俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
シジアンはこほん、と咳払いを一つして。
「次は新たに発見され、明確に敵陣営が扱う原初の魔力〝拒絶の闇〟についてです」
はらり、と巨大な本をまた1ページめくるシジアン。
「その効力は〝あらゆる存在の遮断〟であると考えられます」
「〝遮断〟、か。それだけ聞けば大した効果では無いように思えるが。対峙した者達の目つきが違うな。改めて教えて欲しい。具体的にはどのような脅威なのだ?」
イルゼルナさんはニヤニヤと好奇心を抑えきれない様子だ。
「まず第一に戦闘面において。原初の魔力、或いは光属性の魔力以外から構成された魔法を完全に遮断してしまいます。そしてそれは魔法だけに留まらず高密度魔力体である物理的物質をも阻むのです」
シジアンの説明に、イルゼルナさんは顎に手を当て、
「ふむ。〝光属性・或いは原初の魔力〟が無ければ魔法攻撃も物理攻撃も防がれてしまうのか」
「そして厄介なのが〝物理的質量の遮断〟の延長として〝全てを切り裂く刃になる〟点です」
この世界で物体や肉体とは沢山の魔力がギュッと高密度に凝縮して構成されている。だから、ある意味では物理的物質は〝魔法の一段階上の魔力体〟と考える事が出来る。
「ルクシエラさん達の〝破滅の光〟が、出力を上げる事で魔法の分解だけに留まらず物体や肉体の分解まで行うのと同じような原理で、〝高密度魔力の結びつきを遮断する〟事が切断攻撃に発展するんです」
シジアンを補足するように俺が説明すると、
「……攻防一体、厄介」
イルゼルナさんと同じく実際に〝拒絶の闇〟とは交戦していないレンもまた興味深げに頷いていた。
「更にこれはイクスの証言に照らし合わせて研究した結果ですわ。魔法や物質に限らず、〝拒絶の闇〟が遮断できる概念は数多く、〝重力を遮断〟する事で空中浮遊が、〝物理的距離と経過時間を遮断〟する事で長距離移動が可能である事が判明しています」
ルクシエラさんの言葉を聞きながら俺は右腕を挙げた。
手首には白と黒が縞模様になっている腕輪がぶら下がっている。
「現在マジッククラフト工房では戦闘によって採取された〝拒絶の闇〟を利用して、その〝物理的距離の遮断〟を利用した『新型転移魔法陣』の臨床試験中です。今のところ問題無く利用できているので、最終安全確認が出来たら八天導師内で設備として共有する方針です」
レンが最近開発した『転移魔法陣』はあくまで高速移動の延長であった。そのため、まず野外で無ければ利用できず、移動進路の安全確保、移動中想定外生物・物質との衝突回避などかなり複雑な魔法陣によって制御されている。
しかし〝拒絶の闇〟を利用した移動は〝存在〟と〝時間〟という概念を無視する。〝拒絶の闇〟の魔力を筒状、チューブの様に〝道〟繋げその出入り口を設定するだけで一瞬で入り口から出口へと抜ける〝瞬間移動〟が可能なのだ。最初に〝道〟を繋げる際に他のモノを巻き込まない様に注意すればそれ以降は基本的に外からの干渉を受けない。
体面上〝道〟となった空間は〝存在しない〟形になる。これに干渉できるのはやはり、他の属性の原初の魔力だけだ。
――と、ついでに『新型転移魔法陣』の仕組みについて俺はルクシエラさんとレンの代わりに説明した。
「敵に回れば厄介な代物であるが、戦闘後の残滓だけでもそれだけの応用が利くのか。ありがたい反面、確かに危険極まりない力だ」
イルゼルナさんは口ではそう、戒めるように言っているが顔がうずうずしていた。〝早く私も使ってみたい!!〟と書いてある様だ。
「……ん、とても危険。細心の注意を払って利用するべき」
