リュー・リオンは難しい顔をしながら、その場を行ったり来たりを繰り返していた。
彼女がいるのは【アストレア・ファミリア】の
何とも穏かではない。
何故なら彼女は武装している。まるでそのままダンジョンに赴きそうな出で立ちで、例え突如として
正に戦闘態勢。先の“大抗争”のように、神経を張り巡らせて、些細な物音のにも反応してしまうほど、彼女は敏感に警戒していた。
それを見ている【アストレア・ファミリア】団長であるアリーゼは対照的に、これまた暢気に笑いながら。
「リオン、ちょっと落ち着きなさいって」
「無理です」
リューは食い気味に、アリーゼの言葉を遮るようにして。
「彼への疑いは晴れていない。アストレア様に何か合ったらどうするつもりですか?」
「大丈夫だと思うわ」
「根拠は?」
「そんなものは……ないっ! 私の勘よっ!」
胸を張り堂々と。自分の言葉を信じて疑わないように、アリーゼは言い切ってみせる。
深く深く、それはもう深く。リューは溜息を吐くが無理もないだろう。
いつもは謎の安心感があり、そうかもしれない、という説得力があるアリーゼの自信満々な直感も、今となってはまったくそうは思えなかった。
先の四人の冒険者が犠牲となった殺人事件。
その容疑者が彼女達の主神であるアストレアと対面している。
勿論、リューは反対した。得体の知れない輩、容疑も晴れてない容疑者を、どうして対面させることが出来るのか、と。
何ともまともな反応である。第三者が聞いても、リューの反応は間違っていない。
しかしアストレアは違うようで。
首を横に振り、リューの進言を否定し困ったような笑みで言うのだ――――大丈夫だから、と。
そう言われてしまっては、リューも口を閉ざすしかなかった。
頼みの綱でも合ったアリーゼもアストレアの言葉に同意する現状。そうなってはリューもこうして完全武装で、
得体の知れない男が相手であろうと、主神を守りきるという意志を、リューは宿したまま待機していた。
「もうちょっと力を抜きなさいって。リオンは考えすぎなのよ」
「どこがですか。何か合っては遅い。アリーゼは暢気すぎです」
「それじゃ聞くけど、リオンは彼が殺しとかする人だと思う?」
「それは……」
押し黙り、リューは考える。
思い出すのは問題の男の言動。
笑えば可愛いのに、と軽薄な事を口にし。
何か合ってもオレが何とかする、と無駄な自信を持ち。
いつの間にかアリーゼと仲が良くなっていた社交性。
何でも屋という商いをしほぼ無償ともよべる価格で、住民の助けをしている男。
思えばそれくらいしか解らなかった。
彼が何を思い、どのような性格で、何を行動理念としているのか、リューは全く解らない。
だとしても――――。
「解りません。ただ……」
「ただ?」
「……信じたい、とは思います」
そう、信じたい。
恩人の二人。アリーゼとアストレアが信じているのだ。ならば裏切ってほしくはない。彼女達の信用や信頼を無下にしてほしくない。それがリューの本音である。
アリーゼは、そう、と満足そうに頷き。
「なら信じましょう。大丈夫大丈夫、何となくだけど」
「……根拠がない自信だ」
「それが私だもの」
「えぇ、それがアリーゼだ。でもそれはそれ、これはこれ。私は警戒し続けます」
「オーウ、
真面目なのがリオンだものね、とアリーゼはそういいながら笑みを浮かべた。
対するリューも、当然です、と頷く。
団長が楽天的なのだ。
せめて自分だけでも警戒しなければならない、とリューは気を引き締める。
そこへ――――。
「……何してるんだ?」
現れたのは二人の女性。
問いを投げた
ライラは珍妙なモノを見るように完全武装をしたリューを見ている。
先程の問いも、どうして街中で、武装をしているのかと言う意味なのだろう。
アリーゼはそんな問いに答えることもなく、ライラに向かって手を振り。
「お帰り二人とも。街はどんな様子?」
「どんなもなにも、何でも屋の指名手配で話題で持ちきりだ。というか――――」
ライラはそこで言葉を区切り、黙っている輝夜へ眼を細め睨みつけながら。
「この狂犬がキレだして禄に話しを聞けなかった」
