ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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第3話 美の神に雨水を出すのは間違っているか

 

 

 迷宮都市オラリオに南西に位置する第六区画。

 

 交易所も兼ねており、いつもはオラリオで一番の賑わいを見せる区画である。

 商人が売り出し、掘り出し物がないか冒険者が顔を出し、物珍しそうに旅人が物色する。様々な人種が行き交い、商いを行うのが、第六区画の主な日常といえる。

 

 だがどういうわけか、今ではその賑わいを見せる事はない。

 人が一人もおらず、いつもは大声で自身の商品がどれほど優れているか、どれほど珍しい物か、そしてどれほど素晴らしい物なのか、弁舌を繰り広げる商人達の姿がなく、ダンジョンに向かうための買出しに訪れる冒険者の姿も、記念に何か買おうとする旅人の姿もない。

 

 本当の意味で無人。

 物音一つせずに、人影すらもなく、ここだけ廃れている。

 そんな印象を感じさせられる。

 

 いいや、無人ではなかった。

 普段は賑わっている第六区画の西の位置にあるメインストリートを堂々とど真ん中を歩く人影。

 

 黒毛黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハは気だるげに歩いていた。

 格好もラフなもの。黒い衣服に、これまた黒いズボン。全身黒尽くめの出で立ちで歩くその片手には、羊皮紙の束が握られている。見てみると手書きで『何でも屋、開業中』と文字が書きなぐられている。

 

 宣伝のつもりで人に配る、もしくはどこかに貼るつもりなのだろう。

 どちらにしても、あまりにもセンスがない見出し。もう少し工夫をするべきなのは明らかである。

 

 だが本人はそんなこと思っていないのか、堂々と一仕事したといった様子で満足気に歩いて。

 

 

「くぁっ……」

 

 

 あくびを噛み殺し、目尻に浮かんだ涙を片手で拭う。

 

 眠い、と心の中で呟き、どうして眠いのか原因を探ることにし、それがどうしてか直ぐに突き止めることに成功した。

 

 

「オッタル、って言ったけ」

 

 

 ぼんやり、と。

 昨夜挑まれて相手をした者の名前。

 屈強な男で、いつものように一瞬で倒せなかったことを思い出す。

 

 

 ――初めてかもしれないな。

 ――今までのヤツらで、一番強かった。

 ――気絶させる事も出来なかったから、戦利品も取れなかったけど。

 ――まぁ、楽しかったかな。

 

 

 何はともあれ、一瞬で倒せないのは良いことである、とアルマはご機嫌な調子で断じた。

 

 

 ――そうでなくちゃ困る。

 ――うん、本当に困る。

 

 

 着実に、挑んでくる連中は強くなってきている、とアルマは判断を下した。

 ダンジョンに潜り、力量を上げて、どれほどのモノになったかアルマで確かめる。それが純粋な腕を磨くため、彼の振る舞いが気に入らないため、アルフィアを匿う様子が許せないため。理由はどうあれ、戦闘を挑まれる事に何の不満もなかった。

 

 むしろそのために、自分はここにいると言うかのように、望んでいる節すらある。

 

 

 ――全く、()()()も詰めが甘い。

 ――次代の英雄ってヤツを望んで、行動を起こした。

 ――そこまでは良いさ。

 ――だがその後の事については、何も考えていない。

 

 

 “大抗争”を経て、人間は強くなった。神々に頼る事をせず、人の時代を築くために。

 

 その証拠が今の状況だ。

 アルマを警戒し、誰もこの辺りに寄り付かなくなった。

 自身の身を守るために。何が起きても直ぐに対処できるように。アルマという謎の規格外を警戒しての現状であった。

 

 アルマに不満はない。平和ボケせずに、目に見える脅威に対応しようとしての行動なのだから。

 

 しかし、人間とは忘れる生き物だ。

 良くも悪くも、記憶は新しいものに塗り替えられ、過去の出来事を薄れさせる。

 

 故に、()()()()に詰めが甘いと下したのだが――――。

 

 

 ――いいや、違うか。

 ――()()()は信じたから、行動して、託して逝ったのか。

 

 

 空を見上げる。

 視界には青色で、どこまでも晴れ渡っていた。

 

 

 ――オレには解らない。

 ――世界はオレのモノだ。

 ――世界はオレを中心に回っている。

 ――だからこそ解らない。

 ――この世界は、()()()が命を懸けるほどのモノだったのか?

