ブギーマンは世界を大いに嗤う   作:兵隊

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 ~前回のあらすじ~
ふれいや「私が毎日見守っているアルマがストーカーに遭ってるらしいわ」
オッタル「――――――(曖昧な表情で沈黙している)」


第7話 アルマは喜劇役者である

 

 

 第三区画にある広域住宅街ダイダロス通り。

 そこは、何度も何度も行なわれる増築の影響で、街並みの景観は入り組んだモノになってしまっており、一度踏み込み迷ってしまったが最後、簡単には出てこれない区画と成り果ててしまっている。

 そして誰が呼び始めたのか、その辺り一体を、迷宮街呼ばれるようになってしまった。

 

 ともなれば、ここいら一帯は人目に付かない領域。

 オラリオの表向きの顔が、神々から賜りし恩恵を行使する眷族達の冒険譚であるのなら、ダイダロス通りはオラリオの裏の顔。誰もが特別になれなかった人間達が集まる吹き溜まり。

 

 迷宮都市オラリオは華やかな顔ばかりではない。

 希望と等しく、絶望も確かに存在する。ダイダロス通りがその一つだ。住民の中には、一般人にすらなれなかった住人はもちろん、中には追放された元眷族の姿も存在する。

 過程は違えど、落ちぶれれば皆同じ。オラリオに夢見て冒険者を目指すモノも、この世に生を受けて誕生したモノも、末路は同じである。生気を失った眼、活気も何もない顔つき。ただただ人生を浪費する生きる屍と成り下がってしまう。

 

 

 そんな、陰鬱な区画を抜け、あるのはオラリオの共同墓地。

 そこには一般人は勿論、ダンジョンから逃げ延びたものの、治癒が間に合わずに息絶えた冒険者達も埋葬されている。

 

 

 時刻は朝。

 日が昇って間もないからか、辺りが朝霧に包まれ、視界が覆われ遠くまで把握できない。

 

 

 四人の人影。

 一人は小人族(パルゥム)の少女、もう一人は犬人(シアンスロープ)の大柄な男性。もう二人は細身の人間の男達がいた。

 

 墓参り、というわけではないようだ。

 墓石など眼もくれず、小人族(パルゥム)の少女は三人の男たちを見上げるように睨み付けており、男達もそれをニヤニヤと意地の悪い笑みで以て緊張感なく見下している。

 

 睨み合いは長く続かなかった。

 三人のリーダー各の犬人(シアンスロープ)の大柄な男――――カヌゥ・ベルウェイは口を開く。

 

 

「それで、どうしたんだアーデ。こんなところに呼び出して、そんなに睨んで~。怖くてチビッちゃうぜ~?」

 

 

 カヌゥの態度は小馬鹿にした人間のそれであった。

 ニヤケ面は消えることなく、他人をおちょくるように、大袈裟に怖がっているような演技。

 取り巻きの二人も、ギャハハ、と野卑な笑い声を上げる。

 

 明らかに見下した人間の表情。

 《パルゥム》の少女と同じファミリア――――【ソーマ・ファミリア】の眷族仲間とは思えない態度であった。

 

 

 対するアーデと呼ばれた《パルゥム》の少女――――リリルカ・アーデの表情は変わらない。

 

 いいや、多少の変化が見て取れた。

 睨み付けていることは変わらないが、その瞳には怯えがあった。

 

 今までの記憶。

 この男達に虐げられた記憶が、脳裏に過ぎってしまっているのだろう。

 人間の記憶とは都合の良いように作られていない。楽しかった思い出などは薄れていくものであるが、辛かった思い出ほど忘れたくても忘れられないもの。

 

 口が震えて、上手く言葉に出来ない。

 出来ればこのまま、踵を返して逃げたくもあった。

 だが同時に、脳裏に駆けるのは。

 

 ――――だってオマエさ、諦めてるだろ?――――

 

 何も事情を知らない、他人の気持ちに全く寄り添えない、恵まれている男の声。

 その言葉を思い出し、リリルカは怒りを心にくべて、滾らせ再燃させていく。

 

 

 ――諦めてない。

 ――リリは何も諦めてないっ!

 ――何も知らないくせにっ!

 ――リリだって、リリだって……!

