ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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幕 間 フレイヤ様が視ている

 

 

 迷宮都市オラリオの中心にはバベルと呼ばれる塔が立っている。

 ダンジョンの上に立つそれは、正に“蓋”の役割を担っている。深い地中の底にあるダンジョンからモンスターが這い出てこないように、聳え立つそれは正に人類を守るための楔。文明の発達により、建造物が高くなるのと同じように、オラリオという都市がどれほどの精強な都市なのか、バベルを一目見れば嫌が応にも理解できるというモノ。

 

 とはいっても、バベルは何も“蓋”としての役割だけではない。

 中は居住区画ともなっており、他にも様々な施設が備わっていた。

 例えば、バベル自体の点検、そしてダンジョンの監視と管理を目的としたギルド。

 例えば、ダンジョンへと挑戦する冒険者の為にある簡易食堂、治療施設、換金所などといった施設の存在。

 例えば、一部の階層などを貸し出し、そこでのモノの売買が認められている商業施設。

 

 様々、とはいっても主に冒険者を補助するための施設が、バベルには備わっていた。

 勿論、そこに住まう住人も存在する。

 

 その最上階にて、栄華を極めた者のみが住まえるバベルの最上階にて、オラリオの下界を見下ろす美女が居た。

 眼下に見るは、夜の迷宮都市オラリオ。人の営みから生じる街の文明の光が、夜景となり美女の視界に広がっている。正に絶景と言っても差し支えない景色を目にしても、美女の表情は変わらなかった。

 どこか退屈そうに。悩ましくため息を吐いて、物憂げな表情で見下ろす様子は、どこか色気すら感じざるを得ない。

 

 何をしていなくても、ただ立っているだけで他者を虜にする。

 それが彼女が持つ権能であるかのように、ただそこに存在するだけで美女は何者であろうが簡単に魅了してしまう事だろう。

 

 炎を模した扇情的なドレスを纏った美の神――――フレイヤは再び悩ましくため息を吐いた。

 

 退屈であると。

 折角の夜だというのに()()()相手もおらず退屈を極めていた。

 ヤル事もなく、あとは目を閉じ微睡みに落ちるだけなのだが、妙に冴えてしまっていた。

 

 気晴らしにオラリオの街を見下ろしても退屈は紛れる事はない。

 さてどうするか、と。珍しくぼんやりと考えていると、扉の前から気配。

 

 不思議と嫌な気配でもない。

 かといって、自身の眷族のモノでもない。

 誰のものか考えていると、フレイヤの思考など関係ないと言わんばかりに、ノックと同時に勝手に扉が開いた。

 

 

「よう、フレイヤ」

 

 

 お邪魔、と気軽に。フレイヤという女神に気を使うことなく、片手を上げて気安く声を掛ける黒髪黒眼の人間――――アルマ・エーベルバッハがそこにいた。

 何故居るのか、女性の部屋にノックと同時に入ってくるなどデリカシーに欠けているのではないか、そもそも何故居るのか、と様々な疑念がフレイヤの脳裏を過ぎる。すなわちパニックだ。底が知れない女神でも、予想もしていない事態に陥ると、思考が狂うというもの。

 

 フレイヤはなるほど、と。

 余裕そうな笑みを浮かべて、突然の来訪者に状況が整理出来ないまま応じる。

 

 

「貴方も大胆ね?」

 

「ん? と言うと?」

 

「夜這いに来たのでしょう? 丁度良かった、退屈していたの。今夜は存分に――――」

 

「いいや、違うが?」

 

「――――――――――――」

 

 

 ドレスに手を掛けて、艶やかな表情になるフレイヤがだったが、アルマの言葉にピタッと動きを止めて、狂った思考からいつもの冷静な彼女へと戻す。

  

 屈辱であった。

 美の女神である自分が、またもや袖にされた事実。それ以上に、全く相手にされていない現実を許せなかった彼女が取った行動は。

 

 

「いらっしゃい、アルマ。今日は何をしに来たのかしら?」

 

 

 やり直し。つまりはテイク2。

 余裕のある笑みを浮かべて、何事もなかったように。

 

 その姿を見た、少しでも人の心がある人間は、何事もなかったようにツッコミを入れることなく話しを進めていく事だろう。

 

 だが悲しいかな。

 彼女の相手にしている人間は普通ではない。

 アルマは首をかしげて、不思議そうに。

 

