俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
『それが君の答えか、炎天』
謎の意志は納得した様子だった。
次の瞬間。
真っ暗だった世界に、青い奔流が現れる。それは水属性の魔法のようだった。
青い奔流が闇を上書きし、やがて中心を境に割れていく。
何処かで見かけた、海が割れる絵に近い光景だ。
そして自分の姿が、はっきりと視認できるようになった。
『道は開いた。その先に、彼女たちは居る』
「案内してくれるのか?」
『ああ。だが私如きにできるのはそこまでだ』
「どうして助けてくれるんだ? ――あんた〝第四の賢者〟だろ?」
半分は直感だった。心に直接届く言葉に声色は無い。ティアロ校長をテラと呼んだ事、全体的な口調から推察して問う。
『ふむ。その問いには不正解、と答えよう』
「なんだ、外れか」
予想が外れて、ちょっと恥ずかしい。
『私は賢者などでは無い。言っただろう? 路傍の雑草だと』
「なんか、親近感湧くな」
俺は自分の事を石ころだと思って居るから、この謎の意志とは気が合うかも知れない。
『私もだ。故に君にコンタクトを取った』
俺は開けた道を進む。
「残念だな。もう少し時間があれば仲良くなれそうなのに」
これから向かう先は死地に等しいと念押しされている。きっとこの謎の意志とのやりとりはこれが最後になるだろう。
『ならば。この一件が落ち着いたらまた話そう』
「死ぬかもしれないなんて脅して置いて、それを言うのかよ」
『ああ。何せ私は――君を応援しているからね』
闇の中をぐんぐん進んでいく。
『現在の状況を整理して教えよう。事の発端は、風天アイルを対象として〝クラウンド・ダークマター〟が発動された事による。彼の願いは、彼が愛する者達の願いを叶える事だった。しかしイーヴィルは歪んだ悪しき願いの具現化だ。結果として彼は〝クラウンド・ダークマター〟と同じ効果を持つ魔法を仲間達にばら撒く事となった』
「なっ、アイルさんがイーヴィル化したのが発端なのか!?」
不穏な気配から、ハルカとキータだけの問題ではないとは薄々思って居たがまさか強い魔道士であるアイルさんまでもが事件の渦中に巻き込まれていたなんて。
『当然ながら素体となった魔道士の魔力と能力が高ければ高いほどより強大なイーヴィルとなる。テラの弟子であり八天導師の総帥である風天アイルのイーヴィル化はこの先に居る双子の一件とは逆のパターンとなる』
「イーヴィルは人々の願いからこぼれ落ちて生まれる魔物、多くの人々が持っている願いが核となっている程に強大になる、と言うのがハルカ達のパターンだよな。その逆、てーとアイルさん自身の願いはそれ強い訳じゃないのか?」
俺の質問に謎の意志は答えてくれる。
『強い訳ではない、というより限定的だった。〝特定のある孤児院に由来する者達の願いを叶える〟だなんて願い、孤児院の当事者でもなければ抱かないからな。が、〝願い〟としての性質は弱くとも〝アイル本体の能力の高さ故に〟ソレ単体でも並みのクラス3イーヴィルを超える力を秘めていた。そこに加えて原初の魔力、〝拒絶の闇〟まで付与された結果生まれたイーヴィル=アイルは未曾有の脅威と化している。英雄イクリプスはイーヴィル=アイルをクラス3をも遥かに超えるイレギュラー、クラス4イーヴィルとして認定した』
どうやら外では俺が思っている以上に重大な事態が発生しているらしい。
『現在、イーヴィル=アイルは英雄イクリプスが足止めをし、戦況は膠着状態にある。加えて、世界の中心たる氷天ドライズが対処に向かった。到着すれば戦況は八天導師側に傾くだろう。そうなればイーヴィル=アイルはいずれ討伐される。――が、今すぐにとはいくまい』
ドライズがアイルさんを止めに向かっていると聞いて、安心した。あいつなら大丈夫な筈だ。
『問題はこちらなのだ。イーヴィル=アイルは彼にちなんだ子供達をイーヴィルと化したがここまで述べた通り、少女ハルカと少年キータが複合したこのイーヴィルは他の子供達のイーヴィルとは訳が違う。人の根源たる願いを糧にし目覚めつつある。始末の悪いことに悪辣な〝拒絶の闇〟は彼女たちにまで目を付けてしまった。もしもこのイーヴィルが完全に目覚めた場合その危険度はイーヴィル=アイルに勝るとも劣らない存在、即ち同じくクラス4のイーヴィルとなるだろう』
想定外の存在、クラス4という階級の重圧にゴクリ、と思わず生唾を飲み込む。
『想定外たるクラス4イーヴィルとはただ単体で存在するだけで世界そのものを壊し兼ねない脅威だ。それが二体も同時に出現してしまった場合――それだけでこの世界が崩壊する事も考えられる』
「なんだって!?」
つまりハルカとキータがクラス4イーヴィルとして完全に目覚めてしまった時、アイルさんがまだイーヴィルのままだったら世界そのものが崩壊するって事じゃないか!?
『正解だ。そういった観点から見れば、例え力及ばずとも一秒でも二秒でも彼女たちの覚醒を阻止しようとする君の判断は正解だったな』
「待ってくれよ! それじゃあまるで俺の戦いに世界の運命までかかってるみたいじゃないか!!」
勘弁してくれ!! 俺は主人公じゃ無い。世界を守るとか、世界を救うとか、そんな器じゃ無いんだ。ただ、ハルカとキータを助けたくて、あいつらに罪を背負わせたくなくて、戦うんだ。友達として、八天導師として。
なのに、そんな事を言われたら――
嫌な汗が流れ出す。心臓の音が意識しなくても頭の奥に響いてくる。
『怯えているな。緊張しているな――なのに君は〝走る〟のだな』
そうだ。俺は走り出していた。さっきまではこの意志から情報を得ながら、闇の中を悠長に歩いていたのだがそれほどまでに切迫した状況であるならば急ぎ足にもなるだろう。
「だってドライズの為に少しでも時間稼ぎが必要なんだろ!?」
『良いことを教えてやろう』
「こんな時にまだなんかあんのか!!?」
『こういう時〝普通は〟足を止めて怖じ気づくものだぞ。私ならそうする』
更に爆弾情報が放り込まれると思って居た中、思ったよりもどうでも良い事を言われて思わず俺はちょこっとだけキレた。
「俺だってそうしたいのはやまやまだけどそういう場合じゃねえってあんたが言ったじゃ無いですかねぇ!!!」
俺がちょこっとだけキレ散らかしているウチに、視線の先に僅かな光が見え始める。
世界の存亡とか、そういうのは主人公(ドライズ)の管轄だ。あいつがアイルさんを可及的速やかになんとかしてくれると信じて、俺はハルカ達を差し違えてでも食い止める!
『では健闘を祈る、炎天ファルマ』
やがて視界が開けていく。
『力は無くとも、希有な才能は無くとも、君は十二分に〝特別〟だと私は思うよ』
その言葉を最後に謎の意志の気配は感じなくなった。