 

 

 弱音を吐きそうな心を殺し、リリルカは小馬鹿にしている男三人を睨みつけて、最大限の勇気を振り絞って叫び声を上げる。

 

 

「ど、どうしてリリを虐めるんですかっ!」

 

「あぁ?」

 

 

 不快そうに顔を歪めて、カヌゥは冷めた調子で。

 

 

「テメェ、誰に口を聞いてんだ?」

 

 

 言いながら、リリルカの鳩尾に前蹴りを叩き込んだ。

 力任せのただの蹴り。脚力が特別あるわけでもなく、人体を最大限駆動し放った技術によるものでもない。ダンジョンに潜り、命懸けで過ごしている者とは思えない、不恰好の蹴りであった。

 

 とはいっても、リリルカよりも遥かに年上から繰り出される蹴り。

 年端も行かない少女に防げる道理はなく、冒険者でもない少女の鳩尾に簡単に突き込まれ、地面を転がされてしまった。

 

 

「ぅぁ……っ」

 

 

 リリルカは蹲る。

 腹部に重い鉛でも入れられたような感覚を覚えた。

 痛みよりも先に苦しみが先行する。息を吸えと身体が命令しているのに出来ず、脳内では苦しみに耐え切れずに視界の端々が明暗する。

 朝食でも取っていたものなら、全部出してしまっていた。

 

 

「ガキが。こっちがちょっと優しくしていれば、調子に乗りやがってよ」

 

 

 一体どこが優しいのか、と声を荒げて叫びたかったが、まだリリルカは回復出来ていないのか、満足に話すことも出来ない。

 無様に地面に這い蹲る少女を見て気を良くしたのか、カヌゥはゆっくりとした歩調でリリルカに近付いて。

 

 

「虐めてるなんて人聞き悪いぜ。これは教育だ。お前みたいな弱いヤツは、俺らのような強者に食われるだけの存在だってことを教育してやってるのさ」

 

 

 世間知らずの少女に教授するように、カヌゥは自分勝手な持論を上から押し付ける。

 それに同調するように、取り巻きの二人も口元をニヤつかせながら、笑みを浮かべている。

 

 それを視界に収めて、リリルカは顔を苦痛に歪めながら、心を冷えつかせていく。

 

 

 ――なんですか、この人達は。

 ――なんで、リリを痛めつけて喜んでいるんですか。

 ――なんで、リリはこんな目に合っているんですか。

 ――ただ生きているだけなのに。

 ――ただ、生きて、今日が明日より良い日になればいいと。

 ――ただそれだけしかお願いしてないのに。

 ――どうして、リリだけ、こんな……。

 

 

 リリルカはそう考えて俯き歯を食いしばる。

 悔しくて溜まらなかった。どうして虐めるのか、聞いただけなのに。聞くことすらも許されないのか、と少女は悔しく奥歯を噛み締める。

 

 状況は変わらない。

 絶対的強者でることを信じて疑わない男は、呆れた口調で続ける。

 

 

「随分と調子に乗っちまったみたいだな。これは再教育が必要かもしれねぇな?」

 

 

 再教育。つまりはこれからリリルカを痛めつけるという宣言。

 恐怖心はなかった。それよりも、少女の心中には憤りが、悔しさがあった。どうして自分だけと、と猛烈な吐き気を抑えながら立ち上がり、目の前にいる男に向かって声を荒げる。

 

 

「やめて、下さい……ッ!」

 

「……あぁ?」

 

 

 聞こえている筈だ。

 だが男は、リリルカ・アーデが自身に歯向かった事に対して傷ついた自尊心を癒すために、肩眉を上げて苛立ちを覚えながら再度問いを投げる。

 

 

「アーデ、今何ていった?」

 

「もう止めてください! リリを虐めないで下さい! リリからお金を巻き上げないで下さい!」

 

「……うぜぇ」

 

 

 カヌゥは近付く。

 もう一度痛めつけようと、今度は殴り飛ばそうと、握り拳を作る。

 教育と口にしていたが、要は鬱憤を晴らすためであった。ダンジョンに潜り、死線を抜けて、それでも主神でるソーマからの神酒を賜る事が出来ない事への鬱憤を晴らすため。弱いものを痛めつけて、何が悪いと、彼は小さな自尊心を満たすためだけに、リリルカを蔑んでいた。

 

 そして今回も。

 自分よりも弱い存在である彼女を痛めつけることに専心する。

 

 だがどういうわけか、カヌゥの足が止まった。

 最初は驚愕、次に愉悦があり、最後には目を細めて小馬鹿にするように笑みを浮かべる。

 げらげら、と大声で笑い、カヌゥは目じりに浮かんだ涙を拭い。

 

 

「おいおい、アーデ。まさかと思うが、俺と戦う気か?」

 

 

