ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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 これにて炊き出しシリーズ(?)は終了です


第14話 炊き出しって食べ放題ってこと? ③

 

 とある一室。

 埃一つもなく、汚れ一つもなく、潔白のような清潔感を保った一室。【アストレア・ファミリア】のホームである一室。木造で造られた温かみのある部屋の一室にて、主である彼女は憂い顔で部屋の中央に設置されたソファーに座り込んでいた。

 

 日差しが彼女の顔を照らす。

 その光景は絵画のよう。有り体に言えば、絵になるよう。

 白い肌、両肩が出るようなつくりの白いドレス。長い胡桃色の頭髪で、悩ましくため息を吐く彼女は人とは違う存在。つまりは超越存在(デウスデア)と称される女神であった。

 

 女神は窓の外へと眼を向ける。

 彼女の心の中とは裏腹に、空に雲一つもなく、青空が広がっていた。

 外からは賑やかな喧騒が聞こえてくる。活気がある声ばかり、何よりも子供たちの笑い声があるのが、女神にとっては一番喜ばしい物だった。

 

 二年前とは違う。

 オラリオが絶望に墜ちた日。

 忘れもしない、()()()()()が引き起こした“大抗争”。

 オラリオの街は破壊の限りを尽くされ、死体が瓦礫の下に埋もれ、怪我人が休まずに掘り起こす。凄惨に凄惨を重ね、悲劇に悲劇が積まれていた、正に地獄のような有様。

 

 それと比べたら平和そのもの。

 笑い声など上げるものはおらず、すすり泣く声が聞こえ、冒険者を非難する怒声が響き渡っていた日々に比べたら。いいや比べるべくもなく、今のオラリオは平和そのものであった。

 何よりも子供が笑える日々が、それが証拠であると女神は思う。

 

 オラリオに住まう人間。

 今の平和の光景は、何の力も持たない住民、神の恩恵(ファルナ)を授かっていた冒険者、神々も含め、皆が皆で助け合い手を取り合い勝ち取ったモノであった。

 

 しかし代償は大きかった。

 人によって価値観が違うように、物事の思考が違うように、人の数だけ悲劇があった。

 

 それは大きな力を持つ規格外――――アルマ・エーベルバッハもそうであった。

 そして、それをもたらしたのは女神――――アストレア本人。

 

 

 ――きっと、彼は私を恨んでいるに違いない。

 ――だって、()を終わらせたのは私だもの。

 

 

 アルマにとって、アストレアが彼と称した()は親であった。兄であったし、友であり、家族であった。

 アストレアは彼らが一緒に居る姿は見たことがなかった。だが想像は出来る。赤子であったアルマを拾い育て、多感な時期の少年時代でも共にあったくらいの仲だ。自分の知らない()をアルマがよく知っているは安易に想像が出来るし、そんな関係であった()を送還させた自分は恨まれるのが道理であると彼女は理解している。

 

 受け入れていると言っても良い。

 どのような罵詈雑言も浴びせられる覚悟があり、どのような仕打ちをされようとも構わなかった。

 だとしても――――怖かった。

 

 アルマという人間がではない。

 他人から恨まれるという事実が、アストレアは心の底から恐ろしかった。

 今までそんな経験したことがない。神々からもそんな眼で向けられた事はなく、ましてや人間からも差し向けられたことなどない。

 

 明確な憎悪。

 今まで生きてきて、正義と秩序を司る女神であるアストレアにとって、それは滑稽なほど無縁なものであった。

 しかしここに来て、無縁であった概念と向き合わなければならない。

 

 

「でも、そうよね。逃げてばかりいられないわ……」

 

 

 ぱん、と両頬をはたいて気合を入れる。

 普段の穏かな彼女とは思えない、勇ましい仕草。彼女の眷族達は炊き出しに赴いており、誰も何事かと疑問に思う人間はいなかった。

 

 

 ――怖いけど、凄く怖いけど。

 ――()()に頼まれたことだもの。

 ――私が彼と向き合わないと。

 

 

「あの子を頼む、ってお願いされたのは私だもの。だったら、ちゃんとしなくちゃ」

                      「そうよね、“――――”?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【デメテル・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の共同で行なわれている炊き出しも、終盤に差し掛かっていた。

 特に大きな事件が起きる事もなく平和そのもの。途中【大和竜胆】と【静寂】が殺し合いになりかけて、何故か始まってしまった料理対決が起きた以外に大きな事件もなかった。

 

