俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
イクリプス視点
俺は焦っていた。
奥歯を噛みしめ、剣の柄をぐっと乱暴に握る。
決して、『苦戦しているから』ではない。
「クソがッ!!」
太陽を象った紋章の浮かぶ大剣を、彼は軽々と片腕で振るう。
対峙するのは兄弟弟子であり、長い付き合いの友人がイーヴィルと化した存在。
巨大な鎧のような金属質の腕が、俺の剣を受け止める。
全ての魔法を魔力レベルまで分解し、無効化してしまう特異体質、原初の魔力が一つ〝破滅の光〟を宿して尚朽ちることも、錆びる事もない。オリハルコンという金属で作られた神器にも等しい剣である。
俺が発動した魔法、『トータル・イクリプス』は自分自身に〝破滅の光〟をエンチャントし光の速さでの攻撃・移動。そして手にする武器へも〝破滅の光〟を付与させる。
あらゆる魔法を切り裂き無効化する力がある。
そんな俺の剣が。二度の人生の中で今、初めて、受け止められていた。
イーヴィル=アイルには常に大量の暗紫色の闇属性と思われる魔力が蛇のように絡みついており、その魔力が〝破滅の光〟を妨げている。
「ッ」
大剣を受け止めらた瞬間だった。この混乱に乗じてか。それとも、イーヴィル=アイルが発動した魔法の副作用か。
クラス2以下相当のイーヴィルが自然発生しては学園の生徒を襲っていた。それは、事件の中心であるこの決戦場。学園の上空であっても変わりない。
巨大な鳥の姿を化け物が生まれ、漁夫の利を狙うようにアイルと撃ち合うイクリプスに突撃する。
しかし。
「失せろ」
苛立たしげに呟いて、迫り来るイーヴィルを睨んだ。
ただ、それだけで。
イーヴィルは白い光の爆発に飲み込まれて、蒸発するように消えてしまう。
圧倒的な破壊の力。それだけの能力を、イクリプスは有している。
――ダメだ。これ以上は……!
だからこそ。俺は焦る心を抑えられない。
『トータル・イクリプス』は発動後、全身を白い光が包み背後に真っ白な円の形をした魔力が発生する。これは『トータル・イクリプス』という魔法の出力レベルを可視化したモノだ。この白い円が徐々に黒い円に侵食されてゆき、残った白い部分の輝きがより強くなっていく。その名の通り〝皆既日食〟をモデルにした演出である。
この演出には二つの意図がある。一つ目は、仲間への警告。〝破滅の光〟は強力な魔力であり、出力の場合によっては周囲一帯を更地にしかねない危険な力だ。
現在の出力レベルを可視化する事で仲間に向けて〝破滅の光〟の余波に巻き込まれないように警告する意図がある。同時に、敵に自身がどれほどの力を出しているのかを見せつける事になるがこれが二つ目の目的だ。最も、結果的に利点になっているだけなのだが。
〝破滅の光〟は膨大すぎる魔力だ。例えこの状況に置いても俺は本当の意味での全力は出していない。現在『トータル・イクリプス』は白い円のうち1/4も浸食されていない。それだけ、〝手を抜いている〟という事である。この事実が、敵対者を畏怖・威圧させる。〝破滅の光〟という底なしの魔力が、どれほど脅威であるのかを見せつけられるのだ。
しかし――
イーヴィルの様な知能の低い相手にはこの威圧効果も意味が無い。
そして、俺が焦る理由。それは……〝破滅の光〟の使い勝手の悪さのせいだ。
「『オ前の自由ヲ否定しヨう』」
巨大な鎧の塊、その頭部がカタカタ動き、くぐもったアイルの声が響く。
「『エア・バインド』」
暗紫色の魔力と風の魔力が、無数の縄のように伸びてイクリプスに絡みつこうとする。
「エアだと……?」
ささくれ立った心を更に刺激され己の表情がもっと歪んでいくのを感じる。
四肢を胴体を、縛り付けるように近づく風と闇の魔力を。
俺は怒りのままに切り伏せた。