 リリルカは隠し持っていたナイフを両手に握り締める。

 持つ手は震えて、刃の剣先が頼りなく揺れる。刃物を持つのも初めてなのか、構えも不格好なものであった。

 

 カヌゥは変わらない調子で、笑みを益々深めて小馬鹿にした調子で。

 

 

「無駄にならなくて良かった」

 

 

 片手を上げる。

 それは茂みの中から、墓石の影から、大木の裏から、湧いて出るかのように現れる人影。

 その数は20人。全員が全員、男のみ。中にはリリルカを血走った目で見ている男も存在していた。

 

 

「アーデから呼び出しとか怖くてなぁ~。思わずファミリアの連中にも声を掛けちまった」

 

「……っ!?」

 

 

 リリルカは瞬時に、その言葉は虚言であると理解していた。

 これはただのショーである。自分を玩具として痛めつけて、泣いて許しを請う姿を見るための喜劇である。

 

 目の前の男は、自分と言う存在を全く脅威に見ていない。

 

 

「中にはイカレたヤツもいるが、些細な事だよな。何せ俺はお前に殺されそうになってるんだ。お前が嬲られ犯されようと、因果応報ってやつだよなっ!」

 

 

 笑みを浮かべるが、既にリリルカの耳には入ってきていなかった。

 この男だけでも、今までの侮蔑を何倍に返して、この男を終わらせる事しか、リリルカは考えていなかった。

 

 その後のことなど考えていない。

 得体の知れなかった男の言ったように、一度くらいは我を通す。その後のことなど、知った事ではなかった。世界を自分を中心に廻してみろ、と男は言った。馬鹿馬鹿しいと思ったが、最後くらいは。

 

 

 ――そう、最後くらいは。

 ――あの人が言ったように。

 ――自分がやりたい事をやって……。

 

 死ぬ、と行動しようとしたが、ぽん、と。

 右肩を優しく叩く感触を覚えて、リリルカは振り返る。

 

 

「――――自暴自棄は良くないな。本当に良くない。まぁ、焚き付けたのはオレな訳だが」

 

 

 いつの間に近付いてきたのか。

 黒髪黒眼の男。黒コートを羽織った、件の男がリリルカの背後に立っていた。

 

 どうして、ここにいるのか解らず、リリルカは目を見開いて見上げる。

 黒髪黒眼の男はニッコリと笑みを浮かべて。

 

 

「しかし行動力凄いなオマエ。昨日の今日でコイツを呼び出すとはやるじゃないか。見直したぞ」

「あっ、はい。ありがとう、ございます?」

 

 

 勝手に現れて馴れ馴れしく褒めてくる男に、リリルカはたどたどしく礼を口にした。

 男はうんうん、と満足そうに頷くと。

 

 

「ナイフの他にも隠し持ってるだろ。毒かそれ? そういうの知ってるぞ、備えあれば嬉しいなってヤツだろ。抜け目がないな」

 

「なんで、わかったんですか……?」

 

 

 微妙に間違っている言葉を無視して、リリルカは問いを投げる。

 ナイフは囮であった。殺しきれないための万全の準備として、隠し持っていた毒を散布して、自分もろとも皆殺しにする。それがリリルカの最後の手段であったのだが、黒髪黒眼の男は容易く看破してみせる。

 

 

「んー、何となく。昨日出て行ったとき、何が何でもヤッてやるって目してたしな。どう見てもオマエ強くないし、使うとしたら毒かなーって思ったんだ」

 

 

 当たった、流石オレ! と言わんばかりに意気揚々と答える男を見て、リリルカは目を奪われていた。見蕩れていたわけではない、疑問が浮かび、どうしてか彼女は気になっていた。

 

 

 ――どうしてこの人はこんなに楽しそうなんだろう。

 ――リリは解りません。

 ――この人は、リリから見た世界はリリのモノだって言ったけど。

 ――リリのモノだったら、こんなに辛いことばかりな筈がない。

 ――解りません。

 ――この人から見た世界って、どう見えているのだろう。

 

 

「お、おい、テメェ!!」

 

「ん?」

 

 

 忘れていた、と男は漸く意識を先程まで得意げになっていたカヌゥへと向けた。

 目に見えて焦っている。当然だ、いつの間にか得体の知れない男が現れて、ペースを乱されているのだ。しかもその存在は得体の知れない雰囲気を纏っている。只者ではないことが、一端の冒険者でもあるカヌゥでも理解できるほど。

 

 だがその正体が直ぐに解ることになった。

 

 

「カヌゥ! アイツ、【抑止力(ジョーカー)】だ!!」

 

 