 彼女達がどうして争っていたのかは、一般人は知らない。

 先の“大抗争”をある程度知っている冒険者であれば、彼女達の仲が険悪なのもある程度の理解があり。

 彼女達ともう一人の関係を知っている極限られた者達からしてみれば、そうなるな、と諦念するというもの。

 

 その中で、問題であったもう一人――――アルマ・エーベルバッハといえば。

 

 

「くぁ……」

 

 

 あくびをしながら、片手にナイフを持ちひたすら食材を切り刻んでいた。

 その手付きは驚く程慣れた手付き。食材と向き合い、何十年も下積みをしてきて、やっと自分の店を出し繁盛し始めたシェフのように、流麗に一つ一つの動作が理に適っているような手付きで、食材を切っていく。

 しかも全て同じ切り口ではない。

 ある野菜に対して短冊切りに、ある果実に対してくし形切りに、その料理の用途に合わせて食材の形をカットしていく。

 

 あまつさえ。

 

 

「金髪エルフ、それは輪切りじゃない。拍子木切りにしろって」

 

「えっ、ひょ、拍子木切り?」

 

 

 隣で同じように食材を切っていたリュー・リオンに対して指摘する程度には余裕がある。

 指摘された張本人は、えっ、と混乱しながらおずおずと。

 

 

「すみません、拍子木切りとは……?」

 

「ふっふっふ、私が教えてあげましょう」

 

 

 大きなかごを両手に抱えて持っていたアリーゼ・ローヴェルは地において、リューからナイフを借りると見事な形で食材を切断していく。

 

 

「す、凄いですアリーゼ」

 

「これくらい朝飯前よっ。ファミリアが出来て間もない頃なんて、私とアストレア様で変わりばんこで料理してたんだからね!」

 

 

 はっはっは、と居丈高に笑いながら、視線をアルマに向けて意外そうな口調で言う。

 

 

「意外なのはアルマくんよ。君って料理出来たのね?」

 

「ん? あぁ」

 

 

 いきなり話しを振られたアルマはナイフで食材を切りながら。

 

 

「オレの親代わりのヤツが何も出来ないヤツだったからな。努力して覚えた。っていうか、切ってるだけで良く料理が出来るって解ったな?」

 

「魚とか上手く三枚に下ろしてたし、手付きが料理できる人のそれだったから」

 

「……アリーゼってアレか。もしかして、周りのヤツの事を良く視れるヤツだったのか」

 

「勿論よっ! 何を隠そう、私は気遣いの達人! おまけに顔が良いなんて、天は二物を与えるとはこのことねっ!」

 

「ははーん、解ったぞ。自分で言うとかオマエ、実はヤバイ奴だろ? 駄目だぞ。そんな無駄に自信がある奴は禄でもないって相場が決まってる」

 

「貴方が言うなって奴ねっ!」

 

 

 うははは、と笑う自由人二人にリューは思わず頭を抱える。

 先程までアルマのことを【抑止力(ジョーカー)】君と呼んでいたにも関わらず、今ではアルマくん呼び。アルマもアリーゼと親しげに呼んでいる現状。

 

 リューも薄々勘付いていた。しかし、認めたくなかった。認めたら苦労が二割増しに増えるような錯覚を覚えていたから。極力気にしないように、意識しないようにしていた。

 だがここに来て、嫌が応にも理解してしまった。もしかして、いいや絶対に、この二人は――――波長が合っている、と。

 

 つまりは振り回す側。

 ボケ倒してくる無敵の存在。誰かがツッコミを入れないと、話しが進まない悪夢を見ることになるという現実。

 

 

 ――ライラ……は駄目だ。

 ――彼の従業員の小人族(パルゥム)に何やらよくないことを吹き込んでいる雰囲気だ。

 ――輝夜はもっと良くない。

 ――殺意を込めながら【静寂】と料理対決している。

 ――料理に込めるのは愛情って言われていた筈なのに。

 ――他の団員は……見てみぬフリをしている!?

