俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
「これで大まかなクラスメイトの誘導は済みましたが……」
ボクはボクの半身である巨大な書物を見開き、指でなぞってその文章を読む。
そこには、ボクが経験した事の全てが客観的に書かれている。誰と出会い、何をして、どう感じたのかなどが事細かく。この履歴を確認することで記憶違いや思い違いをせずに情報を整理できる。
「イーヴィルとなってしまった孤児院の方々はともかく、まだ合流できていない子達が心配です」
突然の異常事態だ。ボク自身ユーちゃんと外出していた先の出来事だったので合流が遅れてしまった。孤立した状態でイーヴィルと接敵してしまって居ないだろうか。
八天導師であるボクや、元々軍人だったユーちゃんの様に一年生ながら上級生にも劣らない戦闘力を持つ魔法使いはそれなりに居るもののあくまで少数派だ。
多くはまだまだ魔導の基礎を学んでいる段階、クラス1程度ならともかくクラス2以上のイーヴィルとの戦闘は危ういだろう。
と、戦場となっているグラウンドを見渡しながら思案しているところへ。
ボクの携帯端末がけたたましくアラームを鳴らす。
「ッ! 救難信号!?」
それはクラスメイトからクラスのリーダーへ向けた非常用の通知だった。
「ドルチェさんからですか!」
合流できていないクラスメイトの一人からの信号だ。ボクは慌てて信号の発信方向へと駆けた。
◇ ◇ ◇
救難信号の発信元はレーダーに表示される。その表示に従ってすすむとたどり着いたのは。
「〝永久の森〟!」
魔導によって独自の時間が過ぎる管理された魔境。魔力資源が豊富故にイーヴィル以外の魔物や野生動物も住み着く学園の採取地だ。
普段ならば危険な存在は魔導が自動的に排除したり、教員が処理してくれるので安全なのだがこの非常事態に何処まで機能しているかは判らない。
不運にもこのタイミングで採取、あるいは遊んで居たのだろう。信号は何かに阻まれる事無くまっすぐ出口であるこちらに向かっている。ボクも永久の森に侵入し、発信源の方へと進んだ。
お互いがお互いに近づく方向に進んでいるだけあって、あっという間にその主と合流する。
「リィーダァー!!」
「ドルチェさんっよくぞご無事で!」
涙混じりに飛びついてくるドルチェさんをボクは抱きとめた。
これでボクのクラスメイトの中で状況を把握できていないのはハルカさんだけだ。ハルカさんは孤児院由来の生徒、おそらくはイーヴィルになってどこかで暴れているのだろう。
「一年生は後方支援を任されています。ボクが護衛しますので保健室に向かいましょう」
ともかく、まずはドルチェさんを無事に安全圏に送り届けるのが先決だ。
と、彼女の手を引き永久の森を後にしようとした所――
「ま、待ってリーダー!」
ドルチェさんが踏ん張ってボクを引き留める。
「どうかなさいましたか?」
「大変、大変なんです!」
止めどなく溢れる涙を振り切り、強く訴えかけてくる。
「ハルカちゃんとキータくんと遊んでたっす、そしたら、二人が突然黒い光に覆われて、イーヴィルになっちゃって、」
やはりハルカさんとキータくんもイーヴィルになっていたのか。
「私、私何も出来なくて……っ、やられちゃいそうになってた所を、助けて貰ったんっす。リーダーと同じ、羽根の勲章を付けてる人――赤い八天導師さんに!」
――赤い八天導師!?
「先輩が二人と交戦しているんですかッ!?」
「うん……でも、勝てないって……だから、私、頼まれたっす。誰でもいいから、応援を呼んで欲しいって。それまでは絶対に持ちこたえてみせるからって!」
じとりと冷や汗が浮かぶ。呼吸と脈拍が乱れるのを感じるがドルチェさんに気取られては不安を与えてしまう。
「早くしないと、あの先輩食べられちゃうっす!!」
ボクは平静を装い、そっとドルチェさんの頭を撫でた。
「重要事項の伝達、ご苦労様です。ありがとう」
かつて、右も左も判らなかった頃に先輩がそうしてくれたように、優しく、なんども彼女の頭を撫でてなだめる。
「まずは貴女の避難が優先です」
「でも――」
「大丈夫。先輩はお強い人です。そして――決して約束を破るような事はしませんから」
最大限の信頼を込めて言う。そうだ。先輩が簡単にやられてしまう訳がない。そう、ボク自身にも言い聞かせるように。
ドルチェさんは涙を呑んでこくりと頷いてくれた。
「いきましょう! ドルチェさんは前を。背中はボクが守りますから!」
「了解ッす!」
ドルチェさんを先頭に立たせ、後ろ髪を引かれる思いでボクは永久の森を後にした。
◇ ◇ ◇
ドルチェさんを保健室に送り届けた後。ボクは全速力で駆け出した。
向かう先はグラウンドで交戦している上級生の一角、4年B組!
