俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
「いらっしゃい、少年。なんだ、今日は一人か」
ある日、俺はまた喫茶店に来ていた。
「またデートならサービスでもと思ったんだが」
マスターに言われて、数日前の出来事が思い起こされる。
「勘弁して下さいよ。あの時はびっくりしたんですから」
俺は恥ずかさで視線を逸らしつつ、カウンターに座った。
「ははは。だが、悪くは無かっただろう?」
「それは、まぁ、……はい」
恥ずかしかったし緊張したがアリスには好評だったし文句は言えない。
「それで、注文は?」
「〝いつもの〟で」
「ふむ。気に入って貰えているのはありがたいがたまには他のメニューに興味は湧かないのか?」
「いやーやっぱりあの味からは逃げられません。なんて言うか、俺の好みにぴったりハマってる感じがするっていうか」
「そうか」
マスターは少し嬉しそうに目を伏した。
暫くして、至高のビーフシチューと食べやすい小さなパンが並べられる。
が。例にもよってすぐには食べられない。シチューが冷めるまでマスターと適当な雑談をするのがお約束になっていた。
「最近、学園はどうだ?」
「突然、父親みたいな事聞いてきますね」
「ちょっとした興味本位さ。何しろあの学園は特別だろ?」
「確かに、特別ですね」
俺はシチューをかき混ぜ熱を飛ばしつつ、話す。
「最近は――楽しい、ですね。楽しんでばかりじゃいけない事情もありはするんですが」
「その口ぶりだと、以前は楽しく無かったのか?」
「正直、息苦しかったです。あの特別な空間に居る事が身分不相応に感じられて」
「意外、だな。キミはそういう事に囚われない明るさを持っていると思っていた」
「それはマスターと出会ったのが最近だからですよ。最近は、友だち達のお陰で大分前向きになれた気がするんです」
漸く食べられる温度になったビーフシチューをスプーンですくい上げ、一口食べる。
芳醇な香りと濃厚な味わいが幸せを運んでくれた。
「何にせよ、楽しめているのなら何よりだ」
「ホントに、話題に困ったお父さんみたいになってるじゃないですか」
俺はからかい混じりに笑うが、マスターはフッと苦笑すると真面目な顔を作る。
「大切な事だ。他の生徒達の様子はどうなんだ?」
「そうですね。生徒全員を知ってる訳じゃないですけど――」
自分の思うままにその道を探求するルクシエラさんやレン、ナギ。
楽しそうに遊び、笑うキータやハルカ達の姿が脳裏に浮かぶ。
「俺の知ってる限りではみんな自分なりに楽しんでいるように見えます」
「そうか。それなら、なによりだ」
「でも、変わった事を気にするんですね。まるで校長先生みたいだ」
「はは。言っただろ? だだの興味さ……」
マスターはそう言うと虚空を見上げた。
「俺にとって〝学園生活〟というモノは決して楽しいモノでは無かった。必死にしがみついて、もがいて、足掻いて、そんな苦しい思い出ばかりの場所だった」
「そうだったんですか」
脳裏に懐かしい記憶がよぎる。嘗てそんな形容が出来るヤツが居た。
「だから、正直に言えば羨ましいよ」
視線が降りてきて、俺の胸に向けられる。
そこには、紅い羽根の勲章があった。
「キミは〝八天導師〟だ。そんな楽しい学園を、しっかり守らないとな?」
スプーンを咥えて、続く言葉に耳を傾ける。
「〝八天導師〟はそれだけ期待と信頼されている。学園だけにとどまらず、イーヴィルや悪しき魔法使いと戦いこの世界の秩序を保っているのだから」
最後の丁度一口を食べ終え、紙ナプキンで口を拭ってマスターと目を合わせた。
「やっぱり世間の人には、〝八天導師〟ってそんな風に映りますよね」
「重荷かい?」
「少し前までの俺なら、そう考えて居たと思います」
「そうか。――前へ進めているんだな、キミは」
「そのつもりです」
特別な学園の中でも更に特別な才能を持つ者達が集まる〝八天導師〟。
選ばれたときは、『どうして自分なんかが』と思った。
けれど、先の戦いで俺は〝八天導師〟である事に〝使命感〟と〝誇り〟を感じていた。
それに、教えて貰った。俺は弱い。でも、強くなれると。
今の俺に迷いは無い。
俺は〝最弱の八天導師〟だけど、八天導師の責務から逃げたくは無いと思った。
俺なんかでも守れるモノがあると知ったから。
俺なんかでも期待し、信頼してくれる人達が居るから。
「マスター。これはここだけのお話です」
「なんだい?」
「マスターの言葉を借りるなら、〝悪しき魔法使い〟が暗躍しています。少し前に学園を中心にイーヴィルが大量発生した事件もそいつの仕業です」
「ふむ」
「あと、俺は今ものすごく質の悪い奴に四六時中目を付けられています」
「それは大変だな」
「この前派手に動いた分、今は大きな動きを見せていませんがまたいずれ、奴らはこの世界の平穏を脅かそうとするでしょう」
俺は胸の勲章に手を当てて、誓う。
「だけど、好き勝手にはさせません。この勲章に誓って、俺達〝八天導師〟がなんとかしてみせます」
「――判った。信じているぞ、少年」
マスターは俺の決意を受け止めてくれた。
「ならば、これは先行投資みたいなものだな。大した物じゃあ無いが英気を養ってくれ」
とマスターはフルーツシャーベットを差し出す。夏場には嬉しいデザートだ。
「ささやか過ぎる応援だが、俺からはこれ以上の事はできない」
「その気持ちだけで、十分ですよ。ありがたくいただきます」
俺はシャーベットを口へ放り込んだ。
冷たい爽やかな甘みを堪能する。
学園の外にも、こうやって俺を信頼し支えてくれる人が居る。
俺は改めて気を引き締めるのであった。