俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
夕暮れから気がつけば日は落ちきって。真っ暗な森を照明が照らす。ナギさんは普段から夜まで鍛錬していた様で、予め照明が用意されていた。
「一体、何回目だろうね」
ナギさんに必死に槍を向ける先輩を見て、アリシアさんが悲しげに零す。
「57戦目です」
夕方から、日が落ちるまでの二時間弱。先輩はひたすらナギさんと模擬戦を繰り返し。
繰り返しては――
「クソッ!! はぁッ、はぁッ、また負けたッ!!」
回数を重ねる毎に、悔しそうに、足下の雪を踏みしめる。
「次だッ……! あ……れ……?」
先輩が58戦目を開始しようとしたその瞬間。先輩の身体がよろめく。
思わず飛び出していきそうになったドライズ先輩とアリシアさんのローブをボクは両手で引っ張って引き留めた。そして二人に耳打ちする。
「恐らくナギさんは何かしら考えがあって行動しています。この場は静観し、ナギさんに任せましょう」
そう伝えると二人は渋々、といった表情で木の陰に戻る。
「休みも無く連続で57戦、ですね。貴方の限界は」
雪原に沈む先輩を見下ろして、ナギさんは言う。
「いやッまだだ! まだ、やれる……ッ!」
そう言って先輩は重そうな身体を無理矢理引っ張り上げるように立ち上がるが。手足が震えていた。本当に、もう立っているのもやっとだろう。
「本当の意味での限界を迎えては寮に戻れませんよ。貴方の意志、覚悟、そして能力全て理解しました」
ナギさんはそう言って、木刀を消す。どうやらあの木刀はマテリアライズ製品だった様だ。
「結局ッ一本も取れなかったッ……! 知ってたよッ! 俺が、弱いって事くらいずっと前から、判ってたッ! それでも、何もできないなんてッ……!」
先輩はボロボロと大粒の涙を零して言う。そんな先輩に、ナギさんは近寄る訳でも無く一定の距離と保ったまま、伝えた。
「ファルマ君が鍛錬をしたいと。その師として私を選んでくれたと。その事実は受け止めます。ですが今までの模擬戦で理解した事があります」
「なんだ、それ?」
涙を拭って先輩が問いかけるが、ナギさんの返答は思いもよらないモノだった。
「それは、刃を以て語りたいと思います」
ナギさんは先輩から離れてゆき、少し離れた場所に置いていた刀袋を持ち上げ、中身を取り出す。
「へ、どういう事?」
先輩はナギさんの言葉の意味が理解できていない様だった。
するとナギさんは取り出した刀を鞘から抜いて、先程までの木刀と同じように。
先輩に差し向けて、続けた。
「貴方のお願いはなんでも聞くと言った手前申し訳無いのですが。一つだけ条件を付けます。三日後、この地にて。今度はお互いに〝真剣勝負〟を行いましょう。この決闘を承諾してくださる事が、今後続けて貴方に武術を教える条件とします」
「な、なんだって!?」
ナギさんは突然、文字通り真剣を向けて先輩に宣戦布告した。
「勿論、競技決闘と同じように二重の防護壁は用います。それに、勝敗は問いません。ただ、私は不器用なので。伝えたいことは、戦いを通して伝えたいのです」
「でも木刀ですら歯が立たなかったのに〝真剣勝負〟なんてしても、もっと酷い結果になるだけじゃ……」
と、先輩は乗り気じゃなさそうだが。ナギさんは続けて言う。
「果たしてそうでしょうか? 今までの模擬戦はあくまで模擬戦の域を超えませんでした。ですが、三日後の決闘、私は久しぶりに『サクリファイスの刻印』を使用します」
その言葉に先輩だけで無く事を見守っていた僕達も目を剥いて驚いた。
ナギさんは先輩と共同開発した『神威』を使う事により『サクリファイスの刻印』を封印し、あれ以来使ってこなかったのだ。その禁を破るのだと言う。
「待て待て待て!? 『刻印』は禁じ手だろ!? そんなの使われたら為す術なんてないよ!」
