俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
レンさんは腕輪をはめて見せた。
そして、工房の、開けたスペースを指さす。
すると腕輪が青く輝き、水の弾丸が放たれた。
「えっ!?『第三水流魔法(アクア・バレット)』!?」
発動された魔法は水属性第三階級基礎魔法だ。
ただし、一般的な規模の1/3程度の水流だった。
「そっか、この魔法陣『
レンさんの紋章を一ミリも再現出来なかったモノと思って居たので、一応は形になっている事を教えられ、少しホッとする。
「でも、本来の『
再現度で言えば30点が妥当な所だろう。これだったら『
そんな僕の疑問に、レンさんは。
『……初めて』
少しだけ、ほんの少しだけ柔らかい表情を浮かべて、言った。
『……私の〝紋章〟、他の人が描いて、きちんと動作したの』
「え?」
その、次の瞬間!
『……確かに本来想定される機能を殆ど再現出来てないのは問題だけど他の人はそもそも起動すらしない。というか普通の魔法使いは私の〝紋章〟の必要性を否定する。こんなに複雑な魔法陣を描かなくたって、一般的に普及されている魔法陣を描いて、〝詠唱〟をすれば第三階級の基礎魔法なんていっぱしの魔法使いなら誰にでも使えるモノだから』
突如、レンさんが早口――魔法で喋っているので早口という言い回しが正しいのかは判らないが、もの凄い速度で捲し立ててきた。
『貴方はそもそもこの魔法陣の効果を理解していなかった。それはつまり、式としてでは無く絵・図形として私の魔法陣を認識して、見た通りに転写したという事。中身を理解してないから、一つ一つ、丁寧に、綺麗に真似したという事。目の下、隈出来てる。どうしてそこまで必死になって写したの? ティアロ様は言っていた。アイテム化できないならそれはそれで良いって。頑張る必要なんて無かった。意味のわからない図形を、必要性の無い行為を、なんでそんなに頑張ったの?』
レンさんの表情は一般的な人と比べると決して明るいと呼べるモノでは無い。ほんの少しだけ、口の端が伸びたり、眉間に皺ができたり、よく見ないと判らないくらい、無表情な人だ。
なのになんでそんな細かい違いが判るかって? それはそれが判るくらいまで顔面が接近してるからです!!
変な汗が噴き出てくる。こんな至近距離で同じ年代の女子の顔見たこと無い! 勘弁してよ! 免疫無いんだって!!
「と、とりあえず、落ち着いて、離れて欲しいかな」
僕は目を逸らしながら震えた声で言うが。
『答えて』
レンさんは離れてくれない。硬い表情の中で唯一、そのアイオライトみたいな深い藍色の瞳が熱を帯びて輝いているように見えた。
「……」
レンさんは口数が少なくて、表情変化にも乏しくて、何を考えているのか判りづらい人物だ。でも、今だけは彼女が何を考え、何を思っているのか、少しだけ判る気がする。
〝紋章〟の必要性を否定されたと、彼女は言った。
レンさんの天才的なこの魔法陣は。確かに、見方によっては無意味な遠回りなのかもしれない。誰にも理解されない、自分だけの式・記号を組み合わせて、無理矢理魔法陣だけで魔法を発動できるようにしたところで、『魔法陣と詠唱を合わせれば良い。無駄な労力だ』と斬って捨てる人間がいても不思議じゃない。
だからきっと、自分の魔法陣を受け入れられる事が嬉しいのと同時に、疑っているんだ。
僕が本当にレンさんの魔法陣を認めたのかどうか、確かめたいのだろう。
なら、僕は。心の内を全て明かそう。それが一番誠実な気がする。
「一番始めに。キミの魔法陣を見て、僕は言葉を失った。あの時は見蕩れたからって言ったけど、アレは半分嘘をついたんだ。僕は君の魔法陣を見て――君の才能に嫉妬した」
『……嫉妬?』
「あんなに綺麗で凄い魔法陣を0から自分で作り出すなんて事、僕には絶対出来ない。その才能に、見苦しいくらいに嫉妬した。天才と凡人の差をありありと見せつけられた様で。悔しかった。悔しくて、苦しくて、でもそんな気持ちと同じくらい君の事を尊敬した」
僕には特別な才能なんて無い。僕にしか出来ない事なんてこの世には存在しないだろう。
その人にしかない、その人にしか出来ないような才能を目の当たりにすると嫉妬するし、自分には出来ない事だから凄く、凄く羨ましくて、尊敬する。
――……自分も、真似してみたいと思ってしまう。
