俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
「きゃあっ!」
ハルカの元に、猛スピードでキータが飛来し、ハルカは咄嗟に腕を構えて身体をかばう。その動きに同調するように、紫色の魔力が壁のように広がってハルカを守った。
キータは紫色の魔力に衝突し、魔力が爆発する。
「うわっ!?」
身体を持って行かれるほどの突風が発生し俺は思わず槍を碇のように地面に突き立てて踏ん張った。
「あぁ、キータ君……」
俺の目論見は外れ、ハルカは無傷だ。しかし、強烈な衝撃をその一身に受け止めてしまったキータの身体が、かまいたちに引き裂かれた様にボロボロになっている。
「ひどいのよ……」
涙を零しながら、ハルカは力なく横たわるキータの側に座り。
「こんなにボロボロになって、まるであの頃みたい……」
慰めるようにキータの頭や頬を撫でるハルカ。
「あんな悪夢はもう要らないのよ。私たちはもう、何者にも縛られない」
まさかこんな結果になるとは思って居なかったので心が痛む。
その時、
大気が震え、遠く彼方から金属が軋むような音が聞こえてきた。
俺もハルカも空を見上げる。
「アイルくんが泣いているのよ……」
ハルカがそう漏らすと、空から黒い魔力がハルカとキータへ、木漏れ日のように差し込む。
「アイルくんが言ってるのよ。望むままの自由をくれるって」
「っ!」
二人から感じられる魔力、そしてプレッシャーがどんどん強く、大きくなっていく。
「う、グ、」
キータが呻き、薄目を開いた。まるで糸引かれる操り人形の様にゆらりと起き上がり、
「キータくん……二人だけの世界を作るのよ」
ハルカは愛おしげにそんなキータの顔を覗き込み、その唇を奪った。
「あ、ゥ、」
キータの目が少しずつ開いていく。
「うん、お姉ちゃん」
理性を無くした獣の様な声ではなく。明確に、キータとして。彼は言葉を返した。
二人は手と手を合わせ、唇を結び、軽やかに身体を動かし始める。
お互いが、お互いと交わり、心を、身体を、全てを共有していく事を確認するように、ステップを踏み、時に離れ、すぐに肌身を寄せ合い、何度も口づけを交わしながら、舞い踊る。
それと共に、二人に向かって風が――否。引力が発生していく。二人のダンスに呼応して黒い闇が一点に集中して球体を形どり、
ドクン、ドクンと心臓の鼓動の如く脈動しながら、球体は少しずつ大きくなってゆき。
二人の踊りが、ピタリ、と止まった。
同時に、時間まで静止してしまったかのように。引力も、球体の蠢きも、全てが微動だにしなくなって。
不気味さと虚しさを感じる静寂が世界を支配したかと思うと、二人の口が開いた。
「「『司るは――』」」
重なる声に続き、
「『暴食の渇望』」
「『怠惰なる切望』」
二人の声が交互に刻まれ。
「「『静かな世界でただ一人(ふたり)』」」
何一つ示し合わせる事無く、リズミカルに、
「『何もかも喰い尽くし』」
「『安らかな、眠りに落ちるの』」
その詠唱が紡がれていった。
「「『エンデオブ・ダークゼロ』」」
刹那、止まっていた時間が動き出したかのように。
あるいは、力を押さえていた堰が崩壊したかのように。
黒い球体が爆発するように、急激に巨大化していく!
二人の身体も、球体に飲み込まれて消えていった。
「う、ああああ!!!」
球体は強烈な引力を伴って、周囲のあらゆるモノを〝喰らい尽くす〟ように取り込んでゆく。その力は凄まじく、俺は地面に突き立てた槍にしがみ付いて耐えるが下半身が浮かび上がる程だ。
「くぅっ!」
ハルベルトをもう一本マテリアライズし、交互に地面に突き刺して身体を支え這うように引力から逃れる。
「ぜぇ、ぜぇ……」
暫く足掻いて、なんとか自立できる程度まで引力の影響の少ない範囲へと離れた俺はいきを切らせつつ立ち上がった。
「なんだこれ……」
改めて、二人が放った魔導を確認し呆然と漏らす。
黒い球体は建造物ほどの大きさにまで巨大化している。強烈な引力は尚も働き続け、直下の地面がごっそり、すり鉢状に抉れ取られていた。
先程と比べれば緩やかになったモノの、まだまだ巨大化を続けている。
「これじゃあ最早災害じゃないか……」
イーヴィルのクラス分けで、災害級の被害をもたらすモノをクラス3とするが。これは誰がどう見ても異論無くクラス3に認定されるだろう。
このまま放っておけば、球体が何処まで巨大化し、何を飲み込むのか……。
もうダメだ。クラス3のイーヴィルなんて俺の手には余る。お手上げだ。
本能がそう告げていた。
なのに――。
「居るんだろ……? そこに……!」
固唾を飲み込み、冷や汗を拭って。俺は一歩、黒い球体へにじり寄った。それだけでも引力の影響が強くなり、身体が持って行かれそうになる。
やめろ、下がれ。お前に何ができるんだ。
本能が告げる警鐘が、胸の鼓動と鳴って拍動する。
「約束――したんだ!!」
自分に言い聞かせるように。或いは、自分自身を追い立てる様に。
俺は拳を握りしめた。
キータと、ハルカの友達に俺は誓った。
「お前達に、他の誰も傷つけさせやしない……!」
胸の、赤い羽根型の勲章が揺らめく。
この大魔導の正体は掴めないが、なんとしてでもここで押さえ込まなければ未曾有の被害が想定される。八天導師として、看過はできない。
あの球体に、強烈な引力に巻き込まれて無事である根拠なんて無い。
それでも。
「今だけは、貴女に勇気を借りる事を許してください――師匠」
お守りのように、残った切り札、最後の一つである『フェア・クリスタル』を握り込み。
普段なら絶対に認められない、その肩書きを自分自身に課す。
八天導師として、ルクシエラさんの弟子として。
ちっぽけな自分自身を、張りぼての責任感で欺いて。
「ハルカッ!! キータッ!! ――今、そっちに行く」
俺は大きく踏み出した。