俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
その日は、新人歓迎会が執り行われた。料理はドライズとアイルさんお手製の豪華なラインナップが並ぶ。食材は三つ星、料理人の腕前はプロと遜色ない。そこら辺の飲食店より遥かに美味しい、贅沢なパーティだった。
……正直、贅沢すぎて食べる程に気が重くなっていった。
僕はその辺に転がる石ころだ。特別な才能も、能力も何も無い。
それがたまたま通りがかったルクシエラさんに拾われて、今、ここに居る。
こんなに歓迎されると、自分の存在に期待がかかっているように感じられてしまう。
そんな期待に応えられるほど、僕は強く無いのに。
対してレンさんは会議中は無表情に近かった表情を、ギリギリ笑顔と認識できる位までには緩めて、食事を楽しんでいる。きっと、レンさんはこの場に居るに相応しい魔法使いで。その自信もしっかり持っているんだろうな。
なんて、思いながら。僕は窓辺から夜空を見上げてジュースを口に含んだ。
すると、高い人影が横に並ぶ。
「お前の好物ばかり用意しておいたぞ。口にあったか?」
ドライズが何かを期待するような目で僕を見下ろしていた。
「キミの料理が不味いわけ無いだろ。美味しかったさ、いつも通り。一年ぶりに、満足した」
ドライズは僕の言葉を聞くと満足げに目を閉じて。
もう一度目を開くと今度は心配そうな視線を送ってきた。
「長い付き合いだ。嘘も世辞も無いとは判る。……が、憂鬱そうじゃないか」
「そうかな? 楽しいし嬉しいよ」
嘘は吐いてない。嬉しさ3割、不安7割って感じだったから。
「お前は時々、星を眺めるよな」
「そうなの? 自覚はしてなかったかな。星座とか全然わかんないし」
久しい友人との、適当な会話。
内容なんて大した事無いけどたったこれだけのやりとりで、少し心が軽くなった。
「俺も、お前が来てくれて嬉しかったぞ」
ドライズはそう言って笑った。
当たり前に喜び、当たり前に笑うドライズの姿が、少しだけ面白い。
僕はからかうようににまにまにやけて、言う。
「出会った頃はあんなにツンツンしてたクセに。もうデレデレだね」
大きな隈を作った虚ろな眼差しで勉強机に張り付いて。声をかけても〝悪いがお前に付き合う余裕なんてない〟って突っぱねられた事を思い返せば、おかしくも感じる。
「お前がそうさせたんだろ?」
「キミがいつの間にか勝手に変わったんだよ。僕はただ、ルクシエラさんに引っ張り回されながら適当に過ごしてただけだもん」
「無自覚なヤツだな……」
ドライズはクスリと苦笑いを浮かべて、自分のジュースを飲んだ。
そんな僕達二人の間に、ガバッと割って入ってくる人が。
「二人とも。呑んでいますかぁ!?」
白い肌を紅く染めて、上機嫌に笑いながら僕とドライズの肩へ両腕を預けるルクシエラさん。
「学園は卒業しましたけど僕達未成年ですよ、ルクシエラさん」
「師匠、すっかりできあがってるな……」
「何回か見たことあるけど、〝生ける天災〟もお酒には酔うんだね」
僕とドライズは同時に呆れた表情を作る。
「気分次第で酔う、酔わないを決められるらしいぞ」
「何それ便利過ぎじゃん」
「本当に、謎だらけだな〝原初の魔力〟というものは」
「二人ともぉ……飲み会が終わっはら着いてきらさい。連れへ行ひはい場所がありまふ」
回らない呂律でルクシエラさんが言う。
「連れて行きたい場所?」
「ああ、あそこですか……」
僕はイマイチピンと来なかったが、ドライズには思い当たる場所があるらしい。
歓迎会が終わった後、コホンと咳払いを一つして一瞬にして頬の紅みが抜けたルクシエラさんが俺とドライズの前を行く。
「こちらです」
