ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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第2話 冒険者なんだから迷宮に挑め

 

 

 

 迷宮都市オラリオの北部。

 広大な土地に建てられた、強大な建造物。まるで城のような外観で、荘厳な印象を感じさせる。

 その中の大広間にて、威厳や優雅さとは似つかわしくもない、感情に身を任せたような怒号が響き渡っていた。

 

 

「ベートォォォ! またお前はアイツのところ行きよったなぁ!!!」

 

 

 その発信源は大広間。

 中で各々の時間を過ごしていた連中は、何事かと見物をしに大広間にて足を運んでくる。

 

 その中央には怒号の主たる女性の姿。

 スレンダーなボディライン。燃えるような赤い髪の毛が特徴的な一柱――――ロキの姿がそこにいた。

 

 ここは彼女のファミリアの拠点としている“黄昏の館”

 つまりはここがロキ・ファミリアのホームと言う事になる。

 

 ともすれば、ここにいる連中は全て彼女の眷属達。ロキの恩恵を授かっている子供達であった。

 

 彼もその一人。

 今も尚、ロキの目の前で正座させられている狼人(ウェアウルフ)の男性――――ベート・ローガの姿があった。

 彼は顔を俯かせて震えている。正座をするという行為が辛いのか、はたまたこんな衆目に晒されて羞恥より震えているのか。狼人(ウェアウルフ)特有の耳と顔が赤く染めている事から、理由が圧倒的後者であることは明確であった。

 

 とはいっても、見物に足を運んできた眷族達の反応は淡白な物。

 なんだ、またベートか、と見慣れた景色であるかのように、特に特別な反応を見せる事はなかった。

 

 ともくれば、怒られているベートにも、周りの人間も、どうして彼がロキに絞られているか解っていた。

 

 

「アイツは放っておけって、何度も言うとるやん」

 

「……今回は、行けっかもって思ったんだよ」

 

 

 ぼそぼそ、と小さい声で拗ねるような口調でベートは呟いた。

 

 アイツとはベートを返り討ちにした男――――アルマ・エーベルバッハのことであった。

 勝手気ままに振舞い、世界は自分の物であり、世界は自分を中心に回っていると言って憚らない規格外。

 どこのファミリアにも所属しておらず、神の恩恵(ファルナ)を授かっているわけでもなく、能力値(ステイタス)も一切不明。先の“大抗争”においては【静寂】と【暴喰】を単身で抑え込み、あろうことか撃退して見せた一般人。

 突如現れて、突然猛威を振るい、誰の許可もなくオラリオに住み始めた男。それがアルマ・エーベルバッハであった。

 

 ロキからすると。

 いいや、オラリオに住まう神々からしても、気安く触れるべき人間ではないことは解っていた。

 

 先の戦いにおいては、理由があった。

 決して肯定できないものの、“大抗争”に至るまでの理由が確かにあった。だからこそ、【静寂】や【暴喰】が暴威を振るい、同調した眷族達が勝手気ままに行動し、その()()()()()の扇動があった。

 

 しかし、アルマにはそれがない。

 彼がどうしてオラリオに現れたのかも不明であり、オラリオに住み始めたのかも不明のまま。何もわからないからこそ――――恐ろしいのだ。

 かといって、先の“大抗争”を引き起こした主犯格達のような怪しい素振りすら見せない。家なのかどうかすらわからないあばら家で、何でも屋を開業し、暇そうにボーっと過ごす毎日。

 

 故に、オラリオに住まう人々は、アルマ・エーベルバッハには干渉しない、という暗黙の了解があった。

 

 ロキも不満はない。

 むしろ、あんな厄介な物触れてなるものか――――と考えていたのだが。

 

 

「……あんな? 何度も言うてるやん」

 

 

 ため息が出る。

 あろうことか、自分の眷族が、大事な大事な子供が、あんな訳のわからない危険物にちょっかいをかけている。

 それも何度もだ。何度もベートはアレに挑み、こうして自分に折檻を受けている。

 

 

「アレは触れなくても何の問題のない危険物なんや。放っておけば害はあらへん」

 

