俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
その日は平和だった。僕はいつも通り師匠の部屋のお掃除や、勉強に取り組んだりして、充実した学園生活を送っていて。束の間とはいえいつもの日常が戻って来た喜びを噛みしめながら午後の自習時間を過ごしていた。
そして、部活動・自習時間終了の鐘が鳴る。
僕は大きく伸びをして、
「よーし、夕飯の支度するか」
とノートを閉じてキッチンへと向かった。
そして料理を始めて少しして。
玄関の扉がゆっくり開かれる。
「おかえり、ファルマ。ごめんね、ご飯もう少し時間かかるかも」
気持ちの良い一日に興が乗ってしまい少し手間のかかるメニューにしてしまったせいだ。ふとそこで、気になる。
「って、今日は早かったね?」
最近のファルマは部活動が忙しいのか学園で指定されている部活動の時間が来ても、居残って作業をして日が暮れてから帰ってくる事の方が多かった。
それにしては、まだ夕暮れ。部活動が定刻通りに終わったという事か。
「ファルマ~?」
僕の言葉に返事が無い事に不安を覚え、呼びかけるがやはり返事は無く。しかし重たい気配だけは近寄ってきて。キッチンを通り過ぎ二段ベッドの下段へと倒れるように飛び込んだ。
僕はびっくりしつつも、手元から目を離すわけにはいかない。
とりあえず様子を伺っていると、
「悪い、ドライズ。今日はあんまし喰えねぇかも」
とだけ返ってきて。
「悩み事、か。了解」
僕は夕食の作業を途中で変更し日持ちのするように方針転換しながら答えた。
ファルマは強く思い悩んだ時、食欲が無くなり眠り込む癖がある。
僕が夕食を作り終えるまで、ファルマはベッドに埋もれたままだった。
ファルマの夕食は一口程度により分けで残りを明日用に冷蔵庫に入れて。
僕達は静かな夕食を過ごす。
影が差す重たい表情でも一口だけは食事を摂って。
「美味いな。いつもより凝ってる。何か良いことでもあったのか?」
とファルマは下手くそな作り笑いを浮かべた。
「今日は一日、平和だったからね。久しぶりに戦いとか考えずに過ごせて、つい」
僕はそう答えつつ自分の食事をすすめる。
「そう、か。そう、だな。平和だからこそ、だよな――」
ファルマは少ない食事を早々に終えて、頭を抱え込んだ。
◇ ◇ ◇
「ごちそうさま」
しばらくして僕は食器を片付けて、洗浄する。
そして作業しながら、言ってみた。
「相談、乗ろうか?」
返事は遅い。ある程度の悩みならすぐに相談してくれるから、どうにも深刻な問題みたいだ。
「……俺が答えを出さなきゃ、見つけなきゃいけない問題なんだ」
随分と遅れて、そう返ってくる。僕は食器を洗浄しながら、答えた。
「でも、そのヒントや材料を見つける為に行動する事は許されるんじゃ無いかな」
食器洗浄を終えて。
僕は未だに食卓で頭を抱えるファルマの前に座って。
「僕は答えを与えない。ただ、君の言葉を聞いて、幾つか問いかけたり、確認するだけ。それじゃダメ?」
と。思い悩む友人へと微笑みかけた。
数十秒の間を以て。
彼の重たい口が開かれる。
「本当に、醜くて情けない話だ。それでも、聞いてくれるか?」
「うん」
どんな話だって受け止めるに決まってるのに。そんな前置きなんて必要無いよ。なんて言葉は飲み込む。僕はただ、続くファルマに耳を傾けた。
「アリスに、告白された」
僕は一瞬拍子抜けする。アリシアさんがファルマに好意を持っている事なんて、この学校に転入してきた時から誰が見ても明らかだ。それは好意を向けられている本人であるファルマこそ一番よくわかっている筈。告白なんて時間の問題だっただろう。
ならばこそ。
「どうしてそんなに苦しそうなんだい?」
また、重たい沈黙があった。
けれど意を決したように。
「――俺は、罪を犯したんだ」
ファルマはそう、口にする。僕は続く彼の独白へただ静かに耳を傾けた。
学園に転入してきたアリシアさんはファルマの〝悪しき願い〟が顕現したイーヴィルに取り憑かれていた事。そのせいでアリシアさんにファルマへの偽りの恋心を植え付けてしまったこと。
イーヴィルとしての力を消し去って尚、その心が変わる事は無かった事。
ファルマとアリシアさんが突然イーヴィルに襲われて、救急搬送されたあの日。裏で何があったのかを。ファルマは漸く、教えてくれた。
「アリスは、俺に悪意は無かったと許してくれた。でも、俺自身は俺を許せない。アリスが俺を振った過去は事実だ。だから、アリスに残ってしまった恋心が偽物なのは明らかな筈だ。――俺は、人の心を。人生を狂わせてしまったんだ。例えそれが、無意識であったとしても」
それが、ファルマの抱える罪――
「イーヴィルは人々が抑圧してきた〝悪しき願い〟が歪み、よどみ、勝手に魔物になってしまったものだって、この前の会議で言ってたよね」
「ああ。トーラからは、そう聞いた」
「誰だって後ろめたい心は持っているものだ。僕にだって醜い願望や欲求はある。それを無くす事なんてできない。アリシアさんは言ったんでしょ? ファルマの〝悪しき願い〟がイーヴィルになったのも、アリシアさんが依り代になったのも、全部偶然――ううん」
