俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
「あーっ! 暇ですわぁー!!」
学園の保健室にて、椅子の背もたれに身体を預け両の腕を大きく広げて私(わたくし)はぼやいた。
「ご、ごめんなさい。私なんかの護衛の為に迷惑を――」
そう言って頭を下げるのは、空から降ってきたという記憶喪失の少女、ユウ。ドライズのクラスメイトだ。
「あら。勘違いなさらないで。貴女の護衛をする事を決めたのは私自身の判断です。謝る必要なんてありませんわ。ただ、それはそれとして事実暇なだけなのです」
と私はユウの白から黒にグラデーションしている彗星の尾の様に美しく長い髪を乱暴になで回した。
「ふぇあぁ、」
そんなに力を入れているつもりはないが、ユウは頭をそのまま揺さぶられ、目を回す。
「八天導師は各自の判断での行動。第一にこの乱戦状態では私の魔法は味方を巻き込みかねません。第二に、上空から感じる巨大な闇と光の魔力。恐らくイクスが敵の親玉とやりあっているのでしょう。なれば、私は別の役割に準ずるべき。そして最後に。こうした混乱状態でこそ、最も警戒しなければならないのが陽動作戦の可能性。この学園には資財秘宝は数あれど――世界の鍵を握る貴女を上回る程大切な存在はありません。イクスが戦闘に出ている今、残った学園最高戦力である私が貴女を護衛するのは至極真っ当な判断ですわ」
「そ、そう、なんですかぁ……」
「ここは学園の中で最も安全な空間。医療設備完備、防犯、敵対魔導対策も完璧。その上で学園最強の魔道士たる私が居るのです。ここで大人しくしてれば、仮に敵の狙いが貴女であったとしても手出しはできません」
ユウは目をぐるぐる巻きにしてふらふらしながら呟いた。私の話を何処まで理解出来たのかも怪しい。
「暇って言うんならぁ、こっちのお手伝いして欲しいんだけどぉ?」
間延びした語尾が特徴的な、優しい声が聞こえる。
ピンク色の髪を二つ結びにした、十代の子供よりも更に小柄な人物。学園のトップを司る三賢者の一人、ジン先生がダボダボの白衣の袖を振るう。
「そうしたいのはやまやまですが……なーぜーかー私、家族にも、弟子達にも、『頼むから余計な事はしないでくれ』と懇願されて、救援、医療行為を辞めさせられるんですよねぇ。本当に何故かしら」
在りし日の事、家族達全員に身体を取り押さえられてどうどうとなだめられたのを思い返す。まるで人をじゃじゃ馬のように扱って!
「あぁ、そう言えば君はそういう子だったねぇ。ファルマ君の時も、じきに目が覚めるって言ってるのにウン百万もする医療器具引っ張り出して説明書も資格も無しに利用しようとしたりぃ。やっぱり大人しくしててぇ」
ジン先生は何処か遠い目をしてそう言った。
「良い治療の為に良い道具を用意する事の何がいけないのか判りませんわ」
「医療って、そんな単純じゃぁないんだよぉ」
ジン先生は保健室に運び込まれる怪我人の手当と部下への指導をしながらルクシエラと言葉を交わす。
「怪我した一般生徒はこっちぃ。制圧、拘束したイーヴィル化した生徒はあっちにおねがぁーい」
戦いが常の学園だ。保健室は一般的な学校に備わっているモノよりも数十倍の規模を持っている。保健室というか、医療棟と言ってもいいレベルだ。
「人間がイーヴィル化、ですか。あり得るかも、なんて思っていましたが本当に起こると大変なモノですわ」
頬杖を突いて、ため息を吐いた。
「本当に、なんて事に。こんなの、誰も望んでない筈なのに……」
酔いが冷めたらしいユウが、悲しげに涙を滲ませる。
「テラの報告書によればぁ適度に加減した量の〝破滅の光〟を当てる事でぇ元に戻せるらしぃけどぉ?」
と、ジン先生はチラリと視線がこちらを向く。
そんな視線を、私はスンっと振り払って。
「言っておきますけど、私はそのような繊細でまどろっこしい真似は出来ませんからね。これが証明です」
