ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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第17話 【顔無し】

 

 

 

 アレからソーマと別れ、“豊饒の女主人”を後にしたアルマは、オラリオ内にある木造建築の家屋の前に立っていた。

 外観は二階建てでレンガ屋根。オラリオではどこにでもありふれた一軒家。

 

 しかしどこか妙に感じたのか、アルマは腕を組み、首を傾げる。

 

 

 依頼があったので、ここまでやって来たのは良い。

 直接のやり取りではなく、手紙があばら屋に投函されていたのも良い。

 手紙に記載されていた場所と、目の前の家屋が一致しているのも良い。

 指定された時刻も、指定された場所も、何もかも間違いはなかった。

 だがどういうわけか――――目の前の家の中から人の気配が感じられない。

 

 不気味なほど静かで、不思議なほど物音せずに、不可解なほど家の中は暗闇に包まれている。

 

 しかしアルマに動揺はない。

 彼にとってこんなことは初めてではない。

 こうして手紙で依頼されて、悪戯だったのかすっぽかされたことなど数知れず、依頼主に会えても禄でもない依頼ばかり。

 今回もそうであろうと、どこか諦めた眼差しで、目の前の家屋に意識を向ける。

 

 

 ――前はアレだ。

 ――殺しの依頼だったな。

 ――もちろん、断ったが。

 ――面倒だったから、アルフィア達には黙ってたっけ。

 ――何でも屋って言っても限度がある。

 ――……いいや、待てよ。

 

 

 思い当たる節はあった。

 感じていた視線。監視されているような、見張られているような、観察されているような視線を、アルマは感じていた。

 それが顕著になっていたのは、数日前のこと。アルフィア達が旅行に発つ前、アイズ・ヴァレンシュタインが特訓に来たとき辺りだ。

 

 フィンが気をつけるように言っていた人物。

 アルマのことを聞いて回っていた人間。

 かつて()()の眷族であった冒険者。

 

 

「タイミング的にはバッチリだな」

 

 

 仕掛けるのならここだろう、とアルマは納得する。

 何せ今の彼は一人。アルマとは違う意味の怪物、“才禍の怪物”たるアルフィアは傍に居らず、知恵が回り盤上を俯瞰して視る事が出来るリリルカ・アーデもいない。 

 盤上の駒は彼一人。これほど扱いやすい状況はない。アルマ・エーベルバッハが如何に規格外といえど、彼一人では出来る事など限られている、と邪神の眷族だった男はそう判断したのだろう。

 

 つまりは、アルマは侮られていた。

 アルフィアがいては手を出せず、アルマ一人であればどうとでもなると、断じられていた事となる。

 

 屈辱、と言うつもりはない。

 侮辱、と憤るつもりもない。

 恥辱、と煮え滾る事もない。

 

 ただアルマは笑みを浮かべる。その笑みはまるで、新しい玩具を買ってもらった子供のよう。

 問題の眷族がどのような手で来るのか、どのような策を弄してくるのか、どのような手練手管で自分をどうにかするのか、アルマはそれだけにしか興味がなかった。

 

 

「鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 

 アルマとしては、どちらでも構わなかった。

 先の“大抗争”以来、軽い運動すらもしていない。これでは身体も錆付き、鈍るというモノ。偶には思いっきり身体を動かし、発散したいアルマとしては、どちらが出ても構わなかった。むしろ鬼と蛇、二つ一辺に出てもいいと考えながら。

 

 

 念のため、アルマは常識的な行動に移す。

 軽くノックするが、勿論と言うべきか返答はない。

 

 最低限の礼儀は払った。

 あとは非常識な手段を用いるのみである。

 

 

 

 

 

 

 

「開けゴマ」

 

 

 鍵はかかっていない。

 木製の扉は何の抵抗もなく、合言葉など必要ともせずに、開ける事ができた。

 

 ギィ、と軋みを上げてドアが開く。

 内装も変哲のないモノ。木製の壁、家具のない居間、明かりが灯っていない視界、そして――――床に転がっている一つの()()か。

 

 

「…………」

 

 

