俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~   作:岩重八八十

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27話 そんなにハードル低いイベントなのかぁぁぁ!!?

 シジアンは眉間に皺を寄せて額に手を当てる。

「てっきり昼食もドライズ先輩に用意して貰っているものとばかり思っていましたが」

 そんなシジアンの呟きにアリスは首を傾げた。

「どういう事かな?」

「先輩はドライズ先輩に毎晩食事を提供して貰っているのです」

「え、仲良いね」

 

 少し待って欲しい。

 

「なんでそれをシジアンが知ってるんだ?」

「え、あ、風の噂に聞きました」

 俺の食生活なんてどうたって良いだろうに。

 一体何処からどんな噂が流れているんだ……? 

 少し不安になる。

 

「ドライズ先輩がお弁当をルクシエラ先輩の研究室へ持って行ってらっしゃるのを何度か見かけていたので、てっきり先輩もそうだとばかり」

「いや、まぁなんつーか。流石に男からお弁当作って貰うのはちょっとな」

 夕食に関してはドライズからの要望でもあるから良いとして。

 

「しかしその食事内容はどうかと思いますが? 新鮮なモノが何一つ無いじゃないですか」

「何言ってるんだ? それが良いところじゃないか」

「と、言いますと?」

「このメニューならどれも数ヶ月は保つからな。食べ逃しても有事の際に非常食になる」

 お弁当とかと違って温度管理などに気を遣わなくて良いのも利点だ。

 

「普段から一体何を想定して生活なされているのですか……」

 文字通り非常用に三食分は常に持ち歩いて居るのだが、そんなにおかしい事だろうか?

「ハル君って美味しいご飯にあんまり興味ないのかな?」

「別にそういう訳じゃ無いけど」

「それじゃあ、もし私がお弁当作ってあげたら食べてくれるかな?」

「そりゃあ、好意でくれるってモノを無下にする程無神経じゃな——え?」

 

 時が、止まる。

 

 俺は、自分の耳に入ってきた音声情報が飲み込めずに数回口をパクパクさせた挙げ句に呻くように呟いた。

 

「……ごめん、何だって?」

「私がお弁当作ってきてあげるね」

 再び、思考が停止。耳に入ってきた言葉を脳へと伝達させ。

 

「あれ? ハル君?」

 

 その言葉を数回反復。聞き間違い、意味の取り違えを8回ずつほど確認して。

 

 数十秒経ったのちに、俺はガタっと立ち上がった。

 

「うぇえええええええ!!? ちょ、何言ってるのっ!!?」

 

「わっ!? びっくりするから急に叫ばないで欲しいかな!?」

「いや、だって、そんな、ええええ!? いくらなんでもそれは、その、いや、ちょっと待ってよ!?」

「先輩、取り乱しすぎです。大丈夫ですか?」

 シジアンに指摘され、俺はハッとする。

 

「……ッ!? 大丈夫じゃ無いっ!! 何が起こってる!?」

「だ~か~ら~、お弁当作ってきてあげるって言ってるだけかな」

「『だけ』で済ませる事か!? 俺の認識の方がおかしいのか!? 異性にお弁当作って貰うってそんなにハードル低いイベントなのかぁぁぁ!!?」

 

 そんな俺の魂の叫びに、アリスは。少し頬を赤らめて視線をそらし、

「ハードル低いわけないよ。こんな事するのハル君だけだからね?」

 もじもじしながらそう言った。

 

 かなり核心に迫ったあざとい言葉に、俺は三度凍結する。

 

「なっ……えっ……」

 そして、間の悪いことに昼休み終了を知らせる鐘の音が鳴り始めた。

「あ、もうこんな時間か。帰らないといけないね。……ハル君、大丈夫?」

 チャイムの音が遠くに聞こえる。俺は驚愕の表情を浮かべたまま、呆然と突っ立っていた。

 

 そんな俺にシジアンはチラッと横目を向けて、やれやれ首を振りため息を吐く。

「先輩のことはこちらでどうにかしておきますので、先にお戻り下さい。編入早々遅刻などしては居心地も悪くなるでしょう?」

「そうだね。それじゃあハル君、聞こえてるか判らないけど明日は楽しみにしててねっ!」

 アリスは煌めく笑顔と共にそう言い残すと、ふわりとラベンダーの髪を靡かせて部室を去って行く。

 

 その後数分が経過した。

 

 俺は漸く正気を取り戻し、脳の再起動が終了させて、どさっと崩れ落ちるように椅子に座って机に突っ伏す。

「いくらなんであり得ねぇ……」

 シジアンは頬杖を突きながら呆れた様に問いかけた。

「次の授業は大丈夫なんですか?」

「自習だから問題無い」

「そうですか」

 俺は顔を上げて答えた。

 

「そんなに、戸惑うことなんですか? もっと素直に喜べば良いのでは?」

 シジアンは改めて本を開き、読書をしながら声を投げかけてくる。

「アリスが何を考えてるのかまるで判らない……」

 本からは目を離さずに、シジアンは言葉を重ねる。

「誰だって人の心なんて判らないものです。誰かにとって理解出来ないような感情や考えでもその当人にとっては揺るぎない意志があったりする。自分の尺度だけであり得ないと判断する事は早計ではないですか?」

 

 シジアンの言葉が、俺の脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。

「それでも、おかしいんだ。ああやって微笑みかけてくれるだけでも、俺には信じられない事なんだ。それなのにあんな事言われたら……俺は、どうすれば良いんだ?」

 まるで、霧の中で必死に道を探す彷徨い人にでもなったかのようだ。

 

「……アリシアさんと何か、あったんですか?」

 シジアンの問いかけに、答える事が出来ない。

 どうして俺はアリスの好意を正面から受け止める事が出来ないんだ?

 

 × × ×

 

「うっ」

 

 考えると、胸が疼く。

「先輩?」

「判らない……何も」

「……助けが、必要でしょうか?」

 本に向けられていたシジアンの瞳が、俺を捉える。真剣に俺の事を慮ってくれている事が伝わってくる真っ直ぐとした眼差しだった。

 

 けれど。

 

「……いや、大丈夫だ」

 自分の感情すら整理がつかない。

 だと言うのに何故か。

「何も判らないけど……俺自身が向き合わなくちゃいけない気がする」

 その気持ちだけは確かだった。

 

「……左様ですか」

 俺の言葉を聞くと、シジアンはパタンとその大きな本を閉じた。

「先輩」

 シジアンは本を片手に俺の方へ寄ってくる。

 

「ん?」

「この本の表紙を少しだけ触って貰えますか?」

「え? 別に良いけど……」

 言われるがままに、表紙を人差し指でちょいとつついてみる。

 すると、本の表紙が一瞬だけ赤く光った。

 

「ありがとうございます。それから、すみませんでした」

 シジアンは深々と頭を下げた。

「お、おう?」

 何に対して謝罪されているのやら。

 

「どうか、後悔だけはなさりませんように。気持ちの向くまま、お進み下さい。ボクは、例えそれがどんな道であろうとも応援しています」

 シジアンはそう言い残して先に部室を去って行った。




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