俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
俺は……どうなった?
暗い。何も見えない。
浮遊感。
そうだ、感覚はある。
意識もある。
なんだろう。
もやもやする。
心が……悲しい。辛い。
お腹、空いたな――。眠い、な――。
「ああ、そっか」
きっとこれが、ハルカとキータの苦しみだ……。歯を食いしばって自分の頬を叩く。何も見えないし、何も聞こえないけど自我を確かにはっきりと持つ。
この闇の中のどこかに二人が居る筈なんだ。
『大変な事態になったものだ』
声が、いや。言葉が心に直接伝わってきた。
「誰だ!?」
『路傍の雑草にも等しい私の事など今はどうでもよかろう』
謎の意志は俺の言葉に、明確に返答してくる。
『よもやここまでとは想定していなかった』
「想定? あんた、何を知っているんだ」
『知っている、と言うよりは考察なのだが。それでも良いのならば教えよう』
どうやら敵対的な意志では無い様子だ。俺は静かに、心に響いてくる言葉を待った。
『〝クラウンド・ダークマター〟、これは人間を故意にイーヴィル化する魔法であるのだがその大本となったのは少女アリシアを支配していたイーヴィルだ』
「アリスの一件が関係あるのか?」
どうやらハルカとキータは、おそらく第四の賢者カイが発動した〝クラウンド・ダークマター〟という魔法のせいでイーヴィルになってしまったらしい。
『テラはかのイーヴィルを〝サキュバス〟と名付けた。恋心、色欲、人間の本能からこぼれ落ち淀んで生まれたイーヴィルに相応しい名だろう』
「それとハルカ達と一体なんの関係があるって言うんだ?」
『人々は生きている限り様々な願いを抱く。この世界は、そんな願いを叶える為に生み出された優しく、美しい世界だ。だが、清濁併せ持つのが人間というモノ。イーヴィルとは即ち、〝悪しき願い〟。人々が持つ願いのうち、秩序を乱すもの、或いは社会という営みの中で抑圧しなければならない感情。不特定多数の人間が心の片隅に抱えている心の闇。それが集まり、魔物として顕現した存在である』
イーヴィルであった頃のアリスは言っていた。〝私は人々の願い〟だと。今聞かされた考察はその言葉を裏付けるに足りるだろう。
『言ってしまえば、イーヴィルは人の欲望そのものなのだ。だからこそ、かの少年少女達は〝クラウンド・ダークマター〟という魔法と殊更相性が悪かった。――いや、表現としては、相性が〝良かった〟と言うべきか』
漸く、心に届く声は核心に迫る。
『イーヴィル〝サキュバス〟が司っていたのは恋心や色欲という人間の根源的欲求――即ち三大欲求の一つ、〝性欲〟だ。三大欲求は人間が生きている限り決して逃れることは出来ず、誰しもが抱く強く、大きな願いだ。ほぼ全ての人間が持っている。故に強大なイーヴィルとなった。ここまで伝えれば、もう判るであろう?」
「ハルカとキータが抱いた願いは眠りと食事――三大欲求、睡眠欲と食欲!!」
『正解だ。流石、テラが選んだ魔道士だな』
「じゃあハルカとキータはアリスの時と同じくらい強大なイーヴィルになってしまったっていう事なのか!?」
『残念ながら、そこは不正解だ。イーヴィル〝サキュバス〟との決定的な違いを、君は見ているだろう?』
言われて、ハッとする。そうだ、アリスと戦った時とは決定的に違う点があった!
「〝原初の魔力〟……!」
『そうだ。〝拒絶の闇〟が、目を付けてしまった』
「つまり、ハルカとキータはアリスを支配していたイーヴィルよりも更に強大だって言うのか……」
『正解だ。さて、ここで君に問いたい。この先に待っているのは、それほどの存在だ。どう考えても君の手には余るだろう。瞬く間に、命を失うやもしれない。それでも――進むと言うのかね?』
その問いかけに。俺は。
咄嗟に答える事が出来なかった。
俺は決して強くない。ここまでだましだまし戦ってきたが、もう万策尽きかけている。
俺に残されているのはたった一つの輝石――『フェアクリスタル』だけだ。
俺なんかに何ができる?
このまま闇の中で漂って、助けが来るのを待った方がよほど賢明だ。
そう、きっと……それが正しい選択、なんだろうな。
「進むよ」
でも、これが俺の意志だ。
『何故?』
「ハルカとキータが、もっとヤバい存在になろうとしてるっていうのなら。俺はそれを少しでも食い止めなきゃいけない。幸い、残ったのは一個だけだけどルクシエラさんに借りた〝破滅の光〟もある。勝てなくても、一矢報いる位はできる筈だ」
『一矢報いた結果、君が命を落としてもいいと?』
「そりゃ、死ぬのは怖いよ。でもさ――俺、〝八天導師〟なんだ」
手探りで胸をまさぐる。そこには確かにあった。羽根状の勲章、八天導師の証が。
「なんでだろうな。ついこの間入ったばかりの組織なんだけどさ。俺、〝八天導師〟である事に恥じない人間でありたいって思う」
俺は弱い。
それなのに八天導師になった。
選んで、貰った。
ティアロ校長が俺を必要だと言ってくれたから。
ルクシエラさんとドライズの助けになれると思ったから。
実力も無いのに、受け入れた。
それは俺のわがままにも等しくて。
「この戦いが始まる直前にさ、下級生が安心した目で俺を見たんだ。〝八天導師〟だからきっとハルカ達を助けてくれるって。でも、俺にそんな力は無いって伝えたら、やっぱりがっかりして。当然だよな、周りから見たら、関係無いんだ。俺も、ルクシエラさんも、ドライズも、そして他のみんなもみんな同じ〝八天導師〟――強い、魔法使いに見える」
俺が弱い事なんて、助けを求めていたあの子には関係無い。
学園の秩序を守る事が〝八天導師〟の勤めならば。
誰かを助ける事が〝八天導師〟の責務ならば。
逃げる事は、できない。
「ちっぽけで、弱くて、どうしようにもない俺だけど――こんな俺でも、認めてくれた人達が居る。こんな俺でも、期待してくれた子が居る。その気持ちを裏切りたく無い」
それが俺の正直な心。
ちっぽけな石ころの――譲れない、たった一つの意地。
「俺に出来る全てをやる」
その果てに広がる光景が暗闇でも、後悔するのは全部出し切って、やりきってからで良い。ああ、やっぱり俺には無理だった、って後になってから思えば良いんだ。
「挑みもしないで責務から逃げて、自分だけでも助かろうだなんて、そんなの、俺の大好きな人達に顔向けできないからさ」
決意を込めて、ありのままの気持ちを俺は伝えた。