いつだったか、異邦の不審者達が言い始め。ティアロ様やイクリプスさん達が呼ぶようになった。僕は〝世界の中心〟だと。ファルマの話ではファルマの〝悪しき願い〟が叶ってしまったのは〝世界の中心〟にたまたま近かったから。
それなら――
「〝世界の中心〟である僕に近かったから、そのせいだっていうのなら、寧ろ悪いのは僕じゃないかな?」
「そんな筈あるか! お前が悪い訳がない! お前は、何もしてないだろ!?」
僕の言葉を、ファルマは喰い気味に否定する。
「その台詞を、そっくりそのままお返しするよ。君は何もしていないんだから、悪く無い」
僕も即座に切り返した。ファルマは一瞬納得しかけて、けれど。
「でも、俺は〝悪しき願い〟を――醜い願望を捨てきれなかった。抱え込んでいたせいでこうなったんだ。過去を清算して、前を向けなかった俺に落ち度が全く無かっただなんて思えない」
「……そっか」
ファルマがどうやったって自分を許せないくらいに思い詰めてる事は判った。なら、その気持ちはもうテコでも動かないだろう。ファルマはそう言うヤツだ。
「それじゃあ、もう一つ聞かせて。君は今〝何を悩んでいる〟んだい?」
その問いかけへの答えは早かった。
「何をってそんなの〝アリスの告白を受けいれるかどうか〟に決まってるじゃないか」
「うん。だから。どうしてその答えに迷っているのかを教えて欲しいんだ」
僕に言われて、ファルマは自分自身と向き合うように一度目をつむる。
暫くして、その心の内を言葉にしてくれた。
「俺は、アリスをあんな事件に巻き込んでしまって後悔している。アリスが許してくれるって言っても。ドライズが俺は悪く無いって言ってくれても。俺は俺を許せない」
「うん」
「だから、俺は俺に出来る全てを懸けて、アリスに償い続けると決めた。アリスが望むことを受け入れ、アリスを脅かすモノから守る。それが、アリスの人生を変えてしまった者の責任だと思ってる」
「そっか。でも、それなら――」
「ああ。俺は〝アリスの気持ちに応えなくちゃいけない〟アリスが俺を未だに好きだと言うのなら、アリスの全てを受け入れるのが責任だというのなら、アリスの求めに応えるべきだと、思う」
「そうだね。でも、君は素直に受け入れる事ができない。何故なら君とアリシアさんが付き合う事は――ある日君が抱いた〝悪しき願い〟そのものだから」
僕の推理を肯定するようにファルマは大きく頷いた。
「アリスの求めに応じて、付き合ったとして。結局それは、〝俺が得をしている〟だけじゃないか? 償いだとか、責任だとかどうこう言っておいて、結果だけみれば俺にとって都合の良い状況になるんじゃないか?」
ファルマが思い悩む理由が、判った。
ファルマはアリシアさんへの償いの為に、彼女の心を尊重したい。でもアリシアさんと付き合う事はファルマの〝悪しき願い〟が叶う事になる。自分が得をしてしまっては、償いにならないと、そう思い悩んでいるんだ。
「……もう一つ大事な事を確認したいな。いい?」
「答えるよ、なんでも」
僕はこの一件で最も大切な事を、ファルマに聞いた。
「君は今でもアリシアさんの事が好きなのかい?」
返事は早かった。
「好きだからこそ、これだけ悩んでるんだっ!!」
力強く言い放たれる言葉。僕としては、もうそれが答えなんだと思うんだけど。でも、ファルマ自身が言ったようにその答えにはファルマが気付かなければいけない。僕は確認と質問しかしない。
「アリシアさんは、いつまでに返事が欲しいって言ってたの?」
「いつまでだって待ってるって。でも、言葉の通り何時までも待たせる訳にはいかない。それだけ、アリスの時間を奪ってしまう事になる。結論は、急ぎたい……」
「――判った」
僕はそう言って、席から立った。
「何が判ったんだ、ドライズ?」
ファルマが疑問に顔を上げるので、答える。
「時間が必要なんだろ? 君の心の整理をする時間が。それも、できるだけ多く、そして早く。なら暫くは。僕はその時間を作る手伝いをするよ」
「手伝いって、具体的になんだよ」
「半分はいつも通り。ご飯を作ってあげたり、部屋の掃除をしてあげたり。君が自分の事に集中できる様に環境を整える。もう半分は――単位や八天導師としての世間体があるからサボらせる事まではできないけど、ノートとかは君用に写しておいてあげるし先生にも根回ししておくからさ。君はその間、ずっと自分の問題と向き合えば良い。八天導師としての任務も引き受けておくよ」
「んなっ!? そりゃありがたいけど、無関係のお前にそこまで負担をかける訳には――」
〝無関係〟というファルマの言葉を僕は断った。
「聞く限り無関係なんかじゃ無いよ。君は悪く無いって言ったけど、僕が〝世界の中心〟である事もこの一件に関わっているんなら、僕だって僕に出来る限りの事をしたいって思う」
「ドライズ……」
「答えを見つけるのは君じゃなきゃいけない。だから、好きなだけ悩んで、迷って良いんだよ。そうじゃなきゃ、誰よりも君自身が納得できないだろうから」
そう言って、僕は二段ベットの梯子を登る。
「さ、そうと決まれば今日は早く寝ちゃおう! まずはゆっくり休んで、それから考え直せばいいさ」
と言って僕は部屋の電気を常夜灯に変えた。食卓に居座るファルマをベッドへ誘導するために。
「……いつもありがとな」
ファルマはそう呟いて、二段ベットの下に入っていった。