俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
『人が生きるって言うことは、何かを犠牲にするって事でーす』
言葉が詰まった。
『何かを食べたら、食べられたモノは死んじゃいまーす。お家を建てれば、そこにあった木や石、土は壊されまーす』
トーラと名乗った〝拒絶の闇〟の言葉が胸に突き刺さる。誰もが無意識に行ってきた事、その行為の真理をトーラは述べる。
『この子達が、キミ達の呼ぶイーヴィルという存在として目覚めて、その願いを叶えたとして。その時多くのモノを犠牲にするとして。それって普通に生きているのと何が違うのかなー?』
確かに命が命である以上、常に他の何かを犠牲にして成り立っている。言われるまで気付かなかった。意識しなかった。
『トーラちゃんは人の営みを見るのが大好きでーす。人間が生きて殺して、死んで生まれて、作って壊して。トーラちゃん達はそんな人の営みを守る為に存在してまーす』
「イーヴィルは人を襲う! 世界を傷つける! そんな存在を育む事の何処が〝人の営みを守る〟っていうんだ!?」
『そう、トーラちゃんが気にしているのはまさしくそこなのでーす。キミの悪い所もそこでーす』
「は?」
予想だにしていない点を注意され、思わず言葉がこぼれる。そんな俺に、トーラは語り続けた。
『現代(いま)を生きてる人達って、ちょこぉっと価値観が歪んでるよー。言った筈でーす。生きることは何かを犠牲にする事。何かを殺すこと、傷つけること、それは決して〝悪い〟事ではない筈でーす。なのに現代(いま)を生きる人達は殺すこと、傷つけることを忌避してしまっていまーす』
何を、言っているんだろうか。この存在は。
『自分がやりたい事の為に他人を襲うことは何も悪い事ではありませーん。生きる事の延長線上でーす。でも、そんな〝悪く無い行為〟を
違う。
『トーラちゃんが現役だった
そんなの、大昔の話だ。漸く社会が営まれ、人が漸く人として生きるようになり始めた頃の話だ。
「ズレてるのは……歪んでるのは、アンタだ……」
『ちがいまーす。トーラちゃんが正しいのでーす。欲望には素直になっていいのでーす。殺したいなら殺しちゃえば良いのでーす。奪いたいなら奪えば良いのでーす。犯したいなら犯せばいいのでーす』
この意志とは、価値観に絶望的なまでの隔たりがある。――わかり合えそうもない。
『ここは人の願いを叶える世界でーす。とっても素敵だと思いまーす。でもそんな世界で本当なら〝叶えられるべき願い〟であるものが〝
一体この意志は。トーラと名乗る〝拒絶の闇〟は。ここまでの話をどんな顔をして話していたのだろうか。狂ってる。しかし……多分、きっと、このヒトは笑顔で語っているのだろうな……。
『殺し合う事は全然良いことですよー? 弱肉強食は世界のルールでーす。だから〝叶えられるべき願い〟が戦い、負けちゃって消えちゃう事自体は仕方ないでーす。でも、ずーっと負けてばっかりで、消されてばっかりで、かわいそうじゃないですかー。だからトーラちゃんは〝叶えられるべき願い〟さん達の方に力を貸してあげようかなーっと思ったのでーす』
トーラの言っている事は、主張は。その根源にあるモノは理解出来た。
人が生きるという事は何かを殺し、傷つける事。それは悪い事では無い。だからこそ、俺たちが〝
『トーラちゃん的には、キミ達が〝
そんなの、間違ってる。
イーヴィルは人を傷つける。俺が願ってしまった〝悪しき願い〟は、無関係だったアリスを巻き込んだ。そしてアリスの心まで歪めてしまい、イーヴィルとしての魔力を消し去って尚偽りの恋心を刻み込んでしまった。
人が生きる為に何かを犠牲にする事。それは仕方の無いことだろう。悪い事などではないのだろう。だが、だからといって〝人を傷つける行為全て〟を容認するのは話が飛躍しすぎている。
俺は――イーヴィルという存在を認めない。
「今クラス4イーヴィルが二体現れたらそれだけで世界が壊れるかもしれないんだぞ! それなのにイーヴィルを育む事の何処が〝人の営みを守る〟だ!?」
『トーラちゃん言いませんでしたかー? 人の営みとは生きて殺して、生まれて死んでを人同士で繰り返していく事でーす。人が人を殺す事は、トーラちゃんが大好きな人の営みの一部でーす。もしおっきな〝叶えられるべき願い〟さん達が二つ完成して世界が壊れても。そのせいで多くの人が死んだとしても、それは人同士の営み、全然OKだと思いまーす』
やっぱりだめだ。この人の価値観は根本的におかしい。
俺はハルベルトをトーラに向けた。
『あらら、長話はお終いですかー? 折角イイ感じに時間稼ぎが出来ていたのにー』
どうやら今までつらつらトーラの価値観を説明していたのは、ハルカ達がイーヴィルとして融合するための時間稼ぎだったようだ。まんまとしてやられた。
『と、言っても――トーラちゃん、歴戦の勇者なのでー判っちゃいまーす』
全身暗紫色に塗りつぶされていて、表情なんて判らない。かろうじて、身振りだけが判断できるが……きっと今のトーラは可愛そうなモノを見るような目をしていると思う。
『キミは弱い。ちっぽけでーす。メインの魔力は風の魔法使いさんに送ってしまっていますが、キミ程度ならこっちのトーラちゃんでも十分でーす』
暗紫色の魔力が棒――いや、槍の形となって幾つも作られる。
『やっぱり意見が対立しちゃった時は、ぱわープレイが一番でーす』
槍の雨が、俺に差し向けられ降り注いだ。
「うわあああああ!!!」
走り回り、マテリアライズで壁を作り、槍の雨を防ぐ。が、防ぎきれない。
『弱肉強食。トーラちゃんが現役だった時代(ころ)は、これが普通でしたー。現代(いま)の子達は争わなさすぎでーす』
なんとか力を神経を集中させて致命傷だけは回避する。四肢、肩、脇が暗紫色の魔力に削れていく。
『人が死ぬ事は決して悪い事じゃないんですよー? 寧ろ適度に死んでくれないと生まれてばっかりじゃあ人が増えすぎて資源が無くなっちゃいまーす。トーラちゃん、人間の営みが大好きなのでそれで人類絶滅ーだなんて嫌でーす』
「『二連朱槍』ッ!」
暗紫色の槍の雨を掻い潜って、俺はハルベルトを投げる。しかし暗紫色の魔力が薄い板のようになって俺の魔法を阻んだ。
『大丈夫、トーラちゃん達はずっと世界を見守ってきていまーす。今の世界には人間の営みを邪魔する連中がいませーん。生きて、死んでを繰り返して、人生を楽しんでくださーい。次の人生では、幸せを勝ち取れる方の人になれるといいですねー』
暗紫色の魔力が、大きな鎌の形を取る。
全てを断絶する闇で構成された大鎌は俺の首を狙って一閃された。