あの無表情なレンですら顔がにやけていた。だってそうだろう。俺だって〝拒絶の闇〟が偶然採取出来ている事に気付いた時には、数々思い浮かぶアイテムへの応用方法にときめいたモノだ。レンに至っては魔法陣だけ作って、安全確認の為のお預け期間中な訳で、早く自分の新しい魔法陣のデキを確かめたくて仕方ないだろう。
敵としては厄介極まりないが手元にあれば幅広く応用の利く〝拒絶の闇〟も、手に入ったのは僥倖であった事が判った。
「それもこれも、全部ドライズの〝明鏡の氷〟のお陰だったって事だな」
「どういう事?」
俺の言葉にドライズはハテナマークを浮かべた。
「トーラは戦闘中に魔力の採取なんてやってられる程余裕のある敵じゃ無かった。そっちもそうだったんだろ? それでも〝拒絶の闇〟の一部が俺達の手元に残ったのは丁度〝破滅の光〟を吐き出した『フェア・クリスタル』に〝拒絶の闇〟が入り込んでいたからなんだ。あとお前の氷燐剣(中略)にもな」
原初の魔力の器として設計した『フェア・クリスタル』はともかくどうしてドライズの剣にまで〝拒絶の闇〟が染みついていたのか謎だったのだが、それがドライズの原初の魔力による効果だと判れば腑に落ちる話である。
「ドライズ先輩の〝明鏡の氷〟の補足事項として、ドライズ先輩自身が体内に他の原初の魔力を宿した場合、本来の魔力と同じように回復・補充が出来る事が〝破滅の光〟で実証されています。今後は採取された〝拒絶の闇〟を増幅していただければ、こちら側の戦力増強に繋がるでしょう」
シジアンの言葉にドライズはビクッと反応を示す。
「えっ、待って。それひょっとして僕に〝拒絶の闇生産工場になれ〟って言ってる??」
ドライズは自分の身体を抱きしめ、身震いする。なまじ中性的な容姿をしているので無駄に色っぽい。
「悪い言い方をすればそうなりますが、普段通り適度な休息を行って、魔力が貯まったら『フェア・クリスタル』に移してもらうだけで結構ですので、気を張る必要は無いかと」
シジアンは淡々とそう言うが、
「いや、圧!! 〝早く沢山生産しろ〟って言外の圧が多方面から突き刺さってくるんだけど!!」
当のドライズはそれどころでは無いらしい。何しろルクシエラさんやイルゼルナさん、レン、あとついでに俺。八天導師の中で〝研究・開発〟方面に携わっている面々から期待が最大限に込められた生々しいねっとりずっしり重い視線が集まっているのだから。
「主人公体質は大変だな」
俺はからかうように言ってやった。
「必要なのは判ってるから善処はするけどさ!! 僕にも人権はあるんだからね!?」
ふと、ねっとりとした視線の送り主の一人、レンがぼそりと言った。
「……大丈夫。一日5回くらいは出せる筈」
「何を根拠に言ってるんだい!?」
確かに、魔力が回復、生成される具体的な回数なんて何を根拠に割り出しているのだろう。レンは間違い無く天才肌なので考えている事が判らない事が時々ある。
「そ、そんなペースで出されても『フェア・クリスタル』の生産の方が間に合いませんよぅ……! ついこの前ファルマ君にめちゃくちゃな発注を受けたばっかりで素材不足が深刻ですぅ!!」
ドライズだけでなくアーシェの方も涙目になっている。
「あー……」
俺は数日前にナギさんとの決闘に持ち出した特大『フェア・クリスタル』製の盾の事を思い出して申し訳ない気持ちになった。何が申し訳無いって〝敵と戦う為に使った〟訳ではなく〝身内の模擬戦〟でそんな贅沢なモノを使ってしまった事だ。
「まぁみな落ち着け。ドライズだけに頼らずとも今後〝第四の賢者〟カイを追っていれば戦闘に発展するのは目に見えている。その戦闘後にもまた採取が見込めるだろう。ともかく、ドライズにもアーシェにも、あまり負担はかけてやるなよ」
ティアロ様が困った表情で頭を掻きながら言うと、ドライズにねっとりした視線を送っていたみんなは同時に
「「「「はーい」」」」
と、棒のような返事をして視線をシジアンへと戻した。