 だからもう構うなや、とロキは屈んでベートの肩に手を置いた。

 しかしベートは納得してないのか、拗ねた調子で、ロキへの返事はない。

 

 ここで再びため息。

 どうすれば聞いてくれるか、と自身の得意とする話術を披露しようと考えるが。

 

 

「その辺にしてやれロキよ」

 

 

 ここで静観していた人物の一人。

 その人物は男性。背丈は常人より低い物の、衣服の上からでもその四肢が鍛え上げられているのがわかる。

 ヒゲを蓄えたドワーフの老兵(ロートル)――――ガレス・ランドロックは居丈高に笑いながら。

 

 

「ベートもここに来て日が浅い。結果を残したくて必死だったんじゃろう。大目に見てやらんか?」

 

「アホか、それとこれとは話しがちゃうねん。問題なのは――――」

 

「わかっとる、わかっとる。あやつに手を出したのが問題といいたいのじゃろう」

 

 

 ロキの言葉を遮るように、ガレスは言うと。

 

 

「なぁ、ベート。これで懲りたよな。反省したよな」

 

「……おう」

 

 

 嘘だ、と。

 ロキはすぐに分かる。ベートの眼は反省しているような沈んだ眼をしていない。むしろ、やり返そうと。直ぐにでも挑戦しようと燃えている眼をしている。

 

 何が反省だ。

 全く懲りてもいない。

 

 しかしガレスは違う。

 そうかそうか、と満足そうに笑いながら言うと。

 

 

「ならばよし!」

 

 

 そこまで言うと、ガレスはベートに顔を寄せる。

 それから極めて小さい声で、コソコソ、と男同士なにやら話しているのをロキは聞き逃さなかった。

 

 

「――――ところで、どうじゃった? 強かったか?」

「……あぁ、ムカつくが手も足もでねぇ」

「ほう、お主がそこまで言うか」

「本当にムカつくぜ。五分も持たなかった……!」

「むぅ、まるで相手になっておらんな」

「今だけだ。次は必ず勝つ……!」

「……儂も挑んでみるとするか」

「勝手にしろ。それと絶対に意識を失うなよ」

「なぜじゃ?」

「金目の物が盗られてる」

「誠か」

 

「そこの男共~、聞こえとるで~?」

 

 

 不味い、と弁明しようとするも遅かった。

 ロキの折檻は続く。今度は一人増えているのだから、小言も倍になっているというもの。

 

 

 

 

「ガレス、余計な事を……」

 

 

 はぁ、と深いため息を吐いて、その光景を呆れた目で見るのはハイエルフの女性――――リヴェリア・リヨス・アールヴであった。

 自身と長い付き合いであるガレスを見る眼は愚か者を見るそれだ。付き合いが長い、いいや、だからこそ下の手本とならなければならないのに、どうしてガレスまであんなことを言い出したのか、理解が出来ないのだろう。

 

 触れなくてもいい危険物。

 それはリヴェリアの認識も同じとするもの。

 件の危険物の噂はリヴェリアの耳にも入っている。その中には、()()()()との関係も仄めかされたものもあり、無視できない内容でもある。

 しかしリヴェリアは敢えて無視していた。ロキの見解と、彼女の見解は同じ。触らぬものに祟りなし。ありえない世界のバグのような規格外に触れるべきではないと彼女は考える。

 

 

「気持ちはわかるけどね」

 

 

 口を開いたのは彼女の隣で見守っていた小人族(パルゥム)の男性――――フィン・ディムナである。

 背丈は幼子のそれであるが、その言葉には深みがあり、その双眸は思量深い人間のそれだ。見た目に反して、落ち着いている男は、どこか心躍っているような、普段からは考えられない言葉の弾みがある。

 

 違和感。

 どこかいつものフィンの様子ではないものを感じ取り、リヴェリアは若干の驚きを含めてと問いを投げる。

 

 

「気持ちがわかる、だと?」

 

「二人は試したいんだよ。己の力がどこまで通用するか」

 

 

 そこまで言うと、フィンは困った笑みを浮かべて。

 

 

「“彼”は間違いなく、オラリオに現存する人間の頂点の一角といっても差し支えないだろう」

 

