ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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第5話 イシュタルへ 避けるのやめてください

 

 日も落ち、空が漆黒に染まった迷宮都市オラリオ。

 これから寝静まり、今日一日の疲れを癒そうと人々が過ごす中、その郊外にて、一人の男が鼻歌交じりに出掛ける準備をしていた。

 

 ご機嫌、あまりにもご機嫌。

 その男は、軽くステップでも刻みかねない軽快な足取りで、ラフな布製の衣服ではなく、黒いコートを羽織どこかお洒落にキメている。

 服に皺がないか、コートに埃はついていないか、靴に泥など付着していないか。念入りにチェックしては、再び繰り返す。

 

 それが不快に感じてしょうがないのか。

 メイド服の女性――――アルフィアは目を閉じながら眉間に皺を寄せて。

 

 

「おい、貴様」

 

 

 そこまで口を開き、いいや、と直ぐに訂正して。

 

 

「おい、クズ」

 

「何で言い直した?」

 

 

 ぴたり、と。

 ご機嫌な調子でいたが、あまりにも不機嫌な彼女に思うところがあるのか黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハは鼻歌を止めて、アルフィアの座っている方へと視線を向けた。

 

 アルフィアは優雅に足を組みなおし、腕を組んで苛立ちを隠さずに。

 

 

「それでは聞くが、何をしに行くつもりだ?」

 

「何って、遊びに行くんだよ」

 

「何処にだ?」

 

「そりゃオマエ、なぁ?」

 

 

 照れ臭そうに頬を掻くアルマに、苛立ちを更に募らせる。

 彼女自身、上手く説明ができない。どうして自分はこうして苛立っているのか、甲斐性がないくせに遊びに出歩く姿が気に入らないのか、それとも柄にもなく照れ臭そうにしている姿が気持ち悪く見えているのか、それとももっと別の理由なのか。

 

 どちらにしても、面白くない事は確かであった。

 嫌悪感に塗れた感情のまま、アルフィアは汚物に語りかけるような声色で。

 

 

「もう一度聞く。――――クズよ、どこに行く気だ?」

 

「歓楽街だよ」

 

 

 それはもう、気持ちが良いくらい、言い切って見せた。

 空気が読めない、わけでもない。この男はアルフィアは怒っているとわかっている上で、堂々と行き先を告げた。つまりは空気が読めないのではなく、空気を読まない。自分の調子を崩さずに、言ってのけてしまう。

 

 

「貴様……っ!」

 

「落ち着けよ、アルフィア。今回は仕方なくだ、仕方なく」

 

「仕方なく、だと?」

 

「誘われたんだよ」

 

 

 アルフィアは眉を潜める。

 今回は、という言葉も聞き捨てならない言葉ではあったが、あえて無視する事にした。それよりも気になったのは、誘われたから、という単語。

 

 アルマの交友関係は決して広いわけではない。

 むしろ狭く、言葉を交わす者など数少ない。自分や“豊饒の女主人”の面々、先の一件から遊びにくる事が多くなったフレイヤ。そして、偶にやってきては稽古をつけてもらっていると思っているアイズ・ヴァレンシュタイン。あとはベート・ローガといった挑戦者しかいない筈だ。

 

 アイズは勿論、フレイヤもベートもそこまで親しい間柄というわけでもない。

 ならば誰がこの男を誘うというのか。甲斐性がなく、我が道を行きすぎ、常人には理解が出来ない、クズ男を誰が誘うというのか、とアルフィアは考えていると。

 

 ばん、と勢いよくドアが開く。

 入ってくるのは男。それも超越存在たる神。柔和な笑みを張り付かせて、軽薄そうな神はご機嫌な調子で。

 

 

「何をしているアルマ。速く行こう直ぐに行こう。濃密で忘れられない愛が、オレ達を待っているぞっ!」 

 

 

 アルフィアは失念していた。

 もう一人いたのだ。アルマと交友を持つ者が――――ヘルメスが。

 

 何てことだ、と。

 ――――クズが手を組んだ、とアルフィアは頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮都市オラリオは様々な顔を持つ。

 例えば、第七区は冒険者通りと呼ばれており、ギルドや冒険者のみに客層を絞っている店まで存在する。

 例えば、第六区画は交易の拠点でありオラリオの主な物流を支えている。同じ区画内の南には歓楽街。そこにはオラリオで唯一、法が届かない場所である賭博場――――つまりはカジノや大劇場や娯楽施設が多数存在していた。

