俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
シジアンと出会ってから、半年が経過した。シジアンの自我はよりはっきりと、しっかりシジアンという人格に根付いて。冷静沈着な分析家、けれど人の優しさを持ち合わせた文官として成長した。
数ヶ月前には僕の部屋を出て、シジアンは個室で生活を始め自立の練習をしていた。
そして今日。
コンコンコンと三つ鳴らされたノックに応じる。
「どうぞ~」
「失礼します、先輩」
入ってきたのはシジアンだ。ボクは作業を中断して、椅子を反転させてシジアンの方へ身体を向ける。
「いらっしゃい、シジアン。こうしてこの部屋に来るのも久しぶりだね」
「はい。沢山お世話になりました。先輩が居なければボクはボクとして生きる事はできませんでした」
「そんな事はないって。君は強い子だ。僕はちょこっとだけ手を差し伸べたにすぎない」
半年経ってもシジアンの僕への幻想というか、傾倒ぶりは変わることが無かった。それだけが少し心配になって、苦笑いを浮かべる。けれどシジアンは嬉しそうに笑った。
「ふふ」
「どうかした?」
「いえ。まだ、それほど長い時間とは言えませんが。先輩と一緒に暮らして来て、判りました。先輩は――自己評価が低すぎます達成している実績と、自分自身の評価が釣り合っていません。それは謙虚とも言えますが……もう少し、自信を持たれてもよろしいかと」
と、なんだか説教をされてしまう。
「え、あ、す、すみません」
思わずシジアンに頭を上げるが、シジアンはあわあわと慌てふためき、
「そ、そんな、頭をお上げください! こちらこそ説教臭くなってすみません! ボクはただ、先輩は先輩が思っているよりも凄い人なんだって伝えたかっただけなんです!」
と今度はシジアンの方が頭を下げた。
「えー。そんな事は無いと思うけどなぁ……」
シジアンは優秀な子だ。この半年間で、ボクが先輩として頑張ってた張りぼての見栄なんかとっくに見透かしてるだろうに。
「ボクは、先輩に感謝しています。――ですから、先輩。ボクは見つけました。ボクがしたいこと。ボクが生きていく意味を」
シジアンは真剣な表情を作って、真っ直ぐに僕の目を見つめる。
「ああ、遂に見つけたんだね」
随分前に、シジアンに提案した事。自分がやりたい事を見つけて欲しい。その僕の言葉を覚えていてくれたようだ。
「ティアロ様からも許可をいただきました。明日から僕は、自分自身の為に生きていこうと思います」
「そっか、やっと、君の人生が始まるんだ」
明日から、か。急な話だとは思わなかった。シジアンの成長を見ていれば、いつココを巣立っていってもおかしくないと思って居たから。
「今回は、その。それを先輩に報告したくて、来ちゃいました。作業中に、貴重なお時間を拝借してしまいすみません」
「いやいや、大丈夫大丈夫。僕の事よりも、シジアンが成長してくれた事が判って。シジアンがやっと一歩踏み出せることが判って、嬉しかったよ。教えてくれてありがとう」
目の奥が、熱くなった。
何、泣きそうになってるんだろう。たかだか半年、面倒見ただけじゃないか。親にでもなったつもりか? 僕がしたことなんて大した事無い。何度も自分に言い聞かせたじゃないか。
涙は見せない。シジアンに、余計な心配をかけちゃいけない。僕は先輩として、最後の意地を張ってなんとかこみ上げる感情を抑える。
「それでは、先輩。今日はこの辺りで失礼します。明日以降の為に色々と手続きがありますから」
「そっか。うん。頑張れ、シジアン」
「はい。先輩。――これからのボクを。ボクの人生を、どうか見守っていてください。大切な、ボクの〝大先輩〟、ファルマ様……」
シジアンは最後にそう言って、僕の部屋を後にした。
扉が閉ざされ、足音が離れていく。
気配が感じられなくなったのを確認してから。僕は椅子を蹴飛ばして、すぐ側のベッドに飛び込んだ。
「元気でね、シジアン。見守ってる。応援してるよ――ぐすっ」
今生の別れじゃ無いなんて判りきっていても。自分で〝親や兄弟みたいに思わなくて良い〟なって言っておいても、やっぱり。巣立っていく娘を見ている気持ちになっちゃって。
僕は暫く、枕を濡らし続けた。
◇ ◇ ◇
次の日。緊急で八天導師が全員集められた。
円卓の会議室、それぞれ決められた席に座る7人。他の6人に向けて、ティアロ様が言う。
「皆、喜んで欲しい。〝八天導師〟最後のメンバーが決まった。これで当初の目的である8属性それぞれを司る魔道士が揃う事となる」