「……反省している」
ポツリと弱々しく、消え入りそうな声で、輝夜は口を開く。
それに疑問を覚えるのはリューだった。首を傾げて、不思議そうに、輝夜に問いを投げた。
「何故、輝夜が怒り出したのですか?」
「……五月蝿い」
「今も怒ってますか?」
「黙れ、五月蝿い、馬鹿エルフ」
何やら珍しい光景だった。
二人が言い争いをしているのは日常的なものであるが、リューが攻める側に回っているのは見たことがない。いつもは輝夜の言動に言い返せずに、リューが言い負けるのがいつもの光景であるが、今は違うようだ。
リューも悪気があるわけではなく、本当に疑問に思っているから聞いているだけということもあり、輝夜も強く出られないのだろう。
アリーゼはニヤニヤと笑みを浮かべて。
「それは当然よ。何せ惚れている人が――――」
「団長――――!」
「ちょ、はやっ」
それからアリーゼは口を開く事はなかった。
何せ物理的に黙らされている。もっと厳密に言うと、視認できない速度でアリーゼに近寄り、そのまま片手でアイアンクロー。力がそこまであるわけでもないのに、片手で持ち上げている。恋する乙女は強いというのだろうか。
いだだだだだ、ギブギブッ!! と悲鳴を上げるアリーゼであるが、輝夜は手を緩める気はないのか、そのまま顔を真っ赤にしながら。
ライラはその光景を見て、呆れた口調で。
「それで、リオンは何でそんな格好してるんだ?」
「それよりも輝夜が怒った理由というのは?」
「お前にはまだ早ぇ」
「ライラ、それはどういう――――」
「いいから」
「????」
腑に落ちないといった調子で、納得できないまま、釈然としない調子でリューはライラの問いに答えた。
「彼が、ここにいます」
「彼って、まさか」
「はい。アルマ・エーベルバッハがここにいます」
それを聞いていた輝夜はギギギ、と油の差してないブリキ人形のようにぎこちなく、リューの方を見て一言。
「誠に……?」
「お茶です」
「かたじけない」
二人の男女がいるのは【アストレア・ファミリア】の
長い机を中心とし、挟んで設置されたソファーに対面するように、二人は腰掛けている。
女性が淹れたお茶を差し出され、男性はそれを受け取り一口飲んで。
「うまっ」
「お口に合って何よりだわ」
女性はクスクスと笑みを浮かべて。
「確か玉露、って名前だったかしら」
「知ってるぞそれ。確か極東の飲み物だろ?」
「えぇ、輝夜が用意してくれたの」
「へぇ、いい趣味しているな。その輝夜ってヤツは」
ズズッ、と音を立てて男性は飲む。
対する女性――――女神アストレアはどこか腑に落ちない様子で首を傾げていた。
まるで輝夜っという名を知らないように、初めて口にしたようにしている男性に、どこか違和感を覚えていた。
アストレアは一つの疑念に辿り着き、恐る恐る口にする。
「貴方の助けた子なのだけど……」
「助けた? オレが? いつだ?」
やっぱり知らなかった。
うーん、と頭を捻り何とか思い出そうとしている男を見て、アストレアは苦笑を浮かべて。
「アルフィアと戦ってたときって言ってたわ」
「んー、覚えがないな。何だ、オレ助けたのか。そんなカッコいいことしてたのか」
「えぇ、本当にカッコよかったって言ってたわ。本当にありがとう。私の子を助けてくれて」
「別にいいよ。偶々だったしな」
しかし、と言葉を区切り黒眼黒髪の男――――アルマ・エーベルバッハは呆れた口調で。
「アンタも無用心が過ぎないか?」
「えっ、何故?」
「何故って、オレは冒険者を四人殺した容疑者ってことになってるんだぞ。そんな男と二人っきりとか、ありえるか普通?」
数十分前、ロイマンとの
アリーゼは兎も角、リューはその場に控えるつもりだと思ったのだが、どうやらそうではないよう。
侮られている、という訳ではないのだろう。
先程のアストレアの言葉通りならば、アルマがアルフィアと対峙しながら、彼女の眷族の一人を守りきったことは聞いている筈だ。
ともなれば、アルマと言う人間がどれほどの武力を持っているかも把握しているはず。なのに理解している上で、神と言えど何の力も持ってない女神が、今や殺人の容疑をかけられているアルマとこうして対面している。