 

 そんな中、ここは昼間と夜では大きな違いがある景色が広がっている。

 昼間は廃れて街並みのそれ。店は全て閉まっており、昼間から営業している店は存在しないと断言して良いほど。

 しかし夜になると変わってくる。どこの店も開いており、人の行き来が激しい風景へと変貌を遂げる。

 

 無人であった昼間とは違い、夜にもなると薄着の女性が立ち、道歩く者が声をかけられる。

 愛想よく笑みを浮かべ、激しいボディタッチをし、猫なで声のような甘言で誘惑し、中には身体を絡めるように抱きつく女性すら存在する。

 正に欲望を吐き出すにはこれほど相応しい場所はなく、それを人は歓楽街と呼ぶ。

 

 

「しかし、良かったのか?」

 

「何がだ?」

 

 

 アルマとヘルメスは肩を並べて、歓楽街を散策していた。

 いつも避けられているアルマであるが、ここでは違うようで遊女達も分け隔てなくアルマに声をかける。とはいっても、得体の知れない恐ろしい男という認識は変わらないのか、若干であるが顔は引き攣っていた。

 それを見て、アルマは不快に思わずに、むしろ感心していた。

 

 何と言うプロ根性であるのか、と。

 うんうん、と満足そうに一際頷いているアルマを見て、ヘルメスは呆れた口調で。

 

 

「アルフィア、滅茶苦茶怒ってたろ?」

 

「まぁな」

 

「まぁな、って。実際どうなんだ?」

 

「どうとは?」

 

「お前達、付き合ってるの?」

 

「ナイナイ」

 

 

 アルマはケラケラ笑みを浮かべて、ヘルメスの言葉を否定して。

 

 

「アルフィアはあんな調子だ。オレのことを嫌いって言ってくるし、メイドらしいことを何一つやらない。おまけに、最近はゴミを見るような眼で見てくる」

 

「それはまたどうしてさ?」

 

「さぁな。歓楽街行ってたのバレたからかな?」

 

「それだけじゃないと思うけどなぁ~」

 

 

 ヘルメスは苦笑を浮かべる。

 

 それだけではない筈だ。

 アルフィアという人間性は理解している。

 プライドが高く、“才禍の怪物”と呼ばれるほど才能に恵まれており、とてもではないが他人の指示など聞くような人間ではない。辱めを受けるくらいなら、迷わず自死を選ぶくらいには誇りが高い女性である。

 そんな彼女が負けたとはいえ、戦利品として恥辱を甘んじて受けれて、あまつさえメイドをしているというのは、つまりはそういうことなのだろう、とヘルメスは何となく分析していた。

 

 しかし、当の本人であるアルマは理解していない。

 鈍感、というわけではないのだろう。彼は言葉通りに素直に受け止めているだけに過ぎない。アルフィアの言葉を疑わないのは、何があっても自分なら何とかできるという度が過ぎた自信から来る物なのだろう。故に、アルマは言葉通りに受け止めていた。嫌いというのなら嫌いであるし、アルフィアの態度を受け止めて受け入れていた。

 

 度し難い男だ、とヘルメスはため息を吐いて。

 

 

「お前はもう少し、女心を学んだ方がいいかもな」

 

「馬鹿な。オレほど熟知しているヤツはいないぞ」

 

「そうは見えないが」

 

「まぁ見てろ」

 

 

 何を、とヘルメスが口を開く前に、アルマは行動していた。

 

 歩を進めて、向かう先は遊女の下。

 一言二言会話して、最初は軽快にアルマも遊女も笑みを浮かべていたが、段々と雲行きが怪しくなってきた。笑みを浮かべるアルマに、眉間に皺を寄せて険しい顔に変わっていく遊女。

 

 ヘルメスは何が起きているのか分析を始めようと思った矢先。

 

 スパン!! と。

 気持ちの良いくらい小気味の良い音が辺りに木霊した。

 

 殴られたのだ。

 アルマは殴られたまま、笑顔で遊女へ一言言葉を投げてヘルメスの下まで戻ってきて。

 

 

「――――な?」

 

「いや、やり切った顔されてもな」

 

 

 アルマの頬には赤い紅葉。

 かなりの力で引っ叩かれたことが解るくらいには、赤い手形となり跡として残っていた。

 