「『皆さんに、豊穣なる大地の祝福を――』」
4年B組の委員長にして八天導師の一角、地面に届くかと言うほどに長い三つ編みを下げた少女アーシェの姿を捉える。
「『アース・ブレス』!!」
黄金の魔力が拡散し、交戦している学生達に降り注ぐ。直後、彼らの動きが素人目で見ても判る程明確に、一段階レベルアップした。
体力・魔力双方の補充に加えて強力なエンハンス効果、アーシェの襲名魔法だ。
後方から戦況を分析し、適切に援護を行っているアーシェに。
「アーシェッ!!」
ボクは問答無用で詰め寄った。
「ほわぁっ!? し、シジアンさん!?」
アーシェは突然の来客に目を白黒させて驚いているようだが、今はそんな事気にしている時間はない。
「アリシアさんを借りますッ! 良いですか!? 良いですよね!!」
強引に要件を伝えると、アーシェはあわあわ言いつつも冷静に、
「ぅえ!? ま、待ってください! アリスさんはこのクラスの生命線ですぅっ! 私じゃ手の回らない細やかな回復を担って貰っているのに、居なくなられたら戦況が瓦解しかねませんよぅ!」
と、至極真っ当に訴えて。
「先輩のピンチなんですッ! 申し訳ありませんが問答している暇はありません、これでなんとかしてくださいッ」
と、ボクは端末を一つアーシェの豊満な胸に押しつけて、
「あのー、今名前呼ばれなかったかな? って、部長さん?」
ひょこっと顔を出したアリシアさんの手をぶんどるように握り。
「ふぇっ!?」
「先輩を助けにいきますっ! 貴女の支援が必要です!!」
と有無を言わさずに手を引いて、
――ドルチェさんの護衛に、4年B組との接触、時間は相当かかってしまってる。どうか無事で居てください……先輩!!
はやる気持ちを抑え、永久の森へと駆けた。
◆ ◆ ◆
「ええ!? 救援が必要なのは判りましたが、困りますよぅ!!」
取り残された私は困り切ってキョロキョロ周囲を見渡す。
「ええっと、アリスさんが居なくなった分魔法の出力を上げないと――でもでも、あんまり力を入れすぎると副作用がぁ!」
『アース・ブレス』は回復も強化も出来る強力なエンハンス魔法なのだが、適正容量がありそれを超えると副作用が発生してしまう。そのため、細かな傷の回復にいちいち使っていると副作用の発現の危険性があるのだ。
文字通り頭を抱えて嘆く私に元へ。
「心配要りません」
「えっ!?」
音も無く現れたのは半裸のバーサーカー――もとい、4年A組のナギさんだ。
――は、半裸のバーサーカー扱いしてご、ごめんなさいぃ!
私は咄嗟に頭の中に浮かんだ単語を振り払って心の中で謝罪した。
「シジアン殿から要請を受け取りましたこれより4年A組はB組の指揮下に加わります」
と、シジアン先輩から渡された端末を指さした後に敬礼する。どうやらシジアン先輩は端末でナギに要請を駆けた上で位置情報を発信していたようだ。
「ありがたい申し出ですが、そんな突然構わないんですか?」
「ええ。A組は元々欠員が多い上にリーダー不在でして。経験から私が代理で指揮していた状況です。B組の皆さんと合流できた方がこちらもありがたい」
と、A組の状況を伝えてくれる。確かに数えて見ればA組は八天導師とイーヴィル化した生徒、要警護対象であるユウさんの離脱で半数以上欠員が出ている。
「わ、判りました!」
状況を理解した私は首を大きく縦に振りかぶった。
「私は後方で回復支援に徹しますが、想定外の事態が起こって攻め手が必要になった場合は指示してください――2秒で片付けますので」
「は、はいぃ……」
恐ろしくも頼もしい宣言に、ゾクリと悪寒が走るけど。気を取り直してA組と合流する旨をクラスメイトへ発信した。