先輩の講義に、ナギさんはこう答えた。
「その通り、私は〝禁じ手〟を使ってでも貴方と戦います。ですから貴方も存分に〝禁じ手〟をお使いください。先程の模擬戦で使わなかった、数々の魔法道具を。それが、〝真剣勝負〟と言うモノです」
先輩は呆然とする。〝禁じ手〟を使うからそちらも〝禁じ手〟を使って良い。
確かにそれは〝真剣勝負〟――防護壁が無ければ、生きるか死ぬか、というレベルの決闘だ。
「私は、本気で貴方を殺すつもりで戦います。いくら防護壁があるとはいえ、過信してはいけません。有名な話ではイクリプス殿などは二枚目の安全用防護壁を貫いてアイル殿に怪我を負わせて以降競技決闘を行わないようになった、など耳にしました」
夕方毎に見た光景を鮮明に思い出す。木の枝一本で木を幹から両断する程の破壊の力があれば、あり得る話だ。
「ですからファルマ君も、私を殺すつもりで――あらゆる手を尽くして戦う事です。恩人を救うため、手伝う為に持ちかけた決闘でその恩人を殺してしまっては、私も悔やみきれませんから」
ナギさんは言い終えると刀を鞘と刀袋に戻し、背負って。
「ま、待ってくれよ、俺はまだ納得した訳じゃ――」
この地を去ろうとするナギさんの背中に先輩は呼びかけるが、
「今日は週末です。明日、明後日の二日間は休日。明日は全力で休息し、そして明後日は三日後の決闘に向けて可能な限り準備をしておく事です。――貴方の本当の全力を、私に示してください」
と、冷たく言い残して。歩を進める。
最後に、確認、或いは――ボク達へ向けてと言わんばかりに。
「決闘は三日後、今日と同時刻、この地にて、ですよ」
と声を張り上げ、ナギさんは去って行った。
ぽつんと一人取り残された先輩は、数十秒間固まったままで。
そのまま、後ろにばたんと倒れた。地面は模擬戦で踏み固められたとは言え柔らかい雪と土なので衝撃は無い。
「意味わかんねー……でも、やらなきゃ教えてくれないってんなら、やるしかない」
先輩は夜空を見上げて呼吸を整え、休息しつつ、独白する。
「星、綺麗だな。石ころは星になんてなれないんだ。それでも――石ころの意地を、見せてやる」
ばっと、先程までの疲れなど無かったかのように、飛び上がるように起き上がって。
「まずは明日ッ! もうヘトヘトだ、一日中寝てやるッ! んで明後日! 用意するさ、対『刻印』用のマジックアイテムを!!」
と意気込み〝永久の森〟を駆け抜けていった。
最後に、先輩が去ったのを確認して本当に取り残されたボク達三人は木陰から出る。
「なんか、凄い事になっちゃってるね……」
「ナギさんの〝真剣勝負〟、か。僕ですら勝てる自信ないよ」
「ですが、その中に。ナギさんが見つけた答えがあるそうです」
三人で顔を見合わせて、確認する。
「三日後、今日と同時刻。わざわざボク達にも聞こえるように言ったのです。見に来い、との事でしょう」
「だよね。こっちの事気付いてたもんね」
「じゃあ、僕達もまた三日後にこの場所で」
「明日、明後日も先輩は決闘の準備のために本気で休息と対策をする筈です。今日のような無茶な行動もとらない筈。今回はここで解散しましょう」
「うん。じゃあ、またね。ドライズくん、部長さん」
と、解散した。
――が。
「……って、みんな同じ寮に帰るんだから結局三人揃って同じ道を歩く事になるよ、うん」
とドライズ先輩ははにかみながら言った。
「解散って言ったのに、何だか面白いね」
「ボク達は同じ穴の狢――いえ、もっと良い表現を。同志です。解散して尚、一緒でもいいでしょう」
「同志って、なんの?」
「〝先輩を見守る会〟です。因みにですが会長の席は譲りません」
「わーん、気がついたら成り行きで変な会に入会させられちゃったぁ! けど、それもまたいいかもね!」
と他愛ない会話をしながら、みんなで寮に帰った。
◇ ◇ ◇
