俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
俺はその日、夕方まで完全に居眠りを決め込んでいた。夜に眠れなかった分を補うためだ。宣言通りドライズが口利きしてくれたのか先生達に咎められる事は無かった。
そして。
放課後の時間。たっぷり眠った俺は完全とは言わずとも立ち直り、あくびと共に部活動に行こうとする。教室の隅に試作転移魔法陣を作っているので移動も楽ちんだ。
俺はまだ寝ぼけた回らない頭で魔法陣に乗って。一瞬だけ全てが闇に包まれたかと思うと部室に移動していた。
それから定位置に着いて。今日製作するアイテムの事を考えながら資料、材料などを用意しつつ……。
準備万端、さぁ、部活動を始めようか! と思ったそのとき。
がちゃり、と部屋の扉が開く。自然と視線がそちらに向き。
「「あっ」」
入室者、アリスと目が合って同時に声を漏らした。
これまた同時にばっと視線を逸らす。
「お、お疲れ様、ハル君……」
アリスは緊張した声色だが、対する俺も。
「あ、ああ、アリスも、おつかれ……」
アリスの顔を見ることが出来ず、机に視線を落としたまま答えた。
アリスがいつもの席、俺の隣に近づいてくる気配を感じるが、普段よりゆっくりで。
ゴッ、ガッとどこかに身体をぶつける音が聞こえてきて思わず、
「だ、大丈夫か!?」
と横を横を向くと、
「こ、これくらい大丈夫だからね! ごめんね、騒がしくして」
アリスは顔を真っ赤にして、目を逸らしながら笑って誤魔化していた。
「そ、そうか……」
俺は心配しつつも、本人が大丈夫と言っているのだからこれ以上踏み込むのは無粋かと思い視線を手元に戻す。
その後、そーっと俺の隣の席が引かれ、これまたゆっくりと椅子に座る気配が感じられた。
手は癖になっているのか作業は進みつつも、気持ちの方は落ち着かない。
アリスも、何を言うでもなく静かに、けれどどこかそわそわした雰囲気で居て、
緊張感のある沈黙が部室内を支配していた。
そんな空気感に耐えられなくなって、俺は、言ってみる。
「そ、そういえばシジアンの姿がみえないな。いつもなら来てる時間なのに」
すると、アリスが、
「あ、えっと、ね。部長さん、今日はお休みするってお昼休みに言ってた」
と、答えてくれる。
「そうなんだ。珍しい、体調でも崩したのかな? 悪くならなければ良いんだけど」
俺はシジアンの事を心配しつつも、つまり今日はこのまま部室でアリスと二人っきりになるという事実に震えていた。
ドクドク心臓が高鳴って行く。
今朝、俺はアリスと言葉を交わし、想いを交わし、迷い、最終的にアリスと付き合う事になった。
その場はその事に必死で、その後は寝不足の回復に気をとられて、今更になって実感してしまう。
〝アリスと付き合い始めた〟という事実を。
嘗て、夢にまで見た関係。普通の恋愛とは違って、ぐっちゃぐちゃに拗れてねじれ曲がって、漸く辿り着いた結果。
率直に今の気持ちを言葉にすれば。
めちゃくちゃ緊張するし、めちゃくちゃ恥ずかしい!
いつも通りに過ごすという事が凄く難しい。な、何を話せば良いのだろうか?
俺はもうこれ以上アリスに迷惑をかけたくない!!
折角彼氏になったのだから出来るだけ理想の彼氏になりたい!!
でも〝理想の彼氏〟って何!?!?
〝女心〟なんて一つも判らないよッ!!
心の叫びをかみ殺す。
少なくともそんな感情表に出すような男が良い彼氏だとは思えない。
本当は頭を掻き毟りたいくらいだが、そんなダサい姿見せる訳にもいかない。幸い手慰みにマジッククラフトが出来ているのが救い――
なんて考えていたら。
「あっ」
一つ、アイテムが完成してしまった。
俺が思わず漏らした言葉に反応したのか、アリスの視線がこちらを向いて。
俺の手元にあるラベンダー柄の腕輪を見て、言う。
「も、もしかして完成したのかな? お疲れ様だね!」
にっこり微笑むアリスだが、声が少しだけ震えていた。多分、向こうも向こうで緊張しているのだろう。
そう気付いた時。俺は自分を殴りたくなった。
――アリスも同じ気持ちだとしたら、緊張を解いてあげるのが俺の勤めじゃないのか!?
ただ、嵐が過ぎ去るのを待つようにこの状況を作業で誤魔化してたなんて最悪だ!
とはいえアリスの目の前で自分をぶん殴る訳にもいかない。
俺は深く深呼吸を一回して。
丁度話題の種になるモノが出来たんだ! 俺がこの空気を変えるんだ!
そして。意を決してアリスの顔を見て、言う!
「なぁ、アリス!」「ねぇ、ハル君!」
すると偶然、俺とアリスの台詞が被ってしまった……。
「えっ、あっ、」
「あれ、ご、ごめんね!?」
お互い戸惑い、一瞬視線を逸らす。
「俺こそ、邪魔してごめん! えっと、先に良いよ」
「ううん! 私こそごめん! えと、私も後で良いよ……?」
と、お互い遠慮するお約束の流れ。ここでお互い譲り合って話が進まない――なんて所まではお約束をなぞる必要も無い。ここは俺が先に要件を伝えた。
「じゃあ、その、これ! あ、アリスにって思って……」
俺はやや挙動不審になりつつもおずおずと今完成した腕輪を差し出す。
「えっ、これ、私が貰って良いの?」
「この前言ってた、転移魔法陣の通行手形に付属効果を付けてみたんだ。軽い攻撃なら〝拒絶の闇〟が自動でガードしてくれる筈だ」
と、淡い紫色の中でワンポイントに黒く輝く宝石を見せて説明する。
「その、デザインのセンスは自信無いけど、後衛のアリスには防御系のアイテムがあると良いかなって思って!」
これで、アリスが微妙な表情をしていたらどうしようと思い必死に言い訳するように目線をあっちこっちへ向けつつやや早口で言っていた。
「わぁ、早速付けて良い?」
アリスの嬉しそうな声に俺は恐る恐る視線を向けるとそこには花咲くような笑顔があった。
「も、勿論!」
アリスは腕輪を付けて、質感を確かめるように腕をフリフリして。
「すっごく嬉しい! ありがとね、ハル君!!」
お世辞なんかじゃないって自然と胸に伝わって来る声で応えてくれた。
俺はその様子にホッとする。
「よかった……。それじゃあ次はアリスの要件だな」
ひとまず喜んで貰えた事に安心して、そう言うと。
「あ、私は、その……」
「ん?」
アリスは少しだけ言葉を詰まらせて。不思議に思っていたら。
「は、ハル君っ!」
「う、うん、どうした?」
突然声を張り上げるモノだからびっくりする。ついでにぐいっと上半身を前のめりにさせて距離が近づき胸の鼓動が速くなっていく。
「そ、その、今度のお休みとか……ハル君が暇な時で良いんだけどね、遊園地とか行ってみたいなーって思って。付き合って貰えないかな?」
と、アリスは遠慮がちに言った。どうやら、遊園地で遊びたいけど付き添いが欲しい様だ。ああいう賑やかな場に一人でいくのは少し寂しい気持ちはわかる。
「ああ! それくらいお安いご用だ。予定空けとく!」
困ってるアリスの為になるならば、と俺は二つ返事で了承した。
「ホントに!? 良かったぁ……」
アリスは直前の俺と似たようなリアクションを見せて、少し面白かった。