俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
八天導師としてティアロ様から時々出される指令をこなしつつルクシエラさんの研究を手伝う日々が続くこと数年。合間を縫って、誤解が解けたレンさんに防御、回避など〝受け〟の戦闘訓練もしてもらい八天導師として漸く勝手に慣れ始めた頃。
僕は短期出張に出かけていた。
ティアロ様の元に魔道士の不審な失踪案件が持ち込まれた。その調査支援を八天導師に求めるというモノで、支援要員として選ばれたのが僕だった。
理由は二つ。一つは、現在手の空いている人員が僕とルクシエラさんしか居なかった事。今回の目的はあくまで原因・或いは犯人の究明であり、戦闘能力よりも情報処理などの能力が求められた事が理由として挙げられる。
もし判明した原因、もしくは犯人の戦闘能力が強大だった場合追加の支援要因を八天導師に支援する手はずだった。
そんなこんなで魔道士の失踪事件を追いかける事数週間。
僕は遂にその犯人を見つけ出し、役目を終えて漸く八天導師の拠点へと帰ってきたのだ。
コンコンコン、と3回ノックして会議室のトビラを開ける。
「炎天ファルマ、命じられた任務よりただいま帰投しました」
会議室の円卓、トビラの正面の席に座るティアロ様が安心した笑みを浮かべていた。
「うむ。よく戻った。報告書には目を通しておる。犯人の究明に成功したそうじゃな――って、どうしたその姿ッ!?」
ティアロ様の笑みが突如消えて、仰天する。
僕は今戦闘でボロボロになったローブを羽織っており生傷もそこそこ残って居るので驚いたのだろう。
「いやぁ、最後の方ちょっとした戦闘になりまして。でも致命傷は避けましたし目立ってるだけでどれもかすり傷みたいなものだったので向こうで治してから帰るよりこっちに戻ってから治療してもらった方が楽かなと思いまして」
「戦闘じゃと!? 報告書には無かったぞ!?」
「すみません。本当はそれなりに強大な古代魔導兵器が原因だったので支援要請を送るつもりだったんですが、その、どうしてもやりたい事があったのでソレをしてから、と考えて行動したら――なんかそのノリで原因だった古代魔導の沈静化に成功しまして」
「はぁっ!?」
「本当なら追って報告するべきだったとは思うのですが、すぐに戻りたい事情が出来てしまったので事後報告という形になってしまいました、申し訳ありません」
「すぐに戻りたい事情? 何があったのじゃ?」
僕はティアロ様に説明するために。
今までずっと、僕の背中に隠れてボロボロのローブの裾をぎゅっと握りしめていた少女の頭を撫でて。
「大丈夫、怖い人じゃ無いから、安心して。出ておいで」
そう言って、促す。
艶のある黒い髪、背丈は僕よりやや低いくらいで巨大な本を胸に抱えた小さな少女が。
おずおずと不安そうに顔をしかめて、僕の足にすがりつきつつも横に並ぶ。
「女の子、拾っちゃいました。身寄りが無いので暫くこの拠点で面倒を見たいと思っているのですが許可をいただけませんか?」
「……」
ぽかーんと、ティアロ様は口を開いたまま固まってしまった。
「あの、ティアロ様?」
数十秒の間の後。
ティアロ様はハッと我に返った様に身体を跳ねさせ。
改めて、僕が連れて来た少女へと視線を移し。
頭を抱えて、言った。
「弟子は、師匠に似るものじゃのう……」
どうやら女の子を拾ってきた僕の姿が、幼い頃のドライズを拾ってきたルクシエラさんと重なったらしい。
◇ ◇ ◇
「要約すると、その娘は古代魔導兵器、『不朽型:異伝』の依り代とであったと。そして〝異伝〟の正体はその巨大な本状のマジックアイテムであり現在はその娘の意志によって沈静化され制御下にある、と言う訳じゃな」
「はい。ですがこの娘は生まれてからずっと〝異伝〟の傀儡として自我を持たずに活動させられていました。漸く自我に目覚めた今のこの子は赤子までとは行かずとも本来十四歳程度である肉体の年齢よりも遥かに拙い自我しか持ち合わせておりません」
この身の上で身寄りが無いものだから、誰かが保護しなければならない。