「それは私も理解している。だからロキも放って置けというのだろう。あのような規格外に手を出すなど、それこそどうかしている」

 

「それでもさ」

 

 

 フィンは片手を自分の視線まで持っていき、思いっきり握り拳を作り。

 

 

「ダンジョンに潜り、自分がどれほど強くなったのか。身近に自身の全力を出せる彼がいるんだ。冒険者たる者、試したくもなるだろう」

 

「まさか、お前も……」

 

「…………」

 

 

 沈黙を肯定と捉えたリヴェリアは呆れた目で、無言でフィンを半眼でにらみつけた。

 

 見てみたら、フィンだけではない。

 そわそわ、と。どこか落ち着きのない男連中。そしてそれを冷ややかに見ている女性達。

 男は皆そうなのか、と。強さ比べ大好きな、子供みたいなヤツらばかりなのか、と呆れる。

 

 そこで、ふと。

 リヴェリアの視線が止まった。

 そこにいるのは、幼い背丈の女児。長い金髪の髪を揺らして、ゆっくりと気配を消して、黄昏の館から出て行こうとしていた。

 

 そこまではいい。

 問題なのは彼女が持っているもの。

 アレは正しく剣といった類。しかも鍛錬用といったものではない。ダンジョン攻略の際には必ず装備している愛剣《デスペレート》を隠しながら持っていた。

 

 リヴェリアの声が通る。

 

 

「アイズ」

 

 

 幼い背丈の女の子――――アイズ・ヴァレンシュタインはびくっと肩を震わせて、直ぐに振り返る。

 

 

「なに?」

 

 

 表情はいつもと変わらない無表情のそれ。

 しかし、後ろに隠したデスペレートが見え隠れしている。

 

 時刻は夜。

 まさか、とリヴェリアは問い質す事にする。

 

 

「お前、どこに行くつもりだ」

 

「お散歩」

 

「武器を持ってか」

 

「持ってない。知らない」

 

「後ろに隠している物は?」

 

「隠してない。知らない」

 

 

 知らない、と首を横に振り、誤魔化そうと後ずさる。

 

 確信した。

 ベートの様子を見て、居ても立ってもいられず、件の規格外に挑戦する気である、と。

  

 それは許せない。許しては置かない。

 こんな夜更けに出歩くなど。ましてや、得体の知れない男の下へなんて行かせられない。

 

 リヴェリアは断固として、自身の持てる力を全て動員し、アイズの行く手を阻もうと考えていると。

 

 

「た、大変だ!!」

 

 

 バン、と。

 外界を隔てる黄昏の館の扉が開く。

 血相を掻いて、慌てた様子で、大量の汗を掻いた男性団員は。

 

 

「ふ、フレイヤの……! フレイヤ・ファミリアの、【猛者(おうじゃ)】オッタルが……! 【抑止力(ジョーカー)】と戦ってる!!」

 

 

「こうしちゃ居られねぇ! 見に行こうぜ!」

「今度はオッタルかー」

「ベートよりは持ちそう」

「誰だ今言った奴ァ!? ぶっ殺すぞ!」

「落ち着けベート。怒るな怒るな」

「コラァ! 絶対に手ぇ出すんやないで! 見るだけやからな!」

「……っ!」

「あっ、こら! アイズ待て!!」

 

 

 

 





>>ロキ
 何か急に現れたヤツに頭を悩ませている。
 フレイヤは何もせず、アストレアはまぁまぁと微妙な反応。
 これは、うちがしっかりせなあかんのか?
 柄にもないが割と頑張ってる。


>>ベート・ローガ
 急に現れたヤツに何度も挑む系男子。
 
 ガッツがある by変なヤツ
 馬鹿なだけだろう byメイド服を着た人


>>アイズ・ヴァレンシュタイン
 ロリっ子
 変なヤツへの印象は“強い人”。
 リヴェリアには、アイツには近付くな、と言われてるが無視してる。
 修行してもらっている、と思い込んでいるが、変なヤツは遊んであげてる程度の認識でしかない。


>>抑止力
 ジョーカーと読む。
 変なヤツのこと。


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