 

「怒ってる?」

 

「………………………別に」

 

 

 怒っていない。どちらかというと、面白くない。

 どうしてこの男は自身に靡かないのか、とフレイヤは彼女自身も説明が出来ない感情に支配されていく。

 

 対する、何一つ思い通りにならない男は、ならいいか、と話しを切り上げて部屋の中央に鎮座しているソファーに我が物顔で腰掛けて。

 

 

「オッタルはどうした?」

 

「……あの子ならダンジョンに行ってるわ」

 

 

 マイペースに事を進める来訪者を見て、フレイヤは調子を取り戻す。

 自身が抱いた感情は、とりあえず保留としておくことにしたようだ。説明が出来ないということは、理解が出来ないということ。そんなものに時間を割いているのなら、目の前の男の相手に思考を割いた方が有益であると、彼女は考える。

 

 フレイヤの思考を狂わせる張本人は、へぇ、と感心するように話しを進める。

 

 

「熱心だな」

 

「オッタルの可愛いところよ。余程、貴方に負けたのが悔しかったみたいね」

 

「可愛いか? どっちかと言うと、カッコいいだと思うが」

 

 

 納得できないのか首を傾げるも、まぁいいか、とアルマはご機嫌な口調で。

 

 

「頑張ってるみたいで良かった。ザルドが目を掛けていた事だけはある」 

 

「それは【暴喰】の?」

 

「当たり前だろ。他に居るのか?」

 

 

 今となっては耳にするのが珍しい、かつてオラリオに存在した冒険者の名であった。

 かつて【ゼウス・ファミリア】に所属していた冒険者。先の“大抗争”を経て姿を消した【暴喰】の二つ名を冠していた男。それがザルドという男であった。

 

 ()()()()の下へ参じ、行方不明となっていることをフレイヤは耳にしている。

 普通であれば、死んでいると断じるのだが亡骸もなく、何よりもアルフィアという例もある。もしかしたら、知っているかもしれないと興味本位でフレイヤは尋ねた。

 

 

「あの子、生きているの?」

 

「さぁ? どうだろうな」

 

 

 興味なさそうに、アルマは続ける。

 

 

「オレと戦った後は、まだ生きていたぞ」

 

「殺してないの?」

 

「おう。オレも割とギリギリだったしな。死にかけたのなんて、赤ん坊の頃以来だ。生き返れないと思ったね」

 

 

 平然と耳を疑う事を言いながら、アルマは言った。

 

 

「馬鹿の息子を見るまで死ねん、とか言ってたし、どっかで生きてるんじゃないのか?」

 

 

 アルフィアも顔向けできないとか言ってなくていいから会いに行けばいいのに、とアルマは心の中で呟き。

 

 

「そうそう、オマエに聞きたい事があったんだ」

 

「何かしら?」

 

「【ソーマ・ファミリア】って知ってるか?」

 

「ソーマ……?」

 

 

 どうして彼の口からソーマの名前が出たのか。

 もしかして、自分の眷族にならなかったくせに、あの男の眷族になるつもりなのか。

 あんなつまらない男に靡くというのか。

 

 恐るべき速度で思考するも、直ぐにそれは違うとフレイヤは否定した。

 そんなわけがなかった。何よりも、彼女は先にアルマが首を突っ込んでいた出来事を思い出して、優雅な笑みを浮かべて。

 

 

「貴方が焚き付けた、小人族(パルゥム)が所属しているファミリアね」

 

「……何で知ってるの?」

 

「視ていたからに決まっているでしょう?」

 

 

 艶やかに笑みを浮かべるフレイヤに、アルマは楽しげに笑みを浮かべて。

 

 

「顔面が良くて、良かったなオマエ。違うやつなら気持ち悪いぞストーカーみたいで」

 

「褒めてくれてありがとう」

 

「やっべ、コイツ無敵か?」

 

 

 言葉の内容とは裏腹に、楽しそうに笑みを交えて二人は会話する。

 

 

 そして件の【ソーマ・ファミリア】の内情。

 ソーマと言う男神がどのような神なのか。どうやってファミリアを運営しているのか、簡単にアルマは説明を受けた。

 

 アルマが興味が惹かれたことといえば。

 

 

「酒ねぇ」

 

 

