俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
ああ、どうしてこんな事になったのだろう。恥じ入ることは無い、勇気ある決断をしたはずだ。なのに、自分の中の大切な何かがすり減っていってる気がする。
元はといえばあの店長のせいだ! 僕は嫌だって言ったのに!!
内心で闇を深めていたその時。
「おねーさん! アイスクリームくださいな!」
また、別の。今度は少年に呼び止められてしまった。
まさかと思って周囲を見渡してみると、同じ帽子を被った少年少女の団体が公園全体を行ったり来たりしている。……どう考えても幼稚園の遠足的なヤツだこれ。
あはは。買い食いOKなんだね……。
「はい、どーぞ。慌てて食べて、お腹壊しちゃダメだぞっ☆」
とりあえずお金を受け取ってアイスクリームを渡して。
「……あれ? おまじないは?」
やっぱやらないとダメだよねー! そうだよねぇえ!!
「美味しくな~れ、美味しくな~れ、トールちゃんぱわぁぁ注入っ☆」
あの子が将来、変な趣味に目覚めませんように。
僕はそんな願いを込めてトールちゃんぱわぁを注入した。
「っ」
ふと。何か息が詰まっているような声が。もうこれ以上何が起こっても動じない自信がついてきたけど。僕はその声の方を向いてみる。そこでは――
「くくっ、ふっ、はぁ、はぁ、ふふふっ、はは、あはは」
どっかで見た事ある赤髪低身長の学生が腹を抱えて地面を殴りつけながら必死に声を押し殺しつつ笑い転げていた。
……ファルマに見られてたーッ!!!
雷に撃たれたような衝撃。この醜態を知り合いに見られてしまっているという事実が、封印していた羞恥心を呼び覚ます。顔が暑い、早くこの場から立ち去りたい。
でも。
「あいすくりーむください!」
哀しいことに商売が軌道に乗ってしまっている!!
「はぁい、少しだけ待ってね!」
僕はすぐに営業モードに切り替えて、アイスを掬って手渡す。
「頭がきーんってしたら、おでこにカップを当てると良いかもしれないぞっ☆」
そして、もう言われる前にいつもの儀式をやっていく。
「美味しくな~れ、美味しくな~れ、トールちゃんぱわぁぁ注入っ☆」
満足そうに去っていく子供と。
「っ! くく、はは、ひぃ……ひぃ……ぷふっ!」
口に手を当てしゃがみ込んで、それでも笑いを止められない赤いヤツ。なんか、恥ずかしさが一周回って逆に冷静になってきた。今のアイツ完全に変な人なんだけど。子供達から避けられてるんだけど自覚あるのかなあれ。
とにかく堪えろ、我慢だ、僕。ここで反応したら僕がドライズだと認める事になってしまう。ファルマにバレたのはこの際もう仕方が無い。けど、まだ近くにユウさんが居る筈だ。迂闊な行動はできない! ここはトールちゃんになりきっておくんだ……!
握り拳をぐっと強く握りこんで自分を抑える僕。
「あいすくりーむ一つ!」
それはそうとなんでこんなに子供に人気なの!? 引率の先生! お願いだから止めて! 僕怒らないから〝こんな人から買い物しちゃいけません!!〟って言って!!
「あの、すいません」
僕の願いが届いたのか、両腕を子供達に引っ張られた若い女性が近づいて来る。
よし!
〝子供達に悪影響が出るので他所に行って下さい〟って言われれば不自然なくこの場から撤収出来るぞ!!
「アイスを五個ください」
なんでだよ!!
なんでこんな大繁盛してるんだよ!! どうして止めないの!? 女装少年の痛々しいパフォーマンスをどうして止めてくれないの!!?