「やれやれ、漸く揃ったか。と言っても一人増えたところで忙しさは大して変わらないだろうが、まぁ名前通り八人になれた事は喜ばしいな」
イズナ博士は肩をすくめながら言う。
「漸くと言う程かしら? ほんの数年でしょう。私にとってはあっという間、寧ろ丁度良い頃合いだと思いますわ」
長生きしてるせいで時間感覚が狂ってきているルクシエラさんがそう言うと、全く同じ事を思ったのかアイルさんがため息を吐いた。
「人間って、長く生きるほど体感時間が短くなっていくって言うよなー。姐さんほど長生きならそうなるもんかー」
その言葉に、ルクシエラさんはピクッと眉を動かし。
「アー坊。後でオシオキですわ」
ぴしゃり、と言い放つ。アイルさんは慌てて、
「っ!? いや、良い意味でだぜー!? そんな、決して、ババアとか年増とか思ってる訳じゃなくてだなー!?」
とドンドン口を滑らせていくアイルさん。比例してルクシエラさんの顔がどんどんにこやかな笑顔になっていく。額の端に、青筋を浮かべながら。
「あの、師匠、アイルさん、話が逸れてます。新規メンバーという事なら通例に従えば時期にこちらへ来られるのですよね? 出迎える準備をしておかなければならないのでは」
真面目なドライズが、二人をなだめて。
レンはどーでも良さそうにぼーっと虚空を眺めていた。きっと新しい魔法陣でも考えて居るのだろう。そして、もし新人が入るなら魔法陣に理解ある人だと良いなー程度の興味しか無いとみた。
「ドライズの言うとおりじゃ。ほら、やってきたぞ」
遠くから聞こえてくる小刻みな足音。歩幅が、狭いのかな?
その足音は会議室の扉の前でピタリと止まる。
「最も、今回ワシから紹介する事は無い。みなも納得して受け入れてくれると思って居る」
「え?」
思わず、僕は声を漏らした。それはつまり、新しく入る最後の一人は既に八天導師のみんなが知っている人物であると言う事。
そして、昨日体験した出来事を思い出す。
他のみんなも、僕と同じように、察した様子だった。
「ああ、そういう事ですの」
ルクシエラさんがにやりと、少しいやらしい笑みを僕へ向けた。
「さぁ、入るが良い。〝八天導師〟最後の一翼、黒天の称号を授かる者よ!」
ぎぃ、会議室の巨大な扉が開かれる。
八天導師の制服、新品の漆黒のローブを身に纏い。片目にはモノクル。少し短めの髪に、ぴょこんと跳ねたアホ毛が一本。体格は小さく、まだまだ幼さを感じるがその表情は凜々しく迷いが無い。冷静沈着で、強かな意志を感じさせる眼差し。
「今日から黒天の称号を賜ります! 自己紹介など今更不要かと思いますが、ひとつだけ。ボクの名はシジアン! 先輩にいただいた、大切な名前ですッ!!」
シジアンは立派な大人の振る舞いで、胸を張り、そう宣言する。
「なっ、シジアン、どうして!?」
ボクはガタッと椅子を跳ね飛ばし、立ち上がって困惑するが、シジアンは僕に笑顔を向けて答えた。
「これが、ボクの見つけた答えです、先輩。ボクがしたいこと――先輩の側に居たいです。先輩を支えてあげたいです。先輩と、一緒に生きていたいです。だから、自分の意志でこの場所を選びました」
予想はできていた。けれどやっぱり、その衝撃は避けられない。僕はただ呆然と、立ち尽くしたまま事の成り行きを見守る。
「シジアンは幼くも、古代魔導兵器『異伝』を制御し〝八天導師〟の一員として恥じぬ能力を持つ。特に『異伝』を活かした情報収集、解析、整理能力が優れている事はここに居るみなも理解しておろう。誰もがこの半年間で幾度となく世話になった筈じゃ」
ティアロ様の言葉が右から左へ突き抜けていく。
「司る属性も、偶然ながら空席であった闇属性。ファルマが彼女を連れて来た事は最早運命と言っても過言では無い」
続くティアロ様の言葉を、ルクシエラさんは否定した。
「あら! 運命なんて考え方、私は嫌いですわッ! この子は、ファルマが自分の意志とその行動によって〝八天導師〟へ導いた存在――ファルマの大切な後輩ですわ!」
「ちょ、ルクシエラさん、辞めてくださいッ! 恥ずかしいです!」
運命では無く僕が導いたのだと強調するルクシエラさんの言葉があまりにも恥ずかしくて僕は顔を紅く染める。
「これからよろしくお願いします、ティアロ様、アイル先輩、ルクシエラ先輩、イルゼルナ先輩、レン先輩、ドライズ先輩そして――先輩。ファルマ先輩。僕の大切な、大先輩」
「シジアンも僕だけを強調しないで!? 恥ずかしいッ! すっごい恥ずかしいよ!?」
気がつけば他の八天導師の誰もがにやにや生暖かく笑っていた。