俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
シジアンと暮らし始めてから、最初の数日間。彼女は時折僕のお手伝いをして、それ以外の時間はずっと、その手に抱える巨大な本を読みふけっていた。
古代魔導兵器『不朽型:異伝』。それは、魔法使いの一生を書物として記録しその能力や魔力を取り込む兵器だ。幾つか段階を経るそうだが、完全にこの本に取り込まれた魔法使いは最終的に魂を抜かれる事となり死んでしまう。
古代より現代に至るまで、様々な年代の魔法使いがこの兵器の餌食となっていた。その数はシジアン曰く100章もあるそうだ。
古代から活動している魔導兵器にしては100章、つまり100人分の人生は少ないのでは無いかと思われるかもしれないが、これは元々の『不朽型:異伝』を支配し、活動していた初代の魔道士『異伝の第一章、記憶を司る門番』の意向によるモノだ。
例えば。『異伝の第一章』曰く、僕みたいな凡人には興味が無い。手当たり次第に人を襲ってはその人生を閲覧し、特別な人生、特別な才能を持つ者だけを新章として継ぎ足していった結果がこれなのだという。
あの巨大な書物には100人の魔法使いの人生が、1から10まで記されている。どのように生まれ、何を感じ、どう生きて、どう死んで行ったのか。客観的に、事細やかに。
一朝一夕で読み切れる文章量では無いが、しかし。今のシジアンとってはとても重要な行為だった。
突然自我を手に入れたシジアンにとって、14年間の人生は空白に等しい。夢、希望、後悔、挫折、感謝、憤怒、恋愛、親愛。本来人が経験するべきだった様々な心の変化を彼女は経験していない。しかし『不朽型:異伝』を読む事で異伝に記されている人物の人生を追体験する事が出来る。『異伝』のせいで空白な人生を送ってしまったシジアンにとって、皮肉にも『異伝』が読む事はとても効果的な行為だった。
更に元々、シジアン元来の本質か根がしっかりとしていて純真無垢だが落ち着いた性格だ。
一日、また一日と経つ毎に彼女の心は目に見えて素早く成長し、成熟していった。
その結果――
「先輩。ティアロ様から先輩に割り振られた仕事に関する書類の整理ができました。要点に目印を付けている為その他は読み飛ばしていただいても構いません。それからマジッククラフト用の備品で不足しているモノを発注しました。最後に、レン先輩から新しい『紋章』を組み込んだマジックアイテム制作依頼が来ています」
と、書類の束を僕の机に置いて。
「それでは、何かご入り用でしたらなんなりとお申し付けください」
と言って自分の机に座って『異伝』の続きを読む敏腕秘書みたいな後輩が誕生していた。
「……あれ、シジアンひょっとしてもう既に僕より有能なんじゃね?」
と、自分の矮小さを感じる今日この頃。
お陰で仕事が凄く楽ちん。普段の半分以下の労力で済んでしまう。結果として自由な時間も増える訳で、その時間を使ってシジアンを街に連れて行ったり、他の八天導師のお仕事を見学させて貰ったりしているんだけど……。
正直、もう僕必要ない気がしてきた。
思ってたの5倍くらいシジアンの心の成長が目覚ましい。シジアンとの生活も2週間ほど過ぎた頃、切り出してみる。
僕は自分のベッドに座った状態で、机に向かって『異伝』を読み進めるシジアンへと声をかけた。
「ねぇ、シジアン」
「はい、何かご用ですか。先輩」
彼女はすぐに読書を辞めて、椅子をくるりと反転させてこちらを向く。
「いや、用事って訳じゃ無いんだけどね。一日毎に、君がどんどん成長していくものだから、ちょこっとしんみりしちゃった」
「成長、ですか? 自分ではよくわかりません。ボクは先輩の真似をしているだけですから」
僕そんなに有能じゃ無いよ!!?
と、叫びそうになるのを堪える。僕の実態はともかくシジアンは僕の事を凄く尊敬しているみたいで、心が成長している今の時期で夢を壊してしまうのは教育に悪い気がする。
「真似、か。そっか」
僕そんなにテキパキ働いて無いし大した事してないんだけどなぁ……。
「少し、聞いてみてもいいかな?」
「なんなりと。どんなご質問にもお答えします」
「そんなにかしこまらなくていいよ。あのね、シジアン。君はこれから――どうしたい?」
自分で、僕はシジアンの親類なんかじゃ無いなんて言っておきながら。
たった2週間やそこらだけしか触れあってない癖に。僕は、気がつけば親離れしていく子供を見るような気持ちでシジアンと接していた。
「どう、とは? すみません。質問の意味が、よくわかりません」
「んーと、将来の夢とか、かな。何をして生きていきたい? 仕事にしたい事や、好きな遊び、行ってみたい場所、なんでも良いんだけどそういう事、考えたりしないかな?」
「……」
いずれシジアンはこの部屋を――いや、この八天導師の館を出て行くだろう。
そして、漸く自分の人生を歩むことが出来るようになる。
もしシジアンにやりたい事――夢があるなら、僕は全力で応援したい。
そう思って聞いてみた。
シジアンは顎に手を当てて目を細め、考え込む。
「考えた事、ありませんでした」
「そっか。それじゃあ、これから考えていこう! 君が君らしい人生を送るために、必要な事だから」
「は、はいッ! がんばって考えます!」
シジアンは少し焦ったような、緊張したようなこわばった表情でそう言うけど。
「堅くならないで。ゆるーく考えて良いんだよ。君はまだまだ若くて、時間はたっぷりあるんだから――って、未成年の僕が言うのもおかしな話だけどね」
「ボクが、やりたい事……」
生真面目な基質のシジアンは珍しく頭を抱えて唸る。
唸りながら……。立ち上がって。
おずおずと僕の側に近づいてきて。
僕の横に座ると、ポスっと肩に頭を預けてきた。
「し、シジアン?」
びっくりして思わず声が震えそうになるのを我慢する。
「その、未来とか将来とか、まだよくわからないですけど……。今は、まだ暫く、こうしていたい、です……」
シジアンは申し訳無さそうに、目を逸らしたまま、そう言った。
「ご――」「迷惑なんかじゃないよ。好きなだけ、そうして良い。君が、望むなら」
きっとシジアンは『ご迷惑をおかけして申し訳ありません』なんて言いそうだなって思ったから。その言葉を遮って、その頭を撫でる。
「……こういう時は『ありがとうございます』、でした。すみません」
「あはは、結局謝っちゃってるよ」
「あっ、うぅ……」
シジアンは気恥ずかしげに頬を染めて目をつむる。
もの凄い勢いで成長してるなって感じてたけれど……やっぱり、まだまだ僕なんかでも支えになれるみたいだ。シジアンがもう一人でも大丈夫だって言える様になるまでは、もう少し『出来る先輩』っぽく頑張らないといけないな……。