と心では叫びつつ、一つずつアイスを手渡して、
期待を込められた無垢でキラキラした瞳を一身に受けて……、
「美味しくな~れ、美味しくな~れ、トールちゃんぱわぁぁ注入っ☆」
を四回繰り返す。
あぁ、こぼれ落ちていく。僕の中の何かがほろほろと、崩れ去るように。僕、どうしてこんな事やってるんだっけ……?
そして最後に引率の先生に子供達の数だけのアイスを渡すと、ぼそりと耳打ちで、
「あ、私にはおまじないしなくていいので」
と。そして、
「大変でしょうがお仕事、頑張って下さい」
応援されてしまった……。
「あははは!! く、かはっ、くぐ、あははは!!」
もう赤いのは我慢出来ずに大爆笑してるし。子供達の引率の先生、〝しっ、みんな近づいちゃダメよ。見つめてもダメ、ああいうのには関わらないように〟って注意してるし。
公園で一人爆笑してる不審人物には警戒してるあたり、良識的な判断力はあるに違いない。その上で、僕はセーフと判定されてる訳で。
あれぇ、でもそれってもしかして……。
僕、普通に〝売り子の女の子〟って思われてる……?
男が女装して媚びたパフォーマンスしてるなんて露とも思われてない……?
子供に合わせて柔軟な応対してるいたいけなアルバイトか何かだと思われてるぅ!?
「あっはっはっは!! ひぃ、ひぃ、くく、かははは!!」
それはそうと。いい加減腹が立ってきた。とはいえ今僕は大変不本意ながら注目の的となっている。下手な動きは出来ない。子供にトラウマを植え付けかねないからね。
「よぉし、良い子のみんなの為にトールちゃんとっておきの魔法を見せちゃうぞ☆」
そう、これは暴力ではない。あくまで、演出の一環としての魔法だ!
がやがやと集まってくる子供達。期待が高まっていくのを感じる。
そして僕は人差し指を立ててビシッと空を指差して叫んだ。
「あっ空に奇声を発しながら箒を乗り回す謎の魔法使いがっ!!」
こんな所に本当にアイルさんが居る訳じゃないけれど。僕の振るまいと言葉に、子供達の視線が一瞬だけ空へと移る。
この僅かな瞬間を逃しはしないっ!!
強く地面を強く蹴り出し、一瞬で赤いのとの間合いを詰める。
そして右手に魔力をかき集め、腹を抱えて蹲ってるヤツの頭部を鷲掴みにした。
「がっ!?」
「『アブソリュート・ゼロ』!!」
僕の詠唱と同時に氷の魔力が解き放たれ、次の瞬間には真っ白な氷像が完成していた。
『第三氷結魔法(ニブルアイス)』は、氷の礫を相手にぶつけ、その後氷の魔力を展開し対象を少しずつ凍らせて身動きを取れなくする攻撃と拘束一体の魔法だ。しかし欠点として凍り付くまでの時間が長いという遅効性が上げられていた。この『アブソリュート・ゼロ』はその欠点を改善した、僕の固有魔法!
代償として射程をほぼ完全に捨て去りゼロ距離の相手にしか発動できないがこの速効性は他の追随を許さない!
僕は氷像を持ち上げ、何事も無かったかのように子供達の前に戻る。
そしてドスンと敢えて大きな音を立てて氷像を横へ降ろした。
「じゃじゃ~ん! トールちゃん奥義、『フレンドリーアイス』!! 氷のお友達を召喚したぞっ☆」
正確には、お友達を氷にしたんだけどね!!!
音と気配で、子供達の視線が戻ってくる。
「「おおおお!!」」
沸く歓声。よかった、誤魔化せたようだ。
まさか戦闘用に作った魔法をこんな使い方するなんて思わなかった!
折角だから僕はこのまま、氷の像となったお友達を光魔法で七色に発光させたりして子供達へのパフォーマンスを行ってみたところこれまた大盛況で。
何だかんだで子供達にも楽しんで貰えたようで良かった。
……でも次は絶対に断ろう。
僕の心のなかでだけ涙を流した。