 聞いた事があった。

 突然オラリオに現れて、先の“大抗争”にて【暴喰】と【静寂】を同時に相手取り、返り討ちにしてしまった怪物。現迷宮都市最強である【猛者(おうじゃ)】すらも敵わなかったと噂がある規格外。

 何の変哲もない、中肉中背の男。特別、武器を携えていない徒手空拳の、見ようによっては一般人。それがどうしてこんなところにいるのか、カヌゥは混乱していた。

 

 いいや、彼だけではない。

 動揺は目に見えて伝播し、辺りの連中をざわつかせる。

 統率の取れてない烏合の衆では、直ぐに綻び、致命的な穴となってしまうのは必然。

 

 だがカヌゥは混乱を飲み込み、苛立ちでもって拭い去る。

 ここで引くなどありえない。これではリリルカ・アーデのような弱者に負けたようなものであり、彼の小さな自尊心が傷ついしまうから。何よりも――――。

 

 

「馬鹿が、騙されてんじゃねぇよお前等!」

 

 

 大声を上げて、不安を脱ぐ去ろうと必死になりながら。

 

 

「コイツが【暴喰】と【静寂】に勝ってるところを見た事があるか!? 【猛者(おうじゃ)】と戦ってるところを見たやつは!? どうだ、いねぇだろ!」

 

 

 確かに、と周囲が賛同するように小さく声を上げる。

 誰も見た事がない。目の前の黒髪黒眼の男が戦っている姿など、周囲にいる連中は見た事がなかった。

 

 空気が変わる。

 動揺が怒りに。自分達を騙していた、と言いがかりとなり、憤怒が黒髪黒眼の男へと集中していく。

 

 カヌゥはそれを見逃さなかった。

 

 

「それに見てみろ。コイツ、冒険者じゃねぇ! 神の恩恵(ファルナ)もなければ、ファミリアにも所属してねぇぞ! ただの一般人だ!」

 

 

 瞬間、墓地に響き渡る怒号。

 各々好き勝手叫ぶ。邪魔した事への不満、リリルカを庇った事への憤り、そして自分達をペテンに嵌めたことへの怒り。その全てが、黒髪黒眼の男とリリルカへ集中していく。

 

 リリルカは思わず身を竦め震えるが、黒髪黒眼の男は涼しい顔で、更に言うと笑みを浮かべて。

 

 

「おっ、何だ。急にやる気出してきたぞ。忙しいヤツらだな」

 

「あ、あの。怖くないんですか?」

 

「誰が、誰を?」

 

「貴方が、あの人たちを」

 

 

 んー、と少しだけ考えて。

 

 

「オマエ、アレを怖がってるのか」

 

「えっ、普通に怖いですけど」

 

「なんと。可哀想――――はダメだ。慎ましいヤツなんだなオマエは」

 

 

 そこまで言うと、男はリリルカを守るように、暴徒と化した【ソーマ・ファミリア】の面々へと向き直る。

 盾となった男は振り返らずに、背中を向けて問いを投げる。

 

 

「オマエ、名前は何だっけ?」

 

「えっ?」

 

「名前だよ。聞いてなかったろ?」

 

 

 そういえば聞かれていなかったと、多少は心を落ち着かせて、男の背中を見て安心したリリルカは答える。

 

 

「リリは、リリルカ。リリルカ・アーデっていいます」

 

「リリルカ! うん、良い名前だ。覚えやすい名前だ。ベートの次に覚えやすい」

 

 

 褒められているのか解らない賛辞を言い放ち、黒髪黒眼の男は傲岸不遜に言い放つ。

 

 

「良い機会だ、リリルカに見せてやるよ。オレから見た世界の一端ってヤツを。大丈夫、退屈はさせないさ」

 

 

 そういうと、20人規模の暴徒達へ両手を広げる。

 歓迎するように、仰々しく、まるで冗談を口にする喜劇役者のような口調で、黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハは告げる。

 

 

「さぁ、開幕の鐘を鳴らせ。舞台の幕を上げろ! 端役(エキストラ)の紳士諸君、ようこそオレの世界へ――――!」

                「――――歓迎しよう。精々楽しんでいってくれ」

 

 

 





>>リリルカ・アーデ
 小人族の少女。
 無責任に焚き付けた黒いののせいで刺し違えてでも終わらせようと決起。
 ナイフでダメだったと気ように毒も隠し持っている。殺意100%。相手は死ぬ

>>カヌゥ・ベルウェイ
 リリを虐めてた犬人の人。
 原作でも虐めていた。牛君に殺された冒険者の人
 
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