカは唖然と口を開く。
そんな少女を余所に、アルマは別案を口にしていた。
「“何でも屋アルフィア”――――は、ダメだな。何か妖しい店に聞こえる」
「殺すぞ」
「もっと具体的に言うと、歓楽街にありそう」
「殺す」
その一声と共に、アルフィアから死角より放たれた拳骨を、首だけ動かす最小限な動作だけで避けて。
「“何でも屋アーデ”でいいだろう。オマエの発案だし」
「へ?」
唖然としていたリリルカに、妙な言葉が入ってきた。
聞き間違いか、とリリルカは疑いも、アルフィアの言葉に現実である事が告げられる。
「異論はない。貴様の名前を使うよりも何倍もマシだ。いいや、比べるのすらリリルカに無礼か」
「決まりだな」
苛立ちを募らせながら睨むアルフィアの視線を涼しげに受けて、アルマは満足そうに頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
待った、と。
このまま話しが進むのは良くないとリリルカは止めに入った。
あまりにも予想外な話しの展開に困惑しながら、リリルカは慌てた調子で言う。
「リリの名前を使うよりも、社長のお名前を使った方がいいです! 社長の何でも屋なんですから!」
「それならオマエの名前でもいいだろう。うちの従業員でもあるんだし」
それに、と言葉を区切り。
「想像してみろ。世界に見向きもされなかったオマエの名前が、オラリオ中に知れ渡るんだぞ? 助けてくれって、人が来るんだぞ? 面白くないか? いいや、面白いだろう。オレもそっちの方がやる気が出る」
「――――――――」
言葉を失った。
アルマが同じようなことを考えていたのもそうだが、何よりも自分の名を広げる事よりも、リリルカの名をオラリオ中に響き渡らせた方が良いと断言したのだ。
自分の名声よりも、他人から称えられるよりも、そんなことよりもリリルカ・アーデという少女が有名になった方が痛快である、と。規格外の黒髪黒眼の怪物は事も簡単に断言してみせる。
それが嬉しくて、大事にされているようで、何よりも――――必要とされているようで、少女は嬉しかった。
リリルカは笑みを浮かべて。
「しししっ、そうですね。それは楽しそうですねっ」
「うおっ、嗤い方汚っ」
何はともあれ、名前はここに決まった。
“何でも屋アーデ”。名前すらなかった、アルマの趣味の産物でしかなかったモノがここで形を成す――――。
『エーベルバッハァァァァ!!!』
ここで水を差す冒険者が一人。
怒号にも似た絶叫が響く。
リリルカはビクッと身を竦ませて、リリルカの反応を見たアルフィアはその冒険者に殺気を向けて、アルマは声の主が誰なのか理解した上で笑みを浮かべて。
「ベートか。良いタイミングで来たな」
折角名前が決まったのだ。
祝賀会がしたかったことだが、生憎ヴァリスがない。そんな中、鴨がネギを背負ってきた現状に、アルマは笑みを深めていく。
考えるのは、金目のモノがあるか、場所は豊饒の女主人でいいか、折角だしソーマも呼ぶか、なんてことを考えて意気揚々と立ち上がると。
「おい」
「ん?」
振り返る。
アルフィアは近付き耳打ちするようにして、小さな声で。
「
いつもの。
つまりは気絶させて金目のモノを物色し、戦利品として奪っていくアレ。
アルマは訝しむような表情を浮かべて、アルフィアと同じく小さな声で。
「何でよ? ベートに気を使ってるのか?」
「あんな小僧などどうでもいい」
ただ、と言葉を区切り。
「教育に良くない。リリルカに悪影響を与えたら貴様どうするつもりだ」
「あー、なるほど……?」
Q 何でリリはアルフィアを様付けしないの?
A そういう処世術を身に着く前に黒いのに雇われたので。身内にはさん付け。客には様付けします。
>>何でも屋アーデ
社長:アルマ・エーベルバッハ
会計:リリルカ・アーデ
教育係:アルフィア
アットホームな職場です。
給料もしっかり払われます。払われないと社長が怒られるので。
仕事内容も社長が決めます。ムカつくヤツからの依頼とか普通に拒否する事があります。夜になると社長が歓楽街とかに連れて行ってくれます。アットホームな職場です。
▼アルフィア「いいか、リリルカ。身体に違和感を覚えたら直ぐに私に言うんだぞ」
▼リリルカ「は、はい。わかりました。お赤飯と関係があるんですか?」
▼アルマ「何だアイツお母さんか?」@気絶したベートを背負いながら
▼【ロキ・ファミリア】のところへベートを再配達
▼悪戯の神は悪感を覚えた。嫌な予感がするぞ。