俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
ただ、『初代異伝』が活動する為の肉人形。
「ボクは『初代異伝』に選ばれた傀儡の一人。傀儡は自我も無く、心も無く、ただ『初代遺伝』の意のままに世界を渡り、人を観察し、〝新章〟に相応しい人間を探す。それを繰り返すだけの名前も無い人形。そして『初代異伝』が気に入った人間を〝新章〟として継ぎ足していく。『異伝』が数多の人生を記録した書物とするならば、僕達傀儡は章と章の狭間に存在する空白の1ページ。何の意味も無い。誰にも見向きもされない。そんな存在が、ボクでした」
ボクの言葉に、アリシアさんは涙を浮かべた。
「そんなの、悲しすぎる。何の意味も無いなんて、そんな事、あるわけ無い。生きてるんだもん。ちゃんと、その命には意味がある筈だよ……」
「はい。ですからボクは今、〝シジアン〟になれたのです」
「え?」
僕が〝シジアン〟という名をいただいた、その経緯をアリシアさんに伝える。
「長い時を経て『古代魔導』となった『異伝』はそれでも貪欲に〝新章〟たり得る人物を探していました。しかし『初代異伝』は食傷気味でした。長い時を経て、厳選して集めた100人の人生。計百章の物語。これに追加するに相応しい人間が見つからなくなっていたのです」
「そうだよね。凄い才能や、珍しい経験をした人なんてめったに居ない。それも、大昔から選び抜いて100人分そんな記録を集めていたら、もっと珍しい人間なんてなかなかみつからなくなっちゃう」
「しかしそこで異伝が入手した情報が、〝八天導師〟の存在でした」
漸く聞き慣れた単語が出てきて、アリシアさんの表情が少し明るくなる。
「〝八天導師〟!」
「当時の〝八天導師〟はできたばかりの新しい組織で人数も揃って居ませんでしたがその構成員は賢者と呼ばれたる大魔道士、ティアロ様が選りすぐった人材。『初代異伝』にとっては垂涎の情報です」
異伝は〝八天導師〟に接触する為に、一芝居を打つ。〝八天導師〟は人に害なす悪しき魔導を討伐し、世界の魔導を公正に管理する組織。事件を起こす『古代魔導』の討伐もその業務に含まれていた。
「『初代異伝』はある街で敢えて事件を起こします。影ながら人々を襲い、しかし魔力の残滓を残す事で〝正体不明の魔導が暴走している〟という状況を作り上げ〝八天導師〟を釣り上げる。そうして、事態究明に派遣された〝八天導師〟が――」
「ハル君だったんだね!」
アリシアさんは嬉しそうに手を合わせて答えた。
「はい。ですがそれは『初代異伝』にとって期待外れの出来事でした。まだまだ幼さの残る当時14歳であったボクの肉体を利用し、被害者の関係者として先輩に接触しどさくさに紛れて〝仮登録〟を行いその人生を垣間見て――くだらない、と判断したのです」
逆に、それはそれで良かったのかもしれない。
『初代異伝』が先輩の人生をくだらないなんてバカな判断をしてくれたお陰で〝仮登録〟で済み、先輩の記憶や魂を蝕まずに済んだのだから。
「しかし先輩の記憶の中に登場する人物達、即ち他の〝八天導師〟達には興味を示しました」
大地の賢者の後継。〝破滅の光〟の継承者。独自の魔導技術を生み出す者。どれもこれも、魅力的な新章候補です。『初代異伝』は先輩に取り入る事で〝八天導師〟の住処へと侵入し、その人々を喰らおうと考え、自作自演で先輩の捜査に協力を行いました。
「でも、ハル君はそこまでバカじゃ無い。今、部長さんが『初代異伝』なんかじゃない。シジアンちゃんだって言う事は、そういう事だよね?」
「はい。それなりの捜査期間はかかりましたがマジッククラフトのプロフェッショナルであった先輩は、マジックアイテムにも詳しく、『異伝』の正体がこの書物である事を突き止めました。『初代異伝』は愚か者です。先輩という人間の人生を垣間見ておきながら、その能力を軽んじた結果がそうなのですから」
正体を見破られた『初代異伝』は開き直って先輩に襲いかかった。当然だ。取るに足らない人間だと判断した魔法使いくらい簡単に倒せると、そう考えた。
実際戦闘が始まってみれば『初代異伝』の圧倒的優勢だった。100人分の経験と、その魔法。如何に先輩が優れた魔法使いであったとしても一人で相手をするには分が悪すぎる。
それは先輩も理解していて、『初代異伝』の戦闘能力などの情報をある程度集めたらルクシエラ先輩達へ救援依頼を出すつもりだったらしい。
「けれど先輩は、その前に、一つだけやるべき事があると。やらなければならない事があると言って、『初代異伝』に立ち向かいました」
「それって?」
「傀儡たる、〝ボク〟を助ける事、です」
「えっ!? ハル君は部長さんが『初代異伝』の傀儡である事にまで気付いてたんだ!」