 

 

 そっぽを向かれ、軽くショックを受けるリューだが手を差し伸べる者はいない。

 任せた、と言わんばかりに申し訳なく笑みを浮かべる者、こっちに面倒を押し付けるなと見て見ぬフリをする者。頑張ってリオン、と心の中で謝罪をしてひたすら配膳する者。

 反応は人それぞれ。千差万別のものであるが、共通として言えることはリューに全て押し付けるというもの。

 

 

「むむ、アレは……?」

 

 

 問題の赤いの。

 アリーゼは眼を細めて、遠くのモノを見るように身を乗り出し、それが何者なのか解ると花の咲いたような笑顔で。

 

 

「おじ様! ガレスのおじ様だわー!」

 

 

 やっほー! と、元気良く駆け出した。もちろん、片手にはナイフ。衝動的に駆られて【ロキ・ファミリア】の重鎮であるガレス・ランドロックに走り寄る。

 それに対してリューは慌てながら。

 

 

「【重傑(エルガルム)】をおじ様!? いや、その前に待ってくださいアリーゼ! せめて、ナイフ! ナイフを置いていきなさい!」

 

 

 律儀に、すみません、とアルマに一礼をすると、リューはその二つ名の如く疾く風のような速度でアリーゼに追随する。

 残されたアルマは特に呆気に取られる事もなく、片手を振って見送って一言。

 

 

「アイツも大変だなー」

 

「でもそれが、彼女の長所ともいえるね」

 

 

 入れ替わるように、柔和な笑みを浮かべてアルマに話しかける。

 その人物は小人族(パルゥム)。小さな体躯に似合わず、威厳と誠実さを兼ね揃っている雰囲気を纏っている。

 

 突如話しかけられたアルマは大した驚く様子もなく、よう、と気安い口調で。

 

 

「なんだフィン、オマエも来てたのか」

 

 

 やぁ、と一言呟きフィン・ディムナは笑みを浮かべたまま。

 

 

「警護も兼ねてね。【ロキ・ファミリア】も協力させて貰っているのさ」

 

「ベートは?」

 

「彼は今頃、迷宮(ダンジョン)だろう。君を倒すと燃えていたよ」

 

「やる気充分なのはいいが、顔が見れないのはちょっと残念だ。アイツ面白いから」

 

 

 本人が聞けば怒髪天を衝くのは目に見えているな、とフィンは苦笑を以て応じた。

 しかし同時に、嫌味ではなく、下に見えているわけもなく、アルマは本気でそう思っており、ベートに対して好印象なのは真実なのだろうと理解していた。

 

 アルマは首を傾げて不思議そうな口調で。

 

 

「オマエは迷宮(ダンジョン)行かなくていいのか?」

 

 

 あぁ、と言葉を区切りフィンは笑みを浮かべて。

 

 

「君が居ると聞いてね、こっちに来る事にしたんだ」

 

 

 それは建前であった。

 フィンがここに来た本音は違うところにある。

 

 いつも通り。

 建前と本心を使いこなして、人格者として勇者然としたフィン・ディムナの顔で応じる。

 

 対するアルマは。

 

 

「ふーん」

 

 

 と、呟いただけ。

 その声色からは何も読み取れない。不快感を覚えたとも、失望したともとれない、ただただ興味がないかのような気のない返事であった。

 

 

「……どうしたんだい?」

 

「別に」

 

 

 それだけ言うとアルマは続けて言う。

 

 

「大変そうだな、って」

 

「それはどういう――――」

 

 

 意味なのか、と問う前にアルマは口を開いた。

 

 

「そのままの意味だ。オレの前くらいでは楽にしろよ。疲れないかソレ?」

 

「―――――――っ」

 

 

 思わずフィンは言葉を失う。

 見抜かれた、と。眼を見開き、アルマを見上げる。

 

 アルマは特に怒ることもなく、不服に思っていることもなく、ただひたすらにフィンの身を案じているかのようであった。

 

 彼は暗に語っている。

 自分と話すときくらい、建前と本音を使い分けるのをやめろと。

 “勇者”という仮面を捨てて、ただの“フィン・ディムナ”に戻れと、アルマは語っていた。特に政略的な意図などない、ただ単純に常日頃から仮面被り続けるのは疲れるから、という単純な理由でしかなかった。

 

 アルマは朗々とした口調で続ける。

 

 

「オマエが何でそんな()()()()なのか知らないし、聞かないけどさ。友達(オレ)の前でくらいは普通にしてていいんじゃないか? オマエの本心がどんなでも、今更驚かないぞオレは」

 

 

 特殊性癖持っていたら面白いけどな、と笑みを浮かべて。

 

 

「オマエの弱みとか握ったところで、オレには必要がないし。必要がないくらい、オレは強いわけなんだが。まぁ、何だ。自分で言うのは若干照れるな?」

 

 

 な? と同意を求める姿があまりにも滑稽で、今更何を言っているのかとフィンは笑みが零れた。

 