 ()()が何なのか。

 アルマは正しく認識するも、特に動揺はしなかった。

 ただ、久しぶりに視たと。どうして()()がここに転がっているのか、と。その意味が解らなかった。

 

 一瞥して、アルマは二階へと向かう。

 頼りなく軋みを上げる階段を上がる。二階には一つしか部屋がなかった。そして転がるのは一階にあった()()と同じ塊。その数は三つ。

 

 一つは、椅子に座りながら。

 一つは、床の上に転がり。

 一つは、窓の傍で。

 

 そのどれもが“終わって”いた。

 人間であった()()は何も言わぬ肉塊で、死体となりその辺りに転がっている。損傷はあれど、一階にあった()()と合わせて、共通して言えることは、鋭利なもので斬られた上での失血死。

 

 凶器はナイフか、それとも剣か、斧と言う可能性もある。

 

 

「…………」

 

 

 死体を見るのなんて、久しぶりであった。

 アルマは過去に殺人を犯した事実はないものの、以前に関わった事件、あるいは“大抗争”にて何度か死体を眼にしたことがある。

 

 動揺する事無く、物言わぬ死体を眼にし、噎せ返るほどの血臭を嗅ぎ分ける。

 

 

「流石に動揺しませんね」

 

 

 そこで声が聞こえた。

 いつの間にそこにいたのか、それとも最初からそこにいたのか。

 暗闇から人影が現れた。その声は男の声、姿も中肉中背の男の姿。胡散臭い笑みを浮かべた赤毛の男は続けて言う。

 

 

「もう少し取り乱した方が、可愛げがあると思うのですがね?」

 

「これをやったのはオマエか?」

 

 

 対するアルマは無視するように、床に転がっている一体の死体を指差して問いを投げる。

 赤毛の男はくつくつと喉を鳴らし、楽しくてたまらないといった調子で返す。

 

 

「そうだ、と言ったらどうしますか?」

 

「別に? オレは正義の味方ってわけでもないし、聖人でもないしな。オレの知り合いに手を出さない限り、見逃してやるさ」

 

 

 それに、と言葉を区切り。

 

 

「転がってるコイツらも冒険者だろ? もしオマエが殺ったとしたら、大したもんだ。複数を相手取って、圧倒しているんだからな」

 

 

 さも当然のように、アルマは口にする。

 

 確かに、アルマの言うとおり、今となっては物言わぬ連中の全員が冒険者であった。しかしそれは不可解だ。

 彼がここに足を踏み入れて間もない。現状を正確に知りもしない筈であるし、転がっている肉塊達とは初対面である。

 だというのに、彼は死体は冒険者であるとい切り、そして見事に当てて見せた。

 

 赤毛の男は息を呑む。

 出方を視るつもりが、まさか自分自身が動揺させられるとは思ってもみなかった。

 

 表情は薄ら笑いを張り付かせて、されど心情は乱れたまま、赤毛の男は口を開く。

 

 

「どうして、彼らが冒険者だと?」

 

「どうしてって、見ればわかるだろ」

 

 

 退屈そうな口調で、アルマは続けて。

 

 

「分厚くて、タコが出来ては潰れての繰り返したような手をしている。大小はあれど細かい傷が身体にあるし、筋肉のつき方も農夫のそれじゃない。まだあるが、まぁアレだ。どう考えても一般人じゃないだろコイツら」

 

「……こんな暗闇で良く見えますね」

 

 

 赤毛の男の言うとおり、明かりと言えば空から照らされる月明かりのみ。

 しかし、それも光源として機能しておらず、赤毛の男から見たらアルマの顔もぼんやりとしか見えない。それは目の前の黒髪黒眼の男も同じであると、先程までは思っていた。

 

 だが違った。自分達のような人間と、そもそも基本性能が違うかのような。神々とは違う、一段階上のような存在と相対しているような感覚。

 ぞくり、と。憂さ寒い怖気を感じる。初めて赤毛の男は、アルマ・エーベルバッハという存在の規格外さを身に染みる事となった。

 

 反してアルマは気楽な口調で。

 事も何気に、さも当然と言った調子で。

 

 

「それはオマエ、オレが視えるとオレを信じたからだ。知っての通り、オレは何でも出来るからな――――」

 