アルマからして見たら無用心と言う他なかった。
対するアストレアは笑みを浮かべている。
馬鹿にした嘲笑ではない。本当に可笑しく堪えきれないように、可愛らしい笑みを浮かべて。
「だって、何もしてないのでしょう?」
「いや、まぁ、そうだが……」
事実、何もしてない。
アルマが殺人が起きた民家に足を踏み入れたときには、既に終わっていたし、真犯人であるヴィトーという男にもアルマは会っている。
だとしても、それはアルマだけが知り得ている真実。
他の人間は、ましてや神には解らない。神に嘘は通じないと言っても、対峙するまで見破れることはない。彼女は先の問答まで、アルマが何もしてない事を知らなかった。
調子が狂う。
全面的に信用されている事に、アルマは居心地が悪そうに、後頭部をぽりぽりと掻く。
褒められてない子供が照れ隠しをするような仕草。
アストレアは視線を落とし、どこか気まずそうにしながら。
「
「――――――」
彼、つまりはアルマの言うところの
それを踏まえても、やはりアストレアという女神は無用心であり、底抜けのお人好しである。
アルマと
「――――アンタが、ヘルメスの言ってた女神か」
「ヘルメスが?」
「あぁ。前に
そう、と言葉を区切り、真っ直ぐにアストレアはアルマに視線を向ける。
眼を逸らさずに、己の罪と向き合う罪人のように、罰を受け入れる受刑者のように、彼女は意を決して口を開く。
「私は貴方の親でもあり、友でもあり、兄でもあった彼を――――エレボスを送還しました」
「……そうか」
ポツリと呟き、アルマは続けて言う。
「アイツ、何か言ってたか?」
「……後は頼む、と」
「やっぱりそうか」
はぁ、とアルマは深く溜息を吐いた。
予想はしていた。どうせ長い口上など垂れる事はないと思っていた。思っていた通りの言葉を、アルマに託していた。
驚きはしない。
顔を上げて天井を見上げて、ここにはいないエレボスと言う男の顔を思い浮かべ、睨みつけながら。
「面倒事は全部オレだ。昔からそうだ。あの元引き篭もりは」
「えっ、あの」
困惑するのはアストレアである。
てっきり恨み言、罵詈雑言、殺意や殺気を向けられると思っていた。
何せアルマにとってエレボスは親同然である。彼が行なった行為は、褒められた事ではない。当然だ。どのような理由があろうと、彼が悪として為した事は覆りようがない事実。
それでも、アルマがアストレアを恨まない理由にはならない。
アストレアの行為が正義だとしても、エレボスの蹂躙が悪だとしても、残された者にとって――――アルマにはそんなものは関係ない。アストレアはそう思っていた。
しかしアルマの反応は想像していたモノと違った。
エレボスという神がどれほどだらしないか、まるで愚痴を零すように続けて言う。
「本当に後先考えないヤツなんだよアイツ。料理は出来ないし、獲物を捕まえる事もできないし、弱いくせに面倒事には首を突っ込むし、その癖行動力はバカみたいあるから始末に終えない」
「そ、それは大変ね……?」
「大変ってもんじゃないぞ。エレボスさ、意味深に笑うことなかったか?」
「あった、と思うけど」
「アレ、実は何も考えてないからな。それが本当ムカつく」
まだまだあるぞ、とアルマはエレボスの愚痴を継続しようとする。
もしかしたら、日が暮れるまで続くかもしれない。それほどまでに、アルマは思うところがあったのだろう。
だがアストレアは口を挟むことにした。
確認する為に、彼女は意を決して言う。
「ちょ、ちょっといい?」
「なんだ?」
「貴方は、その、私を恨んでないの?」
その問いに対して、アルマは首を傾げて。
「別に何とも」
「ど、どうして?」
「アイツがやったことはどうしようもない事だ。アンタが手を下さずとも、違うヤツが罰していた。それにアイツとの別れは済ませていたしな。面倒事も丸投げされた訳だが」
窓の外を見て言うアルマの横顔はどこか憂いいたモノ。内容とは裏腹に、彼にもどこか思うところあるのだろう。どこか物悲しげなものであったが、それも一瞬の事。