「その上、沈静化したとは言え大規模な事件を起こした原因を抱えている訳ですし、現地の人達にとっては〝異伝〟ではなくこの子自身が犯人に見えてしまいます。なので事件のあった区域からできる限り速やかに退散したかったのと〝異伝〟がきちんと制御下にあり、再び暴走しないかの監視・経過観察も含めてこの拠点で暫く生活して貰おうと考えたのです。ここなら、いざ〝異伝〟が再度暴走しても他の八天導師の皆さんが簡単に処理できると思いますし」
「ふむ……お主の言い分は判った」
ティアロ様は眉間に皺を寄せてため息交じりに頭を掻く。
「言い分は判ったが――せめて先に報告してくれ。出張先からここへ戻るまで数日かかる筈じゃ。移動しながらでも報告書は用意できただろうし、なんだったら緊急回線を繋いで口頭で連絡が取れたじゃろうが」
言われて、僕はハッとした。
「あっ!? すみません……この娘を助けられた事や事件が解決した事で全部やり終わった気持ちになっててそこまで頭が回りませんでした。以後気をつけます……」
と、頭を下げる。
すると、僕の足にしがみ付いていた少女――シジアンが悲しげに目を潤ませた。
「ボクは迷惑をおかけしてしまったのでしょうか?」
そんな彼女の頭を、子供をあやすようになでて、
「違うよ、迷惑なんかじゃない。単に僕が失敗しちゃっただけ。君は悪く無いよ」
するとシジアンはまた、ぎゅっと僕の足にしがみ付いて涙の浮かぶ顔を押しつけた。
「……ここでその娘を匿って経過観察するのは良いが。お主がきちんと面倒をみるのじゃぞ」
「はい、当然そのつもりです。彼女の自我がしっかりと成長して、きちんと自分の意志で歩けるようになるまでは、僕がお世話をします――けど、僕人生経験少ないし孤児を指導する自信がないので他の八天導師のみんなにも少しは手伝って欲しいんですけど、ダメですかね?」
少し目を逸らしつつティアロ様に伺ってみる。
「この事情を聞いてダメと言うような奴は採用しておらん。それはお主も判っておるじゃろう?」
「そうですね……八天導師のみなさんはみんないい人です」
この子の――シジアンの事を蔑ろにするような人なんて居ない。そんな信頼感と安心感が胸に広がった。
「ただ、新しい部屋の準備が出来ておらん。空き部屋はあるが放置しっぱなしで荒れ放題じゃ。住めるようになるまではお主の部屋で――あーいや、いくらお主が面倒を見るとはいえ年頃の男女を同室にするのはカドが立つか? ルーシーかイズナ、レンの部屋にでも――」
とティアロ様が言いかけたところで。
「っ、い、一緒が良いですッ! 離れたく、ありません……」
シジアンは声を張り上げて、それでもおずおずと、震えながら、自信を無くすように少しずつ声量を落としつつ、主張する。
「……えーと」
僕は言葉を探していた。今まで魔導兵器のせいで押さえつけられていた自我が漸く目覚めたのだ。世間、他人に対する不安や恐怖でいっぱいなのは仕方ないだろう。でもティアロ様の言うとおり、僕と同室で生活させるのは流石に問題があるんじゃ……。
と考えていたが。
「その様子じゃとまだ、難しそうじゃな。仕方有るまい。お主の部屋で面倒をみよ」
ティアロ様はそう判断した。
「は、はーい」
自分が撒いた種だし、流石にティアロ様に命じられては断れない。僕は戸惑いつつも了承する。
「もう下がってもよいぞ。じゃが――」
ティアロ様は最後に、不安そうに眉間に皺を寄せて言った。
「お主のことを信頼していない訳では無いが――その、手は出すなよ?」
「しませんよそんな事!!!」
そりゃ、その、そういう事に興味津々な歳盛りではあるけどさ! こんなに不憫な女の子の弱みにつけ込んでどうこうしようだなんて外道な事考えちゃいない。
「いや、本当に、信頼していない訳では無いのだが……三大欲求は中々自制が効かないものじゃからな。ふとした拍子にタガか外れる事がままあるのが人間じゃ。でなければ痴情のもつれで面倒ないざこざが起こる事など無い」
それは、そうかもしれない。
実際シジアンは凄く可愛いし肉体年齢的には大体3.4歳差だから十分恋愛対象範囲内とも言える。……けど、僕は初恋がらみで失敗してるから恋愛には暫く興味が無いというか、及び腰だ。
「ホント、大丈夫ですから心配しないでください……」
とだけ僕は答えて、会議室を後にした。