 

「何を言ったんだ?」

 

「ほんとな。何がダメだったんだろうな。ケツのでかいところを褒めたのがいけなかったのか?」

 

「……絶対にそれだけじゃないだろう」

 

 

 ヘルメスはそう断言すると、先程までいたアルマを引っ叩いた遊女へと視線を向けるが、彼女は既にその場にいなかった。

 冷静になり我に返り、アルマからの報復を恐れて逃げてしまったらしい。

 

 相当怒っていた事を理解し、仕切り直す意味も込めてヘルメスはアルマに尋ねた。

 

 

「それでどうする?」

 

「ん?」

 

「今回も始めるのか?」

 

 

 ヘルメスの漠然とした問いに、アルマは意味を理解し頷いて。

 

 

「当然だ」

 

 

 彼らがここにいるのは、歓楽街を漫遊する事に非ず。

 全ては情報を集めるため。その情報というのが――――闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる団体の情報に他ならなかった。

 

 先の“大抗争”にて()()()()に率いられ、弱体化させられた闇派閥(イヴィルス)であったが、再び動きを見せたと情報があり、ヘルメスとアルマは独自で調査を行なっていた。

 とはいっても、確証はなく、表立って行動するこが出来ない。そうなれば無駄に不安を煽るだけでもあったからだ。

 

 故に、ヘルメスは自身のファミリアを動かす事が出来ず、人手が足りなかったところに、共通の友人を持ち、昔からの知己であったアルマに声を掛けた。

 

 

「だけど、アルフィアに言わなくて良かったのか?」

 

「言う必要もないだろう」

 

 

 ヘルメスの懸念を、アルマは必要がないと断言する。

 

 

「これはオレの仕事だ。“アイツ”が取り零した不要な物を拾い上げる。“アイツ”の尻拭いは、このオレがやるべき事だろう」

 

 

 何よりも見過ごすことなど出来なかった。

 清も濁も併せて存在するのが世界であるとアルマも解っているが、どうしても闇派閥(イヴィルス)の存在だけは見過ごす事ができなかった。

 

 

 ――未だにオレは納得していない。

 ――“アイツ”が命を掛けた世界に、そこまで価値があるとは思えない。

 ――でも、それとこれとは話しが別だ。

 ――台無しにはさせない。

 ――“アイツ”の行動を無駄にはさせない。

 ――オレの世界で、勝手な真似をさせてたまるか。

 

 

「なぁ、ヘルメス」

 

「ん?」

 

「“アイツ”の最後はどんなだった?」

 

「……急だな」

 

「そういえば、聞いた事がないなって思ってさ。教えてくれよ。アイツはどんな顔で、どんなことを言って、どうやって逝ったんだ?」

 

「すまない、オレの口からは言えないんだ」

 

 

 それに、とヘルメスは言葉を区切り。

 

 

「オレが言うよりも、伝えるのに相応しい女神がいる。だから、もうちょっと待っていてほしい。彼女は絶対にお前の前に現れる。それまでどうか……」

 

「……いいよ、待つさ。楽しみはあるに越した事がないからな」

 

 

 そこまで言うと、アルマはある場所を注視していた。

 興味深そうに、へぇ、とアルマは呟くのを聞いたヘルメスは、

 

 

「どうしたんだ?」

 

「いいや、ちょっと気になるヤツが居てさ」

 

 

 視線の先には異様に背丈の小さく、華奢な人影。

 小汚いマントを羽織り、眼深くフードを被っている人影は、辛うじて小人族(パルゥム)であることがわかる。

 

 ぶつかり、謝り、再びぶつかり、謝るといったことを繰り返す小人族(パルゥム)を見てアルマは一言。

 

 

「あのやり方は、あまり良くないな」

 

 

 





>>ヘルメス
 昔からの知り合い。
 神友同士でもあったし、アルマのことも知ってるよね。
 アルマとは悪友。歓楽街に行く程度の仲。
 アルマへお金を貸している連中の一人。


>>クズ
 アルマのこと


>>歓楽街
 アルマとヘルメスのホーム
 目的はあるが、それはそれとして楽しんでいる(意味深)


>>「最近はゴミを見るような眼で見てくる」
 そりゃそうよ


>>アルマの好み
 アルマ「健康的な褐色の肌、ケツのでかい女がタイプです」


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