「君の〝紋章〟を僕も使ってみたかった。僕がマジックアイテムを作るのは、僕には才能が、能力が無いからなんだ。でもアイテムは平等だ。天才が使っても、凡人が使っても、同じアイテムなら同じ効果がある。悪い言い方をすれば他人の才能を、僕みたいな凡人でも真似する事ができる。そんな風に……君の才能に憧れた。だから必死に写したんだよ」
それが、僕がマジッククラフトを習得すると決めた理由だった。
『……才能、か。貴方は私の〝紋章〟を無意味だって言わないのね』
「僕はレンさんの魔法陣を見て、〝世界一凄い魔法陣だ〟って思ったよ。そんな世界一の魔法陣を僕にも使えれば……僕も、少しは役に立つ魔法使いになれるんじゃないかなって思って。だから、ティアロ様の指令だからとか、そんなの忘れてさ、一個人として君の魔法陣をマジックアイテムにしてみたかったんだ」
僕の答えに満足したのか、レンさんは漸く離れてくれた。
「こんなに凄い魔法陣を、無意味だって言う人が居るんだね。正直その人魔法使いのセンス無いんじゃないの?」
僕がそう零すと、レンさんは。
「……ハヒュッ、クスクスッ!」
はっきりと、笑顔を浮かべて息を漏らした。
魔法で合成された音声じゃない。レンさん本人の声が初めて聞こえた。言葉は話せないみたいだけど、笑うと声が漏れるみたいだ。何がツボに入ったのか、レンさんは涙を浮かべて大笑いし続けた。
僕は呆然と、その様子を眺める。
暫くして、漸く落ち着いたレンさんは、またあの魔法で作られた声で言う。
『……私の実家、これでも結構有名なの』
「え、あ、そ、そうみたいだね」
イルゼルナさんが名家の姓だって言ってたっけ。
『……私の〝紋章〟を否定したのは、私の家族よ。認めたくは無いけど、みんな一流の魔法使い。私はその中の落ちこぼれ。〝詠唱も出来ない〟魔法使いの出来損ない』
「なっ……!」
レンさんの才能を否定したのは他ならぬ彼女の家族だと言うのか。そんな悲しい事があって良いのか? 家族なら他の誰よりも深く、この才能を認めて受け入れてあげるべきだろうに。
『……なのに貴方は、そんなあの人達を〝センスが無い〟なんて言い捨てるのね。凄い度胸。流石は八天導師の一翼、かしら?』
まだ少しにやついた表情で、レンさんは続けた。
「えっ、いや、ごめんっ! 君の家族をけなすつもりは無かったよ!?」
『……なんで謝るの? 私は嬉しいのよ。凄くスカッとした。あんな連中もう他人以下の存在よ。私、家出してきたから』
「家出!?」
『……貴方、気に入った。私の〝紋章〟を使いたいって言ったわね。その言葉が嘘じゃ無いなら――たたき込んであげる。私の〝紋章〟その読み方、組み方、使い方。全部』
レンさんはギラついた視線を僕に向けた。この、何か得体の知れないモノに縛り付けられてしまうような圧力を感じるその感覚には覚えがあった。
「ま、待ってレンさん! 僕、凡人だから! 限界ってモノが合ってね!? レンさんみたいな天才と同じレベルで考えて欲しくないっていうか過度な期待はしないで欲しいっていうか!」
『……大丈夫。現に貴方は私の紋章を何のヒントもなしに真似して見せた。見込みがあるわ。教えてあげる、私の全て――魔法陣の深淵を』
この人ルクシエラさんが無茶ぶりする時と同じ目をしてるよぉッ!!
『……後3週間。何処までモノに出来るのか、楽しみね♪』
気がつけば僕はレンさんに腕を引っ張られ、彼女の私室へと連れ去られていた。
◇ ◇ ◇
「――で?」
「情報の洪水で死ぬかと思いました……」
「何というか、ワシから指示をしておいてなんじゃが、その、ご苦労様だったのぅ」
三週間後、僕は立っているのも辛いくらい疲弊した状態でティアロ様に事態の報告をしていた。
「現時点で、レンさんの扱う紋章の内、比較的構造が簡単なモノなら8割くらいの精度でマジックアイテム化できる様になりました。逆に構造が難しい複雑なものは超頑張っても5割くらいの精度です。レンさん曰くずっと転写してればその内精度は上がって行くらしいですが、今貰ってる点数は平均的に見て75点だそうです」
「そ、そうか。十分な成果じゃ。よく頑張ったな」
「ティアロ様にそう言っていただけるなら、報われます――そろそろ寝て良いですか?」
「……まともに寝かせて貰えなかったのじゃな。うむ、暫く休むが良い。下がれ」
「はい。ありがとうございます」
僕は重たい身体を引きずって、ほぼ一ヶ月ぶりに自分の部屋に戻ってベッドにダイブした。