 

 

 アルマはそうではないと断じる。

 ()()は命を懸けた。次代に繋ぐために、停滞していた状況を打破するために、自身が巨悪になろうとも、間違いなく時代を動かした。

 

 アルマも解る。

 このままでは世界が滅ぶと。

 もはや猶予がなく、だからこそ()()は行動に移したのだろう。

 

 

 ――世界はオレの物だ。

 ――オレの物だから、断言できる。

 ――命を懸ける程のモノじゃない。

 ――この世界が、()()()一柱(ひとり)でどうにか出来る程度のモノなら。

 ――いっそのこと、滅んじまった方がいいだろうに。

 

 

 憎しみはなかった――――本人が望んだ事だ。

 怒りはなかった――――そうなって然るべき事だ。

 悲しみはなかった―――ー未練なく逝ったのだから。

 しかし、納得は出来なかった――――それほどの価値があったとは思えない。

 

 アルマ・エーベルバッハがオラリオに居座るのがそれが理由であった。

 自分が見切りをつけていた世界を、()()はどんな眼で見ていたのか知りたかった。

 あのお人好しが、果たして本当に、命を懸ける程の価値があったのか、アルマは確かめたかった。

 

 その為であれば、()()の後始末も引き受けよう。

 『必要悪』が消えた。これから求められるのは『絶対悪』。悪夢の“大抗争”を忘れさせないように、人々が己を鍛える事を怠らせないように、その為に自分はここに居る。新たな脅威として、君臨し続けると言わんばかりに笑みを浮かべて。

 

 

「まぁ、適当にやるけどな」

 

 

 へら、と腑抜けた笑みを携えて。

 

 

「第一に柄じゃない。やっぱり、良い事をして褒められたい訳だオレは。()()()の邪魔をしたのだって、止める事が良いことだと、思ったからだしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく歩き、辿り着いたオラリオ郊外。

 いつもの代わり映えのない、狭くも隙間風が酷い我が家へアルマは帰って来た。

 

 妙な光景。

 いつもは家の中に居て、出迎えもしないメイド服を着たアルフィアが家の外に立っている。

 

 はて、とアルマは少しだけ考えて、もしかしたらメイドとして主の帰りを待っているのかもしれない、という一抹の期待を込めて。

 

 

「ご苦労」

 

「何を勘違いしている」

 

 

 反応は冷たい。

 まるでアルマの考えていることを解っていたように、間髪いれずにアルフィアは応対してみせる。

 

 対するアルマの反応が薄い。

 そんな事をアルフィアが考えているわけがない、と思っていたからか特に気にすることもなく。

 

 

「それで何してんの?」

 

「客だ」

 

 

 アルマは考える。

 客と言う言葉の意味を考えて、吟味し、少しだけ間を空けて。

 

 

「マジで?」

 

「マジだ」

 

 

 何でも屋を開店して、初めての客であった。

 オラリオでは干され気味であり、まさか来るとは思ってもみなかったのか、アルマは興奮気味に。

 

 

「尚更何してんのオマエ! 客だぞ客。お(ティー)出せよ。そういうところで弊社の品格が問われるんだぞ?」

 

「弊社には雨水しかないが?」

 

「だったら、雨水出してやれよ」

 

「馬鹿か貴様は」

 

 

 アルフィアは呆れた口調で。

 

 

「貴様は何でも出来ると給う癖に、どうしてこうも甲斐性がないのだ」

 

「全てが思い通りになる人生とか退屈なだけだろ? 楽しめよアルフィア。儘ならないのが人生ってヤツだ」

 

「減らず口を」

 

 

 苛立ちを覚えるが、直ぐに冷静に戻る。

 今も昔も、アルフィアの前に立っている男が、まともであったことなどない。無茶苦茶な事を言うのがアルマ・エーベルバッハの常であった。

 ここで目くじらを立てたところでどうしようもなく、早々に本題に入るに限ると判断して。

 

 

「中を見てみろ」

 

 

 アルマは首をかしげながら、言葉に従い中を覗く。

 

 二人の男女の護衛がおり、守られるように女性がいた。

 ただの女性ではない。ありえないほどの美貌。そして、その格好は胸元が大きく開き、腹部辺りまで肌を露出している。

 

 まるで人間を超越したような美しさ。

 アルマの視線に気付いた女性は、笑みを浮かべて片手を優雅に振った。

 

 アルマもそれに応じるかのように手を振る。

 何やら妙な気配を感じたが、それを無視して覗くのを止めて、アルフィアの元まで戻ると。

 

 

「何だあのエロい女は。あんなの歓楽街でも見たことないぞ」

 

「……待て。歓楽街だと? 行ったのか?」

 

「おう」

 

「資金がないのにか?」

 

「おう。ないから借りて行った」

 

「クズめ」

 

 

 吐き捨てるように言い、アルフィアは続けて。

 

 

「アイツはフレイヤだ」

 

「聞いた事があるな。アイツがフレイヤか」

 

「誰から聞いた?」

 

()()()

 

「あぁ」

 

 

 誰から聞いたのかアルフィアは納得して。

 

 

「どうする? 先のオッタルの報復に来たのかもしれないぞ?」

 

「あんな綺麗な顔して? フレイヤってのは実はアグレッシブなのか?」

 

「さぁ? ないとも言い切れないだろう」

 

 

 嘘である。

 ありえない、とはアルフィアも解っている。

 フレイヤという神の性質上、お礼参りなどありえない。

 

 アルフィアの問いは単純にアルマを困らせたいからに過ぎない。

 現に彼女の顔には悪戯をする子供のような、意地の悪い笑みが張り付いていた。

 

 対してアルマは少しだけ考えて。

 

 

「だったら返り討ちにしてやるさ」

 

「それはまた、容赦がないな」

 

「当たり前だろう。――――オレの世界に、女尊男卑なんて言葉はない」

 

 

 

 

 

 


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