俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
僕は、ルクシエラさんの為なら命を賭けられる。
ちっぽけな僕には命を賭けても足りないくらい、力が無い。
だから、戸惑った。
生きていて、って言われてもな。貴女の為に死ねるなら本望ですよって今言ったら、張り倒されるだろうな。
「イクスは多くの命を救いました。それはきっと誇るべき事なのでしょう。それはきっと、喜ばしい事なのでしょう。だけど私は、知らない何千万、何億人の命より。イクス一人が生きていて欲しかった……」
ルクシエラさんの言葉が、胸に突き刺さる。
でも僕には、僕に差し出せるモノなんて、それくらいしか無いんですよ。
貴女やドライズみたいに、特別な才能がある訳じゃない。
何にも持っていない石ころが、それでも星みたいに輝くには、命を燃やすしか無いんですよ。
その言葉を、飲み込む。
「私の弟子になった以上、私より先に死ぬ事なんて許しませんから。それが私から弟子達へ課す、唯一無二の掟です」
ルクシエラさんはわがままな人だ。自分が正しいと信じた道を迷わず進む強い人だ。
だからこそ惹かれたし、憧れた。
僕が何を言っても、うるせぇの一言でねじ伏せられてしまうだろうな。
「無茶、言わないでくださいよ。ルクシエラさん、百歳とか余裕で超えてるんでしょ? 〝破滅の光〟を継承してるドライズはともかく、僕は一般人なんですから。普通に寿命で七,八十年で死んじゃいますって」
少し冗談めかしてそう答える僕に、ルクシエラさんは大真面目にこう言った。
「そのときはどんな手段を用いてでも延命して差し上げますわ」
「ルクシエラさん、DNARって言葉知ってます???」
Do Not Attempt Resuscitation.超簡単に意訳すれば「必要以上の延命処置は苦しいだけだからしなくていいですよ」という意思表示の事だ。
「うるせぇですわ。それから、レディーに年齢の話を切り込むのはお行儀が悪くってよ」
うるせぇの一言でねじ伏せられた。
「これでも、大真面目に貴方達の師匠をやってきたつもりです。だから、ファルマが今何を考えているのかも判ってるつもりです」
「っ」
どきん、と胸が一つ鳴って身体が硬直する。
全部、お見通しという訳か。
「だとしても、私は貴方達に生きていて欲しいです。他には何も求めません。好きなように生きてください。どうか――生きてください」
生きる事を強調するように繰り返し、ルクシエラさんは腕を解いた。
「まぁ、善処はしますよ」
僕はルクシエラさんから目を逸らして言う。
「嘘を吐くにしてもせめて目を見て言って貰えるかしら?」
さっきまで抱きしめられていたハズなのに、気がついたら関節技を決められていた。
「痛い痛い痛いッ! 今死ぬ、今まさに死にますって!!」
「大げさな。ちゃんと加減してますわ」
勢い余って会議室の大トビラをぶち開け壁にめり込ませた人の言葉に信用なんて無い。
「ギブギブギブッ!」
「いいえ誓うまで離しませんッ! 言いなさいッ! 絶対に死なないって言いなさい!!」
「間接キメながらそんな脅迫する人なんて聞いた事無いですよッ!!」
ルクシエラさんの事は尊敬してるし大好きだが、こういう、力でねじ伏せようとする癖は直して欲しいと思う今日この頃。
あとルクシエラさんって美人だとは思うけど胸だけは皆無だから。こんなに密着しててもあんまりありがたみとか無いんだよね……。
「今ッ! とてつもなく失礼な事をッ! 考えませんでしたかッ!!」
「考えてません考えてませんっ!!」
僕は助けを求めて、ドライズに話を振った。
「ていうか、さっきから黙ってるけどドライズの方はどうなのさっ!」
視線を向けると、ドライズは。
顎に手を当て、俯いていた。
「ドライズ?」「どうなさいました?」