「後から聞いた話ですが、『初代異伝』はあくまで兵器としての心しか持っていませんでした。しかし〝ボク〟の肉体が生身の人間である以上、食事など生命に必要な活動は行います。そのとき――〝ボク〟の僅かな表情の変化や『初代異伝』が猫を被って接していた時とのギャップを感じていたそうです」
曰く、『レンと組むようになってからそう言うのにちょこっとだけ敏感になっちゃったんだよね』との事。
「……ここでレンちゃんの名前出てくるのちょっとやだなー」
「まぁ、そう言わずに。こちらの先輩とは別のお方なのですから」
「そうだけどねー。乙女心は複雑なの」
「そうして、せめてボクだけでも『初代異伝』の支配から救い出し、その後ルクシエラ先輩達に『初代異伝』を倒して貰おうと考えて居た先輩は〝ボク〟に必死に話しかけます」
それが僕にとって全ての始まりだった。
◇ ◇ ◇
「気がついて! 君の命は、君だけのモノだ! そんなポンコツの狂った道具なんかのモノじゃない!」
その声は、確かにこの耳に届いていた。
『何を言い出すかと思えば、くだらん。我が活動する為だけに存在する肉体を哀れむか? 滑稽だな。そんな愚か者だから貴様の人生など〝新章〟たり得ぬのだ』
「君には君の笑顔があった! 君には君の涙があった! 偽物なんかじゃない、操られてるだけじゃない! 君は君なんだ!!」
その想いは、確かにこの胸に届いていた。
『うるさいッ!! 耳障りだ……もう消えろ。記録する価値のない人間め』
『初代異伝』はその人の言葉を無視して、トドメの魔法を放とうとする。けれどその人は決して『初代異伝から』――いや、この肉体から目を逸らさない。
「もしも君が、君自身の意志でそいつの力になろうっていうのなら、それは止めない。君の人生だ。でも、少しでも! そいつなんかの言いなりになるのはごめんだって思う気持ちがあるのなら、僕はこの手を差し伸べる!」
その手は――この身体に届くのだろうか? 『初代異伝』は今にも魔力の塊を放とうとしている。このままなら、あの人は魔力の塊に押しつぶされて――死ぬ。
『ファーストナンバー:メモリーズガーディアンッ!!』
四つの暗黒の魔力が巨大な玉となって浮遊し、あとは標的に向かって指さすだけだった。
――嫌だ。
それは初めて思った、自分の心。
『!? 何故だッ身体が動かぬッ!!』
「当たり前だろ……それはお前なんかの身体じゃない。その子の身体なんだから」
『黙れッ! そんな事あるはずが無いッ! 今まで、何百と繰り返してきた! 傀儡に心など、意志など存在しない! ただの我が手足だッ!』
「お前こそ黙ってろよッ! 僕は、今、その子に話かけているんだッ!!」
――何で? 何でそんなに自分を、想ってくれる?
それは初めて浮かんだ、自分の感情。
――自分? 自分って何?
『動けッ役立たずがッ! 白紙の1ページの分際で、我が傀儡の分際で刃向かう等ッ――』
『初代異伝』の言葉を遮って、
「わか、らない……」
それは初めて発した、自分の言葉。
「ッ! 届いた! やっぱり、ちゃんと、君は君なんだ!!」
その人は嬉しそうに笑うけど。判らない。自分ってなんだ? 君ってなんだ?
「自分は、誰? 君って、誰? 自分は……うぅ……」
頭が痛い。内側からガンガンうるさい声が響いてくる。黙れとか、動けとか、耳障りな声が。ずっと当たり前だった筈なのに、それを今は明確に、不快だと感じている。
「そうか……君には、名前が無いのか……。なら!」
その人は更に一歩、この身体に近づいた。
「僕が君に名前を付けようッ! それが、君が君である証になるというのならッ! それで、君が君として生きれるのならッ!!」
魔力の玉を浮遊させ今にも攻撃しようとしている筈のこの身体に、ドンドン歩み寄り。
最後には槍を投げ捨てて、この身体を抱きしめてその人は言った。
「君の名前は〝シジアン〟だ。黒曜石みたいで、綺麗な髪をしている。さぁ、自分で言ってごらん、シジアン」
その人はこの身体にそう促す。
――我は、違う、自分は、違う、私? 俺? 違う、違う、きっと、これだ……。
それは、ひな鳥が親鳥の鳴き方を真似するかのように。
その口は、こう言った。
「――〝ボク〟は、シジアン」
もう一度、確かめるように、ハッキリと口にする!
「他の誰でも無い。ボクは、シジアンだッ!!」
その瞬間、解放されていた全ての魔力が、巨大な本の中へ吸い込まれていく。
『バカなッ!? ふざけるなッ!! 傀儡の分際で、我が魔力をッ!!』
口が勝手に動き、言葉を発するが。もう、そんな事許さない。
「黙ってろよッ! ボクは、いま、その人とお話してるんだッ!!」
それも。その人の真似だったけど。
そうして〝ボク〟は。シジアンの名を与えられ。『初代異伝』の意志から解放された。