そう言って人差し指で天井を指した。
「『第一照明魔法(プチライト)』」
魔法を唱えると、指先から細い光の筋が放たれ。ジュッと音を立てて天井を焦がす。『第一照明魔法(プチライト)』は本来、指先に僅かな光の魔力を集めて手元を照らし、夜間の鍵開けなどを補助する照明魔法である。
それが、私の魔力で放つと最早それだけで熱戦のレーザーと変わらない威力を持ってしまう。
「いっちばん階級が低い照明魔法でそれかぁ。生徒達に向けるのは危険だねぇ」
「そういう事ですわ」
自分自身にあきれ果てて、私は少し不機嫌に椅子に座り直した。
私だって私なりに、己の力に思うところはある。
そんな時。
「――あ! ひょっとして今のって『証明』と『照明』をかけた言葉遊びですか? 面白いです!」
とユウは手を叩いてにっこり笑う。
「は?」「んん?」
私とジン先生は一瞬意味がわからずキョトンとして。
「……あぁ、そういぅ?」
数秒後に、意味を理解したジンは苦笑いを浮かべた。
対して。
「あっはっは! 貴女、面白い事を言いますわね!」
私の方は一瞬だけ浮かべた我ながららしくない考えを吹き飛ばす、豪快な笑い声をあげる。
「はぇ? 面白い事を言ったのはルクシエラさんでは……」
ユウが目を点にしていると、その背中をバンと叩いて。
「ふにゃっ!?」
「貴女、気に入りましたわ。ドライズと懇意にしていると聞いていますけれど。実際問題どれくらい親しいのかしら?」
「懇意? すみません、言葉が難しくて。親しい……のかはよく判らないですけど、とってもお世話になっていて、すっごく感謝していて、何より――あの人の夢見る願いは、私にとってとても素敵なモノで。だから、私ドライズ君の事大好きです!」
ユウは屈託の無い笑顔を浮かべる。
その言葉に、ジン先生は優しい笑顔を。私はは少しつまらない気分で内心舌打ちをする。
「ふむ。まだ少し情緒が幼いようですね。これはドライズの甲斐性が試されますわ」
「こらこらぁ。こういう事に親が首を突っ込んでも碌な事にならないよぉ。第一、ドライズ君の気持ちも大事でしょぉ」
ジン先生が嗜めるように言ってきた。
「それもそうですわね。もっとも――こんなに純粋に慕ってくれる娘の想いに気付かない程鈍感な子ではなくってよ。簡単に壊れそうなくらいに、繊細で、敏感で、それでもなんでも受け入れてしまいそうなくらいに透き通った、氷みたいな子なんですから」
私はそう言って、再び椅子に戻ろうとする。
その時だった。
「ドライズ君ッ!?」
突然、ユウが声を上げる。
反射的に、私とジンがバッと身を翻し視線をユウに移す。和やかな日常から、一瞬にして警戒状態へ。いつでも、何が起こっても戦えるような構えでユウを見守る。
ユウの目が虚に。焦点の定まらない眼差しが窓の外、空へと向かう。
保健室の窓から、ドライズの姿なんて見えない。けれど今のユウには。
まるで、何かが見えている様だった。
「大丈夫、焦らないで。ドライズ君の願いは、みんなを幸せにしてくれる。君が願う限り、私もがんばって応えるから。だから、挫けないで」
ユウの胸元に小さな光が輝いた。青白い光の球。それを両手ですくい上げるように持ち上げて。
「気付いて。この世界ならドライズ君は、何でも出来る。少しだけ、お手伝いするよ」
窓を開け、すくい上げた光の球を。ユウは優しく、空へ放った。
青白い光の球は真っ直ぐに、何にも阻まれる事なく流星の如く一直線に飛んでいく。
ルクシエラとジンはユウの異様な状態をただ、静観していた。
そして――
「……あれ? 私、今何してたんだっけ?」
キョトン、といつもの、少し抜けた少女の雰囲気に戻ったユウの姿を確認してから。
ふぅーっと私とジンは同時に長い息を吐いて、警戒態勢を解いた。
「本当に、面白い娘……」
私はにやにやと、嫌らしい笑みをユウに向ける。
好意、興味、疑問、研究者としての好奇心。様々な心を乗せて。