ルクシエラさんも驚いたようで、思わず関節技を緩めてしまったようだ。
その隙に拘束から抜け出させて貰う。作戦自体は成功だ。
ドライズは神妙な面持ちで顔を上げて、言った。
「俺も、師匠と全く同じ気持ちです」
「え?」「はい?」
ルクシエラさんと同じ気持ち、とはどういうことだろうか。
「ファルマにも、師匠にも、先に死んで欲しくないです。ずっと、生きてて欲しいです」
「ドライズ、それ僕はともかくルクシエラさんと無限ループが発生する」
ルクシエラさんは自分より先に弟子が死んで欲しくない。
ドライズは自分より先にルクシエラさんと僕が死んで欲しくない。
どっちが先に死んでも、必ずどちらかが納得出来ない。
「判ってる。判ってて、言ってる」
その矛盾を理解した上で、ドライズは言う。
「俺は1度、全てを失いました。朧気な記憶に残るのは、頭の中で続く嫌な残響と波の音。師匠に拾われ無ければ、俺はきっとあのまま死んでいました」
ドライズは物心ついた頃、何らかの事故に遭って砂浜に打ち上げられていたと言う。偶然通りがかったルクシエラさんがそんなドライズを救い、そのまま養子として迎え入れたそうだ。
「もう、本当の故郷も親の顔も何一つ思い出せません。今の俺にとって大切な家族は、師匠とファルマだけです」
「さらっと家族に入れられたけど僕別に君と親類でもなんでも無いからね?」
その愛情は正直嬉しいけどさ。でも、本当はただの他人なのにそこまで愛着持たれると申し訳なく感じちゃうよ。僕、そんな大層な人間じゃ無いんだから。
「兄弟弟子は家族みたいなもんですわ」
完全に僕の心を見透かして、ルクシエラさんがドライズの援護をする。
僕とルクシエラさんのやりとりに苦笑いを浮かべながら、ドライズは続ける。
「今ある〝幸せ〟が暖かければ暖かい程に……失う事を恐れてしまいます。またひとりぼっちになるのが、怖いです。だから、二人には俺よりもずっと生きていて欲しいです」
「ホント、親子揃ってむちゃくちゃ言うなぁ……」
弟子は師匠に似るものなのかな。そこまで言われたら、考えちゃうじゃ無いか。
もし僕が死んだとき、ドライズとルクシエラさんがどうなるのか。
――泣いて、くれるかな? ――泣いて、くれるんだろうな。僕なんかの為に。
「ホント、善処はするよ。僕だって死ぬのは怖いし」
今度は二人の目をちゃんと見て言った。
「もういっそ〝不死の究極魔導〟の研究でも始めます? 昔ティル爺の友人がやってたらしいですわよ」
「不死かぁ。人類の夢ですね。でも叶うとどう考えても絶望的な未来が待ってる、難儀な夢ですよ」
まぁぶっちゃけ数百年単位で生きてるらしいティアロ様やルクシエラさんを見ていると今にも手が届きそうな世界である気はするから恐ろしい。
「或いは。一緒に死ぬか、だな」
「怖いこと言わないでくれる!? 心中とかどう転んでも悲劇にしかならないじゃん!」
「じゃあ私が死ぬ時二人を道連れにすればOKですわね」
「ルクシエラさんはそれで良いんですかッ!?」
「良いわけ無いでしょう。が、可愛い弟子の要望なのです。折衷案くらいは出しますわ」
「その答えが師弟心中って笑えないんですよッ!! ルクシエラさんならやるって言ったらホントにやるでしょ!!」
お墓の前で、何を話しているんだか。流石に、心中というのはドライズもルクシエラさんも冗談だったみたいで二人してクスクス笑っていた。
「さ、帰りますわよ」
ルクシエラさんは俺とドライズの手を引いて、帰路を進む。
「未来がどうなるかなんて知ったこっちゃありません。ただ、死ぬ気で死なないように生きなさい。可愛い弟子達」
母のように優しい微笑みが、胸に染みた。
「良い事言った風にしてますけど意味不明ですよ……」
死ぬ気で死なないように生きる、かぁ。
……ホント、善処はするけどね。