風の魔力はあっという間に消し去り、緑色の粒子となって霧散していく。しかし闇の魔力はイクリプスの刃にしつこく纏わり付き、何度も剣を振るうことで漸く振りほどけた。
「イーヴィルの分際で、襲名魔法のつもりか? アイルの名で。アイルの声で。自由を否定する魔法を使うだと?」
襲名魔法とは、昔からの風習で己の代表作にあたる魔法を開発したとき自身の名前をもじった名前を付けたモノだ。俺ならば、『トータル・イクリプス』が襲名魔法である。
アイルという名は、〝Air〟空気という単語から付けられたのだとアイル自身が言っていた。だがアイルは中々自身の納得のいく魔法を開発できず、固有魔法を作成はすれど襲名魔法とする事は避けてきた。
焦りと怒りが、かつて無いほどイクリプスの心を揺さぶっていた。これほど焦燥した経験など一度も無い。
「ふざけるのも大概にしろッ!!」
俺は人付き合いが苦手だ。誰かと仲良く、親しく語り合う事などしないタイプの人間だ。だがな、俺だって一人の人間である事には変わらないんだ。
人並みに誰かを愛し、俺なりの方法でその愛を表現する。俺にとってはその手段が〝過干渉しない事〟であり、交流は少なくとも兄弟弟子で弟分であるアイルを心底大切に想っていたつもりだ。
だからこそ、許せない。
アイルの純粋な願いを、こんな歪んだ形で暴走させ、顕現させた〝第四の賢者〟を。
アイルが常に主張する〝自由〟を否定するような魔法を、イーヴィルとなったアイルが使う事を。
怒りで『トータル・イクリプス』の出力レベルが一段階上がりそうになるのを、奥歯を噛みしめて堪えた。
――これ以上は加減が効かないッ!!
現在戦闘は拮抗状態にある。俺の振るう〝破滅の光〟を未知の原初の魔力がかき消してしまうからだ。
ならば〝破滅の光〟の出力を上げれば良いだけの話――とはいかないのだ。
名前の通り、何もかも全てを破壊する〝破滅の光〟は、本来の光属性の魔力と比べものにならない程扱いづらい魔力だ。普通の魔法使いなら魔力を、1,2,3,4と段階を経て出力を上げていける。しかし、俺にはそれができない。
〝破滅の光〟は、1,10、100、1000と一段階出力を上げるだけで大幅に破壊能力が上がってしまうのだ。相手が、ただのイーヴィルであれば何の問題も無かった。未知の原初の魔力を超えるほどの〝破滅の光〟を叩き付け、それでお終いだ。
だが……。現段階で拮抗状態である今。一段階出力を上げてしまえばイーヴィル=アイルを倒す事は可能だろう。
――塵一つ、残さずに。
事実上アイル自身を人質に取られた形で戦闘している。それが大きな足かせとなっていた。
――どうする、イクリプス?
怒りを、焦りを堪え、考えを巡らせる。多くの戦いを経験してきた。その手を何度も血に染めてきた。俺だってアイルは救いたい。
けれど――
――この地獄絵図の様な光景を、アイルが本心から願っている筈などない事は判りきっている。
眼下の学園ではイーヴィルと生徒達が交戦している。そのイーヴィルの中には、アイルが愛した彼と同じ孤児院に所属していた生徒がイーヴィル化してしまった者も居てクラス2と3の中間ほどの力をもって暴れている。
――アイルならば……きっと、こう結論を出すだろう。
目を閉じすぅっと深呼吸をした。怒り、焦り、迷いが霧を払うかのように消えていく。
――今まで、何度だって汚れ仕事を引き受けてきた。俺は、俺が愛する人達が幸せであるならば憎まれようが、蔑まれようが、構わない。嫌われ役は、慣れている。
昏い覚悟を宿した光を灯して瞼を開く。
「アイル。お前の本当の願いくらい、俺は判っているつもりなんだ。許せとは言わない。だが俺はお前の為にも。そしてお前が愛する者の為にも――お前を殺す」
『トータル・イクリプス』の出力を示す白い円。それを浸食していく黒い影が、広がろうとしたその時。
「ダメェェェェッ!!!」
少女の悲痛な叫びが、俺の魔法を中断させた。