 

 それから言葉が続く事はなかった。

 

 誰がどう見ても、アルマは油断していた。

 それを見逃すほど、赤毛の男は悠長な性格ではなかったようだ。

 

 最短距離で、最高速度で、最適解で、いつの間にか手にしていた両刃の直剣を手にした赤毛の男は駆け出す。

 振りかぶる素振りはない。最小限の動きで対照を仕留める動き。つまりは刺突。脇に構え、そのまま突き出す形で、アルマの胸の真ん中――――心臓を目掛け突く。

 

 如何に計り知れない者でも、急所は同じである。

 心臓があるのなら、そこを止めてしまえば生命活動も止まるというもの。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 だが――――寸前のところで、剣先が動かなくなった。

 身体に突き刺したからではない。アルマが止めていたからだ。それも片手の指先で、モノをつまむように軽く、赤毛の男の必殺の勢いで繰り出された刺突を、指の力だけで止めていた。

 

 

「それで、オマエは、何だ?」

 

 

 そのまま何もなかったように怪物は会話を続ける。

 引けども押せどもビクともしない。まるで万力に挟まれたように、一切ブレることなく動かなかった。

 

 突き出された凶器を指で挟み止める、といった妙な光景のままアルマは続ける。

 

 

「オマエがオレに手紙で依頼してきたのは解っている。オレを監視してたのも解っている。オレの事を聞いて回っていた事もオマエだってことも解っている」

 

「……っ」

 

 

 何もかもバレていた。

 もはや赤毛の男は笑みと言う仮面を被っていなかった。

 

 ただただ目の前の規格外に対して慄く。

 全てを見透かすような、眼で赤毛の男を視ている。全ての闇を暗い尽くすよう安黒色の眼。

 眼を合わせた者の魂を暗い尽くすかのような、まるで本性を表したような、黒いナニかは笑いながら。

 

 

「で、改めて聞くんだが――――()()()の元眷族がオレに何の用なんだ?」

 

「……私もまだまだのようです。そこまで把握されていましたか」

 

「気にするな。オレの友達に、凄い賢いヤツが居てな。オマエの事は全部教えてもらった。アイツがもう少しバカなら、“オレの敵”になったんだが」

 

 

 本当に惜しい、と言いながら指先から剣先を放した。

 あまりにもあっさり。自分を殺しうる凶器を開放してしまう。

 

 不思議と馬鹿にされているとは思えなかった。

 ここで再び奇襲をしかけようとも、簡単に防がれてしまう事は、先のやり取りで赤毛の男も理解している。

 

 納得せざるを得ない。

 これこそが強者の余裕であり、アルマ・エーベルバッハの絶対的な自信の根源であるのだと。

 

 

「なるほど、よく解りました。()()()()が後を託したのも納得致します」

 

「…………」

 

 

 そこまで呟くと、赤毛の男はアルマから一定の距離を開けた。

 一歩、また一歩と後ずさる。とはいっても、一息に詰められる距離。

 

 

「置いてかれた私、託された貴方。えぇ、良く解りましたとも。私と貴方ではモノが違う。欠陥品などよりも、完成品を寵愛するのも道理と言えましょう!」

 

「おいおい、どうした。嗤えよ元眷族。仮面剥がれてるぞ?」

 

 

 そういうアルマは笑みを浮かべているが、眼は全く笑っていなかった。

 彼の邪神、と赤毛の男が口に出した瞬間、感じ取れた攻撃性を敏感に察知する。赤毛の男が憤り、侮蔑しきり、嘲笑を交えて、彼の邪神を嘲っている事をアルマは読み取っていた。

 

 

「全く、()()()は面倒ばかり押し付ける。オマエみたいなヤツを処理するのがオレの仕事であるわけだが、後片付けする身にもなってほしいもんだ。な?」

 

「おや、見逃してもらえないので?」

 

「あぁ、オマエはここでおしまいだ。諦める方が楽だしオススメなんだが」

 

「それは困りました。これが絶体絶命と言うやつでしょうね」

 

 

 そうは言っても、赤毛の男の口調は仰々しいモノ。

 どういうわけか、先程よりも目に見えて余裕が出てきている。

 