三日後、授業が終わり夕焼けが空を暖かく染める日暮れ。週を跨いだことで、〝永久の森〟は春の様相を示していた。
〝永久の森〟の象徴たる万年桜は季節に関係無く咲き誇るが、春の週の〝永久の森〟は普通の桜の木が品種毎に少しずつズレた周期で咲いては散るを順番に繰り返す。その美しさが人気で、春の週に〝永久の森〟へ遊びにくる生徒は非常に多い。
そんな、美しく穏やかな世界の片隅で。
文字通り〝真剣〟を構えて立ち会う二人。
そして相変わらず木陰から二人を守るボク達三人。
「どうしてナギさんは決闘なんて言い出したんだろうね?」
アリシアさんは小声で疑問を浮かべ首を傾げる。
「ナギさんは確かに実戦であれ競技であれ戦闘は大好きな人だけど。あれは楽しむ人の目じゃない。本気の〝相手を殺す〟人間の目だ」
ドライズ先輩はナギさんの眼差しをそう捉えたようだ。
「ボクは、今日までの二日間で今までの先輩の行動と、ナギさんの真意その全てを繋ぐ仮説を立てました」
その言葉に、二人はバッと顔をこちらにむける。
「本当かい!?」「教えて、部長さんッ!!」
二人の問いかけに、ボクは少しだけ答える事にした。
「先輩が目を覚ましてすぐに無茶な勉学、部活、武術などを行っていた理由。それは、〝見られている〟という事を意識してしまったからだと思われます」
その言葉に、二人はドキッとした顔で少し仰け反った。
「えっ、私たちのせい……?」
「いいえ違います。我々が監視を始めた頃には既に先輩は無茶を始めていたでしょう? 先輩を見ている人間がもう一人居る事を、二週間前の記憶を遡って発見しました」
「二週間前って、事件があった日――あっ!!」
アリシアさんはそこで、思い出したようだ。逆に、当事者でないドライズ先輩はハテナマークを浮かべている。
「何々、どういうこと?」
「僕達は先輩が眠っている二週間、事件の事後処理に追われて忙しい日々を過ごしていました。それに目が覚めない先輩を心配し、気が気でなかった。そのせいで記憶が薄れ、曖昧になっていましたが。――それは、眠っていた先輩にとっては〝眠る直前〟の話。どれだけ長い時間眠ろうとも、体感時間というものはそれほど変わりません。つまり先輩にとっては〝昨日の今日の話〟として、二週間前の事件が記憶されているのです」
その体感時間の違いが、ボク達と先輩の間で意識の違いを生み出した。
「あの事件でファルマは僕達が戦って居る裏で〝拒絶の闇〟と戦ってたって聞いたけど、それが関係するのかい?」
「その通りです。〝拒絶の闇〟トーラは。最後にこう言い残して去りました。曰く、『君の事ずっとみてますからね』と。そしてそれが妄言の類いでは無く実現できる程に、常識を超越した存在である事は戦った我々も身に染みて理解しています」
「ハル君はトーラに自分の人生が見られてる事を気にしてたんだ!!」
「はい。先輩は自分を過小評価されるお方です。自分の歩んできた人生に自信なんて持って無いでしょう。そんな自分の人生が、常に誰かに見張られているなんて考えたら――」
ドライズ先輩はほんの一瞬だけ思案して、全てに納得がいったように目を伏せた。
「……少しでも、恥ずかしく無いように。少しでも後悔しないように。どんな無茶をしてでも〝頑張ってる〟姿を見せようとするだろうね、あいつなら」
それが、先輩を心理的に追い詰め、焦らせる原因だと仮定した。
「じゃあ、ナギちゃんの〝真剣勝負〟の理由は?」
「それは、事の成り行きを最後まで見守れば判るかと。間接的とはいえわざわざボク達にも来るように言ったのですから、ボク達が見る必要性もあると言う事でしょうか。ボク自身素直にこの戦いの結末を見届けたいです」
「そっか……そうだね」「頑張れ、ファルマ」
アリシアさんとドライズ先輩は先輩に応援の眼差しを送る。
そしてボクも、先輩を見据えて。
決戦の火蓋が、切られた。