 きっとこれが、他のファミリアの人間ならば、ありがとう、と返して態度が変わることはなかっただろう。

 しかしアルマは違う。彼は冒険者でもなければ、どこのファミリアにも所属しているわけでもない。かといって、フィンの本心を聞いたところで回りに言いふらすことなどしないだろう。

 

 する必要がない。

 余裕のある人間はそんなことする必要がないのだから。

 

 アルマ・エーベルバッハと言う人間は規格外の人間だ。

 同時に、その特異性故にどうしても眷族の物語(ファミリア・ミィス)に入り込めない部外者でもある。

 

 そんな人間に、仮面を被って勇者として接しても意味がなかった。

 仮面など、必要がなかった。

 

 

「まずは謝罪を」

 

 

 フィンは頭を下げて。

 

 

「君を見縊っていた。不誠実であったと事を詫びたい。友人となり監視し、僕の目的のためにあわよくば君を利用しようと考えていた」

 

「おぉ、ぶっちゃけたなー?」

 

 

 アルマは特に驚く様子もない。

 何となく察していたかのような声色で、ケラケラと面白おかしく笑い応じた。

 

 フィンは顔を上げて片手を出して。

 

 

「僕はそんな男だ。いつだって打算的に動いている。こんな僕だけど、友達になってくれるかい?」

 

「いいよ。オマエみたいな腹黒い奴とはそれなりに縁があるしなオレ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「知っての通り、君がいたから来たわけじゃない」

 

「いきなり本音か」

 

「楽にしろと言ったのは君じゃないか」

 

 

 もう容赦しないように、気を使う必要がなくなた友人に振舞うような声色で、フィンは続けて言う。

 

 

「【アストレア・ファミリア】と【ルドラ・ファミリア】の抗争が激しくなっていると聞いてね。様子を見に来たんだ」

 

「【ルドラ・ファミリア】ってアレか。闇派閥(イヴィルス)のヤツか」

 

 

 アルマが知っていることが意外そうに、フィンは不思議そうな口調で。

 

 

「知ってたのかい?」

 

「ヘルメスから聞いた。っていうか、なんで驚いてるんだ?」

 

「興味がないと思ってたんだよ」

 

 

 だが考えてみれば、アルマは闇派閥(イヴィルス)と癒着があると疑惑をかけられているファミリアの周辺で目撃される事が多かった。

 例えば、歓楽街を根城としている【イシュタル・ファミリア】に赴いていたり。例えば、従業員の小人族(パルゥム)が【ソーマ・ファミリア】であったりと、闇派閥(イヴィルス)に興味がないと思えない行動を取っていた。

 

 

「神ヘルメスから他に聞いていないかい?」

 

「さぁ? アイツも色々と考えてるみたいだぞ」

 

「色々って?」

 

「オレに嫌なことをさせようとしたりだ。神としてのアイツは嫌いだなオレ。性格は面白くて良い奴なんだが」

 

 

 うははは、と笑みを浮かべるアルマに対して、性格は良い奴だが神としては嫌い、と言うフィンは苦笑を持って応じる。

 フィンが知らないだけで、彼らの関係は気安い仲なのかもしれないが、もっと言い方があるだろうと考え直ぐに無駄であるとフィンは悟る。何せ相手はアルマ・エーベルバッハだ。選ぶ言葉など持ち合わせておらず、自分の思ったことをそのまま口にするだろうという謎の信頼感がある。

 歯に衣着せぬ。人によっては不快感を覚えるモノであるが、気持ちよく聞けるのはアルマだからだろう、とフィンは断じて。

 

 

「出来れば君も彼女達を気に掛けてくれないか? 僕一人じゃ限界はあるし、何か嫌な予感がする」

 

「いいぞ。フィンの予感ってヤツを信じるよ」

 

「助かる」

 

 

 そこまで言うと、そうだ、とフィンは思い出したように。

 

 

「ヴィトーという男に心当たりあるかい?」

 

「知らないな。誰だそれ?」

 

「“大抗争”で厄介だった冒険者さ。闇派閥(イヴィルス)を率いていた邪神の唯一の眷族だった。ずっと行方知れずだったが、君を聞いて回っているらしい」

 

「……その邪神の名前は?」

 

「邪神の名前は――――」

 

 

 

 

 

 






 ▼ガレス「儂、殺されると思ったぞ」
 ▼リュー「アリーゼが悪い」
 ▼【大和竜胆】と【静寂】の料理対決に盛り上がっている
 ▼アルマとフィンは何時飲みに行くか話している。
 ▼それを後から聞いたロキとリヴェリアが頭を抱える。

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