 ポツリと呟き、興味津々と行った調子で。

 

 

「そんなに美味いのか?」

 

「えぇ。失敗作ですら、市場に出回ると高値でつく程度には美味しいわよ」

 

「――――――――ほう?」

 

 

 何か良からぬ事を思いついたのか、アルマは怪しく口元を歪める。

 兎にも角にも、ソーマよりも他の眷族をどうにかしないとならないようだ。そう判断したアルマは腰掛けていたソファーから立ち上がり、両手を組み背筋を伸ばす。

 

 方針は定まった。

 あとは行動するのみ、と長居は無用と判断したアルマは一言告げて出て行こうとするも。

 

 

「一ついいかしら」

 

「なんだ?」

 

「どうしてあの小人族(パルゥム)を気にかけるの?」

 

 

 改めて聞かれると明確な答えがない。

 アルマは少しだけ考えて、直ぐに口を開いた。

 元より特別な理由などない。至極簡単で、単純な答えを口にする。

 

 

「別に。ただ可哀想だと思ったからだが」

 

「放っておけばいいじゃない。あの小人族(パルゥム)が貴方の人生に影響を与えるとは思えないわ」

 

「まぁ、そうだろうけどさ」

 

 

 否定はしない。

 放っておいたところで問題はない。歓楽街にてスリをしていた小人族(パルゥム)の少女が、アルマと言う人間の人生に関わる事はない。断言した上で、アルマは言い切った。

 

 

「でも、あのまま放っておいても気分が悪いだろう?」

 

 

 自分本位。

 小人族(パルゥム)の少女の事など考えていない。ただ見ているだけじゃ気分が悪いから、というだけの感情に過ぎなかった。

 つまりは趣味だ。気まぐれに助けるのも、何とかしようと手を貸すのも、声を掛けるのも、彼の趣味でしかなかった。

 

 勝手に振る舞い、場を掻き乱し、飽きたら去っていく。

 それがアルマ・エーベルバッハの本質の一部である。

 フレイヤは目を細めて、本当に楽しそうに笑みを浮かべて。

 

 

「悪い人ね?」

 

「良い人ではないな」

 

「いつか後ろから刺されるかもしれないわよ?」

 

「そうだな、その通りだ。オレはいつか、誰かに倒されるべき人間だ」

 

 

 そこまで言うと、オラリオの夜景を見下ろす。

 アルマは綺麗だ、と思った。でも同時に、それが醜い何かを隠す上辺だけのモノであるようにも思えて、不快に感じながら淡々とした口調で。

 

 

「でもそれは、オレのような強いだけのヤツじゃダメだ。オレよりもアホで、バカで、マヌケなヤツじゃないと」

 

「例えば?」

 

 

 振り返る。

 フレイヤから視たアルマは、確かに笑っていた。

 だがいつもと、様子が違う。快活なそれではなく、どこか澱みが沈殿したような。アルマの魂の色のような、墨よりも黒い何かを孕んでいるような、影がある表情であった。

 

 アルマは告げる。

 

 

「純粋無垢で透明で、困っている人間がいたら放っておけない、バカみたいなお人好しで、困難を前にしてもそれでもと立ち上がれる――――それこそ、英雄みたいなヤツさ」

 

 

 そんなヤツに倒されて、()()()の願いは成就される、と心の中でアルマは呟く。

 

 フレイヤは試すような笑みを浮かべて、意地悪く表情を歪めて問いを投げる。

 

 

「そんな子、この世界にいるのかしら?」

 

「居るとも。絶対に居る。この世界に絶対にいる」

            「そいつが――――“オレの敵”だ」

 

 

 

 

 





>>バベルの最上階
 フレイヤの部屋。
 もちろん護衛は居る。でも黒いのはお構いなしに遊びに来る。
 正面から突破してくる。辛い。
 あまつさえ、ダメ出ししてくる。辛い。

>>夜這い
 違うそうじゃない。
 舞い上がってたんです。
 自分に靡かない男が遊びに来て、舞い上がったんです。
 フレイヤ様というか、ふれいや。カリスマカムバック。

>>馬鹿の息子
 紛れもなくあの子。

>>オレの敵
 アルマが待ち望んでいる者。
 いつ現れるかわからないが絶対に現れると信じている。
 オレの敵に倒されることで、()()()の願いが叶うと信じているから


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