直ぐにアルマはアストレアに向き直り、真っ直ぐな視線を向けて。
「アイツがオレに任せたのは、世界の行く末ってヤツなんだろ。アイツは見届けれないから、オレに任せたって事だ」
だけど、と言うとアルマは己の心情を吐露する。
「オレにはそこまでの価値が、この世界にはないと思う」
「それは、どうして?」
「アンタも解るだろう」
口にするのも億劫であるかのように、憂鬱気にアルマは口を開く。
「どいつもこいつも、力を合わせるって事を知らない。もっと真剣に、もっとちゃんとすれば、もっと世界はより良い物になるのに、今も昔もつまらないことで争っている」
事実、その通りであった。
現在のアルマへの対応も、先の“大抗争”も、それよりも以前、もっと昔でさえ、下界の人間達はつまらない争いを止めない。
もっと早い段階で団結していれば、かの黒竜すらも打倒していたのかもしれない。
だがそれは理想論であった。
全ての人類が千差万別のように、団結する事などありえない。
個人によって主義主張が違うのだから、争うのは必定といえる。
それはアルマも理解している。
だらこそ、彼はそれでも、と口にすると。
「失望はしている、でも嫌いになれないから困るよな」
「それは、何故?」
敢えて、何となくアルマの考える事は理解した上で、問いを投げる。
きっと彼は同じ答えに辿り着いていると信じながらアストレアは尋ね、アルマは笑みを浮かべて答えた。
「決まっているさ。
「えぇ、そうね」
「まぁ、それはそれとして。気に入らないヤツは潰すし嫌いだけどなオレ。ムカつくものはムカつくし」
うははは、と勝手なことを言って笑うアルマを見て、アストレアは鈴のような声で可愛らしい笑みを浮かべて。
「勝手な人ね。それに悪い人」
「当たり前だろ。エレボスが後を託す男だぞ? 悪くないわけがない。むしろオレは最終的に倒される側だ」
黒よりも黒く、墨よりも黒い。
邪神の後継者といっても差し支えのない魂の色を、アルマ・エーベルバッハは持っている。
それは事実であり、曲げようのない真実であった。それでも確かに、その奥底で、微かであるが、温かいナニかをアストレアは感じる。
それがある限り、アルマは道を間違える事はなく、それを絶やさない事が自身の使命なのだろうとアストレアは確信して。
「実はね、私もエレボスに託されたの」
「アンタも可哀想にな。どんな無茶振りされたんだ?」
「貴方をお願いされたわ」
「なんて……?」
アルマの聞き返した言葉に、アストレアはどこか使命感に燃えるように、やる気充分な様子で告げる。
「託されたって事は、貴方が道を踏み間違えないように、貴方が非行に走らないように、貴方を見守ってほしいってこと」
「つまり?」
「そう、お母さんってことだと思うの」
「なんて?」
そういうとアストレアはニッコリ満面の笑み。
有無を言わせない迫力のまま一言。
「アルマ、私のことをこれからは――――
アルマは一言。
彼には珍しく。
不敵でもなければ、意地の悪い笑みでもなく、ましてや破顔一笑といったものではない。
ただひたすらに困ったように、これでもかと苦笑を浮かべて一言。
「――――絶対に嫌だが?」
>>アストレア
アルマの義母(自称)
エレボスに託されたってことは、私がお母さんってことよねってなった。
母は強し。黒いのも苦笑い。
ママって呼ばれたい。本当に勘弁して欲しい、って黒いのが言ってた。
黒いのが強く出れない人物の一人。女神だけど一人と数える。
>>エレボス
やっと判明した黒いのの育ての親
え、バレバレだった? そうですよね。
>>輝夜がキレた理由
恋する乙女的なアレ。
>>後は頼む
エレボスの無茶振り。
アルマが見届けようとしていた理由。
アルマ曰く、そんな事だろうと思った。
>>義母
ママと読む。
呼ばないと拗ねる。
アストレア様可愛い。
▼ヘルメス「ちょっと待って欲しい。オレもアルマを託された。ってことはオレはアストレアの旦那ってことになるのか?」
▼アスフィ「何を急に言ってるんですか?」
▼アストレア「このままここにいた方が良いと思うの」
▼アルマ「えー、マジ……?」