 胸騒ぎがするが、アルマは特に焦る素振りはない。

 何故ならそれがアルマ・エーベルバッハだからだ。何が起きても、自分ならばどうとでも出来るという絶対的な自身を持つ故に常に余裕を保っている。

 しかし――――。

 

 

「対峙して理解しました、貴方はお強い。だからこそ、小細工など使わずに真正面からやって来てくれた。弱者の駆け引きすらも歯牙にかけず――――!」

 

「――――――――」

 

 

 気配があった。

 何者かが大慌てで、アルマと赤毛の男が居る家屋に侵入してくる。

 足取りは素人そのもの。冒険者や暗殺者といった戦闘に特化した者のそれではないことを、アルマは察知する。

 

 

「ずっと観察してきました貴方を。どうすればいいか、どうやればいいか、ずっと考えてきました。貴方が一人になるのを待ち、無駄に冒険者達を殺し、この惨劇を演出させて頂きました。実力行使が駄目なら二の矢にて。私、用心深い性質でして」

 

「と、いうと?」

 

「貴方はお強い。だからこそ――――油断し慢心する」

 

 

 アルマはどのような状況でも、どうとでもする。彼自身の特異なる実力故に、どうとでもしてしまう。

 だからこそ、直ぐに行動しなかった。赤毛の男の出方を視て、どのような行動をするのか、興味があったから彼は直ぐに手を出さなかった。

 それこそが、アルマの悪癖。アルマの致命的な弱点。強者故の心の隙。

 

 もう少しアルマが弱かったのなら、絶対的な力がなかったのなら、強いと言っても圧倒的なモノではなかったのなら、赤毛の男を直ぐに制圧していたのなら――――このような事態にはならなかっただろう。

 

 

「な、何やってるんだアンタら!?」

 

 

 アルマは振り返る。

 ヒゲを蓄えた中年の男性が叫んでいた。

 

 中年の男はアルマを見て、赤毛の男を見て、床に転がっている肉塊に眼を向けて、眼を見開き口を何度もパクつかせ。

 

 

 ――なるほど。

 ――しくじった。

 

 

 既に遅かった。

 赤毛の男はコレを待っていたと言わんばかりに笑みを深めて、悲痛な叫びを上げていた。

 

 

「た、助けてください! 襲われてるんです! お願いします、助けてください!!」

 

 

 ひぃ、と中年の男は小さく悲鳴を上げて、その場で腰を抜かしていた。

 狼狽している中年の男に何を伝えても無駄であるほど冷静ではない事が見て取れる。赤毛の男を見ても、部屋の隅で怯えている。

 

 これでは誰がどう見ても、この惨劇を起こしたのはアルマであった。

 この状況は偶然ではない。最初の刺突で駄目だったときの保険がこれなのだろう。つまり、アルマは赤毛の男にこれでもかと言うほど見事に嵌められたということになる。

 

 

「やられた」

 

 

 一言呟き、アルマは窓際まで歩き。

 部屋の隅で震えている演技を継続している赤毛の男に向かって。

 

 

「やるな、オマエ。正直ぐうの音も出ない」

 

「ひぃ!?」

 

「オマエの面、覚えたぞ。また会おうやヴィトー何某とやら。オマエの目的とかいまいちわかってないから、次に会ったとき聞くわ」

 

 

 鋭い破裂音が鳴り響き、窓のガラスが粉々に砕け散った。

 裏拳一発で砕かれた窓から、アルマは身を乗り出し、逃走を選んでいた。

 

 それを認めた赤毛の男――――ヴィトーはピタリと演技とを止めて立ち上がり。

 

 

「知恵が回るようですね。逆上して私を殺したものなら、それこそ貴方は終わりだったのですが」

 

 

 思い通りにならないものです、と呟きヴィトーは部屋を出た。残されたのは、腰を抜かし恐怖のあまり気絶している中年男性のみ。

 

 

 

 そして次の日――――男が迷宮都市オラリオにて指名手配されることとなる。

 容疑は冒険者4名の殺害。あまりにも異例な速度による手配。

 

 

 犯人の名前は――――アルマ・エーベルバッハ。

 

 

 

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