本当に気分一つで酔いを覚ますのだから驚かされる。
八天導師の拠点である屋敷を出て、少しだけ歩いた。
暗い夜道をドライズが光で灯して進んでいく。光天であるルクシエラさんがそれをしないのは、ルクシエラさんの場合ただの照明魔法ですら破壊的な威力になってしまうからだ。
屋敷の近くにあった林、少しだけ傾斜のキツい坂道を登っていくと。
景色が開けた。
街を一望できる高原の真ん中に、×印に突き立つ二振りの剣。一つは、太陽を象った紋章を持つ大剣、もう一つは三日月を象ったナックルガードを備える片手用の曲剣。
剣の突き立つ地面には石碑が埋め込まれている。
ルクシエラさんの後を追い、その目の前までやってきて並んだ。
石碑には、〝イクリプス〟とだけ書かれている。
多くの情報がある訳では無いが、それが〝お墓〟であるとすぐに気がついた。
「これ、誰の?」
ドライズに小声で聞いたつもりだったが、普通にルクシエラさんにも聞こえていたらしい。
「私の双子の弟ですわ」
と、返事が返ってきた。
「弟さんが、居たんですね……」
僕はこの時、初めて知った。
ルクシエラさんはお墓に、酒瓶を一本供える。
「ほら、ヴィンテージモノの高級品ですわ。ありがたく呑みなさい」
恩着せがましくお墓にそう語りかけ、
「ちょっと前までは子供だった弟子達が、気がつけば二人とももう大人になりました。私、きちんと師匠をやっていますのよ。褒めなさいな」
そこに居るはずの〝イクリプス〟さんに向けて言葉を投げ続ける。
「いやまだ未成年って言ってるじゃないですか」
と僕がツッコむも、
「16をとっくに過ぎてる時点でれっきとした大人ですわ。12から成人だった時代もあったくらいです」
との事だ。
「ファルマを連れてくるのは初めてです。漸く弟子だって認めてくれましたわ」
「あはは……」
僕はちょっと気まずくなってお墓から視線を逸らした。
八天導師への内定が決まるまで、僕はルクシエラさんの弟子である事を否定してきた。道ばたの石ころでしか無い僕が、ルクシエラさんみたいな特別な人の弟子であるだなんて自分自身を許せなかったのだ。
でも、同じ八天導師として戦える事になって。
少しだけ、自分が許せるようになった。
「近況報告はこれくらいです。せいぜい高見の見物でもしてなさいな。私は貴方みたいに良い人間ではありませんので、これからも自分のやりたいように、生きたいように生きます」
ルクシエラさんはそう言って、黙祷をする。
数秒の間。
祈りを捧げ終わったルクシエラさんは、僕達へ語りかけてきた。
「ドライズ。ファルマ。私の弟子になってくれて、ありがとうございます」
突然の事に、僕もドライズも目を見開いた。
「感謝するのはこっちの方です、師匠」
「僕だって……! まだ、何の役にも立ってないのに……」
そんな僕達を、ルクシエラさんは。
両腕で纏めて抱きしめる。
「ぐっ」「ちょ、」
ドライズと密着した状態で、ルクシエラさんの腕に締め付けられるのは何というか、変な気分だった。
「ただ、側に居てくれるだけで。私は幸せですわ」
いつも自信満々で、我が道を行くルクシエラさんにしては珍しく、しおらしい様子に戸惑ってしまう。
「ティル爺も言っていましたが八天導師の職務には危険なモノもあります。なので、これだけは肝に銘じてください」
ぎゅうっと、抱きしめる力が更に強くなる。それだけの思いを込めて、僕達の師匠は言う。
「他の人間なんて、どうでも良い。世界だってどうでもいい。本当に危なくなったら、逃げなさい。〝英雄〟なんかにならなくて良いから、どうか、生きていてください……」
肩にぽた、ぽたと暖かいモノを感じた。
ルクシエラさんが泣いている所なんて、今日、初めて見た……。